閑話3 孤塁の魔法使い 後編
「盗賊にかけた鎮静の魔法をうっかり切らす度に、彼等を蹴散らして魔法をかけなおしてるのですか? 盗賊も、あなたをかなわない相手として見なし、逃げようとはせず?」
「ダブルで魔法かけているんじゃないか? 例えばあいつにこの土地から出られないようにする制約の呪いとか」
ディーグルの質問に、俺が代わって答える。
「あったりー。凄いね、君。子供なのに冴えてるよ。ていうか今気付いたけど、子供なのに賢いし、妙に偉そうだよね。ま、僕も自分の忘れっぽさ自覚してるから、土地から離れられない呪いをかけて、彼等をここに縛っているってわけさ。どう? 僕も賢いでしょ?」
「あー、賢い賢い」
俺がジト目で皮肉を言った直後、部屋の窓に何か当たる音がした。
立ち上がって窓の外を見ようとした俺だが、ディーグルが無言で俺の襟首を引っつかんで後ろに引きずり戻し、俺の頭を一発殴った後、窓から離れた場所に俺を追いやって、俺の前に立ってかばう格好になる。
俺も迂闊だったかもしれないが、殴ることねーだろ……
「あははは、大丈夫だよ。この家そのものが僕の作った魔具みたいなもんで、バリスタの投石だろうとビクともしないくらいの強度をもってるからね」
「焦げ臭いゾ」
旨を張って威張るルーターだったが、ゴージンのその一言で固まる。
「まさかっ、あいつら火を!? ノオオォォッ! 頑丈にはしてあるけど、延焼までは想定してなかったぞコノヤローっ!」
「向こうも何度も攻めてきているのでしたら、学習もするでしょうね」
ディーグルが呆れたように言う。
「ふんっ、でも魔法で消せばいいだけの話さ。ちょっと行ってくるから、ここで安心して待っててね」
ルーターが得意満面にぬかすと、部屋の外へと出ていく。もちろん全く安心できない。
「ゴージン、一応加勢してきてやれ。ディーグル、俺も出るからお前は俺のお守り」
「承知した」
「わかりましたが、敵が飛び道具を用いている状況ですから、迂闊に私の前には出ないでくださいよ」
「ああ」
矢の一発や二発で死ぬわけもないが、それを言うとディーグルがまた機嫌悪くしそうなので、素直に頷いておく。
スケッチブックを呼び出す俺。歩きながら、とりあえず描ける所だけ描いておくか。後で人物足す形で。
「やめろー、てめーらー。こんなことをして何になる! お母さんは泣いてるぞーっ!」
玄関に近づくとルーターの叫び声が。ふざけているのか、それとも真面目であれなのか、いまいちわからん。ギャグのつもりだとしたら、あれが面白いと思ってるのか?
「魔法が切れたのが運のつきだ。今日という今日は決着をつけてやる。今日は作戦を練りに練ってきたからね」
家の門の前に立ち、数名の盗賊を引き連れたオンバが不敵な笑みを浮かべていた。盗賊の数がやけに少ないってことは、他の場所に隠れているな。裏や横に回ったか。
「さあ、これでどうだ!?」
オンバの後ろにいる盗賊が、縄で縛られた何名かを塀の陰から引きずり出す。
「ん? ん? 誰さ? 何で縛ってるの?」
「ただの無関係の旅人さ。こいつらを無事に解放してほしければ、あたし達にかけた、この土地から出られない呪いを解くんだよ」
縛られた人質の一人の首に曲刀の切っ先を突きつけ、にやにやと笑いながら言い放つオンバ。練りに練った作戦がこの程度かよ……。
「おっと、呪文を唱えて解除するにしても、少しでもあたし達に攻撃する気配を感じたら、一人殺すからね」
「君達、今まで人殺しをしてなかったからこそ、ここでこうして暮らしているのも免除されていたのに、それをここで台無しにするつもりなのかっ!? わかってんのかコラーっ!」
ルーターの怒号に、オンバは一瞬決まりの悪い顔をしたが、すぐまたまなじりを吊り上げてルーターを睨む。
「ああ、それでも結構だよ。あんたの魔法にかかっているかよりはね」
