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4 大賢者ドロカカ

「くくくっ、俺に助太刀をしようなんて考えないでくれ。お前達までしつこく狙われることになる」


 笑いながら俺ら三人の前に進み出て、ドロカカは言った。


 そうは言ってもなあ。見殺しにするとか後味悪いし、そういうわけにもいかんだろうに……まあ、ピンチになったら、ディーグルやゴージンも黙ってないだろうが、一応二人に無言で目配せしておく俺。ゴージンは俺のお守りがあるから、ディーグルが助太刀だな。

 しかし大賢者とは、大した異名だな。全然そんなイメージじゃない。自称怪しい占い師の方がしっくりくる。


「貴様がまさか逃げ回るという選択をするとは思わなかった。多大な知識を仕入れ、それを利用することもなく封じるとは」


 デカ顔女がドロカカに話しかける。


「そうすれば見逃してもらえると思ったんだがなあ。駄目ということかね? 殺さなければ気がすまないか? 十年以上も俺を探し回っていたとは御苦労なことだ」

「漏れないとも限らない。貴様は知ってはならない知識を知った。それだけで貴様は生かしておけん」


 デカ顔女の瞳が妖しい紫の光を帯びる。ドロカカが早口で呪文を唱え始める。


 紫の光が光線よろしく放たれる。つーか、俺らも巻き添えにされかねない範囲じゃねーか。

 ディーグルが光線をかわしながら、同時にデカ顔女へと突っ込むのが見えた。


「こレで我等にしてみても敵ゾ。我はネムレスの高弟にしてネムレスの神聖騎士太郎の守護者ゴージン」


 同じく光線をかわしたゴージンが、不敵な笑みを浮かべて名乗りをあげる。でも俺をおぶっているから、お前戦えないだろ。


 ディーグルの攻撃より前に、ドロカカの魔法が完成した。何本もの白いビームのようなものが迸る。一直線に飛んでいくのではなく、横、縦、斜めに、放たれたビームが刃のようにデカ顔女に切りかかるような感じだ。

 いや……これビームじゃないな。白く伸びたそれは、高圧縮で放たれた水だ。ウォータージェットって奴か。

 高圧縮かつ高速で放たれた何本もの極細の水流は、様々な方向と角度でデカ顔女に襲いかかり、あっさりとその顔をバラバラにしてしまう。


 ドロカカの快勝? いや……こんな簡単に殺せるなら、ドロカカだってずっと逃げ回っているわけもないと思うんだが。

 しかしバラバラになったデカ顔女、消滅していく。完全に殺したようだ。


「まだゾ」

 ゴージンが俺に言い聞かせるように呟く。


 その直後、新たに四体のデカ顔女が霧の中からヌッと姿を現した。実は複数いましたパターンか。いずれにせよ、幽霊みたいな不気味ヅラしているからビビるわ、この登場の仕方はよ。


