13 謎の融合邪神との戦い
「ピレペワトとは戦ったよ」
そう発言したのは優助だった。
「神に寄生する神なんだ。神を狂わせて、邪神や悪神にしてしまう」
「知ってるし、うちらもやりあった」
アピールするかのように言う優助に、俺が静かに言い放つ。ネムレスやリザレと戦ったと、ピレペワト自身も言ってたしな。
「ピレペワトの名はもちろん知っておったが、神に寄生する神とは初耳じゃ。しかも邪神化までするとは、何ともタチが悪い」
優助の言葉を聞いて、アーゼーが難しい顔になる。
「ピレペワトの好む糧は狂信よ。しかしピレペワト自身にはあまり信者がつかぬが故、他の神に寄生して狂わせ、寄生した神を崇める信者も狂信者となるようにしたうえで、糧を得る。奴はそうやって数多くの神とその信者を破滅へと追いやってきた」
解説したのはドロカカだ。そういやこいつ、ピレペワトに詳しかったな。
「ならば私が見てきた邪神とは関係無さそうだ。信仰や祈りを得られなかった結果、心を失くしたタイプだからな」
と、ヘカティ。
「そのうえ複数の邪神の融合体ときている。最早あれは怪獣だ」
「複数の邪神の融合体じゃと? それも初耳じゃな」
興味深そうに微笑むアーゼー。
「大賢者様は知ってるのか?」
「『世界のほつれ』が活性化すると、邪神同士が惹かれあい、一つになるなどという珍説をお目にかかったことはあるな」
俺が尋ねるとドロカカは胡散臭そうに答えた。
「その説は正しいかもしれない。私はかつて二度、邪神の融合体を見ている。これで三度目だ。そして二度とも、魔雲の地の北の最果て――世界のほつれ近くで御目にかかった。あそこは何が起こるかわからぬ混沌の地である故、そういうことも有り得るか程度に考えていたが」
ヘカティちゃん、世界のほつれまで行った事があるのか。流石地図作りに旅しているだけある。
「然レどここは、世界のほつレからは大分離れておリし」
ドロカカが言った。
「うむ。そもそも融合がどうして起こるかもわからない。ただ言えるのは、邪神の融合体は非常に強力で、厄介だということだ。人里を襲いだす前に片付けたい」
「それならここでいつまでも喋っとらんで、さっさとそいつを始末しに行くぞよ。おおい、皆の衆、そういうわけで我輩はしばし邪神退治に席を外すでの」
アーゼーが訓練場の猛者達に声をかけると、俺らと一緒にヘカティの話を聞いていた連中が、一斉に歓声をあげ、応援の言葉を送ってきた。
***
ヘカティの話によると、複数融合邪神が出現したのは、試練の聖道から若干離れた場所とのこと。それでもソードパラダイスよりかは近いし、ここにアーゼーがいることもわかっていたので、先にこちらに顔を出したらしい。
俺らは来た道を逆戻りする格好で、山地を下っていった。三日ほど歩いた所――俺らがここに来るまでを歩いた沼沢地帯の中だという。
「ヘカティや俺らが行き来している間に、どっか行っちまう可能性はないの?」
「もちろん見失わないようにマークしてある」
俺の質問にヘカティが答えた。流石神様。便利な奇跡の力をいっぱいもっていなさる。
野宿の際に、あまり疲労しない程度にではあるが、ヘカティとアーゼーが二人がかりで、ゴージンと優助に近接戦闘の指南をする。俺はもう面倒なのでパス。ディーグルも何も言わなかった。
「ネムレスはソードパラダイスで何をしているんだ?」
最近全然夢に出てこないので、同じ都市にいたであろうアーゼーに尋ねてみた。優助もよくわからないらしい。
「書庫にこもってひたすら調べものじゃ。我輩が稽古に誘ってものってこないしの。あまり絡んでおらぬよ。何を調べているのかもよくわからんわ」
アーゼーの口からも、大したことはわからなかった。
ネムレスは俺をソードパラダイスに呼び出して、何しようってんだろうなあ。
心を失った神々の討伐をするとは聞いているが、わざわざその場所に呼び出すからには何かあるはず。
そして優助の話では、リザレともずっと一緒に行動していたようだが、ネムレスの提案で二手に別れたとの事だ。優助の修行のためという名目らしい。でもネムレスは優助の面倒すら、今は見てないんだが。
リザレは今何しているかというと、別の仲間達と一緒に、解放の塔を探しに行っているという。何でもリザレは、古代遺跡から――恐らくは禁断の知識に相応する記録を掘り起こし、解放の塔の謎をわずかなりと解き明かしたらしい。
全ての神々は、どこに現れるかわからない解放の塔の試練を突破した者だ。つまりは、元々は人である。この試練の最大の厄介な所は、塔自体がどこに現れるかわからない点にある。
そしてリザレが得た情報によると、解放の塔は実はワープしているのではなく、ペインの深淵のどこかにあって、空間を歪めて姿を現しているだけに過ぎないとか。つまり中に入る人間の方が空間移動している形か?
