1 主人公の目的はさっさと明確に
死んだ後どうなるか、あたちは知っていた。
実に十五年だか十六年ぶりに、あたちは戻ってきた。あちらから見たあの世に。懐かしきこの世界に。基本世界と嘯くこの世界に。はりぼての冥府に。
周囲の風景を見渡す。山道じゃねーれすか……。
何つー辺鄙な場所に生誕しやがったのれすか。普通は人のいる町や村や集落に生誕するものらってのに。
いや、人はいるれすね。目の前に一人。
「目の前で生誕の場面を見るなんて初めてだよー。しかし何だってこんな辺鄙な所で生誕するかねえ」
小さな馬車に乗った黒髪黒髭のドワーフが、馬車のすぐ横に現れたあたちを、むっつり顔で見下ろして言った。
生誕する場所がもう少しズレていたら、あたちは馬車に轢かれて、また地獄に戻ったのだろうか? そう考えるとゾッとする。
「随分な格好だね。一応女の子用の装備もあるよ。貸してあげよう」
寝巻きのままのあたちを見てドワーフはむっつりした顔のまま、馬車の幌の中へと入っていく。幌の中を覗いてみると、武器や防具が沢山。
「おやおや、武器商人れすか。都合がいいれすね」
「ん? 何が都合がいいんだい?」
「何れもねーれすよ。セクシー系な防具で一つ頼むのれす」
「ビキニアーマーは君には合わんだろう。ほれ、中に服もセットで着いた革鎧とズボンだ」
失礼極まりないことをぬかしながら、むっつり顔の親切ドワーフは、あたちに色気の無い服と革鎧をくれた。ま、パジャマよりマシれすがね。
「お代はいらんよ。しかし生誕者用のマニュアルが無いから困ったな。えーっと、君、自分が死んだことはわかっているかな? ここはね、君が今までいた世界から言う――」
「あの世れしょ。生誕のことも何もかも全部わかっているから、説明は不要れすよ」
「へ?」
馬車の陰でいそいそと着替えていたあたちには、今のあたちの言葉でドワーフがどんな顔になっているかは見えなかったけど、また大体察しはつく。
「で、馬車には乗せてくれるんれすよね? まさかいたいけな女の子をこんな所に置き去りにはしねーれすよね?」
言いながらもあたちは、許可が下りる前に馬車へと上がり、ドワーフの後ろに座る。
「ああ。乗せてはやるが……今からの旅路は、安全とは言えないものだよ」
振り返ったドワーフの顔が曇っている。
「ここいらには山賊が出るからね。一応俺も腕は立つんだが、ここの山賊は手強いんだ」
「あたちも腕が立つから大丈夫れす」
「ははは、そうかい」
ドワーフはあたちが冗談を言っていると思っているようだ。ま、無理もないか。
「ここはワインヌ山脈という所でね。南にあるシャンペニアという都市から、北のブランデリスという都市に装備を売りに行く最中なんだよ」
「ふぬぅ……ブランデリスって……魔雲の近くじゃねーれすか」
呻くあたち。やれやれ、また随分なところに飛ばされたもんれす。地球人――いや、日本人は大抵サラマンドラ都市連合か、その近辺に普通生誕するものだというのに。何らってこんな所に。
まあそもそも生誕のシステム自体、謎が多いものだ。星、国、種族、民族などによって、ある程度決まった地域に生誕するように出来ている。さらには人のいる場所に生誕する。
実に都合のいい、誰かにそう作られたかのようなシステム。ま、それもこれも、解き明かしてやるつもりでいるが。
「魔雲を知っているとか……。君は一体……生誕者が何で……」
あたちの今の台詞を聞いて、ドワーフは仰天していた。そりゃそうだ。生誕者が魔雲のことを知るはずがない。あっちで死んでこっちに来たばかりの者――『生誕者』は、こちらのことなど何も知らないのが常なのだ。
「普通の生誕者なら、知らないれしょうね。あたちは前世で死んら時、記憶を損なわずに下界に――地獄に落ちたのれすよ。予めその方法を見つけ出ち、あたちの魂に記憶を失わないように、仕込んでおいたのれす」
「そんな馬鹿な……。そんな方法があるなんて……」
「でも貴方はあたちが生誕する場面をたった今、目撃ちたれしょ?」
「確かに……いや、しかし……」
やれやれ、もっと手っ取り早くわからせてやるれすか。
あたちは呪文を唱え、簡単な生活魔法の一つである灯りの魔法を発動させる。