 デカ面共がドロカカめがけて一斉に怪光線を放つ。ドロカカは慌てて避けようとするも、何発か食らって倒れた。


 さらに追い討ちをかけようとするデカ面であったが、ドロカカをかばうようにしてディーグルが立ち塞がる。


「退け」

 デカ面女が動きを止め、ディーグルに警告した。


「ドロカカと縁深き者か? そうでなければ退くがいい。無関係の者を傷つけたくはない」


 そのわりには最初のデカ顔は、ゴージンやディーグルも巻き添えになるような攻撃していただろうに。


「モーコ・リゴリ遺跡」


 ディーグルがポツリと呟いたその一言に、デカ顔達の顔色が一斉に変わる。ドロカカは苦笑いしている。


「彼を狙う理由はそれではありませんか? 禁断の知識というと、それしか思い当たりません。他にも出所はあるかもしれませんが」

「お前は何者だ? 何を知っている?」


 淡々と語るディーグルに、緊張感溢れる声でデカ顔女が尋ねる。


「私やシリンも彼の遺跡探索後、古代神の使い魔共に、しばらくの間狙われ続けましたからね。全て返り討ちにしましたが」


 デカ顔女にというより、俺やゴージンやドロカカを意識して喋っているような気がするな。


「貴様アァァァッ!」


 四匹のデカ顔女が一斉に怒りの形相と化し、その矛先をディーグルに向けた。はい、こいつらの死亡フラグ完成。


「人喰い蛍」


 三日月状に点滅する光の粒が、ディーグルの周囲に何百と現れたかと思うと、踊り狂うようにして、一斉にデカ顔女に襲いかかる。

 そのうち二匹が穴だらけになって消滅した。


 ディーグルがその場で刀を振るい、飛ぶ斬撃がさらにもう一匹を四枚下ろしにする。あっという間に残り一匹。

 ドロカカもこの隙に呪文を完成していたようで、ウォータージェットが残りの一匹をバラバラにした。


 さらに追加が出てこないか警戒する一行だったが、霧の中に気配は感じられず。


「こいつらは分身みたいなもんだ。本体は別の場所にいる」


 ドロカカが言うと、ディーグルを見上げた。


「あいつらにお前さんの存在も知られちまったぞ。余計なことを口にしたもんだな」

「そうですね。主を危険に巻き込んでしまう結果になりました」


 ディーグルがにやにや笑いながら俺を見た。この確信犯め。


「ウィンド・デッド・ルヴァディーグル、お前もモーコ・リゴリ遺跡第三次探索隊で、禁断の知識には触れたのであろう? だからこそ神殺しなど行っていた。違うかね?」


 ドロカカがディーグルを見上げたまま問う。


「もう相当大昔の話ですが、貴方も探索隊にいたのですか? 第一次第二次の探索隊は全滅したはずですし、第三次にゴブリンがいた記憶はありませんが」


「俺は十年ほど前に非公式で行われた、第四次探索隊の一員だ。ソードパラダイスもこっそり支援していた。そしてそこでお前さんらと見つけたものと、同じものも見つけた。即ち、古代神の生体をな。もちろん、この世界の真実を記した禁断の知識の一端も垣間見た」


 ドロカカが何を喋っているのかは、俺には何となく察しがついた。夢の中でネムレスも、断片的にではあるが散々語っていたし、俺も常々疑問を抱いていたしな。


「古代神が何であるかはわかるかね? お前さんも禁断の知識を得たなら、知っているかもしれんが」

「禁断の知識とやらに触れてない俺でも、察しはつくぜ。この世界の創造者達だろう?」


 俺が口を挟んだ。


「流石ネムレスの神聖騎士だ。ネムレスも古代神の存在を知っていそうだな」


 顎鬚をいじりながら、ドロカカは興味たっぷりの笑顔で俺を見る。

 これまでにネムレスから聞いた様々な話を総合すると、そうなるんだよな。このハリボテの天国は、何者かによって意図的に創られた代物。神と創造者を結びつけると、そういう結論に容易く行き着く。


「古代神達にしてみれば、この世界の正体が知れ渡るのは大層都合が悪かろう。この世界こそオリジナルだと思わせたいのであるし」

「それが禁断の知識か?」

「うむ。最も知られたくない真実よ。他にもいろいろあるが」


 俺の問いに、ドロカカは頷いた。


「ドロカカさんだけではなく、私も禁断の知識の保持者と知られた以上、ソードパラダイスまでは同行した方が良さそうですね?」


 確信犯ディーグルが俺に決定を促す。


「いや、面倒だからドロカカは谷の底に捨てていこう。ディーグルもな」


 何となくイラッときて、俺はへそ曲がりな決定を下した。


***


 そんなわけで、相変わらず霧の凄い岩山地帯を四人で旅しているわけだが。


 先の見えない長い長い一本橋は、さすがに皆慎重に歩いていた。橋の足元に穴が開いているという事も十分に考えられたからだ。

 まあ俺はずっとゴージンにおんぶしてもらっていたんだけどな。降りようとしたら、ディーグルにもゴージンにも反対された。俺のこと、危なっかしいおっちょこちょいだと思って信用していないようだ。いくら見た目がガキでもそこまでは……


 橋を渡り終えた後は、ゴージンの背中から降りた。ゴージンは不満げだったし、俺もゴージンの感触楽しみつつ楽していたかったけど、そういうわけにもいかんだろう。


 岩山の道をひたすら歩き続け、翌日の夕方頃になって、ようやく岩山地帯を抜けることが出来たが、岩石地帯である事も霧に覆われている事も、まるで変化無し。歩くのが楽になった程度。


