6 これはねえ、やっぱり
デカい鉄の扉を開くと、下に降りる螺旋階段が現れた。
少し降りた所で、巨大な空洞が出現する。しかもやたら明るく、空洞の下は見えない。
「この灯りは何だよ」
下から発せられる眩しいくらいの明かりを見て、俺が問う。マグマとかではないと思う。それにしちゃこの神殿は寒いし。
「レロ様が作った光の装飾の輝きだ。上から見るとただの光に見えるが」
マダオが言った。
長い長い螺旋階段を下りていくと、マダオの言う通り、光が形を伴って見えた。様々な動物の彫刻が、空洞の広間の下の床に並んで置かれている。その彫像が光輝いている。
彫像の動物達は、全て同じ方向へと頭を向けている。頭の先には、舞台のような壇が有り、そこに人影が見える。
「あれがレロ?」
「そうだ……」
尋ねる俺に、マダオが陰鬱な面持ちで頷く。
「会話はできるのか?」
「ほとんど無理だな。声をかけて反応はしてくださるものの、大概、一方的に神託を下すのみだ。もちろん以前は普通に会話ができた」
最早それは邪神というよりも、心を失くした神のそれに近くないか? タール村で戦った、ほぼ魔物化した神のように……
さて……どうしたものかね。絵の力でどうにかできる類では無い気はしていたが、階段を下りきる間に何かいい案は浮かぶだろうか。
結論から言うと浮かばなかった。地下神殿の底につく。周囲はマダオの背より高い彫像で取り囲まれている。どういう原理で発光しているかは不明だ。
彫像に挟まれた通路を壇に向かって歩いていく俺達。
壇の上には白いローブに白い蓬髪の人物が、俺達に背を向けて蹲っている。
「レロ様」
マダオの声に反応し、白ずくめの男がゆっくりと振り返った。
その容姿を見て息を呑む俺。皺だらけの老人。吊り上がった口角からは涎を垂らし、目はとろんとした目つきの三白眼で、まるでヤクでもやってラリっているかのようだ。
「欲し、奪え……。望むものは全て……。配慮は無用。愛も不要。欲に狂え。やりたいことをやれ。グゲッグゲッグゲゲッ!」
これはねえ、やっぱり狂ってますよ。この神は。顔見てごらんなさい。きちがいの顔ですわ――と、言いたかったけど、マダオの手前やめておいた。
しかしこれはタール村で会った邪神と同じじゃねーか。心を失くした神そのものだ。邪神や悪神が必ずしもそうなるわけではないが、そのケースは多いとドロカカも言ってたな。
「よし、帰ろうぜ。どうにもできん」
俺は背を向けた。
「よい手は思いつかずか?」
ゴージンが声をかける。
「一つだけ手はあるけど、それはどうかっていう手段だしな」
「あるなら言ってくれ。いや、やってくれ」
マダオが悲壮感に満ちた声で懇願する。
「そのさ、少し痛めつけてそのショックで正気を戻すとかできないかなと思って。かつてネムレスも、ラクチャと戦って心を取り戻させたっていうじゃないか。ある程度ペインを与えると、そのショックで元に戻るんじゃないか? あまり時間置いたら駄目かもだけど」
それ以外の方法も考えてあるけどな。すごく定番の、ありきたりの手段。マダオに声をかけ続けてもらうっていう手だ。そしてそこから先は、俺の絵の力を用いて、マダオのレロへの気持ちを直接ぶつけてやる。
「それができるのであれば、それでもいいからやってくれ」
全く躊躇することなくマダオは言った。
しかしその方法にはもっと深刻な問題がある。
俺とゴージンの二人で実行できるのか? 神と戦えるのか?
