59 酩酊のディーグル
私、ウインド・デッド・ルヴァディーグルは、様々なしがらみを持つ。葉隠軍第二十七部隊と共に市内のテロ対策。前市長、現市長とのパイプ。使い魔品評会運営委員会とも顔馴染みであるし、第十八部隊の隊長とも懇意だ。他にも挙げていたらきりがない。
最近の私は、自分でこれと定めた生き方をしているわけではなく、便利な何でも屋のような生き方をしてしまっている。流されるように、ただ人に求められるがままに。
いつからこうなったのか。冒険者を辞めてからのような気もするし、冒険者だった頃からすでにそうだったような気もする。
だが最近気がかりが出来た。第十八部隊に所属する堀内幹夫氏。私が通っている堀内小百合さんの亭主だが、小百合さんはいつも亭主の身を案じている。
せめて私が第十八部隊に所属できれば、小百合さんも多少安心できるのではないかと、そんなことを漠然と考えていたが、もし本格的に軍に所属するとなれば、第二十七部隊に回されるのは目に見えている。自分の口から所属を申し出るのも、私の性格からすると憚られる。
そんな時だった。大きな転機が訪れたのは。
窮地に瀕した第十八部隊が、生誕したばかりの神聖騎士によって救われるという話は、葉隠軍内部で話題になった。だが当の神聖騎士は、乱す者を撃退した後、昏睡状態で運ばれたという話だ。
私は木村龍之介市長に呼ばれ、改めてその神聖騎士の話を伺った。
「本当に味方になるかどうかもわかりません。よって、邪神や悪神の神聖騎士であった場合、速やかに対処できる者を監視役としてつける必要があります」
木村市長にそう告げられ、神殺しとして名高い私を、その仕える神も知れぬ神聖騎士の従者兼制御役としてあてるつもりなのであろうと、私は察した。
悪神の徒であるかどうかはさておき、私はそこで考えた。
「その神聖騎士とやらを第十八部隊に所属させ、軍で利用してみてはいかがでしょうか?」
私の方から市長へと提案する。利用するつもりだったのは、市長も元からであろうが、わざわざ部隊名を私が指名することは予想外であっただろう。
「神聖騎士という抵抗も、命を救った相手であれば、多少は薄れるというものです」
「なるほど、その理屈はわかります。ではそうしましょう。もちろん神聖騎士殿自身にその意志があればの話ですが」
「それは市長殿がうまく言いくるめてくださればよいかと。もちろん私も、それとなく推してみます」
「わかりました。やってみましょう」
私の進言を市長は悉く受け入れてくれた。
***
かつて葉隠が乱れ、権力者同士で暗殺合戦が行われた際に、殺害された政治家が住んでいたいう曰く付きの屋敷に、神聖騎士は運ばれたという。
私はその屋敷を訪れ、ベッドに寝かされた神聖騎士だというその少年を目の当たりにして、息を呑んだ。
まだ幼いが、人間種族とは思えぬ美しさ。エルフの中でもここまで容姿端麗な者は珍しい。一見して美少女にしか見えないが、確かめてみるとちゃんと男の子だった。
確かめる際に、私は驚いた。呼吸が急に止まったのだ。鼓動もやがて止まった。
私が屋敷を訪れるのがほんの少しでも遅れていたら、彼はそのまま消滅していたであろう。私は必死に人口呼吸を施し、魔法の電撃なども用いて蘇生を試みた結果、何とか消滅は免れた。
このような状態になるほど、強烈な奇跡を使ったという事なのであろう。
私はその後、少年の体を拭いたり床ずれしないように位置をずらしたり食事を食べさせたりと、甲斐甲斐しく世話をしていたが、その間にも何度か心肺停止が起こった。いつ死ぬかわからないので、私はまともに睡眠を取ることもできない有様だった。
代わりに看てくれる人を頼めば済むだけの話であるが、それは断じて行いたくなかった。たとえ睡眠を削ろうと、この眠れる美少年の看病を他者に譲りたくないという独占欲に、強くとらわれていたからだ。対象といい状況といい、看病好きの私にとってここまで私の魂を揺さぶることは、未だかつてない。
