襲撃
その晩、美里はるりかの襲撃を受けた。
ぴんぽんを鳴らし続け、美里が対応するまでにドアをがんがんと蹴り、大きな声でなにやら叫んでいた。のぞき窓からるりかの姿を確認して、ドアを開けた。
「あんた! やめな! あの店のバイトは認めないわ!」
ドアを開けた瞬間にそう怒鳴られた。
今日も酷使しすぎてすけすけに薄くなったTシャツに、だぶだぶのジャージをはいている。ブラのサイズはJとかKとかなのだろうか。垂れ下がって、腹にのっかっている。太って頬に肉がつきすぎているから口がタコみたいなのだろうか、それとももともとそんな顔なのだろうか。糸でしばったハムみたいな指で美里をさして、
「この淫乱女!」と叫んだ。
「はあ?」
と言うと、
「あんたみたいな薄汚い雌猫はあの店にふさわしくないわ! 竜也に近づくな!」
竜也というのはオーナーの下の名前だ。今日もらった名刺に書いてあった。
ってか、呼び捨てなの、と美里は呆れながら、
「見ず知らずのあなたにそんな事言われる筋合いはありませんけど」
と言った。
「何よ、この貧乏人! うちのマンションに住まわせてもらってて、竜也に近づくなんて許せないわ! 今すぐ出て行け!」
るりかはぎろっと美里を睨んだ。
「聞いてるの? 竜也に近づくな!って言ってんの!」
美里はドアをほんの少しだけ開けて対応したので、ぶんぶんと振り回するりかの腕が美里に当たることはなかったが彼女が美里を痛い目にあわせてやりたいと思っているのは明白だった。ドアを蹴ったり、隙間に足を差し込んでぐいぐいと中に入り込もうとしたりした。
念の為のチェーンが彼女を中に入れることは断固として許さなかった。
やがて騒ぎを聞きつけた隣の女子大生が部屋から出てきたらしく、
「うるさいわねえ」
と声がした。
「何時だと思って……」
文句を言いかけてるりかに気づいたらしく、言葉が詰まった。
るりかは隣の方へ向いて、また怒鳴った。
早口で何を言ってるのかはよく聞き取れなかった。
隣の彼女も応戦しだして、二人がしばらく言い合いをしていたので、その間に美里は美奈子に電話をした。
騒ぎを知らせると美奈子が旦那を連れて走ってきた。その後から姑が来て、るりかをなだめた。家族の顔を見た瞬間にるりかは泣き出して、ヒステリックにわめき、泣き、大声で咆吼した。美奈子は呆れ顔、旦那は恥ずかしそうな顔、姑は困ったような顔でそれぞれにるりかに言葉をかけた。
美奈子が美里に詫びの言葉を言ったが、お姑さんは美奈子を責めた。美里にチョコレート・ハウスでのバイトを紹介したのが彼女だと知っているようだった。
「うちのるりかが断られるのに、どうして……」
「ぷ」
と吹き出したのは騒ぎを見ていた隣の女子大生だった。
「いや、まじでどうしてって……うける。どっちをバイトに雇うかって一目瞭然じゃん」
姑がきっと女子大生を睨むと女子大生は舌をぺろっと出してから部屋に引っ込んだ。隣の女子大生のナイスな発言に、美里はちょっとばかり、白い犬を財布にしてしまった事をすまない、と思った。
「ママ、この女追い出して~~~」
とるりかがお姑さんに泣きついた。こんな理由で住人を追い出していたら、あっという間にこのアパートから誰もいなくなってしまうだろう。さすがに姑もるりかに同調はしなかった。
「るりちゃん、ママが藤堂さんにまたお願いに行ってみるから、ね? 今日のところは家に帰りましょう」
美奈子とその旦那も言葉をかけるのも嫌だ、という顔で腕組みをしているだけだった。
帰り際に二人は美里に謝ったが、姑とるりかは謝りもしなかった。




