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3 ヨセフ

 山賊のアジトに住みついたあたちは、日々鍛錬に励んでいた。


 魔力の向上訓練に関してはスムーズだ。魔力という神秘の力の扱い自体を覚えているので、それを伸ばしていくのは容易い。

 己の意識の中核を、己の精神の中に深く深く潜行させ、神秘領域を拡張していく。

 人によってきっとイメージの仕方は様々だろうが、あたちの場合、密度の低い真っ黒い液体の中にダイブして、水面に片手を上げて指先から波紋を生じさせる。波紋の広がりが徐々に広がっていく。何度も繰り返すうちに、波紋を認識できる範囲も広がり、水面下に満たされた液体の体積を知覚できる範囲も広がっていく。それがあたちの魔力の限界値の拡大へと繋がる。

 スムーズと言っても、魔力向上の訓練は先が長い。以前の力を取り戻すには、相当時間がかかる。


 一方で筋力と体力をつけるトレーニングは、超回復を意識して一日みっちりと鍛えた翌日は、肉体の鍛錬は行わず、魔力の向上の方を頑張る。しかし魔力は短期間で目に見えて向上していくが、肉体面はそんなに易々と鍛えられない。

 まあそれでも元がひどかったせいプラスひどかった原因の病が無くなったおかげで、人並み程度の力はすぐについたと思う。


 ちなみに優助も必死にトレーニングしていた。まるであたちに遅れを取らぬと言わんばかりだ。弱音も一切吐くことなく黙々とメニューをこなしている。女々しい性格であるが、こいつはわりと根性あるというか、持続力のある奴なのだ。一緒に毎日ネトゲしているから、あたちはよく知っている。

 優助の鍛錬は体作りと剣術の習得だ。高度な魔法に関しては、流石にここで習得はできないだろう。いや、ここでなくて習得には相当な時間を要するが。休みの時間は、この世界の知識を仕入れるために読書したり、生活魔法の習得をしたりしている。ただ、読書をするには適さない場所でもある。何せ山賊のねぐら。ろくな本がない。


 十日ほど過ぎた頃、ラッセルが話しかけてきた。


「ヨセフから伝令が来た。連絡が途絶えていることを不審に思ったらしい」


 コバルトブルーの伝書鳩についた伝書をあたちに見せるラッセル。日本語では無いにも関わらず、何故か読めてしまう。この辺もこの世界の御都合主義法則である。


「こちらから顔を見せに行くか、それとも来るのを待つか?」

「もちろんこちらから連絡したうえで、顔を見せに行くのれす」


 本当は連絡無しのまま、不審に思ったボスのヨセフが来るのを待ちかまえる方がいいのだが、これから下僕にしようという相手であるし、あたちは奴等の支配者になる身だから、侵略気分でこちらから支配下に収めに行きたい。


「何と書く? 姫のこともちゃんと書くのか?」

「それはいらんれす。これから行くと伝えておけばいいらけれす」


 前もって決闘しに行くだの支配しに行くだの書いてしまうと、他の手勢を集めかねない。これまで得た情報をまとめた限り、ヨセフという男は中々の人物に思えるが、それでも念には念をいれる。

 さらに念を入れるなら、やっぱり向こうが来るのを待った方がいいのれすがね。それをやるとまた話がややこしいれすし。


「すぐに出るか?」

「いいや、出発は三日後れす。明日もみっちりとトレーニングちて、明後日はゆっくり休んで体調整え、その翌日出発れす。それに、少し相手を待たせて焦らせるのは、何にしても基本れす」

「わかった」


 ラッセルが下がった後、傍らで話を聞いていた優助が疑わしそうに声をかけてくる。


「姫、彼に任せちゃっていいの? 裏切って姫のことを教えるかもよ」

「そういうことはれきないのが、あたちの服従ウイルスなのれす。もし少しでもあたちに逆らおうという気が起きたら、ウイルスが大暴れちてペインを与え続けるのれす」


 その辺はもうラッセルもわかっているし、それ以前に彼の性格を考えると、影でそういう姑息な真似はしないと思う。


「生誕者用マニュアルってのを読んだけど、いまいち現実味が無いね。あの世がファンタジー世界とか、この世とは物理法則も違うし、人の考え方も違うとか」


 と、優助。


「この世界は、何者かの意思によって天国となるべく造られた人工世界れす。神に捨てられた地が、殺し合いと競い合いが基本の世界であることに嫌気をさし、せめて死後の世界は天国にしたいという意思でね。この世界の多くの者は、こっちの世界が基本らと信じているれすし、生誕者用マニュアルにもそう書いてあるれしょう。しかしそれは嘘れすよ。あっちの世界こそがオリジナルれす。いや……先にあったのはあの宇宙れす」