眠れる王子様の看病をして四日目。呼吸と脈はすっかり安定し、心肺停止が生じることも無くなったので、やっと私も睡眠にありつけた。
だがもしものことを考えて、同じ部屋で睡眠を取る。少年の呼吸が少しでも乱れたら、すぐに起きられるようにと意識し、少年の呼吸を数えながら眠りにつく。
看病しだして六日目になった。何時になったら目が覚めるのだろう。肉体的には完全に回復していると思えるのだが、目が覚める兆候は全く見受けられない。市長の使者がこれまで二度も来たほどだ。ついでだから使者の方に生活用品や食事の買い足しも頼んだ。
寝顔だけ見るのが飽きてきたというわけではないが、それにしてもいろいろと考えてしまう。目を開いたらどんな顔で、どんな表情をする子なのだろう。どんな声で喋るのだろう。どんな性格なのだろう。いろいろと夢想する。相手が寝たきりの子供とはいえ、ここまで親身になって看病をすれば、愛着も沸くというもの。
七日目、とうとう彼は目を覚ました。
私が思い描いていたイメージとは全くかけ離れた性格の持ち主だった。気さくでノリがよく頭の切り替えが早くウィットに富んでいるが、発言がいちいち下品なうえに歯に衣着せぬ物言いをする。何より己の欲望にストレート。
黙って大人しくしていれば美少女なのに、口を開けばやんちゃ坊主というギャップは中々面白い。私との相性もよろしく、会話も弾む。
かりそめとはいえ、私の主となりし者がこのような人物というのも愉快なことだ。人生何があるかわらない。
楽しい日々が訪れるかもしれないと、上機嫌な私であった。が、その日の夜、何とはなしに彼の様子を見に行くと、ベッドの中で彼がすすり泣いているのを目撃してしまった。生誕の仕方によっては、辛い想いをすることも当然あろう。地獄での突然の死とあればなおさらだ。
***
太郎さんが襲撃され、私は護衛役として早くも失態を晒した。乱す者の刺客の魔法攻撃が太郎さんに見舞われるのを防げなかった。
幸い太郎さんがペインへの耐性に強かったから良かったものの、常人なら間違いなく死んでいた所だ。
「人間、誰だってミスがあるもんだ。どんなに凄い奴でも、どんなに気を配っていてもな。ミスを犯すようにできてるんだよ」
奇跡の使いすぎで昏睡し、目を覚ました後の太郎さんに謝罪すると、彼はそう言って笑いかけてくれた。
人間ではないし、その表現の仕方はここでは生誕直後の人間しか使わない。『人』は通じるが、『人間』の表現は幾つかタブーだと教えておく。
そして今日は、他にも気になることが幾つもあった。
太郎さんが憎むあのバスの男とやら、相当な力を有しているように見えた。あれも生誕間もないと聞いていたが、どうやってそのような力を手にいれたのか。その力があるからこそ、乱す者の中でも重要なポジションにいるように見受けられたが。
ペインの耐性は、修行や経験の蓄積等で強めることが可能だ。私やシリンやアリア等は、常人と比べて相当ペインへの耐性が高い。つまり、多少のことでは死なない。
だが生誕直後の太郎さんやバスの男が、あれほどのペイン耐性を有しているということは、地獄で相当悲惨な体験をしてきたということであろう。あの美麗な容姿の糞生意気な少年が、地獄でどれだけ凄惨な体験をしてきたかと思うと、心が痛むと同時に心が躍る。
バスの男に無関係な子供が殺されたのを目の当たりにした際の、太郎さんのあの冷たい怒りは、私の魂に突き刺さるかのように、こちらにも響いてきた。そのうえ強烈な殺意を伴い、バスの男を殺しにかかる決断。ひょっとしたら彼は、私が真に仕える素質があるかもしれないと、考えてしまう。
その殺意の実行こそがポイントだ。殺せる力を持ちながら、あの場面でただ怒っているだけか嘆いているだけの人物なら、私は太郎さんに惹かれることも無かった。私に殺害の協力を命じて実行したが故だ。
