8 戦争とは何かって? 戦争とはお祭りだ
解析結果を待ちながら、優助と共にトレーニングを続けること一週間経過。あたちはかなり体力と筋力を取り戻した。魔力の方はまだまだ時間かかりそうだが。
優助は少しでもあたちの力になりたいと、必死に強くなろうとしている。ネトゲやってた時と同じだ。こいつはあたちについて回りたくて、あたちと同じペースで狂ったように廃プレイしていた。病室も隣だから、リアルコミュニケーションもとりやすい。
まあ、優助の根底にあったのは、あたちへの執着と彼への対抗心であり、本当にネトゲを楽しんでやっていたかどうかは疑わしい。ネトゲ内で少しでも廃プレイヤー化すれば、あたちと共にいられる時間が増し、あたちの力になれることで気を惹けると、そう考えていたのだろう。
つくづく馬鹿な子だ。しかしその馬鹿な子の気持ちを、無下にするような真似もしたくない。共にいたいのなら付き合ってやるつもりでいる。
「壊滅的に運動神経無いれすね」
高級宿の中庭にて、二人して大の字に寝転んでへばりながら、あたちは優助に容赦ない言葉を浴びせた。優助も着実に体力をつけてきているが、剣のセンスは無い。運動神経、反射神経も鈍い。そもそも目が悪いからどうしょうもない。
「遠回りになるかもれすが、魔法を覚えていくのもいいかもれすね。肉弾戦の修行よりずっと時間かかるれすが、あんたにはそっちの方が適正あるかもれす。生活魔法のやや難しいものも、わりと早めに習得していたれすし」
「そ、そう?」
あたちの言葉を聞いて、希望に表情を輝かせる優助。
「何事も挑戦れす。しかし何度も言うれすが、ゲームと違って、戦闘用に使えるような高度な魔法の習得ってのは、超大変れすからね。コツを掴むまでに、何度も途中で投げ出したくなるれすよ。うまくコツを掴んでも、その後がさらに大変れす」
「やってみるよ。姫の言葉を信じて」
力強い口調で優助が言う。こいつはネトゲでも、常人なら頭がおかしくなりそうな単調作業を、黙々とやりこんでいた廃人れすから、その辺を見て、高度な魔法習得もいけるんじゃないかと思ったわけれすが、それは黙っておくれす。
「ねえ……姫はボクに心変わりするってことはない?」
優助があたちの方を向いて、眼鏡がズレているままなのも気に留めずに、そんなことを口にしてくる。
男女の色恋沙汰なんてどーなるかわからんもんだと、言ってやろうかと思った。そう言えばこいつもその期待を膨らませて、よりあたちのために頑張るだろう。しかし――
「今はそっとちておいてほしいのれす。考えたくないのれす」
優助から顔を逸らして空を仰ぎ、自分でも驚くほど力ない声を出す。
そのまましばらく無言で空を見つめるあたち。いや……考えたくないのは事実だけど、このまま逃げているのもらめらめだ。はっきりさせないと。
「今から言うことは、優助に絶望を与えることかもれすが、それでも早い段階で話しておくれす。新居太郎は、前世のこの世界でもあたちと一緒らったんれすよ。同じネムレスの下僕として、ずっと一緒に旅ちていた仲れす」
優助の顔は見ていないので、どんな顔をしているかはわからない。絶望して情けない顔になっているのか、それとも嫉妬に震えているか、あるいは凍りついているか。正直見たくない。
「だから、下界でも彼と巡りあった時、あたちがどんなに嬉しかったか……。彼はあたちと違って、前世の記憶は失っていたれすが、それでも縁に惹かれただけあって、ストレートに互いの気持ちが繋がったれす。あたちと彼の仲は、優助が考えている以上に強烈な結びつきなのれすよ。運命で結ばれているというのが、ただの表現上のものではなく、誇張無き事実れす」
そこであたちは言葉を区切る。これから言うことは、途轍もなく残酷だ。しかしこいつはガキだし、もっと傷つく前に覚悟を確認しておきたい。
「あなたはそれでも、あたちについてくるつもりれすか? あたちがあなたに心変わりするかもしれないと思っているのなら、それは物凄く淡い期待れすよ? あなたは欲しいものを永久に手に入れられず、他の男のものになると――他の男のものだとわかったまま、ずっとあたちについてくるのれすか? 諦めもせず」
ここであたちは初めて優助の顔を見た。
あたちは驚いた。優助は爽やかな笑みを浮かべて、天を仰いでいたのだ。
「そんなの、死ぬ前もずっと同じだったよ。何も変わらない。いや、あいつがいない分、僕と姫の二人でいる分、ずっとチャンスもでかくなったし。それにさ、ものすごく高いハードルで、ものすごく期待も薄いって、それって凄く楽しくない? それを乗り越えてやろうって、気持ちにならない? 可能性として、ゼロではないんだよ? いや、例え姫がゼロだって言っても、僕は認めないけどね」
