11 試練の聖道
神守優助。こいつとは下界――神に捨てられた地において、ネトゲ内でリザレと俺と三人でつるんでいた。
リアルでも何度も会った顔見知りの間柄だ。何しろリザレの隣の病室だから。明らかにリザレに惚れていたようであったが、まあ残念だがリザレと俺は相思相愛だった。
こいつも不治の病であったが、まさか生誕してこっちに来ていたとは……
「自殺したんだ」
俺ら四人と同じテーブルに着き、一緒に食事を取りながら死因を明かした優助に、俺は食事を噴出しそうになった。
「姫が太郎さんに殺されて死んじゃったから、その後追いでね」
「太郎に殺さレただと?」
淡々と語る優助の台詞に、驚いたように俺を見るゴージン。ドロカカは興味深そうに笑って俺を見ている。ディーグルはと言うと、信じていない顔だった。こいつは流石だな。何のかんの言って、ディーグルが一番俺のことをよくわかっている。
「心臓の弱っていたリザレに、俺が自分の夢を諦めたことを告げたら、リザレがそれにショックを受けて容態が急変した。そしてリザレは死んだ。結果的に俺がリザレを殺したようなもんだが、別に殺意があって殺してわけじゃねーよ。でもこいつの中では、俺は殺人者なんだ」
こいつに罵られたことは忘れない。とはいえ、それは俺にとってある意味救いだったし、こいつに対して悪感情は無い。
「ごめん……意地悪言った。あの時も、今も……」
おや? 優助が突然謝った。
「太郎さんが女の子になってるとは思わなかった。生誕して性別が変わるなんて……」
「ちげーよ。ちんちんあるよ。見た目だけの問題だ」
誤解している優助に、俺が言う。この分だと、リザレにも同じこと言われそうだ。
「それにしたって子供じゃない。どういうことなの?」
「俺が知りたいわ」
「精神年齢に相応した姿になるのですよ。つまり太郎さんの精神年齢は、十歳ほどだったということです」
「なるほど」
横から口を出すディーグルに、納得する優助。いや、納得すんなよ。
「で、優助、お前はリザレとは会ったのか?」
よりによってこいつが魔雲の地の、しかもこんな場所にいることに違和感を覚えつつ、一番聞きたい事を尋ねる俺。
「姫やネムレスとはずっと一緒に行動してた。今は一人だけど」
食事を取りながら、優助はあっさりと告げる。リザレだけではなくも、ネムレスとも一緒だったとは。
「僕は修行のために、ネムレスと行動していたんだ。で、しばらくは単独で腕を磨けって言われて、この試練の聖道にずっといる。もうそろそろ修羅の庭に入れるよ」
つーことは、結構腕をあげたったことか。
「こっちに来て早速女作ってるってネムレスに聞いたけど、その子? 下界でも浮気ばかりしてひどかったよね」
俺の隣にいるゴージンを一瞥する優助。
「違うゾ。然レど、確かに恋人は作っていルゾ」
余計なことを言うゴージン。そしてネムレスも、こいつに余計なこと言ってくれちゃって……
「太郎さん……はっきりと言っておくよ」
敵意と闘志が漲った視線を俺にぶつけ、優助は強気な口調で宣言した。
「姫は――リザレは僕のものだ。太郎さんには渡さない。姫の心は僕が奪う。太郎さんにとって、姫は大勢の女のうちの一人でしかないけど、僕は違う。僕はリザレだけを見ている」
堂々と恋のライバル宣言。こいつ……こんなキャラだったか? いや、俺の知る優助とは違う。男子三日会わざれば刮目して見よと言うが、それにしても男らしくなっちゃってまあ……
「おおお、この坊や、熱いな」
ドロカカが面白がって拍手しやがった。
「応援しましょう」
「うむ、リザレなル者は知ラぬが、我ラもお主を支持せん」
ドロカカにつられるようにして、ディーグルとリザレも優助に向かって拍手しだす。こいつら……
「姫も僕に惹かれているからね。太郎さんはもう諦めて」
