58 祭りの終わり
乱す者達は泣き喚くバスの男を必死でガードしていた。
隙だらけの姿で涙をとめどなく流すバスの男。ただ隙だらけなだけではない。強烈なペインを受けて、精神的にも相当弱っている。殺すには絶好の機会だ。しかし……
「鈴木もやめろよ」
俺は鈴木が魔法で攻撃するのも制した。
「うん」
意外なことに、鈴木は素直に従った。無視して攻撃するか、さもなくば俺を非難するかしてくると思ったのに。
「制止の理由はわかりますが、それが何を意味するかも承知のうえですよね?」
戻ってきたディーグルが俺を睨みつけ、冷たい声で確認を取る。
「それでもやめろ。誇り高き王者たる者、たとえ憎き敵でも、悲痛につけこんで勝利をもぎとるような浅ましい真似はしないものだ」
ディーグルの瞳を見返し、偉そうな口調で言ってやる俺。
「いつから君は王者になったのですか」
「下界におぎゃーと生まれたその時から、魂だけはキングオブキングス! 誰よりそいつを殺したい俺がやめろと言っているんだ」
自分が何を言っているのかはわかってる。だがどうしても今の奴を殺す気になれない。今バスの男は、俺と同じ痛みを味わっている真っ最中だ。下界でリザレを失った時と同じだ。自分のせいで大事な者を失ってしまった痛み。
それに今の言葉だって本音だ。こんなさもしい決着のつけ方をしたら、最高に後味が悪い。もっと正々堂々とブチ殺してやらなければな。
「太郎。不殺を信条とすル我に言う資格も無き事であルが、奴を討つ機会を逃したことで、奴がまた害を成すことも考慮のうえであロうな?」
「ああ、それでもだ。あいつは俺が殺す。俺が殺したい形で殺したい時に殺す」
ディーグルに続いて、より突っこんで確認してくるゴージンに、俺は静かに、しかし力をこめてそう告げる。
「私は太郎のこと、評価する。たとえ将来の憂いを残し、後悔する結果になろうと、それも受け入れる覚悟なんでしょ?」
「ああ」
いつもの鈴木らしくない問いかけに、俺は頷いた。ていうか、どうしたんだこいつは……。理由は知らんけど、俺の行いが鈴木の心には響いたらしい。
そうこうしているうちに、乱す者の兵士二人が放心しているバスの男を抱えて連れていき、さらには馬に乗せて、後方へと連れ去っていってしまった。
「愚かな選択だったな。だがそれがお前の選んだことであるなら、私には何も言えない」
一部始終を見ていた堀内が言う。隣にはいつ戻ってきたのか、ザンキもいる。
堀内の立場からすると俺に相当な怒りを覚えてもいいくらいだ。俺があいつを殺せる機会に殺さなかったせいで、今後あいつの手で、殺されなくてもいい者が殺されるかもしれないわけだからな。俺のくだらんこだわりのせいで、余計な死者が出る。俺の選択した結果というのは、そういうことだ。
しかし俺は何も悪いとは思わん。戦場で死ぬのはしょうがない。力の無さ、運の無さで死ぬ。俺のこの選択の結果で死ぬ奴がいたとしても、例え俺はその戦死者の家族を前にしても、同じことを思える。口に出して言いはしないが。
「ちゅーかあいつ、すぐにでも復讐に来るんでないかのー」
「それは無いわ。よくも俺の大事な人を殺してくれたなーとか叫んで、すぐに復讐しにくるって展開、漫画じゃありふれているけど、実際には大事な人を亡くした直後に、そんな気分にはならねーよ。そうなる奴がいたら、そりゃどっかおかしいよ。普通は喪失感でしばらく頭が空っぽになるよ。復讐しにくるにしてももっと後だ」
ザンキの言葉を否定する俺。
「その時はちゃんと迎え討つさ」
「正直がっかりしました」
俺を冷たい眼差しで見下ろし、辛らつな言葉を投げかけるディーグルだったが、俺は痛痒にも感じずディーグルをじっと見る。
「俺の従者やめたくなったか?」
「いえ……そこまでの気分には至りませんが、しかし……」
俺の言葉にディーグルの顔色が変わり、あからさまにうろたえる。そのまま言葉が尻すぼみになり、バツが悪そうに視線を外す。
言い過ぎたかな。向こうも同じこと思ってるんだろうけど。
「報告ではシリンも死んではいない。意識を失って後方へと下げられたようだ。しばらくしたらバスの男共々また復帰してくるだろう。その間に少しでも敵戦力を殺ぐことが重要だ」
堀内が告げる。戦果は確かにあった。シリンとバスの男を一時的にでも退け、さらにはバスの男の巫女を仕留めた。全部鈴木の手柄だけどな。
