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10 思わぬ再開

「見ての通りレイスは退けたから、安心していいぜ。せいぜい俺達に感謝しな」


 集落の住人と旅人達に向かって告げると、彼等は安堵の表情と共に、口々に礼を告げてきた。


「レイスの親玉っぽい奴と話をしていたようだが……」

 こっそり覗いていた奴が、突っこんでくる。


「あの女だろ。あいつに操られていたらしいんだ。だから交渉して退いてもらった。何人かは殺しちまったがな」


 俺が報告する。もちろん殺したのはドロカカだけで、ゴージンは殺していない。


「どんな交渉したんだ?」

「奴等の狙いはこの爺の持ち物だったらしくてさ。この爺の持ち物を奴等に渡させた。その場面、見てなかったか?」

「ああ……言われてみれば……」


 包み隠さず正直に述べる俺に、突っ込んできた覗き見野郎が納得する。

 住人達が住居へと戻り、旅人達は宿に戻る。俺達も宿に戻る。


「さて、これからのルートだが、どうするね? この集落からソードパラダイスまで三つの道があるが」

「は?」


 声をかけてくるドロカカに、呆れる俺。


「あんたまだついてくる気かよ。もうあんたにとっての利用価値はねーだろ」

「いやいや、お前さんらは中々面白そうだからな。それにネムレスの神聖騎士とあれば、知識のおこぼれにありつけるかもしれん。別に古代知識だけが俺の目当てというわけでもない」


 懲りない爺だ。ちらりとディーグルを一瞥する俺。

 特に嫌がりそうなディーグルであったが、俺がわざわざ反応伺ってきたのを見て、苦笑いを浮かべた。


「ま、いいんじゃねーの?」


 了承する俺。ドロカカが追われていた問題は、一応は解決したわけだからな。一応は。


「この御大はきっとまたトラブルを運んでくれますよ。ただでさえ太郎さん一人でも厄介なのに、もう一人厄介なのを連れて行くことになるとは、楽しい旅になりそうで何よりです」


 笑顔で嫌味たっぷりのディーグル。


「話を戻すが、三つ道がある。一つはかなり遠回りだが、多くの旅人が通る緩やかなコース。一つは最も早く着く近道だが、間に宿場となる集落も無いうえに、魔物が多いコース。一つはそれなりに近道だが魔物が多く、間に宿場となる場所があるが、その宿場が面白いコース」


 ドロカカが意味深な口調で三つのコースを提示する。


「わざわざ面白い宿場とか言ってるし、最後に提示したのがオススメなんだろ?」

「まーな」


 俺の指摘に、ドロカカはニヤリと笑う。


「試練の聖道ですね」

 ディーグルが言った。


「ああ……。もうそんな所まで来たわけか」


 少し驚く俺。魔雲の地の曖昧な地図ではいまいちわからなかったが、もうソードパラダイスが近いようだ。

 試練の聖道に関しては、俺も知っている。ソードパラダイスへと続く一本の道であり、その昔、ソードパラダイスに入れる資格を試すというニュアンスで、この道が作られたという。しかし今では、わざわざそんな道で人を選り好みしなくてもいいだろーが、国が栄えないだろーがという事で、別の道も無数に用意されてある。ソードパラダイスからは十本以上の街道が伸びているとか。


「ゴージンさんは試練の聖道に行ったことはありますか?」

「無い。興味は有ったが」


 ディーグルの問いにディーグルがかぶりを振る。


「私は試練の聖道を行くことに賛成ですね。ゴージンさんの力を寄り伸ばす修行と、太郎さんの腐った性根を叩きなおす調教目的で、是非寄って行きたいです。おっと、失言がありました。申し訳ない」