「この卑怯者―っ! うんこたれーっ! わからずやーっ! でべそーっ!」
しかしその単純な人質戦法が効果抜群で、ルーターは拳を握り締めてわなわなと震えながら、幼稚な罵倒を繰りかえす。
俺がいなかったら、奴等の目論見通りになってたのかなーと思いつつ、俺は玄関の隙間からオンバ達が拘束されている絵を描きあげた。
「なっ!?」
「ええっ!?」
「なななななっ、何だ何だ何なんだーっ!? これは一体どういうことだアアァーっ!?」
奇跡の絵の力が発動し、突然何の前触れも無しに拘束された状態になったオンバ達が、驚きに目を見開いて叫ぶ。その光景を目の当たりにしてルーターも大袈裟に驚き、一番大袈裟に叫んでいる。
「ルーター、気をつけろ。目の前にいる奴だけじゃない。他にも隠れているぞ。ゴージン、人質を救い出せ。ただし人質を矢で狙っている可能性もあるから、周囲に注意しろ。人質にも勝手に逃げ出さないように言っておけ」
「承知」
俺の命に従い、ゴージンが玄関めがけて駆ける。
「わ、わかった。これって君の仕業っぽい? これが噂に聞くSM魔法って奴なのかーっ」
「ねーよ、そんな魔法。これは奇跡だ」
「き、奇跡ぃ!? 君、巫女なのか!」
変なポーズを取って大袈裟に驚くルーター。
「神聖騎士の方だよ。ちんちんあります」
「ちっ、ちっ、ちんちんあるーっ!? どれどれ」
「どれどれじゃねーっ」
玄関の中に入ってきて俺の股間に手を伸ばしてくるルーターを、俺は乱暴に押しのける。
「命惜しくば動なかレ」
人質の縄を鉤爪で切ったゴージンが、人質達に向かって告げた直後、案の定隠れていた盗賊達が庭のあちこちからわらわらと姿を現し、ゴージンめがけて殺到する。
「あ、危ないっ!」
ゴージンの戦闘力を知らんルーターが血相を変えて叫ぶ。
十秒後には殺到した盗賊達は残らず地に伏していた。
「うおおおーっ! 凄いっ、感動的強さッ! 彼女は何者なんだいっ!? ちんちんあると宣言する神聖騎士の君といい、君達は一体何者!?」
「俺はネムレスの神聖騎士、新居太郎。あいつは不沈戦士ゴージン、こいつは主を主と思わぬ扱いをするドS毒舌八方美人エルフだ」
驚嘆するルーターに、俺は自己紹介する。
「あの邪神ネムレスの神聖騎士にっ、高名な不死身の傭兵ゴージンにっ、八方美人なせいで葉隠でいいように使われていた伝説の神殺しウインド・デッド・ルヴァディーグルうぅぅっ!? 何て豪華なトリオなんだっ!」
「いや、ディーグルの名は出してないのに、何で今の紹介でわかるんだよ……」
ますます驚嘆するルーターに、俺は呆気にとられる。
「八方美人エルフと言えば、葉隠市のウインド・デッド・ルヴァディーグルと有名だものっ。その力をあてにされ、いろんな人にいろんな仕事を頼まれ、断れずにずるずると引き受ける人だと、とっても有名だものっ」
「だそうだ……。ディーグル」
振り返ってディーグルの顔色を伺うと、魂が抜けたような表情してやがった。遠方までそんな噂が流れていたのが、結構ショックだったようだ。俺もちょっと驚いたけど。
「そんなことより、他に盗賊がいないか、あんたの探知魔法で探れないか?」
「探知魔法なんて、そんなレアーで高度なもの、いくら僕でもしんどいよっ。君の周囲にそんな魔法の使い手がいたのっ?」
「いたんだな、それが……」
尋ねてくるルーターに、言葉少なに答える俺。
「まあ、できないなら用心して庭の門まで行こう。ディーグル、潜んでいたとしてももう敵の数も少ないだろうが、飛び道具は一応警戒してくれ」
「言われなくてもそうしますよ」
やや不機嫌な面持ちで答える。結構今のが堪えているわけか……
「さてと、これでまた魔法かけなおしができるわけか」
オンバ達とゴージンの前に歩み出る俺。