「姫がどうしてそんなこと知ってるのさ」

「あたちとあたちの主神であるネムレスと共に、古代の遺跡を探り、古代の文献を読みまくって、そういう結論を出ちたのれす。あたちら以外にも、知ってる者は多少いるれしょう。一部の学者、一部の冒険者がね。もちろん全て解き明かしたわけではないれすし、謎も多いのれすが」


 あたちがそれらを調査しまくっていたのは、理由がある。人工的に一つの世界を作り上げ、さらにはオリジナルの世界である宇宙の法則をもある程度操作して、魂を行き来させるほどの恐るべきテクノロジー。それを手に入れることができれば、あたちがこの世界を支配する大きな手助けになる。

 もっともネムレスの方は、全く別な理由で世界の謎を解き明かそうとちていたようれすが。

 その古代のテクノロジーの一部を解明したからこそ、あたちは記憶を失うことなく転生できたのだ。これからも積極的に古代遺跡調査や古代文献解読をしていかないと。それらには数多くの強大な力が眠っているに違いない。


「姫はこれから何をしようというの?」

「世界征服れす」


 優助の問いに、あたちは間髪をいれずそう答えだ。優助、予想通り絶句している。


「十五年間寝たきりらったあたちは、人生の不満と鬱屈が貯まりまくっているれすし、あたちの今のやる気パワーは凄いれすよ~」

「世界征服するっていうんなら、姫じゃなくて女王になるの? 全てを支配するっていうなら王ってことだし」

「はあ? 冗談ぬかすんじゃねーれすよ。あたちは冥府の支配者となっても姫のままれす。どう考えても姫の方が可愛いじゃないれすか。女王とかババくさい呼び方されちゃたまらんれす」

「そっか。よかったー。姫は姫って呼び方の方がしっくりくるしね。僕もその方がいいよ」


 微笑をこぼし、胸を撫で下ろす優助。ついでに言うと、こいつに女王様なんていちいち呼ばれるのもたまったもんじゃねーのれす。


***


 翌日、あたちはトレーニングの仕上げにかかった。


 片腕逆立ちを試みて失敗するあたち。あー、もう全然らめらめだ……

 ……ったく、情けないったらありゃしねーれす。前世じゃここから指立てふせするのが、あたちのトレーニングらったのに。


「何せ向こうじゃ十五年間寝たきりれしたし、死んで病気こそ治ったものの、肉体のスペックはあっちと変わらんのがキツいれす。せめて人並みに戻したいところれしたが、とても間に合わないれすね」


 黙々とトレーニングをする優助の前で、あたちは愚痴る。


「人並みくらいにはなったと思うぞ」


 禿山賊のラッセルが来て、水の入った瓶を差し出しながら言った。


「ありがとさままま。んぐぐぐぐ……ぷはーっ。人並みにも及んでないれすよ。すぐ息が切れるのれす。体力だけの問題じゃなく、気管が常人より弱めれす。地獄の病気や障害は持ちこまないのに、肉体的な弱さは反映ってのも、随分変な話れすが」


 水を飲み干し、あたちは立ち上がって剣を取る。


「皆を集めてほちいのれす。無双組み手するれすよ」

「おうよ」


 ラッセルが笑顔で頷き、山賊達を集めにいった。ラッセルも手下の山賊達も、あたちのトレーニングに付き合う事を楽しんでやっている感がある。彼等にとっても、あたちという異質な存在の来訪が、良い刺激となっているのだろう。流石は乱す者といったところか。


 山賊達との訓練を開始する。14人の山賊達が次々襲ってくるが、あたちは巧みな剣さばき及び体さばきで、たちまち一蹴する。ラッセルの指摘通り、もう人並み程度には体力がついた気がする。