太郎さんの使い魔が蜘蛛だったことにも仰天した。どういう美的感覚の持ち主なのか。そう言えばアリアも蜘蛛だ。この二人が知り合えば、わりと気が合って仲良くなるかもしれない。
***
葉隠のラクチャ神殿に、ラクチャ神が帰ってきた。神であらば、太郎さんが仕える神が何であるかも判明するため、早速神殿へと赴く。
彼の仕える神が事もあろうに邪神ネムレスだと判明した。恐れていた事態だ。
かつてネムレスに師事していたというゴージンさんが、ネムレスは心配いらないと言っていたが、そういう問題ではない。邪神といってもあのネムレスであるし、必ずしも悪神とは言えず、善行も施す神として知られているが、木村市長がどういう判断を下すかが問題なのだ。私の予想では間違いなく……
動揺し、半べそかいている太郎さんを見て私の心が少し痛む。と、同時に心がうきうきする。彼の泣き顔は思った以上にそそる。
後になってわかったことだが、太郎さんは夢の中でネムレスと何度も出会っていたという。にも関わらず、ネムレス自身は己の正体を明かさなかった。意味不明であるが、結果的には正解だった。
市長の所へ太郎さんを連れて行くと、予想通り殺せとの命令。邪神の僕という時点で乱す者サイドに結びつけ、憂慮となる要素は断つという判断は、特に間違ってもいない。木村市長はそのために私を太郎さんの監視役として選んだのだし。
だが私は最初から従うつもりはない。神聖騎士の監視とお守りをしていることは、全てアリアに報告してある。
「もし邪神か悪神の神聖騎士だとしたら、木村のタコはあんたにそいつを殺せと命じるだろうさ。でも丁度いいな。あんたもそのガキを守りたいみたいだし、木村を殺すよい口実になるじゃん」
ラクチャ神の元へと赴く前日、私はアリアと会って話をした。彼女は笑いながら市長の殺害を促した。
ちなみに私はアリアのことは呼び捨てにしている。昔の仲間は皆呼び捨てがデフォだ。
「そうですね。例え私が断ったとしても、木村市長の性格を考えると、刺客を放ってくるでしょう」
「そりゃ間違いないよ。ディーグルも知ってるだろうけど、あいつ、善人面しときながら、これまでに何度も危険分子を裏で始末してるんだぜ? でもあいつにとって最大の危険分子である私には刺客を放たないチキンぷりには笑えるわ」
もちろん私もその事は知っている。
「木村殺害後の処理は私が上手くやっておくさ。私が繰り上がり市長ってことになるし、万々歳だ」
アリアはそう言って不敵に笑った。その後始末のつけ方に後で驚くことになるが、先にそれを知っていたとしても、私のすることに変わりは無かったであろう。
私は最初から太郎さんに惹かれていた。目覚める前から一目見ただけで惹かれていたし、昏睡状態の彼を甲斐甲斐しく世話しているうちに、すっかり愛着が沸いてしまった。
目覚めた後も、普段は糞生意気な言動が目立つものの、ふとした所で優しさや繊細さを垣間見せる所も好感が持てる。真面目モードの際に、私を見る凛々しい顔つきがそそる。
忠誠の誓いも、全く躊躇うことなく実行できた。その後何度も後悔し、やっぱりやめればよかったと思うことはがあったが。
***
それから様々なことがあり、ようやく葉隠での戦いが終わろうとしている。光輝沼沢地帯での合戦が勝利という形で幕を下ろし、葉隠市周辺の乱す者は力を失い、最早抵抗も不可能と思われる。
私は長らく葉隠で乱す者とも戦ってきたが、もうこの都市においては彼等と戦うこともないであろう。
太郎さんも、乱す者との戦いが終わった後は、ネムレスの導きに従い、葉隠を発つそうだ。もちろん、私とゴージンさんも着いていく予定だ。
私にとってはシリン、太郎さんにしてみればバスの男との戦いに、決着をつけられなかったのが残念な所か。
都市に帰る途中、太郎さんは元気が無かった。滝澤さんとセラさんを失った悲しみ、バスの男との未決着、戦争自体の終結、葉隠との別れ。思う所はいろいろとあるのだろう。
