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1 タール村

 大陸北部を占める、魔雲に覆われた地。

 その大部分は森林地帯であるという。ほとんど晴れる事のない雲に覆われた土地であるにも関わらず、樹木が多いというのは奇妙な話に思える。この世界の植物は、陽光が不要なのか?

 そもそもこの世界は、大地の周囲を太陽と星と月が回る天動説の世界であるらしいし、世界の法則そのものが下界のそれにあてはまらない部分が多いけどな。


 魔雲の中に入った俺とディーグルとゴージンの三人は、ある場所を目指す事となった。


 ソードパラダイス――魔雲の中にある唯一の都市。いや、巨大都市国家。

 四人の神が治める国であり、広大にして過酷な魔雲の中に生誕した者達が、安住を求めて目指す場所でもあるという。

 神が直々に統治をする都市というだけでも、珍しい。というか異質。通常、神々は人の世の政治には携わらないからだ。しかもこの世界では珍しい、国家体制の都市だ。


 まあ、ネムレスの言いつけなんだ。ソードパラダイスに来るようにと。

 ディーグルとゴージンが場所を知っているようだし、俺はついていくだけなのだが――


「かなりの距離ですし、大変ですよ」


 木々の中を歩きながらディーグルは言った。

 いや、もう魔雲の中に入った初日で、その大変さは味わった。薄暗い森の中の獣道だか魔物道をひたすら徒歩で旅してるからね。

 魔物の類も、一日の間に四匹くらい現れてくれたしな。魔雲の中の旅人達は命がけとのことだ。冒険者でもないかぎり、大抵は交戦せずに逃げ回るが、逃げ切れずに命を落とす者もいるという。

 そして今日で魔雲の地に足を踏み入れて、丁度二週間になる。斃した魔物の数などもう数えていない。


 つーかこの世界は天国じゃなかったのか? 何でこんな物騒な場所があるのやら……そして、どうしてこんな所に生誕する者がいるんだ?

 ゴージンもここに生誕したようだが、元々兼ね備えていた戦闘力と、ペインへの強烈な耐性のおかげで、命を落とすようなことは無かった。逆に魔物相手に腕を磨き、通りがかったネムレスを師事して、さらに戦闘力を上げたうえに、不殺のスキルまで身につけた。


「魔雲に生誕する者の法則は、はっきりと判明していません。争いを好む者が生誕する傾向はあるようですが、そうでない者もこの地に生誕します。後者からすれば外れクジのようなものですね」


 と、ディーグルが解説する。


「運良く集落か集落の側に生誕すれば良いですが、生誕して魔物に襲われて地獄に逆戻りということはしょっちゅうですよ。また、集落とて稀に魔物に襲われます。多少大きな集落ならともかく、人口が二桁にもいかない小さな集落ではね。魔物が人を襲う原因はいまいちわかりませんが。食用にはなりませんし」

「過酷なファンタジー世界の体現みたいな場所だなー」

「それでも旅人は尽きませんけどね。特にソードパラダイスは、魔雲の中でも安住の地とされていますから、彼の都市を目指す者は大勢います。目指して旅をしている間に、命を落とす者も多いのですが」


 集落に引きこもっていても魔物がやってきて、集落を出ても道中で魔物に襲われるわけか……。ひでー話だ。


「一方で旅慣レしていル者もおルゾ」


 一番前を歩いているゴージンが言う。


「旅の目的は様々ゾ。魔雲の中に彷徨いし者を救い、己の集落へと導きしために旅すル者もおル。また、物資を確保して、集落に実リをもたラす目的もあリし」


 なるほどねえ。集落に人が集まれば――そして栄えれば、それだけ安全になるからな。もちろん生活水準が上がれば、それに越したことも無いし。

 原始的で刺激に満ちた場所と言えなくもないか。そういうのが好きな奴も……いるかもしれないな。


「もうすぐ着く場所も、魔雲の地ではちょっと知られた場所ですよ。多くの旅人が訪れます。その地にある物を目当てにね」


 ディーグルが意味深に言い、俺は興味をそそられたが、意味深に言うほど大したものではなかった。


***


 翌日、木ばかりの鬱陶しい森林地帯をあっさりと抜け、木がぽつぽつと生える沼沢地帯へと出た。


 胸が悪くなる、ひどい臭いが立ち込めている。視界は一面、黒一色。黒い沼。油の沼?