「どうれすか。ちなみに魔雲てのは、空がほぼ年中雲で覆われていて、中には魔物がうじゃうじゃな地域で、その周辺にも魔物が出没するれす。ブランデリスはその魔物らの討伐のために、常に軍事力を維持せねばならず、冒険者も頻繁に訪れるれす。シャンペニアはワインヌ山脈を挟んだ南側にある、人口の半分がエルフという魔法都市れす。かの有名な神殺し――ウインド・デッド・ルヴァディーグルも長年住んでいて、彼の様々な逸話が残されているという話れす」
記憶を失わぬ生誕者という、常識では有り得ぬ存在を信じさせるために、あたちはドワーフの言葉から導き出される、知る限りの知識を披露していく。
知識だけではない。あたちは生誕者であるにも関わらず、魔法をも使っている。魔法はこの世でしか使えないし、一度こっちで死ぬと、記憶の喪失と共に使えなくなり、こちらに生誕してからまた習得しなおさないと使えない。そのうえこの地方の知識も口にした。
「信じてもらえたれすか?」
「うーむ……信じざるを得ないな。いやー、たまげた」
興味津々にあたちを見るドワーフ。ここまで証明すれば、流石にあたちの言うことに偽りは無いと考えた方が自然だろう。
「だから神に捨てられた地にいた時も、前世の記憶もこの世の記憶も全て覚えたまま、人格もそのままれした。精神年齢もリセットされずれす」
「じゃあ、ヨセフ山賊団のことも知っているかい?」
「それは知らんれすねー。乱す者れすか」
地方にもよるが、職業的な犯罪者は大抵乱す者に区分される。この世の法にも摂理にも背を向け、この世を乱す者として。
「ふむむむ。乱す者も知っているのか。そう、ここワインヌ山脈一帯を支配する山賊団でな。ヨセフっていうえらく強い山賊が、ワインヌ山脈を根城としていた複数の山賊を一つにまとめあげたんだよ。殺人は絶対にしない連中だっていうけど、被害件数は多いんだ。しかし俺等行商人がワインヌを通らないわけにもいかないし、全く嫌な商売だ」
大きく溜息をつき、ドワーフが馬車を走らせる。
「ほーほー、それはまた好都合れすねえ」
あたちが生誕したそのすぐ側に、強い山賊集団が潜んでいるなど、実におあつらえ向きな話と言える。
「は? 何が好都合なんだ」
「そいつらを名誉あるあたちの下僕第一号にしてやるのれす」
ほくそ笑むあたち。きっとそのドワーフは何のことか、全く見当もついてないだろう。
***
なだらかな山道を馬車が走っていく。周囲は木々に覆われているので、山賊の奇襲にはうってつけの環境だ。少し肌寒いので、標高もわりと高いのかもしれない。
ドワーフの武器商人はバンガと名乗った。あたちも一応名乗っておく。
「さっきあーだこーだと知識を披露ちたものの、あたちもこの辺りをそんなに詳しいわけじゃないのれすよ。初めて訪れる場所れすし。確かブランデリスとシャンペニアって、仲が悪いのれすよね? それなのにバンガは売り込みに行ってるのれすか?」
「確かに険悪だよ。しかしブランデリスはそうも言っていられない事情がある。あそこは一部の物資が乏しいから、シャンペニアとの貿易に頼らざるをえない。そのうえ最近は魔物がやたらと活性化しているせいで、武具が特に不足がちなんだ。シャンペニアで作られる上質な武具は尚更ね。だから高く売れる」
それで山賊の出る危険な山々であろうと、頻繁に商人が行き交っているということらしい。
「魔物は魔雲から出てくるだけではない。この山地にはダンジョンも多い。遺跡も、自然洞窟も含めてね。ダンジョンによっては、中から魔物が出てくる所もある。かつては魔雲の中にいたのかどうか知らんが、魔物がお宝と共に大量に住み着いているんだよ。それを狙って冒険者も頻繁に訪れ、それを狙って山賊もいるってわけだ」
バンガが嘲笑した。冒険者らに対しての嘲笑であろう。
山賊にやられる冒険者とか恥ずかしいものだ。あたちがいた下界で、ゲームやラノベ好きな連中が聞いたらきっと違和感を覚えるだろう。冒険者は強くて格好いいみたいなイメージを持っているだろうから。しかし実際には、この冥界における冒険者は、あまり立派なものではない。
魔雲の近くであるここ大陸北部や、禁断の地と言われる東部では、冒険者もそこそこ認められ、受け入れられているが、それ以外の地では、わざわざ危険に飛び込む大馬鹿者として、ニートにも劣る存在とされている。危険を望むなら、兵士になって乱す者と戦うべきだと語る者も少なくない。
「ワインヌ山脈の有名なダンジョンと言えば、カクテロ遺跡れすね。古き神々の時代に造られた建造物で、宝物庫の中には膨大な量の宝が埋まっているという伝説れすが、強大な魔物も多く住み着いていて、難易度最高峰らと」