ちなみにこれらの情報を優助は、俺にだけこっそりと教えてくれた。まあリザレだってこんな重要情報、他人に知られたくはあるまい。俺はともかくとして……。このメンツだって、ドロカカ辺りに知られたら厄介だ。二人の剣神だって、一応行動を共にしているが、ディーグルやゴージンと違い、完全に信頼しきっているわけではない。
***
何日も歩いて、やっと倒すべき敵の下に辿り着いた。
沼の中にそびえ立つそれは、非常に緩慢な動きで沼の奥へと向かっている。
邪神の融合した代物だと、一目でわかる外見だ。何しろ文字通り三体の邪神が、溶けあった体が半端に混じりあっている。頭髪の無い三つの頭部だけが規則正しく、向かい合ってうなだれておでこ同士をくっつけあっている。体の方は手足胴全てぐちゃぐちゃだ。それでいて超巨大ときた。
確かにこれは怪獣だな。タール村の近くに現れた邪神よりも、さらに巨大だ。
「移動に数日。こいつ倒したらまた戻るまでも数日。ダルいったらありゃしない」
俺がぼやく。
「聖道までの帰りは飛空船作って帰ろうぜ。景色を楽しむために徒歩の旅をしていたが、同じ景色を何度も見るのは嫌だわ」
「太郎さんに任せますよ」
「何だ、そんな便利なことができるのか?」
ドロカカが興味津々に反応してくる。
「世界は広大だが、地図と乗り物ができれば世界は狭くなる」
ヘカティがそんな言葉を口走る。
「私は世界を狭くするための旅をしているわけだ」
「世界は狭くならんさ。世界が狭くなると錯覚しやすくなるだけだ。世界の広さも知らん奴等がな」
皮肉めいた笑みをこぼすヘカティに、ドロカカがさらに皮肉めいた言葉を口にする。
「世界を狭くする話はよいとして、あのデカブツとどう戦うのじゃ?」
融合邪神を見上げてアーゼーが言った。
「デカくなった分、ペインに耐える量も増えとるんかいのお。剣なんぞより工事道具でも持ってきて、体をひたすら掘り返した方がよさそうじゃて」
俺が絵で工具出すと……それ使ってしまうと、俺にペインがはね返ってくるんだよなあ。
「三人分重なったことがどう作用するのかも、わからないですね」
と、ディーグル。
「三人分ペインに耐えるのか、それともペインが三人分共有されているのか、部位によって受けるペインも異なるのか、わからないってことか」
ディーグルが何を言わんとしているか察する俺。
「はい。理想はペインの共有ですが――と、喋っている間に奥に行ってしまいますね。こちらの岸まで誘き寄せないと」
沼の中にいるので、水の上を渡るか空を飛ぶでもしない限り、融合邪神には近づけない。
「誘き寄せなくても近づけるぜ」
スケッチブックと鉛筆を出し、俺は目の前の沼と邪神の絵を描く。そして、沼の水面が凍りついていく絵も。
ページが破れて光り輝き、絵の奇跡が発動すると、沼の水面が完全に凍りついた。
「ほー、見事な奇跡じゃ。流石はネムレスの神聖騎士といったところかの」
アーゼーが感心して微笑む。ふっ、もっと褒めろ。
融合邪神もこの変化に反応し、動きを止める。
「あとは突っこんでふるぼっこか。三人の邪神の融合と、この豪華メンツ、さてはて、どっちが強いかな」
ドロカカが顎鬚に手をかけ、不敵に笑う。
「行くぞ」
ヘカティが先陣を切った。アーゼーとゴージンも後に続く。
「お前さんは行かないのかね?」
動こうとしないディーグルを訝るドロカカ。
「私はこのちんちくりんのお守りがあります故」
「ふむ。俺の占いでも、その方が良いという星が出ていたし、それで正解かな」
ディーグルの答えに、ドロカカは満足げに頷く。
つーことは……邪神の攻撃がこっちにも及ぶとでもいうのか? んで、ディーグルに守ってもらうと? ま、ドロカカの占いなんか気にしてもしゃーないが。
「お前さんは行かないのかね?」
動こうとしない優助に尋ねる俺。
「僕もあれと戦わないとダメなの? 足手まといにもならないうちに殺されそうだけど」
と、優助。
「冗談なんだから真面目に答えんなよ」
と、俺。まあ、身の程をわきまえているナイスな答えとも言えなくもない。
