オーナー
確かにいい男だ。百九十はあるだろう長身で、豊かな黒髪、浅黒い肌は野性的な感じがした。切れ長の目は冷たそうな印象があり、どうみても職業がパティシエというのは冗談のような感じだった。大きな手は綺麗で神経質そうだったが、この大きな男が小さく甘い菓子を作るのが想像できなかった。
ショッピングセンター一階のケーキ屋は 「チョコレート・ハウス」という名前だった。
確かに昨日買って帰ったチョコレートは非常に美味しかった。
指定された時間に、OL時代のリクルートスーツを着て、清潔感あふれるように髪の毛もきちんとまとめた。爪も切って、うすく化粧もした。ハローワーク用の履歴書を差しだすと、オーナーの藤堂はさっとそれに目を通してから、
「どこかで会った事ないです?」
と美里に言った。
「は? いえ、ないと思いますが」
と答えると、
「そうかな」
と首をかしげた。
面接は簡単で、すぐにいつから勤められるかという話になった。それから時給、勤務形態などを話して、その日は終わった。
「失礼します」と事務所を出ると、メイド姿の美奈子が小走りにきて、
「どうだった?」
と言ったので、
「明日からなんでよろしくお願いします」
と答えた。美奈子は大きく息をついて、
「あー、よかった」と言った。
美奈子さんも悪い人じゃないんだけどね、と美里は思った。
この店に新たに入ってくるバイトに義姉が何かするという可能性を知っていて、それを美里に話しておきながらも、自分の保身の為に美里をバイトに誘ったという事実を自分で気がついていないのだ。
美奈子に制服を支給してもらいロッカールームに案内された。休憩中の人に挨拶してから気がついたのだが、みんなメイド服は着ていても、ちょっとおばさんな人ばかりだ。 こんな可愛い店でメイド服の制服なのに、若い娘が見あたらない。そういえば店内にいた人もよく見れば、主婦のバイトっぽい人ばかりだ。
「独身の中じゃ美里さんが一番のヤングよ」
と美奈子が言った。
「ヤングって……」
「既婚者ばかりなの……その……」
「ああ、るりかさんの横やりで?」
「そう、若い子はみんなやめちゃうの。主婦でも派手なちゃらい感じの人はすぐにね」
「他人の店のバイトをやめさせるなんて、どんな権力なの? いくら土地の有力者でも」
少しばかり呆れ声を出してみる。
美奈子は肩をすくめて、
「お義母さんが、義姉を可愛くてしょうがないから」
と言った。
「へえ、私も気をつけないといけない?」
「美里さんはよそから来た人だから、お義母さんの権力も通用しないんじゃないかと」
「そうね。それに……」
「何?」
「ううん、明日から楽しみだわ」




