8 レイス
「ディーグルは知っているのか?」
「魔雲の西部にも足を運んだ事がありましたからね。過去二度ほど交戦しました」
さらりと告げるディーグル。
「この集落に向かってるというし、やはり全員避難した方がよいか」
諦めたように言う店員であったが、ディーグルがかぶりを振る。
「避難してもどこまでも追いかけてきますよ。彼等はただ略奪するだけではなく、殺戮そのものを目的としています。彼等の教義なのか、それとも本能なのかは知りませんが。おそらくすでに斥候を放ち、この集落をターゲットにしています。ばらばらに逃げれば、助かる者と犠牲者で分かれるでしょうが、固まって逃げるよりかは生存の確率も上がります」
ディーグルの言葉に、店内がざわつく。
「あんた、神殺しのディーグルじゃないか。あんたなら魔物共もやっつけられるんじゃないか?」
客の一人がディーグルを知っていたようで、指摘する。
「私の一存では決められません。さて、どうしましょう?」
ディーグルが俺の方を向き、伺う。そんなもん、答えは決まっているが、確認は大事だな、うん。
「撃退しろ」
腕を払ってポーズを決め、偉そうに命じる俺。
「はい――と、言いたい所ですが、私一人の力では難しいですよ。斃すだけならともかく、集落にいる人を全て守るのはね」
「どういうことだ?」
「単純に数が多いと思われるのと、彼等の性質と能力が厄介です。好戦的でありますが、好んで強者と戦う性質があるわけではなく、むしろ弱者から好んで狙う性悪な性質を持ちます。また、生来の暗殺者であり、隠密行動からの不意打ちなどに長けています。個体差はありますが、戦闘者としても一筋縄ではいきませんからね」
なるほど。ディーグルが強者と判断すれば、ディーグルを避けて村人を襲い、略奪して逃げていくという方法も取るわけか。
「あんたら腕に自信有るのか。しかし勝てる見込みも無しでは……」
「逃げても追ってくるんだろう? 皆で戦う方がいいと思うがね」
「戦っても犠牲者が出るかもしれないし、いちかばちかで逃げた方がいいかもだ」
「こういう場面だと、逃げた奴から真っ先に殺されるのがお約束でしょー」
「とりあえず集落の連中、全員呼んでくる」
店にいた客が口々に喚き、獣人店員が外へと駆け出していった。
「一箇所に全員固めた方が良さそうだな。そうすれば守りやすくはなる」
「ええ、そうしてもらわないと困ります」
俺の言葉に頷くディーグル。
「そいつらとコンタクトは無理かね? 一人生かしておいて、話を聞きだしたいものだ」
ドロカカが好奇心を露わにして、顎髭を弄びながらにやにやと笑う。
「自分達以外は全て敵という認識の種族ですよ?」
「それでも話を聞くくらいならできないか?」
なおも食い下がるドロカカに、ディーグルは呆れ顔になる。
「ドロカカさんのために生け捕りにしろとでも? 私はお断りします。例え太郎さんが命じてもお断りですよ」
「事情があるわけでも無しに、好奇心のためだけにそんな命令しねーよ。見くびるな」
ディーグルの腕なら危険は無かろうが、そんな凶暴な種族相手に、子供じみた好奇心で生け捕り命令とか、いくら俺でもしないわ。
「失礼しました」
恭しい動作で謝罪するディーグル。
「仕方無い。自分で捕えるとしよう。俺の邪魔はせんでくれよ」
ドロカカ、かなりしつこい性分だな。一度決めた事は曲げないというか。
「ディーグル、お前の知っている限りのレイスの性質を、ここにいる全員に教えろ。注意すべきことや立ち回り方をな」
「先程も申したように、彼等は暗殺を得意としています。物陰に隠れ、音もなく忍び寄り、独自の暗殺器具を用いますが、その器具は様々です。個体差があるというか、私がかつて見たのは、刺鞭、透明の鉤爪、伸縮自在の細剣、鋸のような剣もありましたね」
「ペインを与えるのに暗殺もクソもあるのか?」
「短時間で消滅量のペインを与えるのが、この世界における暗殺ですよ。そして彼等はペインを効率よく与える技術を備えています」