融合邪神が三人に反応したようで、その歪な巨体を大きくかがめ、向かってくる三人めがけて自由の利く腕でなぎ払う。
もちろんそんなシンプルな攻撃を食らう三人ではない。アーゼーは軽やかにバックステップしてかわし、ヘカティは攻撃をかいくぐって融合邪神の懐へと突っこみ、ゴージンに至っては跳躍した後に融合邪神の腕の上に乗り、そのまま本体へと駆け上がっていく。
「凄い……」
三人の華麗なアクションを目の当たりにして、優助が唸る。
「お前もいずれあんな風になるかもな」
俺がぽつりと呟く。こいつなら……なってもおかしくはない。欲しいものはいつも頑張って手に入れてきた奴だ。リザレ以外……。
猛スピードで懐に一気に飛び込んだヘカティが、体ごと貫けと言わんばかりに、そのまま融合邪神の体を剣で貫く。いや、実際に体ごと貫通している。突きの衝撃が強烈すぎて、剣で刺した穴が一瞬にして拡張し、巨大な穴となり、そのまま融合邪神の背面までヘカティの体が突きぬけた。タール邪神との戦いでも見た芸だが、神の奇跡の力を用いているのは間違いない。
頭部まで駆け上がったゴージンが、後頭部を鉤爪で大振りに切りつける。
二人の攻撃が効いているのか全く判別つかない。融合邪神はノーリアクション。いや、ノーリアクションの時点で、効いていないように思える。
ゴージンとヘカティのことが見えていないかのように、融合邪神は目の前のアーゼーに再度攻撃を仕掛ける。今度は腕を大きく振り上げて叩きつけた。
アーゼーがあんなわかりやすい攻撃食らったとは思えないが、直前までアーゼーは動こうとはしていなかった。氷が割れ、水が吹き上がる。ここからでは、アーゼーがどうなったのかわからない。
突然、融合邪神の腕が、裂けるチーズのように手の方から、真っ二つに裂けていく。根元に至るまで裂けると、裂けた腕が力無くだらんとぶら下がる。
水しぶきが収まると、何事もなかったかのようにアーゼーが、悠然とした足取りで邪神へと近づいていく。
「融合邪神の方は奇跡を使わないのか? それすら忘れちまったのか?」
俺が呟く。融合邪神の動きには、まるで知性を感じられない。本能だけで蠢く下等生物のような、そんな気配を感じてしまった。
「追い詰められればどうなるかわかるまい。むしろそうなってからの方が怖い。三人分の奇跡が同時に発動などという事態も考えられるぞ」
「前線の三名も当然警戒していますよ」
ドロカカとディーグルが言った。
「敵の出方がわからないと、俺もどんな絵描いてサポートしてやればいいか、いまいちわからんな」
言いつつも俺はすでに絵を描いている。敵の出方や性質がわからなくても、それとなく補助できる絵を。
絵を発動させると、何十体ものディーグルと優助とドロカカが現れ、一斉に融合邪神へと向かった。
もちろん絵で作った偽者だ。戦闘力も無い。ただの囮である。
「何でわざわざ僕達の姿……」
「ある種の嫌がらせです」
嫌そうな顔で言う優助と、諦めたように言うディーグル。
『ア……アァ……アアア……アァ……』
『ヴォォ……』
『ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥ』
三つの苦しげな呻き声が同時にあがる。不穏な気配を察したアーゼーとヘカティが、融合邪神から即座に離れていく。
ゴージンは頭部に乗ったままで動こうとしない。馬鹿が……自分の不死身ぶりを過信しているのか? 何も奇跡による攻撃はペインを与えるだけに限らない。いつぞやの精神攻撃のような可能性もあるし、体の機能を封じるものもあるかもしれないのに。
退避する剣神二人とは裏腹に、俺の描いた囮達は融合邪神へと向かい、邪神の周りをぐるぐると回りだす。
三種類の奇跡が、同時に解き放たれた。ドロカカの言うとおりになった。
囮達の動きがピタリと停止する。まるで時間が止められているかのように。実際それっぽいけどな。限定空間か、個体の時間停止。
綺麗に輝く光の蝶が溢れんばかりに舞い踊り、停止した囮の周囲を飛び囲むと、囮が大きな光の蝶へと生まれ変わる。これヤバそうな奇跡じゃないか? いくら不死身のゴージンでも、これを食らったら……