「よく知ってるねー。その遺跡ならここから近いよ」
ほうほう、それはいいこと聞いたのれす。
山賊。そして有名な遺跡。あたちのための兵士らけじゃなく、潤沢な資金や古代の知識まで手に入るとか、ますますもって良いゲームスタートとなりそうだと、あたちはまたほくそ笑む。
「戦力と資金を手に入れたら、次は拠点れすね。あとは……さらに下僕を増やしていくのもいいれす。どこか窮地に立たされている都市れも見つけて恩を売り、味方の振りちておきながら裏で都市のトップとその周囲を切り崩して、都市を丸々乗っ取って……てのも悪くないれすか」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
頭の中に描いていたつもりの今後のプランを、うっかり口に出して呟いていたあたちに、バンガが怪訝そうに声をかけてくる。
その時、あたちは不穏な気配を覚えた。
あたちの感覚は神に捨てられた地に下っても、鈍ってはいない。特に敵意に対しては超敏感なままだ。ま、こう見えても百戦錬磨れすし。
「バンガ、気をつけなくちゃらめえ」
手元にあった剣を一振り手に取り、あたちは警告しながら幌から頭を出す。
「ああ……」
バンガも気がついているようで、緊張した声と共に、すぐ横に立てかけてあったハルバードに手を伸ばす。
馬車が止まった。
木々の間から、ゆっくりと姿を現す武装した男達。しかも四方八方から。
全員弓も所持していたので、無理に走らせずに止まって正解だった。
「おらおらーっ、ペインを食らいたくなかったら、荷物を四分の一置いていけーっ」
御者台に近づいてきた禿男が、シミターを振り回してみせながら凄む。
「何れすか、その中途半端な数字は……」
「おい、危ないから出てきちゃダメだ」
あたちが御者台の横から外に出たのを見て、バンガが注意したものの、元々顔だけはみせていたし、正面の山賊には気付かれていただろう。
「全部盗っていったら可哀想だし、半分でもキツいだろうってことで、まけてやろうっていう、うちらの方針なのさ」
凄んでいた禿男があたちの言葉に反応し、あたちの方を向くと、にっこりと微笑みながら答える。
人相見たかぎり、この禿は悪い奴じゃなさそーれすね。
「じゃあペイン覚悟で刃向ったらどーするのれす? あんたたちって殺しは御法度なんれしょ?」
「刃向う奴も多いぜ。そこのドワーフだって面見た感じ、刃向うつもりでいたようだしさ。ま、確かにうちは殺しが御法度だが、それも可能な限り手加減するって奴で、こっちの身が危なくなった場合、ついうっかり殺してしまうこともあるんだぜ?」
禿がそう言って、脅すかのようにもう一度シミターを振ってみせる。
「その理屈はわかるれす。ま、こっちも痛めつけるだけで、済ますつもりでいたれすが」
地面に降りてショートソードを抜くあたち。
う……重い。病み上がりで筋力落ちまくり状態だから? 生誕直後の身体能力は、生誕前に100パーセント依存するというわけでもないけれど、どうも私はかなり依存している模様。さっき鏡で確認したけど、何せ見た目の年齢も死ぬ前と変わってないし、死ぬ前のガリガリヒョロヒョロボディーのままなのれす。
「バンガ、ちょっとテストしたいので、手出ししちゃらめなのれす」
「おいおい、何言ってるんだ……」
あたちの言葉に唖然とするバンガ。
「じゃ、いっちょイクれすよ」
「マジでやる気なのか?」
禿と向かい合って剣を構えるあたち。いかにも貧弱そうな女の子相手に――と、禿は苦笑を浮かびかけたが、急にその面持ちが真剣になった。あたちの構えに隙がなく、剣術をたしなんだもののそれだということを見てとったからだろう。
斬りかかるあたち。慌ててシミターの根元で受ける禿。
嗚呼……やっぱりらめかー……体は剣の扱いを覚えていても、体がついていかない。筋力の無さがひどすぎる。速度無し、重さ無し。
「け、結構鋭い一撃じゃないか」
「次はそっちからろーぞ。リハビリちたいのれす」
ちょっと慌てた風の禿に、あたちは距離を置いて言う。
「女の子にペイン与えるとか嫌だなあ……」
禿はそう言ったものの、あたちの方に踏み込んで、下段からシミターでなぎ払ってくる。
回避もおぼつかないあたち。革鎧が切り裂かれる。中の服も切り裂かれてエロい格好になるということは無かった。ていうか、今のあたちの裸なんて、見られたもんじゃない気がするれすが……。痩せまくってるし。