俺は思わずゴージンを意識した。作戦を思いついてしまったのだ。
「太郎」
ゴージンが声をかけてくる。まさかこいつ……俺と同じこと思いついたんじゃないだろうな。
「お主なラ、すでに思いついていようゾ」
ああ、やっぱりか……。自分の使いどころをわかっていやがる。
「別にそんな手を使わなくてもいいだろ……」
嫌そうに顔を背ける俺。
「俺の絵を使えば、他に対処する手段はいくらでも思いつく。例えば走る人形を出すとかさ」
「その走ル人形は戦えルのか?」
膝を折り、俺の顔を覗き込んで問うゴージン。
「太郎さんの気持ちはわかりますが、犠牲者を出さないためには、最良の選択を取るべきです。所詮赤の他人だから見捨てるというのならば、私はそれでも構いませんが」
ディーグルも気付いたようで、余計なことを言ってくれた。
「太郎よ。お主のその優しさ、我は大事と思うゾ。しかし天秤にかけルでない。今は非情であレ。我は何とも思わぬ故。最良の采配を振ルうがよいゾ」
「そうだな。ゴージンが囮になって、その腐れ暗殺ペインとやらをできるだけ引き受けろ」
俺は息を吐き、最良の作戦を口にし、命ずる。
ペインに耐性があろうが、ゴージンのその役目を負わすのは嫌なもんだ。今までにも何度かあったが、その役を命ずるのは馴れることがない。甘ちゃんだとは自分でも思うけどさ。
「引き受けたし」
俺の心情を見抜いたかのように、ゴージンは朗らかな笑みを見せる。俺の気を和らげるつもりだっていうのなら、すまんが逆効果だ。
「俺達にも手伝えることがあったら言ってくれ」
「俺もだ」
「ワシはそれなりに修羅場をくぐってきているぞ」
勇敢な獣人店員や客の何名かが申し出たが、正直余計な犠牲を増やしそうな気がしてならないので――
「てめーら雑魚共は足手まといだ。何もするな。一箇所に縮こまって震えてろ」
角が立たないように、やんわりとお断りしておいた。
***
問題はゴージンがどれたけ多くの敵を惹きつけられるか、だ。
惹きつけておいて、次々と返り討ちにしてまったら、あとは警戒されてしまい、囮の役目は果たせなくなる。
そこで、だ。以前乱す者の奴等が俺の奇跡の絵対策に、見た目の姿が変わり続けるあれを、ゴージンにも施すことにした。俺の絵でだけどな。
ていうか、アリアの暗殺騒動でも奇跡の絵使って変装したな。
「これでよし、と」
絵の奇跡を発現させて、いつぞやの変装と同様に、ゴージンをエルフの少女へと変える俺。
「この姿でしばらく歩き回り、レイスとやらを何人か返り討ちにしたら、俺のいる所に戻ってこい。そうしたらまた別の変装をする。そしてまた囮としてうろつく。中味は同じでも外面が違うから、襲ってくるはずだ」
「なルほど、良い策ゾ」
俺の作戦に感心するゴージン。
「一回の囮よりは効果的でしょうが、例え見た目が変わっても、たった一人で何度も同じことを繰り返されれば、警戒されるのではありませんか?」
ディーグルが異論を挟む。確かにそれは言えている。
「そうなったらディーグルも出ろ。二人になればまた違うだろう」
俺が言った。そもそもゴージンだけに囮やらせるのもどうかと思うしな。ディーグルも多少は戦ってもらいたい所だ。
「そういう話ではありません。同じことを繰り返して返り討ちにし続ければ、敵もそこで対応策を考えるということです」
「その対応策も何パターンか考えて、さらに裏をかくようにしろってんだろ?」
「はい。それと、彼等が如何に殺戮マシーンといえど、一次撤退くらいはします。しかし――」
「一度引いてもまた来る可能性があるから、撤退もさせずに皆殺しにする方法考えろってんだろ?」
ディーグルの言わんとすることを察し、先回りして言う俺。
「余計な気遣いはいらないぜ。相手が種族単位で殺戮マシーンだってんなら、こっちも手は抜けないだろ。一時的に退けても、俺らが去ったその後で集落が襲われたら同じことだしな」
殲滅戦とか好みではないが、相手が狂っていますよキチガイの顔ですわなら仕方無い。