「黙れ、童貞」
面と向かって堂々と宣戦布告してきた優助に、俺は不敵な笑みを浮かべて言い返した。
「リザレはお前にも心を開いているだろうが、所詮は友達止まりだ。あるいは弟程度の認識、同情止まりにすぎん。俺はリザレとディープキスもしたことあるし、おっぱいも揉みまくったぞ。リザレはお前にそこまで許したか? ん? ん?」
顔の前で両手を広げてへらへら笑いながら、優助を煽る俺。
ちなみにそれ以上はしていない。何ていうか……弱りきっていつ死ぬかもわからない病人のリザレに、それ以上の行為をするのはいろいろ酷な気がして、できなかった。性欲の対象扱いする気に、どうしてもなれなかった。何より、興奮させて心臓発作引き起こす可能性もあったしな。
でもおっぱいは揉んだ。おっぱいだけは揉まずにいられない。オレ、オッパイ、ダイスキ。
「何だ、このゲスは……。俺もこの優助を応援しよう。優助、こんな性根の腐った奴に絶対に負けなさんな」
ドロカカまでもが優助の肩を持ち出した。この爺……
まあ正直俺は優助に不快感も対抗意識もねーけどな。いつも一緒に行動してて、俺にとっても弟分みたいなもんだったし、俺とリザレが両想いの立場なの知りつつも、リザレに懸想していやがったのは、きっと辛かっただろう。
「優助、おっぱいは許してやレ。太郎はマザコンで母恋しくて、おっぱいがたまラなく好きなのだ。我もよく揉まレル。昨夜も我が寝ていルと思って、こっそリ揉んでいたが、見逃したものゾ」
ゴージンがピント外れかつとんでもないことを口にしている。ここで暴露している時点で、見逃してねーじゃんかよっ。
「別にいいよ。心が一番大事だから。僕は必ずその心を射止めてみせる。皆さん、温かい励ましの言葉ありがとう。そして……太郎さんはこっちに来ても相変わらずなんだなあって、皆さんの反応見てよくわかった」
勝ち誇ったかのようににっこりと笑う優助。この野郎……調子にのりやがって。優助のくせに生意気だぞ。
「ネムレスは今ソードパラダイスにいるんだよな? リザレもそこにいるのか?」
「それはわからない。僕達は別行動していたから。姫には姫で目的があるし。ネムレスは……姫のしようとしている事をあまり快く思っていんいしね。正直、僕も不安」
暗い面持ちになる優助の話を聞いて、俺はネムレスに告げられたことを思い出す。リザレの心の闇。そしてリザレの謎の世界征服計画。世界の破壊者になるかもしれないという、ネムレスの危惧。
「ネムレスとリザレは、反発して離別したんじゃないよな?」
「ううん、それは無いよ。一応は仲間って感じ」
心配して尋ねる俺に、優助は答えた。一応は……か。
「ネムレスが優助に修行につけているとはねえ」
「ネムレスも僕と姫のことを応援しているからね」
にっこりと笑って挑発する優助。こいつは許せねーなー。
「ふんっ、例え世界中敵に回しても、世界中の誰もがお前を応援しても、リザレの心は俺のものなんだよっ、ばーかばーか。リザレに会ったら、お前の前でリザレのおっぱい揉んでやるから覚悟しろよ~?」
挑発し返す俺に、優助の勝ち誇った顔が変わった。くっくっくっ、こいつは利いたようだな。
「優助、真に受けルことなかレ。所詮は子供の戯言ゾ」
「うん……あっちでもこんなノリだったしね」
ゴージンになだめられ、一瞬マジになりかけた優助が小さく息を吐く。畜生、俺は四面楚歌じゃねーか……。どうしてこうなった。
「ところで太郎さんもここで修行するの? そんな子供の体で大丈夫?」
煽るわけではなく、本当に心配げに言う優助。
「さーな……まあ適度に頑張ってみるさ」
ディーグルに無理矢理させられる形での修行だから、正直モチベは低い。
「一緒にやろうか? 太郎さんにはネトゲの中でいっぱい世話になったしね。その恩は忘れてないし、仲間だったことも忘れてないよ」