「うん、やっぱりらめれすね。ではテストその2」
剣をしまい、呪文の詠唱を始めるあたち。それを見て禿はもちろんのこと、他の山賊達もぎょっとしていた。
攻撃呪文の使い手というのは、この世界では少ない。習得自体に相当な時間がかかるので、長い時間かけてそんなもん覚えるなら通常武器の訓練していた方がマシという風潮だ。もちろんそれでも、あたちのように覚えている者は覚えている。
ていうか、妙れすね。あたちが攻撃呪文唱えていると、こいつらはすぐにわかったってことれすね。少なくともリアクション見るとそんな感じ。
魔法が発動する。あたちが高くかざした手から、無数の赤い光弾が不規則な動きで尾を引いて飛来し、山賊達めがけて襲いかかる。
あっさりと光弾を食らった山賊もいれば、かわした者もいる。しかし光弾は追撃仕様なので、かわされてもしつこくかわした相手に襲いかかる。光弾そのものを打ち消さない限り、数分間は消えない。
体から力が抜け、あたちは膝をつく。やべー、攻撃魔法一発使ったらけれダウンれすよ……。体力や筋力ほどの低下は無さそうだが、魔力も相当弱くなっている。
魔法技術や魔法知識はともかくとして、生誕したばかりでは、魔力そのものが乏しい。
「剣技や体術も覚えてはいるのれすが、筋力もらめらめれすし、全てにおいて鍛えなおしれすね。技を磨く必要が無いのは幸いれすが。ろーせすぐに勘を取り戻すのれす」
呟きながらあたちが周囲を見渡すと、山賊は一人残らず倒れてペインに喘いでいた。
「凄いな……。攻撃魔法を使えるというだけでも凄いが、この人数を一度に倒すとか」
バンガがむっつり顔のまま称賛する。驚いている様子ではあるが、表情に変化が乏しい男である。髭が濃すぎるせいもあるが。
しかし、本当に驚くのはこれからだ。
「あたちの勝ちれす。てめーらは無様に負けたのれす。敗北者れす。認めているれすね?」
立ち上がり、倒れている山賊達を見渡して、あたちは確認するように言い放つ。
「敗北を認めたが最後れす。てめーらはあたちに従うちかないのれす」
あたちは力を発動した。魔法とは異なる力を。
「ぐわああっ!」
「ぎゃっ!」
「うごおおお……」
一斉に悲鳴をあげたり苦悶の呻き声を漏らしたりする山賊達。多くの者は苦しげな表情で胸を抑えている。心臓へのペイン……。まるでここに来る前の生きていたあたちへの皮肉のようだ。
心臓の鼓動がかつてないほど激しくなり、胸が焼けるような痛み。破裂しそうな感覚。こいつら全員があれと同じ苦痛を味わっているかと思うと、あたちの胸も痛む。こういう能力だからしゃーないれすが。
「どうなってんだ?」
山賊達が苦しみ続けるのを見てバンガが問う。
「これがあたちの奇跡――服従ウイルスれす。あたちと戦って敗北ちた者は全てこの奇跡のウイルスに感染し、心臓にペインを受け続けるのれす。ペインから解放されるには、あたちに心から忠誠を誓い、服従するしかねーのれす。もちろんあたちに叛意を抱こうもんなら、またウイルスが大暴れちて、心臓にペインを与えまくるのれす」
山賊達の耳に入るように、わりと大きな声で解説するあたち。
「奇跡って……」
バンガが呻いている。これであたちが何者なのか、彼にはわかったろう。
「敗者はひれ伏せれす。もう一度言うれす。あたちに従うしかねーのれす。下界のあたちの如く、苦ちみぬいて死ぬという選択ももちろんあるれすがね」
「わ、わかった……」
禿が一言呻くと、ペインが消えたようで、きょとんとした顔であたちを見上げた。服従完了れすね。
「あんた……一体何者なんだ?」
禿が立ち上がって問う。禿がペインから解放されたのを見て、他の山賊達も次々とあたちに忠誠を誓っていくのがわかる。表情が変化していく。
「あたちの名はリザレ。ネムレスの巫女にして、いずれこのはりぼての冥府を統べる『姫』となる者れす」
山賊全員に届く声でもっと、得意満面で朗々と自己紹介する。
「光栄に思うがいいのれす。てめーらはあたちの冥界征服のために働く、栄えある最初の下僕となれたのれすから。あたちが冥府の支配者とちて君臨するまで共に歩き続けたならば、伝説の最初から最後まで全てを御目にかかれるのれすからね」
戸惑う下僕達に、あたちは笑顔で告げた。
第二部は序章終章以外全15話です。
毎週月曜に更新します。




