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5 堕ちたる神の神殿

 神殿内でうずくまっているボロの男達は、じろじろと俺達を見てくる。その間をすりぬけて、奥へと向かう俺達。うーん……嫌な空気だ。


 大分奥へと来た所で、オークの男が足を止めた。


「この二つの部屋が空いている。使え。飯は後で持ってくる。それでだ、部屋の外を出歩くな。明日ここを発つまで、大人しく部屋の中にいろ。特にそっちの娘二人はな。ここは善人だけがいるわけではない。迂闊に外を歩けば襲われかねないぞ」


 真剣な口調でオークの男が警告する。人相は悪いが悪人てわけじゃないかも? いや、まだわからんけどさ。


「俺ちんちんあるよ」

「あってもなくても襲われかねん。ここに女がいないから、代用さえいればいいと思う者はわりといるだろう」


 こえー話だ。つーか、ここ一体何なのよ。


「随分と物騒な話ではないか。ここの者達は邪神崇拝へと切り替わったおかげで、狂ってしまったとでも言うのかね?」


 面白がっている様子のドロカカの質問に、オークの男はさらに不機嫌の度合いが増した顔になる。


「余計な詮索をしてどうなる? お前達は宿が欲しい旅人。明日にはここを出てゆく身。違うか? それともここに根を下ろすつもりなのか?」

「いーや。すまなかった。星の導きあらば、星の光に照らされたる真実を垣間見てみたかっただけだ」


 おかしな言い回しをして、笑いながら肩をすくめるドロカカ。


 オークの男は名乗りもせず、さっさとその場を後にする。


「さて、どう思うかね? 御三方」

 ドロカカが顎鬚をいじりながら、俺達の顔を見渡す。


「怪しさ満点ではあるし、俺一人でこんな所に来たら、怖くてたまらねーだろうな。神殺しの魔法剣士、不死身の獣人娘、謎の鬱陶しい大賢者なんつー仲間が一緒だから、あまり怖くないけど」


 そして俺自身は描いた絵を現実化させる奇跡の絵描き、と。よくよく考えたらすげーパーティーだな。


「そもそも邪神に堕ちるってどういうことだ? 神が心を失うというのとは、また違うんだろう?」


 俺が疑問を口にする。神の心の喪失自体は、知られている事ではないが、邪神や悪神に変わる話はわりと有名だ。


「主に性質の変化ですが、それによって多少信者も入れ替わることがあります。また、信者に悪い性質を持つ者が増えることで、信仰を得たい神の性質も変化する事がありますね」


 ディーグルが解説する。なるほど、それは知らなかった。


「教義も変化してしまうことがあるな。だが、悪神だの邪神だのといった定義は、見る者にもよって変わるぞ。君の主のネムレスとてそうだ。魔雲の地を含む大陸北部では、好意的に見る者が多いが、他の地では邪神扱いする者が多い」


 ドロカカが解説補足する。それは知っている。


「今のオークの様子を見た限り……ここの神様の変化は、あまり喜ばしいものでは無さそうだな」


 俺が言った。少なくとも今のオークは、慈愛の神が邪神へと変化した事に対し、歓迎しているようには見えなかった。まあ邪神に変わって喜ぶ奴ってのも、あんまいねーだろうけど。


***


 オークが持ってきた食事は、噛みごたえのある奇妙な野菜の入ったスープだった。ちょっとしょっぱめな味付け。つーかこんな岩だらけの土地で、この野菜を育てたのか? よーわからん。


 部屋はどちらもベッド二つ。当然だが、ディーグルとドロカカ、ゴージンと俺という振り分けにした。当然だ。うん。


 で、一応シーツも毛布もあるけど、ベッドも岩造りのせいか、結構冷えるんだ、これが。野宿よりはマシだがな。野宿用の自前の毛布もベッドの下に敷いて足して、ようやくマシになった。