市民が捕虜に投石しているのを見て腹を立て、奇跡の力を市民に向けて振るうという暴挙を働いていた際、元気が戻っていたようで安心した。
一方、私は私でややブルーになる事があった。
太郎さんと私は、わりとよく衝突する。考えの相違は様々であるし、彼はわりとウェットだが、私はドライだ。衝突した後は――表面にこそ出さないが、あまりいい気分ではない。
しかし今回は特別ひどかった。あの時――バスの男を殺せる機会に、太郎さんが私を制止した時、予感してしまった。いつか私と彼は、決定的に道を違える時が来るのではないかと。
私は太郎さんに惹かれ、守ると誓った。忠誠を誓った。尊敬もしている。だが譲れない部分もあるし、太郎さんの判断が決定的に誤っている代物であれば、例え彼の逆鱗に触れてでも、背くことになる。
今回、太郎さんの命に従って思い留まったのも、後々後悔するかもしれない結果に繋がるかもしれない。いや、そう考えてすでに後悔しているほどだ。主の逆鱗に触れてでも主のために殺すべきだった。
屋敷に戻り、お子様二人が早々に寝静まった後、私はリビングで一人、灯りもつけずに酒を飲みながら考え込んでいた。
「怒ってんのか?」
不意に寝巻き姿の太郎さんがやってきて、声をかける。足音にも気付かなったのは、私がそれだけ酔っていたのか、考えの方に気を取られていたのか。
窓から射す月と星の明かりで照らされて、少年の美貌はいつもと違って見えた。神秘的なムードだ。あるいは私の酔いがひどくて、そう感じたのかもしれない。
「らしくねーな」
テーブルの上で空にした数本のボトルを見て、太郎さんは微笑を零す。
「主に嫌われるような行為を働こうとしたあげく、それを咎められたら主を睨みつけるという愚行に及び、心を痛めた従者には、相応の慰めが必要です」
私は正直に告げる。そう――結局はそちらの比重の方が大きい。真剣に憂慮すべきは、バスの男を見逃したことであるし、今後も似たようなことがあった際はどうするのかと、そちらなのであろう。しかし実際に強く意識、胸を痛めているのは今口にしたことの方だ。
「お前、わりと繊細だったんだな」
からかうように言うと、太郎さんがテーブルの上――私のすぐ目の前に腰かける。
今は一人にしてほしい気分であったが、同時に彼と話がしたい気分でもある。
「俺の我侭に付きあわせてすまんこ」
私の顔をじっと覗き込み、突然真摯な口調になって謝罪する。
「何ですか、それは。今更すぎでしょう。そもそも従者は主と定めた者の我侭に振り回されるための存在です」
「これからも似たような我侭で、お前を苛立たせ、心配させることになるぞ」
「覚悟していますよ。いや、覚悟というか割り切りが必要ですね。割り切れなかったから、あのような醜態を晒してしまった」
そう、あれは醜態だった。私らしくもない大醜態。
「覚悟とか割り切りとか以前に、理解が必要だろうに。少なくとも俺はお前を理解しようと努めているけどな」
「なるほど、理解が足りなかったからこそ、私はあの時感情的になってしまったわけですか」
とてもよくわかる理屈だ。最初から太郎さんのことを理解していれば、私の行動も変わっていた。
「これからもよろしく頼むよ。まあ、愛想が付きそうになる前に、ちゃんと言いたいことは吐き出してくれ。我慢して溜め込んだ後に、一気に怒りをぶちまけるとか、そういうのだけは勘弁な。昔そういう女と付き合って、ひどい目にあってさ」
「私がそんなタイプなら、君を責めることも無ければ、こんな姿も見せませんよ」
「そうか。それだけが心配だったんだ。安心した」
「どんな心配ですか」
私も何故か安堵して、どうでもよくなってしまった。しかし話が出来てよかった。随分と気持ちが楽になった。
道を違えることになる未来も、可能性としては当然あるだろうが、出きることならば、この糞生意気なお子様の進む先を見てみたい。