 技はさほど衰えてないれすし、少し鈍った腕もすぐに勘を取り戻すれしょう。


 しかし問題はやっぱり体力と筋力の無さ。やっぱりまだらめだ。息があがっている。人並み未満。持久戦になると超不利だ。そして魔力も。


「姫、凄い……オレツエーな最強勇者様みたい」


 おかしな感心の仕方をする優助。


「一応あたちはネムレスの巫女れすからね。神の下僕は、神と相対する者との戦うために選ばれた存在れすよ。神そのものを敵に回すこともあるれすから、相応の戦闘力を有しているのれす」


 ラッセル達には悪いが、山賊やら兵士やら十数人相手程度に苦戦するようでは、とても神聖騎士も巫女も務まらない。


「こりゃヨセフとどっこいかもなあ。魔法抜きでの話だが」


 と、ラッセルが言う。そんな卓越した戦闘力を持つあたちとどっこいとな?

 ダブルの意味で聞き捨てならない台詞だった。戦う敵としては相当手強いということだし、しかし下僕にちた時は、優秀な手駒となるということだ。


 生誕早々、そんな奴と巡りあうことができたのは、非常についているのれす。


「あたちとどっこいとは、ヨセフってのは相当な使い手なんれすね。何でそんな奴が山賊ちているのれすか?」

「俺等も疑問に思っているよ。ワケありなのは確かみたいだがな」


 ラッセルが肩をすくめてみせる。


「ここら一帯の山賊を全てまとめているのは、何か別に目的があるからとか、そういう気配は無いれすか?」

「どうかなあ。ヨセフは俺達に本心を語るようなこともせず、指示を出してくるだけだから、全くわからんよ。俺達に対する態度は凄く事務的だ」


 事務的か――ということは、やはり何か目的があって人手を集めていると見なしてよさそうれすね。


「姫、大丈夫なの?」


 腰を下ろすあたちに、優助が心配げに尋ねる。一緒に訓練していて向こうも気付いているが、あたちの体力は優助にも劣る。こいつらって病弱らったのに、こいつの方がどんどん元気になっていき、持久力がついていく。何れすかね、この違いは。


「まだ仕上がってはいないれすが、仕方無いれしょ」


 力なく笑うあたちだった。ヨセフとやらの戦い、長引いたら不利だ。巫女のあたちにも匹敵する強者となると、一筋縄ではいかないだろうし、うまいこと短期決戦でケリをつけられるかどうかも、際どい線に思える。


***


 トレーニング仕上げ後の一日ゆっくりと体を休め、さらに翌日、あたち達はヨセフの元へと向かった。


 馬での山道の移動。あまり良い馬ではないし、山道はわりと険しい箇所もあり、馬が一頭足りないので、あたちと優助は同じ馬ということもあって、移動ペースはやや遅かった。

 優助は初めて馬に乗るために慣れずにもごもごしているし、結構キツそうな感じだった。しゃーないのであたちに密着して掴まるように言うと、それで収まった。あたちに惚れているうえにずっと触れたままとか、そりゃ効果覿面だろう。今回らけれすよ。


 途中一晩野宿して、その翌日の正午に、あたち達はようやくヨセフ山賊団の本拠地へと到着した。


 そこで待ち受けていたのは、何十人もの山賊達だ。ラッセル達は面食らっていた。山賊団全員が集結しているようだと言っていた。

 これはちょっと予想外れしたね。全員集まる集会だというのなら、ラッセルも事前に教えられているれしょうが、そうでないのなら、これはもしかすると……


「どうして皆集まってるんだ?」


 ラッセルが馬を下りて問う。


「お前達が来ると知り、ヨセフが全員集めた。お前達に叛意があるのではないかと思ったらしいぞ」


 山賊の一人がラッセルを睨みながら言う。ラッセルは流石に小なりといえ山賊団の頭をしているだけあって、動揺を表には表さず、視線を受け止めていた。

 どの辺でそう判断したのれしょうかねえ。向こうのスパイがこっそりやってきていたとか、こちらに裏切り者がいて伝書鳩でそれを伝えたとか、そういう可能性もあるれすが。


「何でそう思ったんだ?」


 あたちの疑問をあたちに代わってラッセルが訊ねてくれた。


「あるいはお前達に叛意が無くても、お前達を従えて俺に弓を引こうという者がいるかもしれない。前にもそういうことがあったんだ。返り討ちにしたがな。それで警戒しただけだ。だがその時はかなりの犠牲が出てしまった」


