9 マッチポンプ
「君のやろうとしていることは、乱す者そのものだ」
「それが何か悪いのれすか? ネムレスは別に乱す者らといって、差別しねーれしょ。乱す者の信者らって多いのれすし」
「それでも乱す者は僕にとって、好ましくない存在だ」
あたちから離れて、じっとあたちの顔を見つめて、ぴしゃりと断言する。
「乱す者を引き連れ、乱す者そのものの振る舞いをしている君もまた然り。いや、僕が警戒していた乱す者より、さらにタチが悪い」
「あたちは前世から、この世界の支配者となる野心があったれすよ。ネムレスにもパライズにも内緒にしていたれすが」
前世では三人べったりだったし、主に神殺しと古代遺跡めぐりばかりしていた。ネムレスに束縛されていたわけではないが、ネムレスを放って一人で行動というのも、やりにくい感じがあった。
で、一旦強制的に離れたことだし、そのうえ下界じゃ十五年以上も悲惨な闘病生活していたしで、あたちの支配欲は超高まっているので、ここは一発、自分の野心をかなえてみることにしたわけれす。
「ネムレスの手伝いもするれす。だからネムレスもあたちのやることに目瞑って、あたちのすることを手伝ってほちいのれす」
ネムレスは瞑目して思案する。
「実は僕は君と同じくシャンペニアにいる」
「な、何れすとーっ!?」
さすがにこれには驚いた。偶然にしても出来すぎだ。
「図書館にこもりっぱなしだ。近いうちに会いに行く。僕が会いに行くまで、シャンペニアにいるようにな」
「いや、そんなこと言われても保障はできんれすよ」
つーか図書館にこもりっぱなしってこたー、知らす知らずのうちに凄く近くにいたってことれすか。
「何だったらこっちから会いに行くれす」
「いや、単に調べものに集中しているだけではなく、知り合いと共同で解析しているのでな。今は手が放せない。僕の手が空いたら会うとしよう」
そう言ってネムレスは微笑んだ。
「君が僕の敵にならないことを祈るよ、リザレ」
「ネムレスのお気に召さないことは、できるだけしないつもりれす」
「できるだけ? 一切するんじゃない。一つでも、少しでもやるな」
夢から覚める直前、ネムレスは厳しい口調で告げた。
神聖騎士や巫女の立場からすると、これは辛い。主たる神の精神への影響は途轍もなくでかい。加えて言えば、あたちとネムレスはただそれだけの繋がりではない。何十年という時を共に過ごした仲でもあるし、敵対なんてしたいわけがない。
その一方で、あたちの冥府征服の野心も揺らぐことはない。
***
副市長の推薦で外交官に据えられた者が原因で、ブランデリスの対立感情が高まっているという事態は、役所の中はもちろんのこと、シャンペニア市内にも知れ渡る事実となった。
市議会が開かれ、あたちもそこに出席することになる。
そこであたちは政治屋共を前にして、これまでの経緯の七割くらいを包み隠さず打ち明けた。
元山賊の下僕らを使って遺跡を掘り返していたことと、横取りされたらかなわないので、一計を案じたことなど。どうやって山賊を支配下に置いたかや、解析士や副市長を服従させたことは言わなかったし、古代文献のことにも触れはしない。ネムレスの巫女だと名乗ってもいない。
「実際その宝がどれほどの価値があるかは、私達にはわからないが――」
あたちを見つめて手を組み、市長が冷静な口調で言う。
「市役所の介入があったと思われたなら、向こうには相当価値のある宝だと思われているだろうな」
「向こうの市議もそう言ってたれす。そしてカクテロ遺跡の宝れすしね。実際に相当価値はあったれすよ。ブランデリスの財政難を立て直せるくらいにはね」
あたちのこの台詞は嘘ではない。それだけの宝物はげっとしている。今後のあたちの活動のための、大事な資金となってくれる予定だ。百人の下僕達は贅沢三昧な日々を送っているが、それでも全く差し支えないほどである。
その宝を我々に引き渡せと、政治屋達が口にすることもなかった。いや、ここは政治家と呼んでおくか。彼等の多くは優秀で聡明だ。日本の愚鈍な政治屋共などと比べ物にならない。
人間より知性も民度も高いエルフが主流の都市なのだから、それも当然と言えた。議員の大半がエルフであるし、その中に混じった別種族の政治家も、自然と高いレベルが要求される。この中に、票取りを達成した後は居眠りとヤジを飛ばすだけの穀潰しが混ざる絵図など、想像しがたい。