残った一つの奇跡は、引き寄せだった。融合邪神は遠く離れている俺らの存在も察知し、不可視の力で強制的に俺らを引っ張っている。ディーグルとドロカカは抵抗しているようだが、優助は成すすべもなく引っ張られていく。
俺はディーグルに体ごとしっかりと掴まれているので平気だった。つーか言いたくないが、抱きしめられて固定されていた。
「優助っ」
俺が叫び、絵を描いて優助の動きを止めようとしたが、それより早くドロカカが術を完成させ、巨大な土壁が飛び出して、優助の体を受け止めた。
ゴージンは舞い踊る光の蝶達の攻撃を何とかかわしている。しかしどう見てもあのままでは危ない。
『アァアァァ……ア……アァ……アァ……アアアアア……』
『ヴォォンヴォンヴォン!』
『ヌ、ヌ、ヌゥゥゥゥゥゥゥゥウウゥゥ……』
さらに響き渡る三種類の声。わかりやすい攻撃の予兆。
「魔神楽」
融合邪神の攻撃が来る前に、ディーグルが和風魔法を発動させていた。
邪神の周囲に、何匹もの和服姿の鬼が現れる。明らかに鬼としか表現できないそれらは、堤太鼓、横笛、銅拍子、琵琶などといった楽器を携え、一斉に演奏しだす。
すると融合邪神には及ばないが、頭二つ背が低い程度の巨大な鬼女が出現した。手には巨大な太刀が握られている。
目前に異形が出現した事に、融合邪神も戸惑い、攻撃のための奇跡発動を思い留まっていた。
一方現れた巨大鬼女は、躊躇することなく融合邪神を大太刀で斬りつける。
巨大鬼女に気をとられている隙をついて、ゴージン、ヘカティの二人も攻撃に移った。
ゴージンが邪神の頭部から飛び降り、重力の力を借りて鉤爪で邪神の表面を切り裂いていく。
ヘカティは最初と同様に突きで体ごと突っこんで大穴を開けている。
アーゼーはというと、少し離れた場所で動こうとせず、様子見をしている。二人に何かあったらすぐ手助けをするためだろうか。あるいは融合邪神の攻撃のタイミングを見計らって、抑えようと身構えているのか。
「さて、俺もちったあ働いてみるかね」
不敵な笑みと共に、ドロカカが呪文を唱え始める。
巨大鬼女の動きが唐突に止まった。おそらく停止の奇跡を発動させたのだろう。動きの止まった鬼女に、邪神より三本の腕が繰り出され、その巨体の胸や腹を貫く。
さらには、先程より多い数の光の蝶が発生し、ゴージンとヘカティへと襲いかかった。
しかし――それらの蝶が一斉に光を失った。石化――いや、泥の塊となって、次々と氷上へ落下していく。ドロカカの魔法か。
邪神の巨体も上から泥で覆われていくが、ほんの数秒でその泥が全て剥がれ落ちた。
「流石に本体には効かないみたいだわ。多少のペインは与えたが」
苦笑するドロカカ。そりゃ完全に泥になったら一発で終わりだしな。
ここでアーゼーが動き、融合邪神に近づくことなく、その場で剣を振るった。
ディーグルの飛ぶ斬撃同様の技のようだ。いや、奇跡と言った方がいいか? とにかく融合邪神の胴体に、横薙ぎにぱっくりと大きな切れ目が入る。
『ヌウウウウウゥゥゥゥ!』
邪神の絶叫と共に、ゴージン、アーゼーの二人の体が大きく吹き飛ばされた。しかしヘカティの姿が無い。
すぐにヘカティが姿を現す。邪神の体内から、邪神の体を剣で体ごと貫通して。
一応融合邪神も反撃しているが、ほぼ一方的なふるぼっことなっている。ま、このメンツだしな。しかもディーグルもドロカカも、余裕をもって思い出したかのような遠距離攻撃一発かましただけだ。
「おや、懐かしいお客さんですよ」
俺の体を後ろから抱きしめていたディーグルが、そんなことを口走った。
まさかここで敵の援軍かと思って、俺はディーグルの視線の先を見たが、違った。しかし確かにそこには見覚えのある者がいた。
「俺達が着く前に、終わりかけているとはな。しかもゴージン達の仕業か」
巨大な黒狼が唸るように言う。神殺しのフェンリルだ。確かに懐かしい……
「縁が無い事を祈ったが、そうはいかなかったようだ。しかし礼を言う」
そのフェンリルの背に乗っている黒髪の女性が告げる。ドロカカをしつこく追い回していた古代神の巫女モリノちゃんだ。




