表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/185

3 霧が濃くて……(魔雲の地バージョン)

 ここは天国。平和な天国。平和であるはずなのに、争いばかりが起こっている、実は平和ではない天国。歪な天国。創られた天国。

 ここは死後の世界。死後の世界だったにも関わらず、今やこっちがこの世。地球だの宇宙だの日本だのがあるあっちがあの世。あっちは神に捨てられた世界。こっちは神のいる世界。あっちは弱肉強食前提の世界。こちらは争わなくてもいいはずのシステムの世界。


「魔雲はこの世界の矛盾の吹き溜まりと言ってもいい。思念が晴れ難き雲という形となり、その雲の下の土地は歪に歪み、魔物を産み、神も魔へと導き、刺激を求める者を集めている」


 頬に当たる柔らかい感触を楽しんでいると、俺が膝枕している太ももの主が、静かに語りだす。


「古き神々が築いたこの世界は、所々綻んでいる。魔雲の地の奥深くにある『ペインの深淵』や、魔雲の地をさらに北へ北へと進むことでたどり着く『世界のほつれ』など、正にそうだ」


 ゲームで言うならバグみたいなもんかねえ……と思いつつ、俺は寝返りをうち、うつ伏せになって顔そのものを柔らかい太ももに押し付ける。夢だってのに夢とは思えないこのリアルな感触。嗚呼、素晴らしい……

 舐めたら怒られるかなー? いや、口にくわえて甘噛みもしたい。もう何かずっとこうしていたい幸せな気分でいっぱいだわ。


「好きにしていいぞ。君がそう感じてくれていると、僕も嬉しい」


 俺の心を読んで、嬉しくありがたいお許しの言葉が出た。ひゃっはーっ! では早速――


「好きにしていいが、話はちゃんと聞くように。ここからが重要な所だ」


 俺の主たる神は、少し真面目な声で言った。


「この世界が紛い物であることはわかっている。しかし僕はそれでもこの世界を守りたい。壊したくはない。この世界を乱す者も放置しておけない。特にこの世界を破壊しようとする者は決して許せない。そしてリザレがその恐るべき破壊者になるかもしれない」


 最後の一言に俺は反応し、顔を上げた。

 少女――ネムレスは、憂いを帯びた顔で、俺の顔を見下ろしていた。


「僕とリザレは今別行動を取っている。一応彼女を制御したつもりだが、正直信じてやることができない。僕は彼女を疑い、警戒しているというのが本音だ。二度の転生を経てなお、彼女の心の中の闇は消えていないに違いない。転生しても全てを完全に忘れてリセットするわけではないのだ」

「リザレの闇って……」

「僕達が出会った頃、彼女は決して幸福ではない境遇にあった」


 前世の話か。


「前世のさらに前世だな。君達は僕と出会ってから、二度も死んでいる」


 俺の心を読み、ネムレスは寂しげな笑いを浮かべて言う。


「記憶を失ってもなお、あの時の憎しみが魂に刻まれているのだ。そして――今回の生誕前の地獄においても、リザレはあまり良い人生には恵まれていなかったせいで、それがおかしな具合に、彼女の中で蠢いている」


 ほぼ病院で過ごした、短い一生。

 あいつはいつも俺の前で笑顔を見せていたし、泣き言も言わなかったけど、それが辛くないはずがない。たとえ四六時中ネトゲ漬けだったにせよ。


 何度かネトゲ中にも発作を起こして、いきなり動かなくなった事もあったな。俺だけじゃなく、ネトゲ内の親しい友人達にも、病院から繋いでいる重病人だとバラしていたから、身内には変な目では見られなかったが、野良活動でもやらかした事あって、寝堕ち扱いされて……いや、そんな話はどうでもいい。


「パライズ――いや、太郎。君もリザレの闇を抑えるのに協力しろ。リザレ自身、自分の中の闇に自覚が無い。冥府の支配者になる野心という歪な形でそれが発現しているようだがな」