こいつ……ネトゲで一緒にいた時から、辛抱強くて忍耐力のある奴だということはわかっていた。ネトゲで本当の意味でのトッププレイヤーになれる奴は、まず何よりも根性のある奴だ。
無能社畜は「時間のある廃人でないとトップになれない」とかぬかすが、それは違う。時間のありあまったニートでも、コミュ能力無い奴や、要領良く立ち回れん奴や、ひた向きに努力できない奴はネトゲでトップには立てないし、嫉妬丸出しでそんなアホな理屈で自分を慰めている奴が、会社でも大して仕事のできん奴であろうことは、容易に察せられる。
いや、ネトゲの話はいいとして、それにしてもここまで気合いの入った奴だとは思わなかった。自殺してここに来た時は、あたちにぶたれてぴーぴー情けなく泣いていたくせに。
「それにさ、姫、忘れてない? 僕も姫も、あっちでは可能性ゼロだったじゃない。何をどうやっても助からない。長生きできない。それを認めて、死を受け入れて生きていたじゃない」
「ん……」
優助のその言葉に、あたちは思わず呻いてしまう。
あたちは死後の世界の存在を知っていたから、そんな悲壮感は無かった。でも優助は違う。死の絶望と共に生きていたんだ。あたちにすがりながら……あたちに認めてもらいたいと、ゲームの中で頑張りながら……
何だか……優助に対してすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになり、目頭が熱くなってきて、あたちは再び顔を上に向ける。
「だからね、僕は姫に完全に拒絶されない限りは、姫についていくよ。姫の気持ちを惹くためにってのもあるし、姫の側にいられるだけで幸せってのもあるし」
「あたちが拒絶したらどーするんれすか……馬鹿……」
堪えきれず、あたちは顔に腕をあててこする。
「拒まないでしょ? 姫は。いや、どうか拒まないでほしいけど」
「一つだけ約束しろれす」
優助の方に顔を向け、真剣な眼差しで見つめてあたちは言った。
「自分に酔ってあたちのために命投げ出すとか、そういうことらけは絶対やめろれす。たとえあたちを助けるためでもね。そんなことするくらいなら、あたちの役に立つために何が何でも生き延びる努力しろれす」
「うん、わかった」
嬉しそうな笑顔で頷く優助。
「太郎さんは今頃何してるのかなあ」
何の気無しに優助が言った。優助の方から彼の名を口にするとは珍しい。何か吹っ切れたのだろうか。
「きっと……別の女作ってよろしくやってるんじゃないれすか……」
考えたくないが、その可能性が濃厚だと思う。あいつはそういう奴だ。浮気性で女癖が悪いのは前世から変わらないし、これはもう諦めるしかない。意識するとむかむかするので、なるべく考えないようにはしているが。
「それがわかっててもなお、あいつがいいの?」
「ま、まあ……優助にもチャンスとなる要素らと思えばいいのれす。正直あたちらって、平気ってわけじゃないれすから……」
喋りながら、必死に平静を装うあたちだったが、声も表情もどうしてもひきつってしまうのだった。
***
「いつまでこうしている気だ? 部下達は退屈してるぞ。そろそろ刺激が欲しい頃だ」
翌日、ヨセフとマリアがあたちのいる宿を訪れて、せっついてきた。
ふむ。乱す者的には今の平穏な生活は苦痛のようれすね。とはいえ、山賊がそんな刺激的な生活だったのかっつー疑問もあるのれすが。
「せめて方針を皆の前で語って欲しいですねー。うおっほーんとか咳払いして、リザレちゃん大演説会を一発頼みたいところですー」
何故か両手を上げて四十五度に開いて変なポーズを取りながら言うマリア。こいつの星だか国だかでは、これが演説の時のポーズなんれしょうか。
「しゃーない、皆を集めるのれす。大会議するれす」
そんなわけで、あたちらは久しぶりに全員集まった。あたち、優助、元山賊達98人、山賊の影のボスだったマリアの、計合わせて101人集結なのだから、結構なスペースが必要なので、百人入れる場所もわざわざ借りた。
「シャンペニアとブランデリスを支配下に置きたいと考えているれす」
あたちのプランを口にしても、最早下僕達は驚かない。世界征服が目的だと前もって告げているし、難攻不落のダンジョンと言われたカクテロ遺跡をああいう形で掘り返し、ブランデリスをまんまと騙して、宝をシャンペニアに持ち込んだあたちれすから、大概のことには驚かないといったところか。