「でもルーターも大変だな。盗賊を暴れさせないために、そしてこいつら盗賊達を守るために、ずっとここにいて二種類の魔法をかけなおしする日々だなんて」
盗賊らに聞こえるように言ってやる俺。
「ふざけんなっての。心をいじられるおぞましい魔法にかけられて、自分が自分じゃなくなる日々をこれからも送るなんて、考えただけでもぞっとするっ。あたしらの心がずっと殺されてる状態なんだよっ」
拘束されて転がったまま、ルーターを睨みつけるオンバ。
「かといって、盗賊やめられるわけもねーよな。こんな平和な世界に来てまで、そういう生き方しかできない性分の奴等だからこそ、乱す者になったんだ。あっさり改心できるわけもない。でもさ……」
オンバを見つめて、俺は言った。
「あんたの作った料理、美味かったぜ。あんたを殺したり突き出したりしたら、もうここにあんたの料理をひと時の喜びとして、旅人らが訪れることも無くなっちまうんだな」
「んー……」
オンバが難しい顔で唸る。俺の今の言葉が効いているってことは、芯まで腐った奴じゃないってことか。いや、ルーターもそれを見抜いたからこそ、こいつらを殺しもせず、役人に引渡しもせず、心をいじくってここで平和に暮らさせていたんだろう。
「ルーターもこいつなりに、お前達を助けたくて、こうしていたんだろ? その気持ちも汲んでやってほしいな」
「わかってるさ、それは」
他の盗賊が溜息混じりにぽつりと言う。
「彼等は盗賊団と言っても、滅多に人を傷つけない人達だったんだよ。人殺しも避けていたしね。でも彼等が捕まったとしてもね、情状酌量で死刑は免れてもね、乱す者が改心することはほぼ無い事だし、この辺の法律だと、乱す者の犯罪者は物凄く長い刑期になっちゃう。僕の魔法で悪さをしないように抑えて管理しとくのが、君達のために周囲のためにも、一番いいんだよ。うん、僕のやり方が一番いいって」
ルーターが哀しげな顔で主張する。
何とも解決の糸口の無い話だな。歪な形であるとはいえ、俺もルーターの方法が一番マシな気がしてきた。
「ルーターの言う通リ、魔法にかけラレていル状態こそ、一番幸せではなきや?」
ゴージンも同意見のようだ。
「お主等は情けで生かしてもラっていルに過ぎず。本来ルーターに敗レた時点で、殺さレても文句は言えぬ身。ルーターの隙をついて反抗を繰リ返すであラば、ルーターもそのうち、よリ強き制約の魔法をかけルか、お主等を見限ってしまうやもしレぬゾ? 受け入レルが吉よ」
中々説得力ある言葉を吐くなあ、ゴージン。
「あんたの言うこと、筋が通ってる」
ゴージンを真っ直ぐ見つめ、オンバは認めた。
「わかったよ。でもやっぱり魔法で心を捻じ曲げられるのだけは受け入れられない。他の奴等はどうかしらないが、あたしはもう盗賊はやめて、ここで大人しく暮らしてみる努力をしてみる」
「姉さんっ」
「本気ですかっ?」
どよめく盗賊達。さらに、隠れて様子を伺っていた盗賊達も姿を現し、ゆっくりと近づいてくる。戦意は見受けられない。
「あんたらに強要はしない。だが選択は二つだ。盗賊を辞められないなら魔法にかかる。魔法が受け入れられないなら、盗賊を辞める。これしかないだろう。あたしは魔法で心をいじくられるくらいなら、負け犬の悔しい想いも受け入れたうえで、潔く屈するとするよ。それに、この子は馬鹿だけど馬鹿なりに、私達のことをいろいろ気にかけてもくれたからね。その恩義を踏みにじるのもどうかと思ってさ」
ルーターを見上げ、小さく笑うオンバ。
「わかってくれたのかーっ! 今まで苦労した甲斐があったーっ。報われたーっ。やりましたよ皆さーんっ。ばんざーいっ」
オーバーリアクションではしゃぐルーターを尻目に、俺はオンバを冷めた目で見下ろす。
「それが本当なら、感動して終わりで済むけどな。嘘だとわかっているから、反吐が出る気分だよ」
俺の冷ややかな視線と口調に、オンバが一瞬目を剥いた。