「そりゃ俺も同じだ。それに、お前がこっちに来て、どれだけ成長したかも見てみたいって気持ちもあるぜ」
にやりと笑う俺。恋敵という一面もあるが、それ以上に、優助とはずっと一緒だった仲間だったしな。こいつとまた一緒に行動するのは、正直嬉しい。
***
試練の聖道で最も難易度の低い闘鬼の街道。しかしやることは魔物退治であり、油断していれば死にも直結する。
「ここの魔物のペインでいきなり死に至るなんて、ほぼ無いけど、それにしたって奥に行けば手強い魔物も出る。くれぐれも無理しないように」
子供の姿の俺を見て、係員ぽい人が念押しに注意してきた。
「つーか、ここの魔物はどうなってんだ? 倒されるためにいるだけなのか?」
宿場から街道に出る門をくぐった所で、ディーグルの方を向いて尋ねる俺。
「魔物にもいろいろ種類がいますが、ここの魔物は人を見れば、機械的に攻撃してくるようですね。例えば攻撃のプログラムを与えられたゴーレムや、狂気に憑かれた肉食獣です。知性のある魔物はいないでしょう。そんな魔物を連れて来ても、訓練場として活用されて一方的に殺されていたら、人を襲わなくなりますよ」
ディーグルの遠まわしな説明に納得がいった。というか俺の疑問を見透かした答え方だった。
魔物そのものもこの訓練場で管理されているような代物ってことか。しかし油断すれば容赦なく死ぬくらいの攻撃を仕掛けてくる、と。
安全面の考慮は、自分で判断しないといけない。話だけ聞いていると、結構シビアそうな気もするが、優助が街道の終わりまで攻略したとあれば、その判断もつきやすいのかな?
街道のあちこちには、ルーキーっぽい連中が武器を身構えて、おっかなびっくり歩いている。道の脇は、数メートルはあろうかという高い草がびっしりと生えている。魔物はこの中から突然飛び出してくるのかな?
俺は優助と肩を並べて、先を歩いていた。ディーグル、ゴージン、ドロカカの三人は、少し遅れて俺らの様子を後ろから見ている。戦うのはあくまで俺等二人ってわけだ。
優助の得物は扱いやすそうなショートソードだ。リザレも同じ得物だったという。そして驚いたことに、優助はネムレスの指導の下に、短期間で攻撃魔法を習得したらしい。攻撃魔法の習得には、途方も無い時間がかかり、才能の有無も左右するというのに……
「一つだけだし、三回くらいしか使えないけどね。まだまだ修行中」
優助はそんな風に謙遜していたが、それでもすげーよ。
まあネトゲ時代、優助はこんこんとやりこむタイプだったからな。どんな作業コンテンツであろうと、愚痴一つ言わずひたすら通い続けていた。とにかく頑張り屋。病気じゃなかったら、こいつはいい学校通っていただろうなー。
しばらく歩いていると、犬くらいの大きさのトカゲに良く似た魔物と戦闘している場面に出くわした。
魔物には目立ちやすい、大文字の番号札のようなものが巻きつけられている。数字は1。なるほど。あの数字で魔物の強さ判定か。
「やっぱり管理されているわけか」
「魔物管理の裏方の方とは御目にかかったことはありませんけどね」
俺の言葉に、ディーグルは少しうつむき加減に答える。魔物とはいえ、生き物そのものをけしかけて訓練の犠牲にすることに、快くは思っていないようだ。だったら何で俺をこんな所に連れてきて、無理矢理訓練させるのかという疑問も生じたが、突っこまないでおいてやる。
さらにしばらく進むと、俺らの前にも魔物が現れた。手にブラックジャックのようなものを携えた骸骨だ。スケルトンてわけか。とはいえこの世界にアンデッドモンスターなどいないから、ボーン・ゴーレムといった所だろう。数字は2。つまりレベル2か。
「太郎さん、頑張って」
優助が声援を送る。え?