 いや、自然精製されたタールの沼だ。


 胸から下げた、アリアにもらったタリスマンを握り締める。すると気分が楽になる。肉体的もしくは精神的に不安定になった際に、このアクアクマリンのついたタリスマンを握ると、普通の状態に回復するのだ。ここまで来る間も、風邪ひきかけた際にタリスマンを握っていたら健康状態に戻った。大した魔力だ。


 人の姿をちらほらと見かける。皆、無数にあるタール沼から、タールを壺の中へと入れている。


「あの壺、四次元壺か? あの大きさじゃ入りきらない量のタールが入ってるぞ」


 タールを採集している人達が持つ壺を指して、俺が尋ねる。


「ええ、中は亜空間に繋がっていて、かなりの量のタールを回収できるようです。重さもほとんどありません。いずれの物資を持ち運びするにしても、それなりの量を一度に運べなければ、意味がありませんよ。この魔雲の地を行き来するのは困難ですしね」


 ディーグルの言葉に納得する俺。大した量でもないのに、わざわざ危険を冒して物資の採取しに旅しにくるなんて、やってらんないだろう。そのために、亜空間仕立ての壺なり鞄なりが必要とされたってことか。


「この先に集落があります。タール村と呼ばれていて、タール目当てにここを訪れる人が寝泊りする場所ですよ」

「そのまんまだな」


 ディーグルの指した方向へ、俺達は歩いていくと、果たして石造りの建物が並ぶ村へとついた。集落というよりは、確かに村といってよい規模だ。建物の数も多く、人もそれなりにいる。建物がかなり密集しているので、村の面積自体は狭く見えるが。


「これでも魔雲の集落にしては、かなりしっかりした統治が成されている、人も多い、大きな村ですよ」


 と、解説するディーグル。

 しかし様子が変だ。人々の顔が不安に彩られている。


「これはあれだ。凄く強い魔物が出て、皆困っているとかそういう流れだ。で、俺達が退治して、村の女をあてがわれて……いや、やっぱりいいわ、そんな展開」


 女をあてがわれても、一番得するのはディーグルだもんな。俺はせいぜいおっぱい揉む程度しかできないし、ゴージンも尻を揉む程度。

 いや、ゴージンはそれで満足か。俺もおっぱい揉めればそれでいいな。


「ほお、こいつは大した組み合わせだ。神殺しのウィンド・デッド・ルヴァディーグルに、不沈戦士ゴージンとはね」


 せせら笑うような声がかかる。


 声のした方を見て、俺はちょっとだけ驚いた。体色が真っ黒のゴブリンがいたのだ。まるでそこいらのタールがそのまま肌になったかのような。俺の見てきたゴブリンは皆、けばけばしい赤い肌だったが、この真っ黒な肌もインパクトがある。

 赤いトンガリ帽子をかぶったその黒肌ゴブリンは、よく見ると皺だらけで老人だった。綺羅星町のズルパパニママを思い出す。こいつは爺だけど。ゴブリンにしては珍しく、真っ白な頭髪が帽子の下から覗き、白く長い顎鬚を生やしていた。ゴブリンて大抵、体毛が無いのにな。


「何か用か? ちなみに俺はその大した組み合わせの二人の御主人様だ。崇め奉るように」


 黒いゴブリンの爺に向かって言う俺。


「そうかい。なら、もっと凄い奴なんだな。邪神も殺せるな」


 にやにやと笑いながら口にした黒ゴブリンの言葉に、俺達は顔を見合わせる。


「この村で邪神が悪さをしていると?」

「俺も旅の者だから、まだ詳しい話は知らんが、そんな噂が立っている。おっと、一応自己紹介をしておこうか。俺の名はドロカカ。こう見えても占い師だ。魔雲の中で星を追いながら旅をしている」


 星を追いながら? この爺さん、何か見た目に似合わずロマンチストなのか?

 不意にドロカカが何かを足元に放り投げた。黄色い骨のようなものだが、骨であるはずがない。この世界では、生き物を材料とした物の加工など不可能だ。体から分離すると、消えてしまうからな。もちろん殺しても消滅する。