「は? 冥府の支配者になる?」


 ネムレスの言葉に、俺はあんぐりと口を開ける。


「うむ。狂気の野心であるが、リザレは本気のようだ。やるにしても、誰も傷つける事無く無血で行うよう念押ししてはあるが、それもどこまでもつか」


 世界征服ってだけでもとんでもねー話なのに、それを無血でとか、さらに有り得なさすぎる話だ。


「僕もそう思う。無理な話だ。しかし彼女がそれに挑もうとしていることそのものが問題だ」


 言いながらネムレスは、俺の胸元のタリスマンをつまみあげる。


「浮気者め。潰してくれようか」

「や、やめろよっ」


 慌ててタリスマンを取り返す俺。


「冗談だ。それにここは夢の中だ。何を慌てている」

 俺の反応を見てくすくすと笑うネムレス。


「さて、そろそろお別れか」


 ネムレスが告げる。夢から覚めようとしているという事だ。


「君と会えるのを心待ちにしている」


 意識が覚醒しようとする俺を、ネムレスが笑顔で見届ける。


「俺もだよ。絶対Hしまくろうなっ」


 俺の言葉に、ネムレスは笑顔のまま俺のほっぺをぎゅーっとつねりあげた。何故か夢の中なのに超痛い。


***


 流石に神といっても、長時間ぶっ通しで戦っていて疲労が激しかったようで、ヘカティはタール村へと戻ると、すぐに床についた。


 ついでに俺も歩きっぱなしで疲れていたし、夜も更けていたので、すぐに寝た。


 村に戻るまでの間、いろいろとヘカティの身の上の話を聞いた。魔雲の地の地図を一人で描くという、途方もない旅をしているという話を。


「ゴージンはここで生誕したんだよな。それならある意味ここが故郷みたいなもんか」


 俺とディーグルとゴージンの三人で、宿屋の食堂で朝食を取っている最中、俺が話しかける。魔雲の地に入ってから足取りが軽い。


「うむ。然レど異なル地にも赴き、よリ見聞を広めたいと思いたち、南へと下リつつ戦の場で爪を振ルい続けていたであル」


 俺が何で離れたのかと質問する前に、ゴージンの方から答えた。


「魔物ではなく、乱す者と戦う機会が多いが故、戸惑いはあったゾ。逆に乱す者に雇わレル事もあったが、魔物のおラぬ地では人同士が争うは、あル意味哀しくもあル。傭兵の身で言えルことでもないが」

「不殺を心得にしているゴージンなら言ってもいい気もするがな。それに、この地での相手は人ではなく魔物メインなのか」

「魔雲の地も含め、大陸北部全域では乱す者に対して寛容ですからね」


 ディーグルが解説する。


「諸説ありますが、地獄における星と国に依って生誕する場所が偏る傾向にあります。御存知の通りサラマンドラ都市連合は、地球人及び日本人が多い傾向です。もちろんあくまで傾向であり、日本人も全く別の場所に生誕する事は多々あります。地域による生誕傾向は、単に地獄で済んでいた場所にのみ影響されるのではなく、性格的なものも含まれるようです」

「北に行くほど、乱す者や、乱す者に抵抗の無い者が多いと?」

「ええ、それははっきりとしています。この大陸の北の土地に、大きな謎があると見なされていますね。実際、魔雲なるものが常に上空を覆い、魔物がはびこっている時点で、それは明らかですが」


