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チョコレート・ハウス1  作者: 猫又


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13/32

交渉

「こいつは大物だな」

 と年配の男が言った。夏なのに、長袖のジャケットを着て、皮の手袋をしている。

 この年配の男は初めて見たが、次の男は見た事がある。ショッピングセンターの国道を挟んだ向かいにある交番の警官だ。交番の前の交差点で信号待ちをしていると交番の前で立っているのをよく見かける。まだ若そうだ。

「なるほど新鮮だ。素晴らしい仕留め方だね。プロのハンターかな。あんまり上等の素材じゃないというのも的確だよ、藤堂君」

 と年配の男が言った。

「でしょう。笹本さんの創作意欲がわくかどうかは分からないですけど」

 と言って藤堂が笑った。

「私はいつだって創作に燃えているよ。予約もたまっているしね。で、彼女は?」

 笹本と呼ばれた男が美里を見た。

「彼女が提供者、値段の交渉は彼女とお願いします」

「なるほど、なるほど」

 笹本は揉み手をしながら美里に近づいてきた。

「ようこそ、ようこそ。私達の町へ。我々は君のような腕のいいハンターを待ち焦がれていたんだよ。もうずっとね」

 と笹本が言った。

「はあ?」

「私はシェフ。三十万出そう。それでこの素材を売っていただきたい」

「?」

 美里は藤堂を見た。

「いいんじゃないか? 笹本さんはけちじゃない。相応の値段だと思うけど?」

「はあ?」

「決まりだな、もちろん即金で払おう」 

 笹本はそう言って胸ポケットから分厚い財布を出した。十万円づつの束を三つ抜いて、カウンターの上に置いた。

「これで取引は成立。また、頼むよ」

 美里は笹本を凝視していた。何を言っているのかが分からなかった。ふと視線をるりかにやると、

「オーナー!」

 藤堂がかがみ込んでいると思ったら、スプーンでるりかの大きなぎょろ目をくりぬいている所だった。

「藤堂君、デザートは頼めるのかな?」

「ええ、ディナーはいつ出ます?」

「三日後に予約が入ってるんだ。正直、助かったよ。肉の在庫も残り少なくてね」

「では、三日後にお届けしますよ」

「頼む。じゃあ、行こうか」

 その間、警官は一言も言葉を発しなかった。だが、笹本の言葉で動き出した。店の前に止めたトラックにるりかの死体を乗せてから、藤堂に向かって敬礼をした。

 そして彼らは去って行った。

藤堂はまたガラス戸に鍵をかけてから、カウンターの上の札束を美里の手に握らせた。

「お疲れさん」

「あの……一体……どういう」

 美里は札束を握りしめたまま聞いた。

「笹本さんは三丁目で料理店をしているフレンチのシェフさ。もちろんブランドの牛肉や豚、鳥、魚をふんだんに使ってね。笹本さんの料理は素晴らしくうまい。評価も抜群だ」

「はあ」

「でもまあ、中には変わった物を食べたがる客もいる。笹本さんは変わった食材で料理するのも好きでね。この町にはシェフがいる。パティシエもいる。客もいる。だが、調達できるハンターがいなかった。だから、君は歓迎される。君も小遣い稼ぎにもなる」

 変わった食材とは、やはり人肉の事だろうか、と美里はぼんやりと考えた。

「オーナーも食べるんですか?」

「残念ながら俺は作る専門。試した事もあるけど口には合わない。笹本さんのあの料理は高いしね。一年前から予約がいるし」

「そうですか」

 美里は藤堂の手を見た。ガラスのコップの中に入った二個のまんまるな眼球。

「それ、どうするんですか?」

「これ? 俺はパティシエだから、デザートを作る。試食する?」

 美里はぶんぶんと頭を振った。

「そうだな。こいつだけは食う気にならないな。脂肪ばかりでまずそうだ。だけど笹本さんならどんな安い食材でもうまくやっつけるから」

 いやいや、そういう意味じゃない。

 人間を食べるだなんて、この人達は頭がおかしいに違いないわ、と美里は思った。

「あの……帰ってもいいですか?」

「送っていくよ」

「いえ……大丈夫です!」

 美里は逃げるように外へ飛び出した。店の前でまだ倒れたままのスポークがひしゃげた自転車を起こして、急ぎ足でショッピングセンターの駐車場から飛び出した。


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