「俺一人だけでやれっての?」
「普通は一人でやるものだよ。それに僕からするとここらの魔物は弱いから」
優助のくせに生意気なこと言ってきた。
骸骨がブラックジャックのようなものを振るって襲いかかってきたが、あっさりかわす俺。攻撃はわりと鈍い。普通の人並って所か?
難なくかわして、槍を振るって胴体を切断する。後は地面でもがいているだけ。モロい。弱い。そして命の無いゴーレムとはいえ、何となく可哀想。
「やめた」
俺はディーグルを一瞥して宣言した。
「どうしたの? 太郎さん」
優助が尋ねる。
「そうですね。すみませんでした」
ディーグルは察しがいいようで、俺がどうして投げ出したか、すぐに理解できたようで、謝罪してきた。
「この先、実際に命もある魔物が出てくるんだろ? それを訓練のために殺すとか、俺の性に合わない。しかもその魔物も魔法だか薬だか知らんが、人を襲って死ぬまで戦うようにプログラミングされているときた。命を弄ぶような行為に加担するのは御免だ」
ネムレスもよくこんな所で優助の訓練なんかさせたもんだ。今度文句言ってやろう。
「魔物にそこまで斟酌の必要も無いゾ。もしかして太郎がいた地獄には、魔物がいなかったのか?」
ゴージンが不思議そうに尋ねる。ようするにゴージンの星では魔物がいて、それは絶対悪のポジションだったのか。そしてここで魔物の管理している奴等も、きっとそうなんだろうな。
価値観の違い、常識の違いは埋めがたい。死後の世界に、あらゆる国、あらゆる星、あらゆる種族が混ざってしまうと、そうした行き違いやすれ違いが多々出ることはわかってはいたが。
「いなかったし、俺は食う以外に、命を弄ぶ行為は嫌いだった」
「そうか。我も命を奪う行為は控えていルが、魔物となルと話は別ゾ。我の部族はずっと魔物に脅かさレ、戦いを強いラレていたが故」
ゴージンのいた星というか環境は、平和なものではないみたいだな。
「そんなこと言われちゃうと、僕もこれ以上ここで修行するの躊躇っちゃうな……。今まで何も考えずに、魔物だからいいやと思って倒していたけど」
後ろめたそうな面持ちになる優助。
「俺がきっと偽善的なんだろ。気にしなくていいよ。そんなわけでお前ら、ここはスルーしてとっととソードパラダイス向かうぞ」
「お待ちを。ゴージンさんの修行がまだ有ります。羅刹の城は、ここや修羅の庭とは異なり、魔物が相手ではありません。人と人との対戦です。もちろん殺し合いではありません。あくまで修行ですから」
「わかったよ。じゃあそっち行くか」
ディーグルに引き止められて俺は了承すると、優助の方を向いた。
「そんなわけで、申し訳ないがお別れだ」
「待ってよ。あんなこと言われたら僕だってここで稽古するの躊躇っちゃうよ。それに、せっかく会ったのにもうお別れなんて……」
優助が俺を見下ろし、切なげな顔になって告げる。
「しゃーねえ。ディーグル、ゴージンの修行の間に、こいつに稽古つけてやれ」
「承知しました。太郎さんも一緒にやりましょうね」
「何でそうなるんだよ……」
にっこりと笑って俺まで混ぜてくるディーグル。こいつは何をどうあっても、俺に近接戦闘叩き込みたいんだな。
「高名なウィンド・デッド・ルヴァディーグルさんに稽古していただけるなんて、光栄です」
優助が表情を輝かせる。
何でディーグルには敬語……。俺の方がこいつの主で、立場は上なんだぞー。ふぁっくーっ。