 その話は半分くらい俺も知っているが、生誕地域に精神的な傾向もあるというのは初耳だった。


「何千年もの間、途方もない数の冒険者達や研究者がその謎を解き明かそうとしてきたが、謎は解けぬままよ」

「うわっ、出た」


 食堂に現れたドロカカを見て、思わずそう口走る俺。


「謎が謎であるままの方が面白いとも言える。全ての謎が解き明かされ尽くしてしまったのなら、知識の探求者達は何を糧に生きればよい?」

「あんたがその知識の探求者なのか?」

「ふふふっ、あははははっ」


 俺の問いに対して、ドロカカはおかしそうに声をあげて笑った。


「嬉しいことを言ってくれるな、ネムレスの騎士よ。俺は今でこそただの占い師に落ちぶれたが、かつては――」


 ドロカカの言葉がそこで止まる。笑顔が消え、妙に寂しそうな面持ちになる。

 自分で自分の傷をほじくりかえしたのか? まあ面倒だし、大して興味も無いので触れないで置こう。


「しかし判明した事もある」


 五人目の声がかかる。黒い甲冑で身を包んだヘカティが、食堂へとやってきた。流石に食事なので、兜はかぶっていない。あれは口元まで全て隠れてしまう。

 俺らの隣のテーブルに座り、朝食を注文してから、ヘカティは俺達と様々な話をした。


「最北端にある世界のほつれから、魔雲は流れてきているという事だ。この地が他と違う原因も、世界のほつれの影響であろう。世界のほつれの侵蝕が激しい時期には、それだけ魔物が活性化し、乱す者の生誕も増え、邪神も多く現れるという統計が出ているからな」

「その話は初耳ですね」


 ヘカティの話に、意外そうな声をあげるディーグル。


「つい数年前――私が地図を作りにソードパラダイスを出る前頃に、まとめられた統計だからな。この地をあちこち旅している者達がソードパラダイスに来た際、彼等から聞き及んだ情報をまとめているのだ」


 ヘカティの声はどこか誇らしげな響きがあった。


「君達はソードパラダイスに向かうのか。私はもう少し寄り道してから帰国するよ。地図の記入が済んでいない場所が、幾つかあるのでね」


 地図ねえ……。地図の作成のために、旅をし続ける神――か。

 一応魔雲の地にだって地図くらいはある。しかし部分的なものばかりであるし、魔雲の外のような正確な地図には程遠い。そもそもどこかの宝の地図のような、非常に大雑把な地図ばかりだ。

 だが昨夜ヘカティに見せてもらった書きかけの地図は、外の地図と遜色無い、極めて本格的な代物だった。


「君達もソードパラダイスに着く前に様々な情報と知識を仕入れ、ソードパラダイスで報告してほしいものだな」

「そのつもりでおるよ。もちろん俺も、たっぷりと知識を頂いていくがね」


 ヘカティの言葉に、ドロカカがにやりと笑う。


「ソードパラダイスなんていう、脳筋属性全快なネーミングの割には、ヘカティの話を聞く限り知的なイメージだな」

 と、俺。


「その国を治める神の一人を前にして、その発言はどうかと思いますよ? もう少し言葉を選ぶということができませんか?」

「いだだだいだいだいいだいいいだいだいだだっ!」


 ディーグルが手を伸ばし、俺のほっぺたをつねって、俺の体が椅子から浮くくらいに強く引っ張って持ち上げる。


「別にその程度で気を悪くはしないよ。実際脳筋性質があるのも事実だ。武を尊ぶ国であるし、国を治める四人の神は全て、剣神であるしな。武術大会、闘技会なども盛んに行われている」


 ヘカティが俺達の様子を見て、おかしそうに笑い、解説する。


「このまま真っ直ぐソードパラダイスに向かうつもりか?」

「多分。何かあったら寄り道もあるかもだけど」


 ヘカティの問いに答える俺。


「ならば、彼と会う可能性もあるな。慈愛神に会ったらよろしく言っておいてくれ。しかし、彼に深く関わりあいにはならないようにな。そこにいるディーグルやゴージンであれば、彼の話は聞いた事があるだろうが」


 慈愛神? 名前だけ聞くと良い神っぽいが、関わりあいにならないようにと言うからには、性格的に問題もあるってことかな。

 それにしてもこの地は本当に神様多いのね……。邪神も含め。


***


 ヘカティは食事を済ますとさっさとタール村を出て行った。俺らは必要そうなものを村の雑貨で買い足してから出ることにする。

 ちなみにドロカカもしばらく同行するという。同行するならヘカティの方が良かったんだがなあ……


「慈愛神レロですか。確かに聞いたことはありますが、名前だけですよ」


 ヘカティの読みは外れ、魔雲博士のディーグルは知らなかった。


「リドルを行いし神と聞いた也」

 と、ゴージン。謎かけ(リドル)?


