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7 寄生神

「その寄生していたピレペワトの方は、ここで処分しておきましょうか」


 刀の柄に手をかけ、にこりと笑うディーグル。おお、頼もしいが怖い。


「しょぶううぅーんっ! しょぶんぶんぶんぶんっ! 言ってろよおぉぉ! 口だけじゃなくやってみろよおおおーっ! 口ばっかりのへなちょこにしてやるぜえええぇーっ!」


 踊り狂いながら喚き散らすと、ピレペワトは踊りながらディーグルに向かって駆けていく。

 ディーグルが斬撃を飛ばす。ピレペワトは避けようともせず突っ込み、体が十時に切断されたが、すぐに修復される。


「いってうえぇええぇぇうぇうえぅえ~っ! この程度のペインっ! 大した事無く心地好いくらいだけで超痛えだろうがこの野郎おぅおぅおうぉう!」


 流石に神と言ったところか。ちょっとやそっとのペインでは死なないようだ。


 さらに斬撃を飛ばすディーグルだが、ピレペワトは大きく跳躍してそれをかわした。物凄いジャンプ力だ。10メートルは跳んでいる。そして螺旋階段の上へと着地した。

 着地の瞬間を狙ってさらにディーグルが斬撃を飛ばした。これは避けきれず、胴体から体が真っ二つになるピレペワトであったが、やはりペインで消滅するようなことはなく、すぐに体が元通りになった。


「やはりだ! 俺の思った通りだ! お前達は……」


 螺旋階段の上から俺達を見下ろし、突然きりっと真顔になるピレペワト。


「全員暇を持て余したニート野郎だっ! 図星ぃぃぃ~っ!」


 俺達に尻を向けてぺんぺんと叩き、さらにはあっかんべーまでしてみせると、再度跳躍して逃げていった。


「追いますか?」

「放っておけ」


 尋ねるディーグルに、俺はちょっと脱力して言った。


 ピレペワト――狂神の名に恥じぬ狂いっぷりだったな。神に寄生してその神の正気を失わせるなどという迷惑な存在なのだし、この場で討ち取れたなら、それに越したことは無かったんだが。何か奴の狂いっぷり見てたら、すげえ面倒臭くなった。


 スケッチブックを取り、マダオと俺を守っているカプセルバリアーを解除する絵を描く。


「レロ様!」


 マダオが壇上で倒れているレロへと駆け寄る。


「マダオか……」


 どうやら完全に正気を取り戻したらしいレロが、マダオを見上げて力無く笑う。


「やったなっ、太郎」


 マダオと入れ替わりのような形で、壇上から降りてきたゴージンが、いつになく明るく嬉しそうな笑顔を見せて、俺に向かって両手を広げる。何これ、抱きついていいってこと?

 それじゃあ遠慮なく……えいっ。

 ゴージンに飛びつくと、俺の体はしっかりと受け止められ、ぎゅっと抱きしめられ、尻を揉まれる。うん……尻は、考えないようにする。


「我と二人でも神を倒せたであルな」

「マダオがいたからという点もでかいけどな」


 勝利の喜びを存分にわかちあってから、俺はゴージンから離れ、ディーグルとドロカカの方を向いた。


「お前等何でいなくなってたんだ?」

「ドロカカさんが探検しようと言い出しましてね……。勝手に出ていってしまったので、仕方なく追っていたのです」

「俺らがいない間に、騒ぎが起こっていたようだな。こっちはこっちで、面白いものを見つけたぞ。くくく」

「全然面白くはありません」


 顎鬚を撫でながら、含み笑いを漏らすドロカカ。一方でディーグルは、ドロカカの発言を咎めるかのように、憮然とした顔でドロカカを睨んでいる。


「何があったんだよ?」

「聞かない方がいいですよ。胸の悪くなる話です」


 俺の問いに、ディーグルが警告してきた。でもそんなこと言われると余計気になる。


「女が何人か、閉じ込められて輪姦されていたのだ」


 ドロカカが言った。うわぁ、エロゲみたーい。


「女は皆犯されて殺されたんじゃないのか?」

「ディーグルが痛めつけて話を聞いた所によると、何人かは生き残っていたから、何人かが他の信者達には内緒で、こっそりと閉じ込めて飼っていたというわけだ。その女達は特にレロへの信仰心が強かったおかげで、毎日地獄を見ながらも、祈りを捧げ続けて耐えていたのだ」

「な、なんという……」


 ドロカカの声は、よく音の響く広間であったが故、壇上にいるレロとマダオにも聞こえていた。レロが愕然とした様子で、ドロカカの方を見る。


「レロよ、あんたが欲望の神となったが故の悲劇だ。早く信者達の前に正気が戻ったことを伝えに行くがよかろう。特に、酷い目にあいながらも、必死で慈愛の神であった頃のあんたを信じて祈っていた女達は、手厚く慰めてやりたまえ」