「ふふふ。出会いはもう一つあるらしい。それが邪神なのかな?」


 一体何がおかしいのかにやけ顔のまま、ドロカカは独り言のように呟く。


「さて、それじゃあ詳しい話を聞きに行こうではないか。タール村の長にな」


 そう言ってドロカカは一人で勝手に歩いていく。


「俺達は宿を探そうぜ」

「おや、ついていかないのですか? 変人にちょっかいを出すのが大好きな太郎さんが」


 からかうディーグルだが、俺はかぶりを振る。


「ああいう自分本位なペースの奴は好かん。まるで自分の思い通りに物事が運んで当然みたいなノリの奴はな」

「そレは太郎もそうであロう。近親憎悪也」

「そうかもしれないが、加えてあいつは若干電波が入ってる気がするんだよ。ゴージンとはまた別の電波がな」

「電波とは何ゾ……」


 余計な突っ込みを入れたゴージンが、俺が返した言葉に、逆に面食らったような顔になる。


「下界でも、ああいうタイプの奴は見たことがある。芸術家タイプにはたまにいるんだ」


 そしてその手のタイプに、あまりいい印象が無い俺である。


「ふむ。共に来る気は無い、か?」


 ドロカカが立ち止まり、俺達の方を振り返って、面白がるかのような口ぶりで言う。相変わらずにやにやと笑いながら。


「へそ曲がりという奴かな。興味は無いのか? いや、そんなはずはないな。お前達の相を見ればわかる。好奇心の塊という奴だ」

「人相占いもするのかよ」

「いいから着いてきたまえよ。一緒に話を聞きに行くくらいはいいだろう。それとも俺のペースに引きずられるのが怖いかね?」


 達観したような物言いで煽るドロカカ。何もかも見透かしたかのよう物言い。ああ……気にいらねー。


「我はあの者に興味覚えしゾ。太郎、共に行ってみようゾ」


 ゴージンが促す。


「わかった」


 頷く俺。正直俺も、この妙ちくりんな爺に興味が無いわけでもない。


「魔雲の中には邪神や悪神が多いって話は聞いていたが、いきなり遭遇になるのかねえ」


 少し離れてドロカカの後をついていく形で歩きながら、俺はディーグルとゴージンに話しかける。


「そもそも何で魔雲の中にそういった神々が多いんだ? 魔雲に惹かれるのか?」

「魔雲の地は解放の塔の出現率が高いという話です」


 ディーグルが俺の知らない話を口にする。


「ですが神になっても、信者のいない神と成り果て、魔雲の地特有の邪神となります。心を失う神がイコール邪神扱いですね。ほとんど魔物と変わらない存在と成り果てるようなものです。ただし、魔物として見みたらかなり強大な力を持つ魔物ですが」

「わかりきっていた事だけど魔雲の地は、独自法則みたいなもんがいろいろあるみたいだな」

「そうですね。だからこそ冒険の地としてはこのうえなく刺激的なのですよ」


 微笑むディーグル。こいつは元冒険者で、この魔雲に覆われた土地も散々冒険しまくったとのことだから、いろいろとこの地に思い出があるのだろう。


***


 村長のいる建物は、かなり大きな代物だった。こんな辺鄙な村の村役場にしては、随分と豪華だ。二階建てだし。

 広い理由の一つは、中で野菜を育てている事だ。野菜の上には眩い紫の光の玉が幾つも浮かんでいる。野菜の周囲には細い水路が通っている。


「何で室内栽培?」

「タールの影響で、食用に適したまともな植物が育たないからね」


 俺が疑問を口にすると、野菜に水をまいている、猫耳の獣人の女性が答えた。背は高いがひどく猫背で、面長だが美人ではない。不細工ってこともないが。


「タールであふれた酷い土地だが、地下にはいい水が貯まっている。それを汲み上げ、特殊な魔光をあてることで、いい野菜がとれる。村の産業にしてもいいくらいの出来だが、ここの住人と、来客の分しか作ってないよ。人手もスペースも足りなさ過ぎる」

「はじめまして、村長、邪神の件で話が聞きたい」


 ドロカカが猫耳女性に声をかける。この人が村長なのか。


「はじめまして。あたしの名はユーリカ。タール村の村長をしている者だよ」

「お久しぶりです。邪神が悪さをしていると聞きましてね」


 ユーリカと知己らしいディーグルが声をかける。


「神殺しのあんたも加勢してくれるなら心強いが、もう退治されているかもしれないよ?」


 ユーリカが小さく笑う。つまりそれって、何者かがすでに邪神退治に行ったと?

 軽がるしく退治されているかもしれないなどという台詞が出るからには、余程の者がここを訪れ、邪神退治に行ったという話になるな。


「そのわりには村人達は不安そうだったぞ」

 と、俺が突っこむ。


「そりゃあね。どっちが勝つかなんてわからないだろうし。あたしだって内心じゃ不安だよ。でも任せるしかないし。でもディーグルが来てくれて助っ人に加わってくれるとあれば、さらに安心度が増すじゃないの」


 助けるなんて誰も言ってないのに、そういう話にしている村長。


「タダで助けるなんて言ってないぞ」

「何だよ、この子」

「ディーグルの主だ。まず俺に話を通してもらおうか」


 訝るユーリカに、ビシッと言ってやる俺。


「本当です」

 

渋々頷くディーグル。


「じゃあボク、この村を助けておくれ。あとで美味しい野菜をあげるからね」


 笑顔で俺の頭を撫で撫でするユーリカ。


「というわけだ、ディーグル。助けてやれ」

「意外ゾ。太郎のこと故てっきリ、村長の胸を揉ませロと要求すルと思いきや」


 ゴージンが本当に意外そうな顔で言う。こいつは俺のことを何だと思ってるんだ。うっかり言い忘れていただけだっつーのっ。


「おやおや、面白い流れになったものだ。いや、これからもっと面白くなる予感もするな」


 顎鬚を弄びながら、興味深そうに笑うドロカカ。


「して村長よ。先に邪神退治に行った者とは、何者なのだ?」

「神様だよ」


 ドロカカの問いに、簡潔に答えるユーリカ。


「剣神ヘカティ。聞いた事あるだろ?」

「それはもちろん。助太刀は不要の可能性が大ですね」


 ディーグルが微笑む。俺も名前だけは知っている。ソードパラダイスを統治する四人の神のうちの一人だ。

 何でそんな偉い神様がこんな地にいるのか、謎だが。

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