ディーグルがいればわりと安心できる。ゴージンも強いことは強いが、敵が神ともなると、彼女ではいささか心許ないのも事実。しかもこの神は信者の数もそこそこにいる事からして、バスの男よりずっと強力な神である事は間違いない。
「太郎よ」
そんな俺の気持ちを見透かして、ゴージンが俺の方を向いて声をかけてきた。
「案ずルなかレ。ディーグルが何故この場におラぬか、お主にはわかロうゾ」
ゴージンのこの言葉に、俺はハッとする。
以前のディーグルなら、絶対に俺から離れて行動するという事は無かった。なのに――どんな事情があるかは知らんが、俺とゴージンをそのままにしてどこかへ行ってしまっている。
「お前に俺のお守りができると、信頼してるってことだろ」
「然リ。その信に、我はしっかリ応えル所存ゾ」
不敵な笑みを浮かべて宣言すると、ゴージンはレロの方を向き、鉤爪を伸ばして構える。
「我は新居太郎の守護者ゴージン。邪なル心に侵さレし哀レな神レロよ、手合わせ願おう」
「それが望みか……ならば……私も神として全力で応じよう。それが欲望を促す神としての務めよ……」
ゴージンの名乗り上げに、レロの表情と雰囲気が明らかに変わった。狂気の笑みが消え、真剣な眼差しでゴージンを見つめている。ひょっとして今のゴージンの台詞に、何か心を揺さぶられたのか? その可能性は多いに有りうる。
「マダオ。レロの今の性質は欲望だが、元々は慈愛なんだ。その二つを同時にくすぐる台詞を考えて、タイミングを見計らって、心から訴えろ。それで効果があるかもしれない」
「わかった」
俺の要求に、マダオは覚悟を決めた顔つきで頷く。
レロの体から白い炎が立ち上る。正確には少し黄色みがかった白。ワンテンポ遅れて、広間にある全ての彫像から白い炎が立ち上る。
彫像がかたかたと揺れ始める。おいおい……まさか……
スケッチブックと鉛筆を出し、高速で絵を描きだす俺。壇上に一気に駆け上がり、レロの前に躍り出るゴージン。
最初の絵が完成する。俺とマダオの周囲に、透明の球状のカプセルが現れる。これでひとまずは安全確保……と。
予想した通り、彫像達がゆっくりと動き出した。これらが一斉に襲い掛かってきたら、いくらなんでもヤバい。何もしなければだけどな。
ゴージンとレロが交戦に入る中、俺は次の絵を描きだす。ゴージンの直接サポートしてやりたいところだが、それはまだだ。まずはこの彫像達を何とかしないと、ひとたまりもない。
二つ目の絵が完成する。壇の前に六本腕の甲冑姿の巨人が現れる。腕にはそれぞれ上から鞭、槍、刀を二本ずつ持たせてある。
彫像が俺とマダオに飛びかかる。さらには壇上のゴージンめがけて襲い掛かるが、甲冑巨人が壇の前に立ち塞がり、ゴージンへと向かう彫像を六つの腕を振るい、次から次へと破壊していく。
俺らはカプセルバリアーがあるから攻撃させておく。ただの防御壁ではない。カプセルに触れた瞬間、奴等の体は滑って吹っ飛んでいく。触れた者の体の摩擦を一時的に奪い、吹っ飛ばすという絵を描いておいた。ていうか、この絵使えるな。今後も活用しよう。
「中々……やるな……。流石はネムレスの神聖……騎士」
レロが何故か苦しそうな面持ちでこちらを見て言った。最初の狂気はなりを潜めているが、何か苦悶しているようだ。しかしゴージンと肉弾戦をくりひろげながら、こちらを向く余裕があるとは。
ひょっとしてレロはすでに、正気と狂気の狭間で戦っているのか? 失おうとしている心を必死に繋ぎとめようとでもしているのか?
壇上の戦いは一見ゴージンが押しているかのように見える。しかし違う。ゴージンの攻撃は一発たりとも当たっていない。全て見切られている。
ゴージンの連続攻撃をいとも簡単にいなし、時折白い炎でゴージンの体を焼くレロであったが、反撃の頻度は低い。ほとんど防戦に回っている。ゴージンの攻撃が激しくて反撃がままならないというわけではない。明らかに手を抜いているように見えた。しかし余裕ぶっているのとも違う。躊躇しているのか?