 下から来る冷えって一番堪えるからなあ。しかしそれでもまだ少し寒い。

 これはあれだ。ゴージンに頼んで同じ布団に入ってもらって、抱き合いながら寝るしかないね。うん。いや……わりと真面目にそう思う。


「冷えルな。太郎は大丈夫であルか?」


 俺が言い出すより前に、ゴージンの方が俺のベッドに潜りこんできた。


「あんまり大丈夫じゃない。寒い」

「なラば早く言うがよかロうに」


 俺の体を抱きしめ、頭を撫でてくるゴージン。何だか最近、ゴージンの俺に対する過保護っぷりが増してる気がする。


「あっちの部屋はどうなってるのかな? ドロカカとディーグルで抱き合ってるのかな?」

「気色悪いこと言うなかレ」


 ゴージンにもそれが気色悪いと思う感覚あったのか……

 まあ、あいつらは魔法使えるからそれでどーにかするだろう。もしかしたらあいつらはあいつらで、俺らが抱き合って解決すると思っているのかもしれない。


 ゴージンの体温と感触を存分に味わうも、股間はぴくりとも反応しない、子供の役得と悲しさ。嗚呼……


 そして俺は布団の中でわちゃわちゃ動き回るから、正直こんなにしっかり抱かれっぱなしってのもキツいもんがある。以前にもゴージンに添い寝されてたけど、あの時は体調が悪くて、動く元気も無かった。

 あう……体入れ替えたい。でもゴージンの束縛が解けない。キツい。おかげで何か寝付けない。


「ローズナ……」

 耳元でゴージンが寝言を呟く。


 生前の妹の名だな。確か俺の尻が……いや、尻含めて全て、妹に似ているんだっけ。

 あまりよくない死に方したという事実も手伝って、仲の良かった妹がずっと恋しいままなのだろう。

 俺なんかで代わりになって、慰めになるなら、いくらでも……と思っていたら、俺もいつしか眠りについていた。


***


 ドタバタと騒がしい。

 ほのかに漂う殺気。一気に意識が覚醒する。


「速やかに支度を整えルがいいゾ」


 ゴージンはすでに普段着に着替え、持参した毛布もしまっている。

 部屋の外――少し離れた所から怒号のようなものが聞こえるが、何を言っているかまではわからない。


「ゴージン、聴こえるか? 何て言ってる?」

「我等の世話を焼いてくレしオークが、我等をかばっていルようだ。危険ゾ。我等ではなくオークがっ」


 そう言うと、ゴージンは扉を開けて部屋を飛び出していった。


「馬鹿! 出てくるな!」


 オークの叫び声が聞こえた。こりゃ確かにヤバそうだ。ゴージンの言うとおり、オークがな。

 荷物をまとめて外を見ると、オークが立ち塞がるような格好で、何名かのボロ達と言い合いをしている。


「旅人が男だけならいい。しかし女もいるのに独り占めしようっていう神経が気に食わん」

「いい人ぶってかばっているのなら余計に気に食わん。俺達はもう慈愛神の信徒ではないぞ。欲望の神の信徒だ」

「ふざけるな。俺はレロ様が元に戻ってくれるのを期待して、ここにいるんだ。お前達とは違う」


 最後の台詞はオークによるものだ。静かな口調であるが、深く激しい怒りが滲んでいる。

 邪神が元に戻るということは有り得るのか? それ以前に、何で邪神になったのかという疑問もあるが。


「元に戻る……か。マダオ。お前はやはり俺達と根本的に異なるな」

「俺達は今のレロ様に仕え、祈り、崇める。レロ様の新たな教義を守る」

「お前は相応しくない。ここにいる資格は無い……死ね、マダオ」


 殺気が膨らむ。マダオと呼ばれたオークに向かって、三人のボロがにじり寄る。ひるむマダオ。


 ゴージンが飛び出し、マダオの脇をすり抜けて、ボロ達へと向かっていく。

 行動不能になる分量の不殺のペインを与え、ボロ三人がたちまち崩れ落ちる。


「我が名は不沈戦士ゴージン。ネムレスの弟子にしてネムレスの神聖騎士の守護を担う者」


 相手を倒してから名乗りをあげるゴージンだった。まあ先にやっている暇は無かったしな。


「ゴージンだと……」

 マダオもその名を知っていたようで、驚いてゴージンを見ている。


「そして俺はネムレスの神聖騎士様だ。事情を聞かせてくれるか。って、ディーグルとドロカカは何してやがるんだ?」


 二人のいる扉を開くと……中には誰もいない。どこ行った?