「お前最近あからさますぎね? 大体俺には奇跡の絵があるから、修行なんていらねーんだよっ」


 にこにこ笑いながらほざくディーグルに、精一杯わるぶった声音できっぱり言ってのける俺。


「第一なあ、俺はかわすことと銃の訓練以外、ろくにしてねーんだし、そんなのがここにきて修行とかしても大して意味ねーだろ」

「そんなことはない。試練の聖道は、生誕間もない者も受け入れられるように出来ている。以前はソードパラダイスに入るための関門だったがね、今はビギナーからエキスパートまで幅広く受け入れる、大規模な修行場だ」


 ぶーたれる俺に、ドロカカが解説する。


「俺も少し寄って行きたい所だ。過去に二度ほど世話になった場所だし、昔の馴染みもいるかもしれん」


 ドロカカは最初からそのつもりで話を持ち出したようだな。


「我は是非行きたいゾ。太郎の決定次第だが」

 ゴージンが微笑みながら俺に振ってくる。


「許可する。他の腐れチンポ二匹の提案なら絶対聞かなかった所だが、ゴージンが望むから許可だ。そこの腐れチンポ二匹は、俺とゴージンを崇めて感謝しろ」


 ふんぞりかえって、心底どうでもよさそうに言う俺。


「そう不貞腐れなさんな。人の多く訪れる場所故、星の導きがあるかもしれんぞ」


 笑いながら俺をたしなめるドロカカ。この時は冗談めかしていたようにしか聞こえなかったが、まさかこの言葉が的中するとは、思いもよらなかった。


***


 翌日、集落を旅立った俺らは、しばらくキノコの森を歩き続けた後、普通の木々が生えた森へと入った。

 魔雲の地は大半が森か沼であるうえに、文字通り年中雲に覆われている。ここに住む者は陰鬱な気分にならんのだろうかと不思議だ。そのうえこんな土地に好んで訪れる冒険者気取りも大勢いるとのことだし。


 三日後に森を抜けて沼沢地帯へと入る。周囲は高く伸びた草に覆われ、そこかしこに小さな池や沼が存在する。木はぽつりぽつりとしか無い。

 沼沢地帯に入って何度か魔物に襲われたが、俺以外があっさりと蹴散らしてくれた。


 さらに一日半歩いた所で、再び山岳地帯に入った。平地の多い魔雲の地で、山地は珍しい。この間のような岩山ではなく、木々に覆われた山々だ。


「試練の聖道はもう少し先にあると思います。この道で入ったのは初めてですが。他のコースで入ると、山岳地帯に入ってすぐの場所に、闘鬼の街道の宿場があったはずです」

「闘鬼の街道?」

「ええ、試練の聖道は三つのエリアに分かれています。闘鬼の街道、修羅の庭、羅刹の城。その三つにそれぞれ宿場が有り、修行目的で訪れた多くの者で宿場は賑わっています」


 これから行く場所をよく知っていそうなディーグルが、解説してくれる。しかし、鬼、修羅、羅刹って、そのまんまなネーミングだな。言語共通しているとはいえ、地球人以外にちゃんと意味が通じてるのか? 実に不思議。