「疑われるのも無理ないね。何しろ――」
「疑ってるんじゃねーよ。嘘だと確信してるんだ、ばーか」
オンバの言葉を遮り、吐き捨てるように言う俺。
「おかしなこと口走っていたことに、自分で気がつかなかったのか? 何だって? 恩義を踏みにじるのもどうかと思って? そんな殊勝な気持ちがあるんだったら、最初から人質とってまで、攻め込んでくることはなかったろ? それともたった今改心したってか? そんなわけねーよっ。魔法にかからず改心した振りして盗賊を辞めた事にした方が、一番都合がいい展開だと、俺との会話途中で気がついたんだろ? そうすれば、油断しているお人好しルーターの寝首もかけるし、あるいはさっさと逃げ出すこともできるんだからな」
べらべらと追い詰めていく俺に、オンバの顔色が変わっていく。
馬鹿な女だ。本当に改心したなら、もっと違うリアクションになるはずだろうに。もう誤魔化しきれないと諦めたのか、それとも焦っているのか。
「きっかけは俺の台詞だろ? お前の飯が美味かったどうこう。それで俺等のことも、基本御人好しの善人だと思って、うまく切り抜けられる算段を働かせた。改心しました、めでたしめでたしってな形で済ませるのが、一番いい答えだと。お前がそう計算を働かせるように、俺の言葉に誘導されたとも知らないでな。あれは別に本心で言ったんじゃねーよ。オンバ、お前の腹の底を探るための釣り針だ。そして腹の底に潜んでいた汚物まみれの腐った魚が、あっさり食いついてきやがった」
いまやすっかり蒼白な顔になったオンバに、俺は意地悪く笑ってみせる。
「というわけだ、ディーグル。こいつらは救えねー。改心した振りだけしてこの場を凌いだ後は、また盗賊だ。介錯してやれ」
「わかりました」
ディーグルが刀を抜く。
「わかったよ! 悪かった! 騙そうとしてた! 魔法で心を縛るんで構わないから、殺さないでおくれ!」
「うまいことゲロしたぜ」
必死で喚くオンバに、俺はディーグルの方を向いてニヤリと笑う。ディーグルも微笑を浮かべ、刀を鞘に戻した。
オンバははっとして、俺を見る。
「カマかけたわけかい……」
忌々しげにオンバ。流石に気がついたか。
「えっと、よくわからないんだけど、どういうことなの? わかるように教えておくんなましー」
「我も不明瞭也。部分的に理解すレど、全てはわかラぬ」
ルーターとゴージンが俺に尋ねる。
「今俺が言った、飯が美味かったどうこうが誘導だの釣りだのってのが、後付の嘘だよ。飯が美味かったという台詞は本心だった。でもオンバが俺のその台詞で、計算を働かせたんじゃないかと、俺が勘ぐったのは本当だ。あくまで勘ぐっただけな。オンバの台詞に矛盾を感じたのも本当。俺が、『疑ってるんじゃねーよ、嘘だと確信した』と言った台詞も、実は嘘。あの時点では疑っているレベル。確信できたのは、俺のカマかけでいちいち顔色変える素直なリアクションした時だ。最後にディーグルに刀抜かせたのは、オンバ自身に嘘だと認めさせるためだ。この説明でわかるか?」
「我、理解せリ」
「えーっと……あれが嘘の嘘で、これは嘘にみせかけた本当で……うー、頭がこんがらがるーっ」
ゴージンは理解したようだが、ルーターには難しかったようだ。しかしこれ以上説明するのも面倒臭い。
「ルーター、信じてくれなくてもいいから、言わせておくれ。確かに今あたしは騙そうとしていたけど……」
「おうっ、わかってるよ。騙した後にただここから逃げようとしただけで、寝首かいて僕を殺そうなんて気は無かったんだろ? そんな悪い奴だったら、僕も最初からかばったりしないさーっ。それくらいは僕だってわかるっ」
苦しげな面持ちで訴えるオンバに向かって、明朗快活に告げるルーター。それを見てオンバも穏やかな笑みを浮かべた。
これにて一件落着!