俺は次の手に移る。筆と水彩用紙と画板を取り出す。ここからはマダオの想いを借りることになる。
「マダオっ、叫べ! 主への気持ちを込めて叫べ!」
と、叫ぶ俺。
「レロ様っ! 思い出してください! 慈愛の神だった頃のことを! 私達信者との素朴で穏やかな日々を!」
いまいちな台詞っつーか、そのまんまではあるが、しかし想いさえあればいい。
「う……?」
マダオが訝る。自分の両目から突然涙があふれたかと思うと、その涙が空中へと噴き出したからだ。
涙は俺の筆の筆先へと集まり、空中で塊となって固定される。そして筆先より一気に吸収する。久しぶりだな、この力を使うのも。
筆で紙をなぞり、絵が即座に完成する。
壇上に変化が起こった。
ボロではなく、小奇麗な白い衣装を着た信者達が現れ、レロを取り囲み、微笑みかけ、祈りを捧げている。
「おお……これは……奇跡か……?」
呻くマダオ。うん、奇跡なんだ。そのまんま。
「ううう……」
レロの動きが完全に止まる。ゴージンも空気を呼んで動きを止めた。
「止めるな……」
頭を押さえてその場に崩れ落ちながら、レロがゴージンに告げた。泣いていた。
「とどめを刺せ。今なら……」
「そレには及ばず」
ゴージンが腕を振るい渾身の一撃をレロの頭部に見舞う。
「ああ……」
レロが殺されたと勘違いしたマダオが崩れ落ちる。
「ちゃんと見届けろ。いや、もう一度叫べ」
そのマダオに俺が声をかける。
「レロ様っ! 元に戻ってください!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔にしたマダオが力いっぱい叫んだ。その叫び声に合わせたかのように、ゴージンがさらに鉤爪でレロの頭を薙いだ。
さて、そろそろ効果あってもいいんじゃないかな。レロ自身も必死で心を取り戻そうとしていたようだしな。俺の絵と、ゴージンによる不殺のペインと、マダオの叫び声と、レロ自身の想い。これでまだ駄目なら、他に何かまだできることはないか探さないといけないが、思いつかない。
『うっがああああああっ!』
二重の叫び声が広間にこだました。二つの声は、レロの口からしぼりだされた。
ふと、俺は上を見上げる。ディーグルとドロカカの二人が螺旋階段を下りてくるのが見えたのだ。
レロに再び目を向けると、その体に変化が起こっていた。レロの体の中から、何者かが分離して外に出てきたのだ。
「この者は……見覚えあリし……」
ゴージンが目を剥く。俺もそいつの姿に、聞き覚えがあった。本でも見覚えがあった。
褐色の肌のあちこちにペインティングを施し、体中いたる所を金属の棒や鎖で貫き、体を隠しているのは陰部のペニスケースだけというイカれた格好。
「何でダヨおおおおぉぉあぅえぅぇぅぇええぅぇっ!」
気色の悪い叫び声をあげるそいつ。
「あいつは……以前訪ねてきた……」
「狂神ピレペワトか。レロの中に入っていたのか?」
マダオと俺が唸る。
ピレペワトが俺を睨んだ。ぶっさいくなツラしてやがるなあ、こいつ。しかも顔つきが歪んでいるし、これはねえ、完膚なきまでに狂ってますよ。この神は。真剣にきちがいの顔ですわ。
「まあぁあぁああぁあぁあたネムレスかあぁぁあぁぁぁ! こないだは巫女とネムレスが邪魔! 今度は騎士が邪魔! いつまで経っても、何度も何度も邪魔しやがってえええぇっぇぇっぇぇっぇぇ! 何がお前達をそう駆り立てる! 俺に粘着やめろよおおぉおぉお! 暇人があああぁ! お前等全員暇人ニートなんだろううぅぅう!」
何か知らんけど、ネムレスとリザレがこいつのしでかした事の妨害をしたようだ。しかしこいつは何をしていたんだ?
「何なんだ……こいつは。どうしてレロ様の中から出てきた」
ゴージンの腕の中に倒れているレロと、壇上でじたばたと手足を振るって駄々っ子みたいに踊って俺を睨む変顔のピレペワトを交互に見やり、マダオが疑問を口にする。
「ピレペワトは神に寄生する神なのだ」
階段から飛び降りて魔法でゆっくりと降下してきたドロカカが、俺とマダオの間に降りて言った。
「寄生した神を狂わせ、狂信を己への糧とする神。それがピレペワトよ」
そんな話は初めて聞いた。流石は大賢者様といった所か。