「太郎さんは闘鬼の街道に置いていくとして、ゴージンさんは羅刹の城ですね。私とドロカカさんには、不要な場所です」


 ディーグルがさらっとふざけたことを言う。


「俺置きざりかー、皆ともここでお別れかー」

「私がお守りしてあげますよ。ゴージンさんは太郎さんと違って、一人でも平気でしょうし」


 それでもゴージンとはお別れじゃないか。ヤダヤダ。他の二人はどうでもいいとして、ゴージンとは一緒にいるんだーっ。


「むしろ俺達の腕を鍛える場はソードパラダイスだろうな。脳筋めいた名の都市だが、一応魔術施設もかなり整っている」


 ドロカカが言った。なるほど、試練の総本山がソードパラダイスであり、及ばぬ者は試練の聖道で鍛えてこいってことか。


「闘鬼の街道と修羅の庭には無数の魔物が放たれています。生き残りをかけたサバイバルですね。安全な近道が存在するので、庭や城に直接行く事も可能です」

「放たれた魔物相手にサバイバルとか、随分アバウトな訓練場だな」

「闘鬼の街道の手前は生誕間もない者でも、武器さえあればどうとでもなる程度ですけどね。回避訓練を受けた太郎さんなら、さほど問題有りませんよ」


 わざわざ手前はと言ったからには、その街道も奥に行けば手強くなるってことか。


「別レて臨む必要もなかロう。我も太郎の修練に付き合おうゾ。その様子も見てみたいしな。我の修行はその後でもよい」

「ゴージンと一緒にいれるのは嬉しいが、何で俺がその修行する前提なんだよ。俺は絵あるからいいっつーの」

「ここまで来て今更何を申すか」


 いや、ゴージンのためってだけでいいじゃんか。とはいえ、ディーグルはどうしても俺をここにぶちこみたいようだし、何か考えがあるのだろうと見なし、一応従ってやっている。


***


 さらに翌日の夕方、俺達四人は宿場についた。試練の聖道の最初のエリア。戦闘初心者用の闘鬼の街道の宿場だ。

 宿場と呼ぶには結構広いし、村という感じだ。建物の数も多い。何より人の数が多い。これまでに魔雲の地で訪れた宿場や集落の中では、一番人口が多い。


 違和感があるのは、明らかに戦闘の素人っぽい奴が何人もいて、そいつらが完全武装していることだ。まあ、初心者向けというここでは違和感の無い光景なんだろうが、ここに来たばかりの俺には凄い違和感。第十八部隊にいた頃は、歴戦の兵達に囲まれていたせいで、そう見えてしまう。


「まず武具を揃えましょう」

 ディーグルが促し、武具屋と思しき店へと進む。


「俺、防具はいらんぞ。鎧とかダサいし」


 第十八部隊でゴブリン用の皮鎧を着させられた悪夢が蘇る。


「それにしても太郎よ、嫌がっていたわりには素直じゃないか」

 ドロカカがからかう。


「今でも嫌だよ。でもディーグルがこれだけ勧めるからには、ディーグルにはディーグルの思惑があるんだろうと思って、従ってやってるだけだ」


 俺の言葉に、ディーグルが満足そうに微笑む。


「直接戦うことも、一応は学習しておいた方がいいですからね。葉隠市にいた時はずっと嫌がって、銃と回避の訓練くらいしかしていませんでしたが。ちゃんと体験して知ることで、新たなことが見えてくるはずです」


 ああ、やっぱりそんな所か。葉隠にいた時からしつこく、接近戦の訓練をしろと言い続けていたし、回避や銃の訓練ばかりしている俺のこと、嫌そうに見ていたしなあ。


 そんなわけで武具屋に入り、俺が選んだ武器は槍だった。


「よいチョイスですね。チビをカバーするためのリーチとは」


 褒めるのにも、いちいち皮肉か毒を混ぜなければ気が済まないディーグルだった。


「お嬢ちゃん、防具も買った方がいいぜ」

「ちんちんありまぁすっ。特大ペニスケースあるか? 守るとしたらそこだけでいい。俺の本体そこだから」


 親切に忠告してくれる魔族の青年の店員に、堂々と言いきると、槍を携えて俺は店を出た。

 回避訓練もしてるし、人並み以上にペインへの耐性もあるしで、防具はいらんと思うのよねー。何よりダサーいクサーい。


「どうした、ディーグル?」


 店から出た所で、ドロカカがディーグルに声をかけた。俺が振り返ると、遠い目をしているディーグルがいた。


「別に……いつものことです」

 諦めた口ぶりでディーグル。どうしたんだろう?