 信仰しているわけではないとはいえ、神様に向かって偉そうな口ぶりのドロカカであった。


「言われなくてもそうするとも。ネムレスの神聖騎士と旅人達よ、貴方達には感謝しかない」


 深く頭を垂れると、レロはダッシュで階段を駆け上る。マダオも俺達に会釈をして、急いでその後を追った。


「ピレペワトを逃したのは間違いだったか……」


 俺が呻く。あいつを生かしておいたら、またどこかでこんな悲劇が繰り返されるだろう。


「単純に神を狂わせるだけではない。その信者達も狂わせるのが、ピレペワトのおぞましく恐ろしい所よ。全ての信者が狂うわけではないがな。あのオークも無事であったし、自我の希薄な、頭の悪い、大衆属性と言おうか、愚民と言おうか、そういう類の奴等が狂気に伝播されるのだ」


 大賢者様の黒ゴブリンが解説してくださるが、こいつは衆愚思想の持ち主なのかと疑ってしまうような内容だな。


「何にせよ、胸糞話だな。上に行って、適当に挨拶して、さっさとここ出ようぜ」


 今度ピレペワトに会ったら、必ず仕留めてやろうと心に決めつつ、俺は螺旋階段へと向かった。

 まあ必ず仕留めてやると言っても、何百年にも亘ってあのネレムスと争い続けているほどの神なのだから、一筋縄ではいかんと思うけど。


***


 神殿のエントランスに行くと、ボロをかぶった男達が嗚咽を漏らしながら、レロに向かって平伏していた。レロは三人のすすり泣く女達を抱きしめている。ディーグル達に助けられた、男達に捕らわれていた女なのだろう。


「すまん。本来、手厚く礼をしてもてなさねばならぬのだが、今は我々の心の傷を癒したい」


 マダオが声をかけてくる。


「皆正気に戻ったみたいだな」

「ああ」


 浮かない顔で頷くマダオ。

 正気に戻ったことが、さらなる悲劇とも言える。自分達が犯した罪を認めたのだから。今後彼等は、それを償い続けなければならない。


「お待ちを……」


 神殿を出て行こうとするレロが、俺達に声をかけて引き止める。


「ネムレスの神聖騎士と、そのお仲間の皆さん。まだお名前もうかがっていませんでした。それに何故旅をしているのかなど、様々な疑問もありますし、何か力になれることもあるかもしれないので、聞いてもよろしいですか?」


 レロに自己紹介していく俺ら。旅の目的が、ソードパラダイスにいるネムレスに呼ばれてという事や、俺が生誕してから一度も直にネムレスに会っていないことも言っておいた。


「なるほど……。数十年前、ネムレスの神聖騎士は、ピレペワトの神聖騎士に殺害されたとは聞いておりましたが……」


 レロの口から伝えられた言葉によって、俺の脳裏に、ネムレスに夢の中で見せられた風景が思い浮かんだ。

 岬。その下に広がる綺麗な海。少年剣士の格好をしたネムレスが、そこが俺の死んだ場所だと、哀しげに告げた。

 さらにネムレスは言っていた。ピレペワトよりも、下僕の神聖騎士の方が余程厄介な存在であり、リザレが刺し違える形で斃したと。そして……そいつもおそらく生誕していると。


「私程度のマイナー神では、大した力になれそうにない。残念です。せめて感謝の気持ちにこれを……」


 レロが懐から何か取り出して、俺に手渡した。


「何これ……」


 頭にスイッチがついて、小さな不恰好な人形だ。


「レロ神殿名物、リドル君です。一日一回、ボタンを押すと人形の口からリドルが書かれた紙が出てきます。リドルを解くと様々な種類の祝福の音楽が流れます」

「あ、ありがとう……」


 正直、超いらんわと思ったが、レロはわりと大真面目だったので、礼を言って受けとる俺だった。


 そして神殿を出てしばらく歩いた所で、ヘカティによろしく言ってくれと言われていたのを思い出したが、面倒臭いのでそのまま旅を続けた。


***


 レロの神殿を出て二日ほど歩いた所で、ようやく霧が晴れてきた。それと同時に、殺風景な岩石地帯も抜け、魔雲の地の大半を占める森林地帯へと戻った。

 森林地帯は森林地帯で、結構鬱陶しいんだがな。魔物も出てくるし。すげー暗いし。場所によってはじめじめしているし、歩きにくいし。

 一口に森林地帯と言っても、場所によって生えている木も違う。七節森林のような超巨木が生えている森もあれば、普通の木が生えている森もあるし、巨大なシダ植物に覆われた森なんてのもあった。


