新井
新井は市長の息子の惨劇にも気がつかずのんきに、
「どうぞ」
と美里にビールを手渡した。
「ありがとう」
と言って美里は受け取り、それから、
「ねえ、どうしてチョコレート・ハウスで働いてるの?」
と聞いた。
新井は不思議そうな顔で美里を見た。
「え? だって、やっぱまずいっしょ。親も貧乏で金くんねえし」
「じゃあ、どうして市長の息子なんかとつるんでるの?」
新井君は運転席を見て、ぎょっとしたような顔をした。
「え…え…あの」
「市長の息子はもういないから悪口言っても大丈夫よ?」
「え…あの西条さんですよね?」
「ええ」
「あの……どうして?」
「聞いてるのはこっちよ。あなた、市長の馬鹿息子がオーナーの妹さんを襲った時、仲間にいたの?」
「い、いや、俺は」
新井は目玉をきょろきょろさせた。動揺っぷりが質問にイエスと答えていた。
「人間のクズね。まあ、人の事は言えないけど」
「あの、貴史さん、どうかしたんですか?」
と新井は間抜けな質問をした。異変は承知しているが、運転席をのぞき込む勇気はないらしい。のぞき込まなくても頭のない後ろ姿しかないのに、絶命しているのが認識できないらしい。市長の息子の死を脳が拒否しているのだろう。
「市長の息子、貴史さんて言うの?」
「は……い」
「どうしてオーナーの妹さんを襲ったりしたの? あなた、チョコレート・ハウスで働いててよくそんな真似ができたわね」
「……貴史さんが由美さんを……好きで、でも断られてて……自分の物にならないならって。俺……断ったんだけど」
「でも、最終的には協力したんでしょ」
「だって!! 協力しないと親父の働いてる工場に圧力かけてクビにするって……」
「ふん、クズの言いそうなことね。で、それに協力するあんたもクズよ」
新井君はむっとして、当然暴力的な表情になった。ここにいるのは男と女が一人ずつだ。 力関係では男の方が断然有利だと思いついたのだろう。
美里の方へ下卑た笑みを見せてから、腕を伸ばしてきたので、瞬間に振りかぶってハンマーで顔面を殴打してやった。うまい具合に目と目の間ハンマーがヒットして、目玉が両側からぞろりとこぼれた。笹本さんはあれを拾って使うのかしら? 水洗いして使うのかな。
新井の身体がもふもふの敷物の上に倒れた。




