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序章

 神守優助は進行性筋ジストロフィーで入院していた。

 小さな頃からよく転ぶ子と言われ続け、歩き方がおかしいとも言われ、優助も周囲と比べて自覚するようになっていった。


 歩くこと自体を困難に感じ、とうとう病院に行く。医者にその病名を宣告され、如何なる病気かを読み上げられ、母親は優助の隣で泣き崩れた。優助は絶望のあまり目の前が真っ暗になったが、何故か涙は出てこなかった。

 治療困難な難病。筋力の低下。呼吸不全により二十代で死亡。いろいろなことを言われたが、その際にしっかりと覚えていたのはこの辺だった。


 現在では様々な治療法や対処法が見つかってきていて、以前より延命もなされている。今後も期待できると言われている。希望と絶望の狭間に置かれた状況で、優助は育った。


 十五歳になった優助は、すでに車椅子の生活になっていた。早期発見により、有効とされる投薬や、リハビリの効果があってか、症状の進行はかなり抑えられていると医者には言われていたし、優助も希望を捨てずに真面目にリハビリに取り組んでいた。


 優助はもう立って歩くことはできなくなっていたが、上半身にはほとんど影響が出ていなかったので、読書やゲームをするには、影響が無い。

 そのため優助はネットゲームにハマり、ネットの中で多くの友人を作り、触れ合うことが出来た。ネットゲームは優助にとってこのうえない救いとなった。


 優助にネットゲームを勧めたのは、隣の病室にいる患者だった。

 心臓の病で長期入院しているというその少女は、年齢のうえでは優助より一つ年上なだけであったにも関わらず、妙に達観しているというか、世知に長けているとうか、年齢不相応というか、自分や少女の親よりもさらにずっと年長者なように見えた。


 少女の両親曰く、彼女は天才児であり、四歳くらいですでに自分達よりも物を知っていたし、精神年齢も上であるかのような言動をとっていたとのことだ。

 だがその天才児は、生まれつき心臓に爆弾を抱えていたため、病院とネットの中だけが世界の全てという、皮肉な宿命を背負っていた。


 少女が天才的な頭脳の持ち主であることは、優助も同じゲームをプレイしていてよくわかった。単純にゲームの攻略が上手いとか、そういった話だけではない。彼女は相手の顔の見えない空間においても、人の心理を悉く読み取るのだ。

 少女は巨大な集団のリーダーとして君臨し、姫と呼ばれていた。ネットゲームによくありがちな、チヤホヤされるだけのhimechanではない。統率力に長けた女帝のような存在であった。

 同じゲームのサーバー内で、彼女をやっかんで敵対する勢力もいれば、彼女の力を認めて協力しようとする者もいた。いずれにせよ、姫と呼ばれた少女は全ての人間を見て、把握していた。誰がどう動くか。誰にどう思われているか。どういう立ち位置にあるか。使えるか、使えないか。信用に値するしか、しないか。敵も、味方も、全て。

 全てを把握したうえで、直接会って言葉巧みに操ることもあれば、他者を通じて誘導することもあった。そうやって力を得て、一つの組織を伸ばし、己の欲望をかなえていった。


 優助は姫に憧れていたし、誇りに思っていたし、想いを寄せていた。リアルでも毎日顔を合わせていたし、病気のせいで痩せてこそいるが、それでも美少女と呼ぶのに何の躊躇いも無い容姿の持ち主であった。


 だが優助の想いは片想いでしかない。姫にはすでに、付き合っている男がいたのだ。ゲームの中でもベタベタだし、リアルでも頻繁に病院に足を運んでくる。年配ではあるが、整った容姿の男で、姫の両親からも信頼されている。


 所詮自分はたまたま同じ病院にいて、寂しそうだからという同情の元に、優しくされて、一緒に遊んでもらっているだけ。ただの友達でしかない。そんなどうにもならない現実。

 その現実を受け入れてもなお、優助は姫から離れられないし、一緒にいると幸せだった。例え目の前で別の男といちゃつかれても、それでもなお近くにいることが幸せだった。


 だがそんな幸せすらも、続くことは無かった。


 隣の病室に――姫の元には頻繁に彼氏が訪れている。姫は最近容態が特におかしいので、心配して毎日足を運びにくる。姫の彼氏は働いていないらしいので、その辺は身軽なようだ。

 優助とも仲が悪いわけではないので、三人で顔を合わせることはしょっちゅうだ。ゲームの中に至ってはいつも一緒と言っても過言ではない。


 その日、優助は何か様子がおかしいと感じ、こっそり姫の病室を扉の隙間から覗いた。

 様子がおかしいのは姫ではない。姫の彼氏の方だ。ひどくダークなオーラをまとっているというか。


「俺、もう……諦める。俺には才能無かったんだよ」


 彼氏の言葉に、姫が固まっているのが、優助にははっきりと見えた。

 姫の彼氏はいつも強気な発言をしていたし、夢をもっていたし、暴走して馬鹿をやらかすことも多かったが、優助の目から見ても男らしかった。悔しいが姫に相応しい人物だとして、嫉妬だけではなく、それなりに尊敬の念も抱いていた。この人なら仕方無いと、諦めがついていた部分もあった。

 その時、その彼の背中が、優助にはひどく小さく見えた。


 姫は泣き出した。まさかあの姫が泣くなど、優助には信じられない光景だった。

 姫は彼を信頼して、頼っていたに違いない。なのに突然夢を諦めると言い出したことに、泣きだした。彼氏の夢と強さを信じていたのだ。それを彼は裏切った。


 しばらく泣いていた姫だが、突然また発作を起こしだした。

 看護士達が駆け込んだ頃にはもう、姫の疲れきった心臓は止まっていた。蘇生処置も徒労に終わった。


 優助の何より大事な存在は、永遠に失われた。


 優助も彼氏も、呆然としたまま何時間かが過ぎた。


「あんたのせいだ!」


 しばらくしてから、不意に怒りがこみあげてきて、優助は叫んだ。


「あんたが姫を殺したんだ! 姫はあんたの夢に自分の命も重ねていたんだぞ! それなのにあんたはっ……!」


 怒りをぶつける優助に、彼は何も言わず、ただ新たに涙を一筋零しただけだった。


 翌日、優助は自ら命を絶った。姫のいない世界に、もう未練は無い。

 どうせ自分の命も長くない。しかし姫と共にいない時間として考えると、その生きながらえる中途半端な時間は、途轍もなく長く苦痛なものとも思える。

 ならば姫と会えるための時間を自ら早めた方がいい。そう思い、優助は心の中で両親にだけは詫びながら、己の命を絶った。

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