「君の目的を我々の前で、話せるだけでも話してほしいのですが」
あたちの服従ウイルスに感染している副市長が、入念に言葉を選びながら言った。あたちに明確な叛逆を示さぬぎりぎりのラインでの発言だ。
「富も権力も力もぽぴぃっていう説明じゃ、らめれすかね?」
「ぽぴぃ?」
「欲ちいってことれす」
「そのために何をしようとしているかが、皆気がかりなのです。ストレートに口にしてくださるつもりは無いのでしょうが、だんまりのままでは話になりません」
副市長、随分と攻めてくる。他の議員になら、このくらいつっつかれるのは想定していたが、あたちの傀儡であるこの男から言われるとは。まあ、あたちの下僕になっていていい気分であるわけがないし、攻められる分には攻めるといったところか。
「世界平和のためれす」
あたちは正直に答えた。あたちが統治する世界なのらから、平和で素晴らしい世界になるのは間違いないし、嘘は言ってないれすね。うん。
「もう少し具体的な答えを欲しています。ここは冗談を言うところではありませんよ。ついでに言うと寒いです」
別の議員が冷めた声で突っ込んできた。
「答える気はないという答えらと汲み取ってもらえると思っていましたが、通じなかったれすか」
「その程度の答えしかできないのでは、ここにわざわざ足を運ぶ必要も無かったのでは? ここは我々の顔も立てて、もう少し有効なヒントをいただきたい所です」
優雅に微笑みながら告げる市長。
あたちとしては、ただの顔合わせ気分らったので、何一つ情報をくれてやる必要は無いのだが、それも悪い気がしてきたが、しかしここで言えることはない。嘘をついて撹乱する局面でもない。布石を置く必要も無い。
「えっと、あたち外交官やめておくれすね。この都市にとって不利益をもたらす存在となっているようれすし」
結局あたちが言ったのはそれだけ。お偉いさんがたもそれ以上の情報は引き出せないと見て、諦めた。互いに、どういう人物かを知ることができた事だけが収穫か。この都市の管理者達が有能で聡明だと、この時点でわかっただけでもよかった。
***
「姫、一つ気になってることがあるんだけど」
あまり実りの無い会議を終えて、宿に戻った所で優助が声をかけてきた。
「集団の中枢を片っ端からウイルスで服従させるのが禁じ手だと言ってたよね? それがどうしても納得いかない。確かに準備は大変だけどさ」
よーするに、都市の首脳部を次々奇跡で支配していけってことれすか。やれやれ……
まあ、実際にこの奇跡の履行者になってみないと、これはわかりづらいことだが。
「ある程度の集団なら、それでも構わんれすよ。しかし都市の支配がそれだとらめらめなのれす。この世界の大半の都市は民主政治れすし、もし市の中枢が何者かに支配されているならば、ひっくり返すのはそう難しくないということれす。そして実際それで敗北したことが、あたちはあるのれす」
前世の忌々しい記憶が蘇る。
「そいつはあたちの手を知り、その事実を暴露して民を煽動し、あたちが支配していた者達を全て殺害したうえで、都市からあたちを追い払ったれす。その間に無駄な血も大量に流されたれす」
正直あれは手痛い学習だったし、必然であったとすら、今は思う。あいつにやられなくても、同じことを繰り返していたら、きっと同じような目にあったはずだ。
「あたちはあたちの野心のためなら戦争を起こすのも辞さないれすが、だからといって、あたちの益になることもなく、あたちの失敗で人が死ぬのは良しとしないのれす」
我ながらひどく傲慢なことを言っているようにも聞こえるが、失敗して無駄死にさせるのと、あたちにとって有益な死は、全く受けとり方が違ってくる。前者は激しく悔やむし、心底申し訳ないと思う。
「ま、あんな事態がそう何度も起こるとは思えんれすが、それでも失敗した際のリスクを考慮したうえで、都市の支配を安易な能力に頼るのは辞めたのれす。必ず綻びが出るれすから。支配するならもっと違う形でしなくちゃらめれすし、あたちは今回初めてその、違う形を試している所なのれすよ」
「うーん、姫を負かすくらい凄い人がいたんだ」
優助の何気ない一言に、胸の中にドス黒い感情が噴き出る。
「宿敵れした。そいつとは長きに渡って戦い、あたちの命と引き換えにブチ殺すことができたほどれすからね。前世のあたちの死因はそいつれす。とはいえ、主であるネムレスが生き残ったので、実質、あたち達の勝利れすが」