***
「すごい三人組だけど、君達何をおっぱじめようっていうの? 僕にはわかる。君達世界の運命を変えるような凄い何かに立ち向かおうとしてるのが、ビンビン伝わってくるっ」
盗賊一向に魔法をかけなおしてから、俺等は再びルーターの家の中で、茶を出してもらいながら雑談に興じていた。
「ねーよ。ただネムレスに呼び出されて、魔雲の中に行くだけだ」
口では笑ってルーターの言葉を否定する俺だが、ネムレスが俺に神殺しをさせるなら、多少は世界規模の影響を与えてしまうことになるけどな。
「そっかー、いいなー、僕も一緒に行きたいなー。それで僕の魔法で魔雲の地に潜む魔物をズビズビズバーンとやっつけて、君達が尊敬の眼差しで僕を見るとかさー」
ルーターが目を輝かせる。こいつが一緒に来ればかなり便利そうではあるな。鬱陶しそうでもあるが。
「お前は盗賊達の面倒看るために、ここから離れられないだろ。つーかお前一人が魔法で抑えるより、役人に来てもらって管理してもらってもいいんじゃないかとも思うけどね」
「いやー、役人だと人手割く問題もあるし、元盗賊らと衝突とかもしそうだし、隙見て逃げ出す可能性もあるし、やっぱり僕がこうしてこの集落にいるのが、一番だよ。たまにこうして人とお喋りができればなおいいんだけどねー。あははは」
無邪気に笑うルーターを見て、俺は可哀想な奴と思えてしまった。うーん……
「また旅の途中、ここいらを通りかかったら来てくれたら嬉しいな」
「おう、来てやんよ」
はにかみながら言うルーターに、俺は笑顔で告げた。
***
そして俺達は名も無き集落を離れ、また街道に戻って馬車で揺られる旅に。
「それにしても太郎さんは、人の嘘を見破ったりカマかけたりが上手ですね」
オンバにカマをかけたことを指し、ディーグルが称賛する。
「俺の技じゃねーよ。あいつの真似をしてみただけだ。まあ、真似できるだけ俺のオツムも優秀なのかもしれねーが、あいつは――リザレはもっと鮮やかだ」
褒められて嬉しい気持ちはあるが、それは俺が褒められて嬉しいのではなく、リザレがのことを褒められて嬉しいような、そんな感覚だった。
「ネムレスの神聖騎士パライズと巫女リザレ、名前だけは聞いたことがあるのですが、どのような人物かまでは知りませんでした。東部では有名だったようですけれどね」
と、ディーグル。東部と言っても、侵入不可と言われる東の果てへと続く不毛の大地のことではなく、人が生存できる範囲内での大陸東部だろう。
「北部ではネムレスの名しか知られておラぬ。最近では大陸北部――魔雲内部と周辺地域がネムレスの活動区域ゾ。最後に会いしはエルフの都シャンペニアであった」
と、ゴージン。
「シャンペニアには寄らないようにしましょう」
御者席で表情は伺いしれないが、あからさまに狼狽気味な声を発するディーグル。
「何かやらかしたのか? エルフのくせに和風好みだから裏切り者扱いとか」
「何で和風とエルフが対立しなくてはならないのですか。太郎さんじゃあるまいし、問題を起こしたわけではありません。とにかく行きたくない理由があるのです」
これは是非行ってみたいが、本人がこれだけ拒否しているのなら、好奇心だけで行くってわけにもいかんか。
魔雲の地はおろか、大陸北部と指定されている地域までも、馬車だとまだまだ時間がかかる。しばらくの間は、のんびりと旅を楽しめそうだ。
孤塁の魔法使い 終
閑話はこれにておしまい。
第二部は八月再開予定です。