 延々森の中、延々沼沢地帯も鬱陶しいが、これはこれでまた景色を楽しめない。

 ていうかね、この魔雲の地とやらは、あまりいい景色無いね。それが超不服。


 あちこちに岩が転がり、地面も岩肌という不毛の土地を歩く一行。前にも言われたが、魔雲の地では珍しい地形らしい。

 一応、道はあるので、道に沿って歩いているが、この道を作ったのは誰なのかとか、こんな霧の中でよくも道を作れたものだとか、不思議になる。


 そしてタール村周辺もそうだったが、岩石地帯に入ってからは魔物の類とも遭遇しなくなった。昨日の古代神の使い魔とやらは別として。

 魔物というのは、別にこの世界だけの特殊な生き物ではない。俺達と同じだ。生前は神に捨てられた地にいた生き物だ。そして人々とは相容れない動物達のことだ。


「何故魔物が魔雲の地、東の不毛の地にいるのか。魔物の多くは、地獄にいた人類の敵対種か、人類にとって有害な動物だからだよ。彼等の魂も、この人工冥土へと来てしまう。しかし、この世界を天国とするためには、彼等の存在は邪魔以外の何者でもないというわけだ」


 ドロカカが解説する。もちろんこれも、遺跡とやらで知った禁断の知識という奴だ。市販されている普通の書物では、御目にかかれない知識だ。


「北の魔雲に覆われた土地や、東の不毛の大地は、有害生物の隔離場ってことか」


 俺が言った。つまり俺がいた世界の、熊だのライオンだのオオスズメバチだのウツボだのも、魔物扱いで隔離されているってことだな。


「肉食の生物は肉性植物を食べることもあるが、肉食の本能を満たすことができずに、ストレスとなって余計に凶暴化しているという説もある。あくまで一説であるが、それが本当であれば、彼等にしてみればここは天国とは呼べぬな」


 全くだと、俺はドロカカに同意した。それもまた、この人工天国の歪の一つか。


 さらに一日が経過した。


 夕方近くになった頃、少し霧が薄くなり、その分遠くが見えるようになった。しかしまだ霧が晴れる様子は無い。


「川だ」


 見てわかることを思わず口にする俺。ようやく変化っぽい変化が見受けられて、ちょっと嬉しい感じ。

 近くに寄って見てみると、岩肌の土地の中を流れるその川は、とても水が澄んでいた。川幅はそれほど広くはない。そして、川の中に生き物の気配は無し。つまらん。

 岩石地帯に入ってからまるで生き物が無い。植物も全く生えていないからか……。そして植物の種子が辿り着いても、ここでは育たないって事だろうな。うーん……さっさとここ抜けたい。


 道は川沿いに続いていたが、やがて橋が見え、さらに橋の先には一軒の岩造りの家屋があった。

 こんな所に人が住んでいるのか? しかも相当でかい家――いや、屋敷だ。二階建てだし。俺らが葉隠で住んでいた屋敷よりずっとでかいぞ。


「泊めてもらえるかねえ?」

「訪ねて聞いてみルべし」


 家へと向かう四名。


 鉄製の扉の脇には呼び鈴がついていたので、鳴らしてみる。すると――

 扉が重い音と共に開き、中から薄汚いボロをかぶった男が現れて、ぎょっとする。

 男はオークだ。ひどく人相が悪く、胡散臭そうに俺達を見ている。全く風呂に入ってなさそうなくらい肌が汚れていて、異臭も放っている。


「失礼しました」


 もうそれを見ただけで、俺は関わり合いになりたくなくて、そう言ってこの場を後にしようとする。


「入れ」

 しかしオークが短く告げ、中に入るように促す。


「ふっ、臆したか太郎」


 オークの異様な雰囲気を逆に面白がっているドロカカ。まあ、見た目の怪しさなら、こいつも中々いい勝負だが。


 屋敷の中に入ると、中の床や円柱や壁も、全て岩で造られていた。天井は高い。何だか屋敷というより、神殿のような雰囲気だ。玄関からしてかなりの広間である。

 オークと同様にボロをまとった汚い男達が、何名も左右に並んで座り、じろじろと俺達を見ている。敵意は無いようだが、歓迎しているというムードでもない。女の姿は無い。男だけだ。数えたところ、十七人。


 どういう連中なんだ? いや、どういう場所なんだ?

 神殿だとしたら、ここは神のお膝元か? それにしてもこんな汚い格好をして、来訪者を異物のような目で見ているのは……


「こっちへ来い。寝床が欲しいのだろう?」


 こちらの意図を見透かしたオークがさらに中へと促し、先導する。


「えっと……ここは……?」

「邪神レロの神殿。我等は邪神レロの信徒」


 邪神? 慈愛神じゃなかったのか? ヘカティやゴージンが知らぬ間に邪神になってしまったのか?

 しかもその信者である男がそう告げるってのも……


「慈愛の神と聞いていたか?」


 オークがこちらの疑問をさらに見透かして、話しかけてきた。


「それも二週間前までの話よ。もうレロに慈愛の心など無い」


 不機嫌そうに、そしてどこか哀しげに、オークの男は告げた。

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