 森から森へ、歩き続けること四日。

 今いる森は、キノコだらけの森だった。巨木も大量に生えているが、それ以上にキノコだらけ。巨大キノコも多い。

 驚いたことに、道が網目状の超巨大キノコの上へと連なっている。ある意味とってもファンタジーな光景。


「つーかキノコが枯れたらこの道はどーなるんだ。いや、このキノコは一体どんだけ長生きしているんだ」

「キノコが枯れれば道は下に落ちる。それだけだ。そしてキノコが生えていない場所にもキノコが生えれば、この道のようになる」


 俺が疑問を口にすると、ドロカカが解説してくれた。


「この辺リに来たことがあルのか?」

 ゴージンがドロカカに尋ねる。


「うむ。以前この森に住んでいた。森の中に幾つか集落がある。この先に大きな池があって、その近くにも集落がある。俺の馴染みもいる。今夜はそこで足を休めるとしよう。そして池の集落から幾つもの道がある。このキノコの森の池は、ここいらではわりと有名な中継地点だ。ソードパラダイスへ向かう道も、複数のコースがある」


 ドロカカが言う。普通に考えれば、一番近い道か、さもなきゃ楽な道って所だがな。


「地図の予定通りでは駄目なのか?」


 俺が問う。元々俺らは予めコースを決めて向かっていた。


「地図には載っていない道もわりとある。それらは近いが魔物の出現率も高いし、あまり整備されてないために歩きづらいとかな」

「ドロカカさん、この子の前でそういう話はやめていただけませんか? 何も考えずノリと興味だけで、決定したがりますから」


 ディーグルが嫌そうにドロカカに向かって言うが、こいつはちょっと俺を誤解してるな。


「あのなあディーグル、そこまで俺は考え無しでもねーよ。魔物が出てもどうせお前らが戦うんだから構わねーけど、歩きづらい道なんて行きたくもねーよ。急ぐ旅でもないんだし」


 急ぎで来いというなら、ネムレスがとっくにもっと急かしているはずだ。


***


 翌日、ドロカカの言うとおり大きな池が目の前に現れ、そこには比較的大きい集落があった。なるほど、旅人の中継地点のようで、大きめな宿もあるし、旅人用の店も幾つかある。

 宿の一階は飯屋という定番。結構人が賑わっているな。団体客も多い。魔雲の地はいろんな目的で旅人が危険を承知で行き交うわけだが、旅人は魔物が現れても対処できるよう、皆武装している。


「様子が変ゾ」


 宿に入り、ゴージンが言った。彼女の言うとおり、宿の一階にいる客達の顔つきがおかしい。視線や顔の向きからして、全員が同じ話題を交わしているようだ。しかも何かヤバい系。


「知能のある魔物の集団とか……初めて聞くぞ。魔雲の地にいても不思議じゃないが」

「俺の生前の地獄にもいることはいたが、集団であちこち渡り歩くってタイプは無いな」

「レイスは本来、魔雲のはるか西部に出没する。知らないのも無理はない。それがここまで流れてくるとは……」


 レイス? ファンタジーではアンデッドとして出る死霊のあれか?

 そもそもこの世界、いろんな魔物がいるが、アンデッドはいない。当たり前だ。ここが天国なんだし、下界から見れば俺達全員アンデッド。いや……この考えもおかしいか。


「やあやあ皆の衆、何があったか簡潔に説明してくれんかね」


 ドロカカが気さくな笑顔で会話に混じり、話を聞きだそうとする。


「ソードパラダイスに向かう道の一つに、レイスという知性を持つ魔物の集団が出没して、ゆっくりとこちらに向かってるらしい」


 客の一人が答えた。


「相当危険な魔物でな。集落の全員、避難した方がいいんじゃないかって話になってるんだ」


 宿の店員と思われる、丸いケモミミを生やした獣人が言う。


 一般的に魔物ってのは、人類に害の有る生き物という区分けであるが、人類というのは文明を持つ知的生命体を指すし、そこにはうちらの世界で魔物扱いされていた、ゴブリンやオークや魔族も含まれる。伝説化している竜族も。

 しかし知性や文明を持つ魔物というのも、多少はいる。彼等が何故魔物というカテゴリーに入れられるかと言えば、種族単位で多種族とコミュニケーションを取ることをせず、問答無用で敵対してくるが故だ。そのため他の魔物と同様に、この大陸では魔雲の下や、東の果てに延々と続く不毛の大地に、隔離されているらしい。

 そもそも誰の手で隔離されているって話でもあるが。そういうシステムが、この世界に都合よく作り上げられているんだな。おそらくはこのハリボテの天国の創造者達によって。


「聞いたことが無い名だな」

 首をかしげるドロカカ。賢者様も知らんことが有るか。


「極めて好戦的で邪悪な種族ですよ。知性ある多種族は全て敵であり、生来の略奪者です」

 ディーグルが言った。

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