「二人は?」

「俺は知らぬ。事情は……話したくはないが命を救ってもらったし、このようなことになっては、話した方がいいだろうな」


 マダオが大きく息をついた。


***


 三人のボロを縛り上げて部屋の中に放り込み、マダオは俺とゴージンに事情を話し出した。


「そう、二週間前までは、レロ様は慈愛の神だったのだ。旅人にはリドルを出し、正解した者には気分次第で様々な褒美をあげ、誤った者には一時のささやかな祈りを要求するという、お茶目な一面もある、気さくで、質素で、優しい神だった。信者も今よりずっと多かった」


 マダオには未だにレロを慕う気持ちが強いようであった。ただし、以前の慈愛神とやらのレロの方をだ。


「それが何で邪神になったんだ?」

「俺にもいまいちわからないが、きっかけはあった。奇怪な旅人が訪ねてきた。そいつとレロ様が長時間二人きりになって、そいつがいつの間にかいなくなった後、レロ様は全く別の神へと変貌を遂げていた。慈愛ではなく、己の欲望第一という邪神にな。他人を犠牲にしてでも己の欲望を優先しろという、今までとは正反対の教義を押しつけてきた」


 そういえばネムレスも欲望を司る神なんだよなー。他人の事を顧みず欲望優先とか、そんなことはねーけど。


「それだけではない。レロ様は気が触れたかのように、様々な奇行を繰り返すようになった。奇声をあげ、踊りだし、服を引き裂いてわざと汚し、食事に泥や土を混ぜた。それを信者達にも要求しだした。信者の多くは、ついていけなくなってここを離れたが、それでもレロ様を信じる者達が、まだここに残っている」


 哀愁と苦渋に満ちた顔で語るマダオ。


「しかし……ここに残った者は、俺のように、レロ様が元に戻ってくれることを期待している者と、レロ様の新たな教義に合わせようとする者とに別れてしまった。後者は……レロ様の言葉に全て従いつつ、欲望の赴くまま、信者の女達を犯し続け、ペインの果てに殺してしまった。ここを訪れる旅人達にも手をかけた」


 それでここには女がいないのか……


「俺は泥までは食わないし、女を犯しもしていないが、一応ボロだけは着て合わせている。そうしないと危ないからな。こいつらを見ただろう? もう同じ仲間とも言いがたい」

「奇怪な旅人とか如何なル者ゾ?」


 ゴージンの問いに、マダオは眉間に皺を寄せて不快さを露わにする。


「常にギャーギャー叫んでいるやかましい男だった。気が狂っているようにも見えた。しかもほぼ裸だ。大きな角で陰部だけ隠している。体中におかしな模様が塗られていて、金属で自分の体を貫いていた。叫びながら常に踊っている」


 マダオの解説を聞いて、俺はある神の名を思い出す。


「狂神ピレペワト」


 いろんな本で出てくる、有名な悪神だ。ネムレスとは長年に渡って相対する神。狂ってしまえば救われるという、実に狂った教義のおかげで、信者は少なく、有名であるにも関わらず、神としての力は弱いとの話だ。


「あいつがピレペワトなのか?」

 マダオが驚いていた。名前だけは知っていたようだ。


「本でよく描写されている内容と、完全に一致するぞ。あるいはピレペワトの信者が、ピレペワトを模倣している可能性もあるな」

 と、俺。


「いや、きっとそうだ。そいつがレロ様に何かよくないことをしたに違いない。神を狂わすなど、神にしかできまい」


 決め付けるマダオ。神でなくても神に匹敵する力を持つ者もいるんだぞ。神聖騎士や巫女、それにディーグルやシリンや鈴木のような奴が……


「取りあえず、俺達をレロのところに連れて行ってくれないか。どうにかできるかもしれない」


 俺の申し出に、マダオは驚いていた。


「太郎の絵の力で如何にすルものゾ?」

「どうだかなあ……。取りあえず見てみないことには何とも言えない」


 正直、精神状態の異常化とかでは、お手上げくさい気もするんだが。


「わかった。レロ様は地下神殿におられる。来てくれ」


 マダオが告げ、部屋を出た。その後を追う俺達。


 つーか、ディーグルとドロカカはどこ行ったんだ? あの二人なら心配無いと思うが、それにしても俺達を放っておいて二人で行動とか。ドロカカはともかく、ディーグルがそんなことするなんて、余程何かありそうだ。

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