 答えながら、山賊達の間を割って、一人の男が前に進み出た。

 非常に特徴的ないでたちの男だった。全身黒ずくめで、指先だけ出た黒い手袋をはめている。髪の毛も黒だが、瞳は赤い。防具は一切つけていない。口元は黒いマフラーで覆われているが、それでもイケメンだということがわかる。しかし目つきが異様に鋭い。外見年齢は十代後半くらいで、背はさほど高くないし、筋肉質にも見えないが、一目見ただけであたちにはわかった。相当な使い手だと。


 この少年がヨセフなのは間違いないであろうが、それにしても、前もって聞いた印象と全く違う。殺しを御法度にしているわりには、平然と人を殺せそうなダークな雰囲気がある。実際相当殺してきたのは間違いないと、一目で確信できる。

 そもそも山賊団の棟梁というガラではない。どちらかというと、その足運びや、常に周囲を警戒しつつも、相手を仕留める機会を伺うような視線の動きは、殺し屋っぽい気がする。


 ワインヌ山賊に散らばる配下の山賊を全員集めていたのは、計算違いだけど好都合とも取れるか。ヨセフが一対一の勝負にのってくれれば――の話であるが。


「ラッセル、ここに来たことと、あたちに服従ちた経緯、話しておっけーれす」


 あたちも馬を下りて言った。場違いな美少女の存在に――しかもラッセルに向かって偉そうに命じているのを見て、山賊達の視線があたちに集中する。

 特にヨセフは気がついたようだ。あたちもそれなりの強者であることを。あたちに対して、警戒しまくった視線をぶつけてきていやがるれすし。


 ラッセルはここに来た目的と、あたちが敗北者を服従させる奇跡を用いる巫女だということも、包み隠さず話した。さらにタイマンでの決着を望むようにも告げる。

 巫女だと言われて、山賊達はどよめいていたが、ヨセフは鉄面皮のまま。


「姫、敵に能力バラしちゃったけどいいの?」


 優助が耳元で囁く。


「問題ねーのれす。むしろこれも計算のうちれす。あたちが言うより、ラッセルに言わせた方が説得力もあるれすしね」


 と、答えるあたち。


「そういうわけで、あたちと一対一の勝負をしろれす」

「わざわざ一対一なんてリスクを背負わなくても、総力戦でケリをつけた方が手っ取り早いと、俺が判断したらどうする?」


 あたちに冷たく鋭い視線をぶつけたまま、ヨセフは硬質な声で問う。


「愚かな判断れすが、それでも構わんれすよ。タイマンにしようと提案したのは、被害を少なくするためれす。どーせ全部あたちの下僕にするのれすが、なるべく下僕は多い方がいいれすし」

「この人数差で勝てると思っているのか?」

「お前、巫女を甘く見てやしねーれすか? ていうかね、あたちの奇跡が何れあるか、ラッセルに聞いたれしょ。戦えばどちらに転ぼうと、被害は相当でると判断れきんのれすか?」


 挑発のニュアンスも込めて、呆れたように言うあたち。


「あたちは、負かせた相手をすぐに自分の駒にれきるのれす。そして貴方の味方らった手下が敵として襲ってくる。これが何を意味するかわからんのれすか? 例えこの人数差でも、いい勝負になると思うのれすがね」


 もちろん敵の数が多すぎた場合、あたちの服従ウイルスを用いるにも限度があるが、それは内緒。この人数差で、正面からガチで戦うなど、どう考えても危ない。事前にあれこれ戦術を考えておけば、話は別だったたが。まさか全員集合しているとは思わなかった。


「たとえ総力戦になったとしても、兵を取られないようにするために、俺が先頭に立って戦うべきだろうな、それは。となると、俺とお前のサシの戦いにするのが、こちらにしてみても一番合理的ということか」