いずれあいつもこっちに来るだろう。見つけ次第地獄に送り返してやる。いや、それ以前にあいつの主である狂神ピレペワトを見つけ出して殺しておきたい。そうすれば、あいつは転生してもなお失うことのない神聖騎士としての宿命からも解放され、奇跡も行使できなくなる。
そんなに簡単にいくことではないれすがね。狂神ピレペワトはマイナー神でありながら、奴の行使するある奇跡の力故に、ネムレスにも匹敵する強大な力を持つ邪神となっているのれすから。
「それにれすね、あたちの服従ウイルスは相手をロボットみたいにして従わせるわけでも、魅了するわけれもないのれす。従わないと死ぬほどのペインを与えるという条件の元に、渋々従わせる者れす。相手が死んでも嫌だと拒絶したら、どーにもならんのれす」
さっきだって、副市長はあたちへの叛逆とならないギリギリラインで結構突っ込んできたし、この奇跡で、相手の本心まで捻じ曲げることはできないのだ。
「こないだのヨセフのように大将と一騎打ちして、大将に勝って、大将の命令で他の集団を従わせるというのは、必ずしも上手くいくとも限らないのれす。例えばあたちがシャンペニアについて、ブランデリスと戦争したとして、向こうの大将を打ち破ってウイルスに感染させたとちて、あたちの言うことに従うかは怪しいものれすよ」
「お前の言いなりになるくらいなら、死んでやるーとか、そうなっちゃう可能性もあるってことかな」
「そういうことれす。支配を行うには、まず好奇心と興味から始まり、最終的には信用や信頼といったものを得ないとらめなのれすよ。皮肉な話れすが、あたちはかつてこの奇跡に頼りすぎて、しっぺがえしをくらってそれを思い知ったのれす」
しかしシャンペニアでもブランデリスでも、あたちは不審や憎悪の対象とされてしまっている。あたちへの信頼はもう難しい所だ。ていうか、面倒臭いので無理ということにしておく。
それに、この奇跡の力を全く使わないわけでもない。すでにシャンペニアの副市長を支配しているし、両都市の要人を何人かはこの奇跡で支配化におくつもりではいる。しかしやりすぎない程度に留める。
「とりあえずは、両都市の緊張を高めて、戦争状態にまでもっていきたい所れす」
「戦争起こして、それがどう都市の支配に繋がるの?」
「あたちがやるのは調停れす」
優助の問いに、あたちは初めて、最終的にやろうとしていることを口にして答えた。
「戦争が起こる前――いや、戦闘が起こるまさに直前に、それを止めるのれす。本当はある程度戦闘もしたうえでの方が効果あるれすが、マリアと優助が嫌がるれすから」
ある程度どころか、当初は本当に戦争を起こして、どちらか不利な方について巻き返して、さらに不利な方について巻き返すといったことをしながら、両都市を疲弊させていったところで、戦争終結にもっていく調停を行うつもりだった。
それ以前にあたちはブランデリスで面を割るつもりだったのに、そこからして計画が狂ってきているので、いろいろと修正しなくてはならない。
「調停して、それで信頼を得るってことかな?」
「そうれすね。あたちは無理なので、ヌプヌプの巫女であるマリアにその役をちてもらうれすがね。で、マリアに二つの都市の救い主となってもらい、二つの都市における、彼女の影響力と発言力を高めてもらうのれす。そして、マリアのものはあたちのものというわけれす」
そのために、マリアにも恩を売っておかねばならない。ヨセフを支配しておくだけではなく、彼女の主のヌプヌプの心を取り戻して。
幸いにもネムレスがこの都市にいるというから、協力を仰げる。ネムレスはその件なら喜んで助けてくれるだろう。いやあ、実に都合のいい展開れす。
まあ、例えネムレスがいなくても、あたちはヌプヌプとの戦いに勝つアテはあったが、それをするには時間が必要だったし、確証も無かった。今解析させている、カクテロ遺跡で見つかった古代文献。あれがアテだった。
「一方で、多少はあたちの奇跡も使ってシャンペニアとブランデリスで力を持つ人物達も、適度に支配していき、両都市へ干渉する力を強めていくつもりれす。あたちが行う支配は、そういう形れす。様々な角度から影響力を強めていくやり方れす。で、最終的にはあたちの思い通りになる、と」
この二つの都市の件は、戦争起こしてマリアに調停させるだけでもわりと十分な気もする。戦争というのは、民が激しく望むものであると同時に、民が激しく嫌がるものであるという、二律背反を抱えているものだ。