「正解せし者に褒美をくレルそうであルが、誤リし答えをせし者には祈リを要求すルラしいゾ」


 祈り……ああ、そうか。神は信仰が糧だが、別に信仰してなくても、一時的に祈りを捧げるだけでも、多少は糧になるんだ。


「面白そうではあるが、ヘカティの言葉から察するに、厄介そうでもあるので、やっぱり面白そうではないかね」


 微笑みながら言うドロカカ。この爺さんも俺と同じで、厄介ごとに首突っこむタイプだな。


***


 買い足しを済まし、タール村を後にする。この先も岩肌剥き出しの山岳地帯が続く。魔雲の下は森林地帯や沼沢地帯が多いので、こうした土地は珍しい類らしい。まあそうはいっても、ディーグルやゴージンとて、魔雲の全てを知っているわけではないとのことだが。ドロカカもな。


 一応道はあるが、きちんと整備されている道とは言いがたい。当たり前だけどな。こんな辺鄙な土地に誰が道をこさえたか知らないが、それだけでもありがたい話だ。


 道なりに沿って歩いていくと、自然と山越えとなる。岩山の頂から見下ろす景色は……あたり一面岩山ばかりなので、正直いまいちな景観。しかも霧が出ているせいで遠くまで見渡すこともできない。

 歩いているとどんどん霧が濃くなっていった。そして現れるは、切り立った崖の上を伸びる、一本のつり橋。橋の先は霧に隠れて見えなくて怖い。


「橋の板が抜けていて、気付かずに落下とか怖くね?」

「太郎は高所恐怖症であったか。よし、我がおんぶしてやロう」


 俺の台詞を思いっきり曲解し、ゴージンが腰を下ろしておんぶモードに入る。


「高所恐怖症だったら、今までレンティスにも乗れなかったし、飛行船も飛ばしてねーよ」

「冗談で言っていル。しかしおんぶは冗談ではない。太郎はうっかリ者が故、本当に落ちルやもしレぬ」

「そんな馬鹿な……」


 俺が一笑に付したが、いきなりディーグルが俺の服の襟を掴んで持ち上げ、ゴージンの背中に乗せた。


「何故そーなる……」


 ディーグルの方を向いて口を開いた俺だが、奴の様子がおかしいことに気がつく。明らかに戦闘モードの顔つき。


「ゴージンさん、この狭い足場では少々面倒な戦いになりそうですので、太郎さんのお守りを頼みます」

「承知したリ」


 ゴージンも敵の気配を察したのか、それともディーグルの言葉と態度で察したようだ。


「ふむ……これはどうやら、俺の客のようだ。こんな辺鄙な所まで、御苦労な事だが」


 笑いながらドロカカがそう言った直後、霧の中から、その襲撃者は現れた。


 それは異形の存在だった。巨大な女の顔に、長い胴だか首だかが伸びている。巨大なろくろ首とでも言えばいいのか? 首だか胴の先の部分は、霧の中に隠れて見えない。蛇女なのかもしれないし、首が長いだけで胴体があるのかもしれない。

 女の形相は恨みと怒りに満ちている。夜中にこんなのが突然出てきたら、ものすごくホラーだ。しかも一人で会ったら、悲鳴あげて逃げ出す自信がある。昼間に、四人でいるからこそ大して怖くなくて済んでいるだけだ。


「ドロカカ……」


 霧の中から現れた異形の女の顔は、ドロカカを恨めしく睨みつけ、その名を口にした。


「大賢者ドロカカ……やっと見つけたぞ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