「槍か。扱いに自信は有リや?」

 ゴージンが尋ねる。


「使ってりゃ体が扱いを自然に覚えるだろ。それともここにレクチャーしてくれる奴とかいるのか?」

「一応いますが、太郎さんには不要でしょう。第十八部隊で教わった以上のことは、ここでは教わりませんよ。羅刹の城辺りに行けば、違ってくるでしょうが」


 俺の問いにディーグルが答えた。

 でも俺、銃以外の武器の使い方なんて教わった覚えが無いんだが……。それもわかってて言ってやがるな、このヤロー。まあいいや。


「今日は日も落ちかけているし、疲れてるから明日からなー」

「然様に己を甘やかしてばかリは、わロき事也」


 ゴージンに半眼で突っこまれる。ディーグルにディスられるのはともかく、ゴージンに言われるのはちょっと堪えるぜ……


「夜間訓練しろってのかよーっ。ベストコンディションで臨ませろよーっ。疲れてるんだよーっ」


 仕方ないから駄々こねておく。


「仕方ないですね。でも明日また駄々こねたら、ゴージンさんと二人がかりで折檻しましょうね」

「言わずもがな」


 ディーグルの言葉に、憮然とした面持ちで頷くゴージン。何で主の俺が従者共に折檻されにゃならんのだー。

 宿に泊まろうとしたが、満室。別の宿に泊まろうとしても満室。三件目でようやく部屋の空いてる所を見つけたが、二人部屋が一つと、個室一つだった。


「ここにしよう。個室は俺とゴージンが同じベッドで寝れば問題無い」


 俺の決定に、ドロカカは苦笑いを浮かべ、ディーグルは諦めたように視線を泳がせている。当のゴージンはというと、嬉しそうに微笑んでいる。

 俺の下心は置いといて、ゴージンもゴージンで俺と触れ合うのは嫌いではないというか、別の意味で望んでいるからな。妹の代わりとして。


***


 妹の代わりだろうが何だろうが、年頃の女の子と同じベッドで、柔らかい体密着させられて、尻撫でくりまわされて、嬉しくないわけがない。しかし股間は悲しいほど反応しない。あ、尻撫でられるのは特に嬉しくないや。


 きっとゴージンは寂しさをぬぐいきれんのだろう。例え俺達と一緒でも。下界で死んだ際にトラウマを負って、それが死後十五年経った今も忘れられないでいる。ペインを完全に無効化してしまうほどの、深い深い傷。

 仮初とはいえ、俺なんかで癒しになるならいくらでも――とは思うが、ゴージンも進んでベタベタしてくるようなことは滅多に無い。

 しかし俺を抱きしめるゴージンのその抱き方は、失うのを怖れるような、そんな力の込め方を感じる。


 一晩明けて、部屋に差し込む朝日と共に目が覚めた時も、ゴージンは俺を後ろからしっかりと抱きしめたまま、静かに寝息をかいていた。

 まだ朝の五時。尿意を催した俺は、後ろめたさを感じつつ、ゴージンの抱擁をふりほどく。


「ごめんな、すぐ戻るからな」


 頭とフェネック耳の裏を撫でて言うと、俺は部屋を出てトイレへと向かった。おしっこには勝てなかったよ。


 放尿完了してトイレから出た俺は、おそらく俺同様にトイレに入ろうとして待っていた、他の客と出くわした。


 見覚えるのある――どころではない、はっきりと知っているその人物の顔を見て、俺は硬直した。


「ん、どうしたの?」


 トイレの前にて、自分を見上げて驚いている俺を見下ろし、その少年は不思議そうな顔をしていた。

 歳は十代半ば。眼鏡をかけた、優しそうな容貌の美少年。しかし俺が知っていたこいつは、もっとひょろひょろの細い体をしていたが、今はあの時と比べてしっかりとした体つきになっている。そのうえ青白かった顔色も、すこぶる良い。


「優助……」

 俺はそいつの名前を口にした。


「どうして僕の名を?」


 優助は驚いていた。そして俺のことはわからんらしい。無理も無い。こいつはおっさんの俺しか知らんからな。


「俺だよ。新居太郎だよ」


 俺の言葉に、今度は優助の方が驚いて固まる番だった。

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