「そういうことれすよ。やっと判断できたようれすね。感心感心」


 煽るあたちに、ヨセフは大きく息を吐く。


「じゃあ、俺が勝ったらお前が俺の下についてもらうぞ」


 感情がほとんど見受けられない声でヨセフが言った。


「はっ、あたちはあらゆる者の上に立ち、統べる存在となるべく生まれたのれす。そんなあたちに、下につけとはいい度胸れすね」

「何ぬかしてんだ、このガキは」

「頭おかしいのかね」


 あたちの台詞に、他の山賊らが嘲笑し、茶化す。


「今はその座に駆け上がる経過を楽しんでいる最中に過ぎんのれす。いずれお前もあたちの靴の裏をなめる時が来るのれす」


 茶化した山賊に視線を向け、あたちは笑い飛ばした。


「下につかなくてもいいが、一つ、俺の手伝いをしてもらえると嬉しいところだ」


 ヨセフがあたちの興味を惹くのに十分な台詞を告げ、直後、呪文を詠唱しだした。


 不意打ちで魔法を使うとは、なってねーれすね。飛び道具でも使えって感じれすが。

 呪文の詠唱が完成すると、ヨセフの周囲に風が吹き荒れ、山賊達が腕で顔を覆う。


 なるほど、攻撃魔法ではなく、自己強化の魔法を事前に使用したわけれすか。


 あたちが剣を抜く。ヨセフがダガーを抜き、両手にそれぞれ構え、大きく跳躍した。

 文字通り、飛んだ。風をまとい、上空から襲い掛かってきた。

 ただの飛翔魔法ではない。風そのものを操っていると見なしたあたちは、剣を抜きつつ、あたちの体そのものが風で吹き飛ばされたり得物を吹き飛ばされたりしないよう、用心する。


 ヨセフの体が前方斜め上の上空から迫る。迎えうつべく構えているあたちのアタックレンジに入る直前で、ヨセフの体が真横に移動した。


 直前のフェイントと同時に、ヨセフは袖の下からナイフを投げつけていた。あたちの首を狙ったそれを、あたちは余裕をもって剣ではじく。

 あたちの剣がガードのために動いたのを見るや、ヨセフ自身が側面からあたちへと突っこんでくる。


 脇腹めがけてダガーが突きだされる。風の力も乗ったそれは、あたちの脇腹深くへ刺さっただけではなく、ヨセフの手から離れてそのまま体内に潜り込み、ドリルのように回転しながらあたちの肉と臓物を突き破って反対側の脇腹へと抜けた。


 今のは結構なペインだった。あたちは顔をしかめながら、ヨセフめがけて剣を振るう。ヨセフはこれをかわせず、風を操ってガードを試みたようだが、それも間に合わず、あたちの剣はヨセフの体を袈裟懸けに切り裂いた。


 風を操り、ヨセフの体がまるで弾かれたように後方へと飛ぶ。あたちはペインを堪えながらそれを追う。駆けながら、短い呪文の詠唱も行う。詠唱が短く、精神集中も大して必要とせず、魔力の消耗も大したことのない、しかし使い方によっては十分に効果を発揮できる攻撃魔法。


 ヨセフの動きが止まり、また飛びナイフの攻撃。今度は避けも防ぎもしないあたち。この程度のペイン、食らっておく。

 風の力を借りたナイフはあたちの喉の下辺りを貫通し、あたちの呼吸が止まるが、すでに呪文は唱え終わっているし、あたちはひるむことなくヨセフへと突っこむ。


 あたちがヨセフめがけて左手をかざすと、電撃がほとばしり、ヨセフの動きが完全に止まった。電撃のペインそのものは大したことが無いうえに、範囲も狭く距離も短いが、ショックで動きを止める効果が何より大きい。接近戦で使うには適した魔法。魔法剣士が近接戦闘で用いるために、これ以上となく有効な魔法だ。

 動きの止まったヨセフの腹部めがけて、あたちの剣が突き出される。剣が腹を貫通する。そのままあたちは密着するほどヨセフに身を寄せると、貫いた剣をぐりぐりと少しずつ上へと上げ、ヨセフにさらなるペインをもたらす。


「がああああっ!」


 それまでペインを食らっても呻き声一つあげなかったヨセフが、絶叫した。表情も苦痛に歪んでいる。剣で切り裂かれているペインではなく、奴が敗北を悟ったとみなし、あたちは服従ウイルスの奇跡を発動させたのだ。


「あたちの勝ちれす。さあ、服従を示せれす。さもなくば――」


 言葉途中に、ヨセフの表情が激変した。苦痛に歪んでいた顔が、また元の無表情に戻り、風を操ってあたちの体を弾き飛ばす。

 その時、あたちは実感した。敗北したヨセフを蝕むあたちの服従ウイルスが、ヨセフの体から消え去ったのを。つまり、あたちの奇跡が破られた。


 こいつ……ひょっとして神聖騎士なのか? それとも神?

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