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チョコレート・ハウス1  作者: 猫又


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過去の目撃者2

 ある日美里は持ち帰りギフトの仕分けにかり出され、薄暗いバックヤードで仕事をしていた。

 すると急に後ろから抱きつかれた。生暖かい息が首筋にかかり、ささやき声で中川だと分かった。

 中川はなにやら言い訳のようにぶつぶつとつぶやいていた。彼の生来の性格からして、美里が騒ぎたてても、冗談だよと笑ってすますだろう。そして周囲にはそれが通るような気がする。美里がセクハラだと叫んでもきっと大げさだと言われるだけだろう。バイト同士のいざこざなど上は関知しないだろう。ベテランバイトで口がうまい中川は上手にそうやってやってきたに違いない。

 中川がデートしてくれなきゃ離してあげないよ、と言いだした。 


 美里はかねてから中川の目が嫌いだった。何故かやけに澄んだ瞳だったからだ。本人は全然澄んだ感じじゃなく、真っ黒なのに。目は口ほどに物を言うなんて嘘だ。

 美里は中川にうまい言い訳をし彼から離れ、笑って退社後のデートの約束をした。

 中川が満足そうに美里に背を向けたので、美里はその頭を金槌で殴った。思い切り。

 女の力でも殺意を込めて思い切り殴れば気を失わせるのは出来る。金槌も釘もバックヤードにあった。催事の時の棚を作ったり、電気の配線をしたりと、何かと使うのだ。

 中川はうなり声を上げて倒れた。気を失っている中川を段ボールの箱の間に押し込んで、

頭のてっぺんに五寸釘を打ち込んだ。釘は一瞬にして中川の頭に中に入り込んだ。何の引っかかりもなかった。アパートの壁に釘をうつのと同じくらい簡単だった。堅いのは最初だけで、中は柔らかい。そのまま金槌で滅多打ちにしたかったけど、血と脳みそを飛び散らせるのは考えものだった。

 打ち込んだ瞬間に中川の体はびくっとなり、そして呼吸すらしなくなった。この男が将来どこかでのたれ死ぬどんな場面よりも安らかにしてやれたと思う。


 あの時、誰かに見られていたとは思わなかった。美里が仕事をしていたのはバックヤードの一番隅っこで奥まった場所だった。薄暗く、節電とやらで明かりの半分は消されていたからだ。

 だから中川も平気でセクハラしてきたのだ。

 中川の死体が発見されたのは二、三日たってからだった。段ボールをかぶせて見えないようにしていたし、忙しい歳末の時期に中川を探す人もいなかった。幸美でさえ、連絡が一ヶ月ないなんてざらだし、一時期のバイトが無断欠勤したからといって百貨店側は大騒ぎするほどでもない。

 新聞には大きく載ったし、百貨店には迷惑だっただろう。

 幸美は中川の訃報を聞いた時にその場でぼろぼろと涙をこぼした。しゃがみこんで泣きわめいてどうしようもなかった。その姿に涙を誘われた者もいたが、美里は少し引いてしまった。そんなに好きならもっとやりようがあっただろう。あんな男を野放しにしておいた幸美も悪いと思う。

 その後、美里がバイトをやめてから彼女との交流はない。

 中川と縁が切れて、少しは幸が濃くなればいいなと思う。


 美里はそこまで思い返してから、あの時の事を藤堂が見たはずはないと思った。確かにお歳暮の催事場の反対のブースで真冬のスイーツコレクションをやっていたのは知っている。その場に藤堂が出店していたとしても、あの現場を見られたのはあり得ない。



「あれは私じゃありませんけど」

 と言うと、藤堂はにこっと笑って、

「まあそういう事にしておこう。じゃ、今晩、閉店後にね」

 と一方的に言ってから立ち上がった。

「ちょ……」

 否定の言葉も耳に届かず、藤堂は休憩室を出て行った。それから一日一個と決めている一個三百円もするチョコレートを二個も食べてしまった。

 店の休日はショッピングセンターに合わせて水曜日だ。今日は火曜日で明日は定休日なので、目をつけておいた近所のトレーニングセンターのジムでも行こうと思っていたのに。

 今なら入会金ゼロの広告が新聞広告に入っていたので、ぜひ体験入会してみなければと思っていたところだ。なんせ美里の趣味は体力勝負だから。

 それに藤堂は確かに男前だが美里は人肉料理なんか食べたくないし、目玉スイーツなんかお断りだ。冗談じゃない。

 ネットで売り出された痩身薬のカプセルに人肉が混入されていたとかいうニュースを読んだ事がある。人肉は人間が食べると拒否反応が出るので痩せていくらしい、とか書かれていたが、本当かどうかは知らない。そんな物を飲んでまで痩せたいのか、とは思ったが、飲んでいる人は成分なんか知らないのかもしれない。ただ、痩せ薬だと聞いて飲むだけなのだろう。

 ただ人肉を食すというのはビデオや漫画の中の話だけではない。人が人を殺すのと同じくらいに古くからあり、やはり最近まで続いている人間の性だ。

 カニバリズムなど美里はごめん被りたいし、何の興味もない。

 美里の高尚な趣味と一緒にされても困る。

 もっともあちらもそう主張するかもしれないが。



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