猿と大して変わらない知能の持ち主は、戦争は悪い権力者が引き起こすもので民は犠牲者だと信じているようだが、全然違う。民が望むから起こるのだ。もちろんその民を騙して煽って、戦争に仕向ける輩もいることはいるが。今のあたちのように。
よって、意図的に戦争を起こしても、それほどあたちの心は痛まない。民に戦争という祭りを望ませ、民に戦争の終結を安堵させて、喜ばせる。これで済む話れすし。
「マリアが調停して救世主になるってこと? 全然見えてこないなー」
「その時が来ればわかるれすよ。重要なポイントの一つとして、両都市に神もその下僕もいないということれすね。そのうえ神々もその下僕も滅多に人の戦に加担しねーれすから、巫女が関与してきたとなれば、結構インパクト強いれすよ」
戦争はお祭りだ。人類最大のお祭り。金を投入し、玩具をいっぱい売り出し、命を打ち上げ花火にして楽しむお祭り。そこに巫女というアイドルを投入して、祭りを強引にシメる。これは絶対インパクトがあるし、うまくいくはず。
ま、突発的なトラブルが無く、スムーズにいけばの話れすが。
***
一週間経過したところで、ワインヌ山脈の街道にいるヨセフから伝書鳩が届いた。ブランデリスへと向かう物流はほぼストップさせたとのこと。物資を奪い、商人達は悉くシャンペニアに追い返している。
さらに三日経過したところで、ブランデリスに送ったラッセルから伝書鳩が届いた。彼等の煽りと物流の途絶により、ブランデリスの市民達はかつてないほどシャンペニアへの敵意を剥き出しにしているとのこと。
物流の途絶も、山賊達の仕業と見せかけて、実は初めから輸入をストップしているという疑いを持たせている。
シャンペニアではあたち達が工作していた。ワインヌ山脈で山賊に襲われて帰ってきた商人達だが、実は山賊に見せかけたブランデリスの兵士ではないかという噂をまいたのだ。
商人が腕利きの護衛をつけても全て倒されてしまっているし、山賊のふりをした軍隊と考える方が自然だと。
さらに、下僕達に通り魔まがいのこともさせた。ある日の晩、シャンペニアのそこかしこで通行人を襲わせ、ブランデリス人を名乗らせた。もちろん殺しはさせていない。ペインを与えるに留めている。
これらのことがあってもシャンペニアは、人間よりずっと賢いエルフ達が多くいる国だけあって、流石に冷静だった。ブランデリスのように感情的にはならず、冷静に、論理的に、戦争すべしという方向に向かっていった。
そんなこんなで、両国の対立感情を煽りまくった結果、先に動き出したのはやはり、尻に火がついたブランデリスの方だった。
「ブランデリスが宣戦布告してきた」
あたちが図書館へ向かおうとしていた所で、宿に訪れた副市長が、苦虫を噛み潰したような顔で告げた。
「これで満足か? 一体何のつもりなんだ……」
「こちらはどうするのれす? 和平交渉れすか?」
皮肉げに言う副市長に、あたちも意地の悪い冗談で返してやる。
「とぼけたことを言うな。こちらも挙兵するという路線で話は進んでいる。当然の流れだ。私にも、議会でその方向で話を進めるようにと、君が指示したから、その指示には従ったが、おそらく私が何も言わなくてもそうなっただろうな」
「積み重ねは重要れす。他に報告は?」
「頼むから、無駄な血を流すような真似はやめてくれっ」
血を吐くように副市長が嘆願してきた。真実を知り、なおかつ民を危険に晒す片棒担ぎをさせたことで、この人を苦しませてしまっている。
あまり追い詰めると、服従ウイルスのペインで死ぬことも覚悟のうえで、あたちに反旗を翻しかねない。
「大丈夫れすよ。血は流れないのれす。戦争が起こる直前に、戦争を止めるまでが、あたちのシナリオれす」
この人に言うつもりは無かったが、安心させるためにそれだけ言っておく。
で、あたちは図書館へと向かった。解析の結果を知るためではない。解析が終わったら、解析士の方から知らせにくるだろう。
あたちが図書館に向かったのは、ネムレスに会いにいくためだ。
手が放せないだの、あっちから会いに行くだのと言っていたが、こちらの方こそネムレスに用がある。ブランデリスとシャンペニアの戦争が終わったら、次にやることは決まっている。マリアの主神、ヌプヌプとの戦いだ。ネムレスにも事前にその話をして、協力してもらうよう訴える必要がある。