「やはりブランデリスとシャンペニアにもっと仲が悪くなってもらうのが一番れすね。理想は戦争状態になることれすが」
両都市が不仲である理由は、一口では語れない。解析待ちの間にいろいろと調べたが、いろんな要素が積み重ねられている。
ブランデリスにとっての不当な取引の数々。それを不満に思ってシャンペニアで暴れて、人死にを出したブランデリスの商人の話。立場上はシャンペニアが強いにも関わらず、買う側が偉いとして横柄な態度を取るブランデリスと、それに反感を抱くシャンペニアの民。魔物の大規模な侵攻がシャンペニアにあった際、援軍要請をしても全く助けようとしなかったブランデリスと、その後のふざけた釈明。エトセトラエトセトラ……
どちらが先だのどちらが悪いだのは、人によっても見方が異なるだろう。どっちもどっちという見方もある。とにかくこの両都市は不仲であるという事と、不仲でもブランデリスはシャンペニアに依存しないと、どうにもならない都市であるという事。この二つの事実をどうにか利用したい。
「そう仕向けるための苗は植えてあるれすが、果たして両都市の関係をどれだけ悪化できるか」
「姫……本気で言ってるの? 本気で戦争起こすの?」
少し非難するような目であたちを見る優助。
「あたちはこの冥府を支配するのが目的れすから、その程度のことは今後やりまくるれすよ」
優助を見て、きっぱりと言い放つ。
「あたちは正義の味方れはないれす。いや、はっきりと悪れす。嫌ならあたちに無理してついてくるこたーないのれす」
昨日の会話の後でこれはキツいかとも思ったが、それでもこれはちゃんと言っておかないと。
「その苗っていうのは、遺跡の宝を横取りするプランをブランデリスに持ちかけたことか?」
「そうれす」
ヨセフの言葉に頷くあたち。
「シャンペニアに運び込まれたという事実をブランデリスに伝え、しかもそれが都市のお役所の意向ですらあると、ブランデリスが認識すれば、かなり険悪になると思うのれすよのね。とはいえ、それだけでは戦争にまでもっていくには弱すぎれすが」
一応その辺もあたちの頭の中にはあるのだが、わりと悪逆非道な方法ばかりなので、正直躊躇っている。戦争は起こす。しかし血は極力流さない。そういう方針でいきたい。
「まず、あたちがシャンペニアという都市にとっての要人となる必要があるのれす。そしてその事実をブランデリスにも知ってもらう、と」
「ブランデリスではもう姫の顔が割れているし、遺跡の宝強奪計画の失敗は、シャンペニアに一枚食わされたという事になるわけだね」
優助が口を挟み、あたちは頷く。
「ええ、そういう疑いをもたれるわけれす。そう疑われるよう仕向けるための布石ではあるれすが」
それがどこまでの効果を発揮するか、現時点ではあたちにもわからない。
「シャンペニアのお偉いさん一名をあたちの支配化におき、市の中枢に入りこむのれす。で、ここにいる何人には、ブランデリスに向かってもらい、あたちの指示通りに工作してもらいたいのれす。ブランデリスのシャンペニアへの悪感情を煽ることと、シャンペニアからブランデリスへと入る物流を止めてほしいのれす。今思いつく、皆に動いてもらいたいことはこれくらいれす」
後者は元山賊の彼等にはお手の物だろう。
「地味だな」
苦笑するラッセル。
「地道な作業の果てに、輝かしい達成感があるのれすよ。こないだの遺跡掘り返しだって、毎日地味な作業れしたが、その結果お宝たんまりげっとれきたし、今は贅沢な暮らししているれしょ。ま、おめーらは贅沢より刺激の方を求めているれしょうが」
こいつらに刺激を約束した手前、それを満たしていくこともしなくちゃならないが、実の所、そうそう刺激を与えるなんてことも、できるもんじゃない。
「戦争を起こすのはいいですけど、死人の出ない戦争にできませんかあ?」
マリアが結構とんでもないことを口にする。
「戦争が勃発しても、早めに収束させるれすよ。ある程度代償を払うのは仕方無いれすが、都市の価値が下がるのも、できれば避けたいれすし」
マリアを安心させるためだけではなく、本当にそう思う。あたちの野望と他人の命を天秤にかければ、そりゃあたちの野望の方が重いが、だからといって人命をないがしろにまでしていいとは思っていない。犠牲なんて出さないに越したことは無い。
***
二日後、あたちはメグミという名を名乗って、外交官となっていた。
この都市の副市長に決闘を申し込み、ウイルスを感染させて、無理矢理その地位につけてもらった。優助の前でも述べたが、以前、政治屋を強引に傀儡にする手でしっぺ返しを食らった事があるので、あまりそれには頼りきらないようにするが、部分的には使っていく。