「相手の出方のパターンは今から予測立てる。キチガイの考えることなんて、理解しきれんとも思うが」
「だからこそ太郎さんにぴったりだと思うのですが」
「コノヤローっ!」
ディーグルのその一言にあっさり切れて、つかみかかろうとする俺だが、上から頭を押さえつけられてあっさりとあしらわれる。
「とこロでドロカカは何処ゾ」
ゴージンの一言で、ディーグルが俺を解放する。
「自分一人で捕獲すると口にされていましたが、正直厄介ですね。何をしでかすかわかりません。それと――彼は警戒しておいた方がよいですよ」
真顔で述べるディーグル。
「まあ胡散臭い奴ではあるな」
「それだけではありません。彼は禁断の知識を求める欲を捨てきったわけではないようです。それどころか、私達を利用してそれらの目的を遂げようとしています」
レロの神殿でディーグルとドロカカの二人で行動していたし、その際の会話で警戒しているって所かな。
「デカ顔女に襲われた時は、自分に関わらない方がいいとか言ってたくせに、心変わりし、俺らを利用してまた禁断の知識とやらを得ようってのか? どういうブレ方なんだよ」
と、俺。
「私も同じことを思いましたよ。十年間逃げ続けていたと口にしていたのに、その追っ手を撃退した途端、野心を取り戻すなど……」
呆れた声でディーグルが言った。
後で俺も話聞いておくかなあ。
「まあ心に留めておくさ。毒のあるような奴には見えないんだが」
最後の一言は余計だったかなと思う俺だった。ディーグルはそれを聞いて少し眉根を寄せていたしな。俺のお人好しな部分が、お気に召さないんだろう。
***
ゴージンを変装させるだけではなく、俺は奇跡の絵を発現し、集落周辺の至る所にトラップを仕掛けておく。
これらの罠はゴージンやディーグルを補佐するものではない。奴等が撤退しようとした際に逃がさないためのものだ。
集落の人間や旅人らには何もするなと言った俺だが、やっぱり予定変更して彼等の力も借りることにした。彼等には村の建物の中からレイスの動きをできるだけチェックしてもらい、奴等が撤退しようとしたら、こちらに報告する役目を担ってもらう。
奴等が撤退しようとしたら、罠を作動させる。久しぶりに気合い入れまくって大掛かりな絵を描いちまったが、果たしてうまくいくかどうか。
『来たぞ』
糸電話を通じて、見張りの村人が報告する。使い魔通信はゴージン相手に使っている。
俺と変装したディーグルは、物見台の上に身を潜めていた。一応しゃがんでいれば外からは見えない。つーか上る時も建物の中にはしごがあるので、ゴージンの変装を変える際には、この中で行うことができる。問題は、何度も物見台を出入りしていて怪しまれないかって事だが。
「おいおい……」
物見台から双眼鏡で集落を見下ろし、俺は思わず唸ってしまう。四方八方から無数の黒い人影が集落めがけて一斉に侵入しているのだ。
全員、全身タイツかとも錯覚するような、身体の線がはっきり浮かび上がるほどフィットした、材質不明の黒い服に全身を包んでいる。頭部まで隠されていて、目すら認識できない。
「あれがレイスか。名前通り不気味だな。数も多いし、相当に統制が取れてる」
「ええ、生まれついての暗殺者ですし、殺戮のためだけに生きていると言っても過言ではありませんから」
俺の言葉に、ディーグルはじっと下を見つめながら言った。恐らくは、敵の動きを把握しようとしている。
集落の広間の目立つ場所には、ゴージンがうろついている。すぐさま襲われるだろう。そう思っていた。
「太郎さん、あれ」
ディーグルが指差した方向を見る。おいおい……
そこにいたのはドロカカだった。堂々と姿を見せ、顎鬚を弄びながらにやにやと笑っている。あの阿呆爺……何考えているんだ。
ゴージンより先に、レイス達の標的はドロカカになった。四人のレイスが四方から、タイミングを少しずつズラして、ドロカカへと襲いかかった。