あたちの外交官としての行き先は、当然ブランデリスである。ここでブランデリスの目につくように、目立つ動きをしておきたい。
ところが外交官として乗り込む前に、あっさりとブランデリスはあたちの存在を認知することとなった。
彼の都市は貿易上シャンペニアに頼らざるをえないので、頻繁に数多くの商人や役人がシャンペニアを訪れる。ブランデリスの市庁舎で、遺跡の宝物強奪計画を立てていたあたちを知っていた者が、こちらであたちのことを目撃したのだ。そう、あたちが最初に接触したあの市議だ。
「貴女はシャンペニアの役人だったのか! からくりが読めたぞ! 遺跡の宝をブランデリスに渡すまいとして、一杯食わせたのだな!」
市庁舎の豪奢なエントランスの真っ只中、大勢の人が見ている前で、ブランデリスの市議が何やらいろいろ叫んでいたが、あたち以外の者には何のことかよくわからなかったろう。
「そこまでして奪取するからには、相当な価値のある宝だということだな! いや、古代の知識が目当てか!? 禁忌とされたテクノロジーを解放するつもりか!? 断じて見過ごせん!」
怒り心頭で喚くと、ブランデリスの市議はお偉いさん達がいる区画へと進んでいった。
あたちもそれを追う。うまいこと、あたちの支配下にある副市長あたりが取り次いでくれればよいが。
そううまいことはいかず、異なる市議が対応し、ブランデリスの市議はあたちのことや、カクテロ遺跡のことを全てぶちまけた。もちろんあたちも同席。
うーん……予想外の展開れすね、これは。シャンペニア内で発覚し、なおかつそれをブランデリス側から直接突きつけられてしまうとは。やりにくくなってしまったのれす。
「そんな事実は無い。言いがかりだ」
エルフの市議が、ブランデリスの市議を冷めた目で見つめながら、さらに冷めた口調で告げる。
「我々も暇ではない。妄想話をしたいなら、そういう病院も我が都市にはあるので、訪ねてみてくれ。ブランデリスと違って、いろいろな施設があるからな、うちは」
うわあ……このエルフの市議、超露骨に喧嘩売ってるれすねえ。
「後悔するな!」
捨て台詞を吐き、ブランデリスの市議は立ち去った。
「で、彼の言ったことは本当なのかね?」
シャンペニアの市議が、冷静な口調のまま尋ねる。
「本当れすよ。本当だから勝負しろれす」
「は?」
懐中から短剣を抜くあたちに、それまで冷静そのものだった市議が、唖然とした表情になる。
「問答無用れす」
市議に襲いかかるあたち。とりあえず政治家の下僕二人目、と。この市議の対応の仕方次第では、今のブランデリスの市議も服従ウイルスに感染させる必要があったれすが。
あたちがブランデリスに行く手間は省けたれすね。こうなるとなし崩し的に両都市の仲は悪くなっていくはず。ブランデリスで油を撒くのは下僕共に任せてあるが、シャンペニアでも同じことをする予定。こっちに残った下僕に噂を広めさせて。
そしてあたちは、シャンペニアを中枢から侵蝕していく、と。二人の下僕を上手に使って、祭りを起こす――つまりブランデリスとの交戦に仕向ける、と。
だが問題なのは、服従ウイルスは絶対的な服従効果があるわけではないということ。副市長とこの市議が、ペインを受けてなおあたちの命令に逆らい、あたちにとって不都合な行動をするとも限らない。信念ある政治家であれば、都市の危機とあれば、命と引き換えにでも都市を守りかねない。
優助はあたちがウイルスを使って、安易に政治屋を支配しないのを不思議がっていたが、この力は完全に絶対服従させるわけではなく、あくまでペインで抑えこむだけのものなのだ。
***
その日の夜、とうとうあたちは夢を見た。予期していた夢を。
漆黒の空間。奇跡によって夢の中でのコンタクト。目の前に現れる懐かしい顔。
むしろ遅すぎたくらいだ。あたちがここに戻ってきたのだから、もっと早くに接触してくれたらいいものを。
「おかえり、リザレ」
暗黒の中に佇む、少女とも少年ともつかぬ中性的な面持ちの美少女が、微笑みながら声をかけてくる。
彼女の方に静かに歩み寄るあたち。
「ただいまれす。ネレムス」
万感の想いを込めて言うと、あたちはネムレスにと飛びつき、互いにしっかりと抱きしめあった。
無言で抱きしめあったのは、三十秒くらいだろうか。それとも一分くらいか。
「で……」
ネムレスの方から、静寂の抱擁の心地好さを破壊してきた。
「君は生誕早々、何をやらかしているのだね? 乱す者にでもなる気か?」
耳元で囁くネムレスの声には、怒りと呆れが入り混じったような響きがあった。