バスの男が戻ってくるまで、俺はまた力を温存だ。心を落ち着かせ、復讐に燃えるバスの男は恐ろしい敵となっているであろうが、望むところだ。
***
ところがどっこい、シリンもバスの男もそれから一向に現れず、乱す者は途中で撤退していった。
被害は明らかに敵の方が大きい。元々向こうの方が少数であり、改造とかして少数精鋭であるにも関わらず、死者の数は乱す者の方が多いという有様。バスの男、その巫女、シリンという三本の柱を失ったことで、士気が大きく揺らいだ影響は、明らかにあったであろう。
乱す者が去ってしばらくして、日が落ちた頃に雨が止んだ。
兵士達の多くが焚き火の前で暖を取り、服を乾かしている。防具だけは先に布で拭いて着込んでいる。もちろん服は持参した替えの方を着ている。
「太郎、ちょっといいかい?」
テントの中でゴージンと共に寝転んでいたら、ランダが入ってきた。ディーグルはテントの外でザンキと話し込んでいる。
「あんた敵の大将見逃したんだってね」
「またそれか」
俺が面倒臭そうに身を起こす。またっていうほどでもないけどな。
「あんた兵士には向いてないね。わかりきってはいたけどさ」
呆れているわけでもななく、責める口ぶりでもなく、やれやれといった感じでもなく、さりとて親しみを込めた温かい口調でもない、何の感情も交えぬ声でランダはそんなことを言った。
「隊長を差し置いて、勝手に敵の大将を逃す判断を下して命じるとかさ、一体何様のつもりだい。兵士達の間でもすっかり話題になっちまってるよ」
あちゃー、話題になってるのか……俺に対して反感抱いている奴もきっと多いだろうなー。
そろそろ葉隠軍ともおさらばっていう話になっていたし、丁度いいタイミングかもな。
「ここを抜けるとかいう話もしていたし、丁度いいタイミングじゃないか」
俺の考えを見抜いたかのような言葉を口にするランダ。
「できればシリンや、そのバスの男とやらも、あんたが片付けてほしかったね。特にバスの男。事情はわからないし、あんたが何を思って逃がしたかもわからないし、聞かない。でもね、あんたが散々因縁の相手だと息巻いていたのに、このまま見逃して終わりってのは、しまらない話じゃないかい? あいつのおかげで、こっちも相当な損害食らってるんだよ?」
「発破をかけにきたつもりなのか?」
微笑みながら俺は言う。
「もうあいつらを倒せそうなのはさ、あんたとディーグル、それに鈴木だけだよ。こっちにもシリンとやりあえるくらいのレベルの勇者様も、何人かいたんだ。でも最初にシリンが出てきて大暴れした時に、軒並み殺されちまったらしい。代わりにシリンの側近はほとんど討ち取ったって話だ」
確かに無双できそうなくらい頭抜けているすげーレベルのは葉隠軍にも結構いるが、ディーグルや鈴木に匹敵する奴ってのはいなかったように見えるがな……。この二人は本当に超越者のレベルだ。
「シリンだってバスの男だって、一人で葉隠軍を全滅できるほどの代物じゃないだろ」
「でもあいつらを討ち取るまでに、どれだけの屍を積み上げるんだい?」
「俺にじゃなく鈴木に頼むって選択は無しか」
「鈴木はあんたに遠慮しているみたいだよ。柄にもなくね。何かあったのかい?」
あいつはさっきから、そんな感じだった。俺のしたことを評価するとまで口にしていたしな。
「どういう心境なのか、俺が知りたいくらいだわ」
「鈴木はあレで中々義に厚き者ゾ」
ゴージンが口を挟む。こいつは前から鈴木に一目置いている感があるな。
「ま、心配しなくても今度はちゃんと仕留めるさ。一度逃がしているから説得力無いかもだけど」
まあ、俺のやったことは……最悪だったな。兵士達の間から、かっこつけて何やってんだと思われていることだろう。ディーグルでさえ、あんなんだったし。
「はっ、滝澤とセラも知れば呆れるだろうね。特にセラはああ見えて中々神経質だから、すごく怒りそうだよ」
ランダが言うが、ああ見えてもこう見えてもなく、セラは一皮剥けば明らかに神経質で感情的だったじゃないか。
「滝澤は笑ってそうだがね。あの男も見た目と中身にギャップがあったね。普段の言動はいかにも思慮深そうなのに、戦闘になると慎重さに欠けるっていうか、無茶する奴だったよ」
「戦闘でなくてもそんな感じだったぜ」
綺羅星町で滝澤が先走ったことを思い出す。
しかしこうやって笑いながら話題にあげていると、意識してしまう。俺の死後、俺の両親や叔父夫婦、友人達も、俺のことを笑いながら話のネタにしてるんだろうなーと。
「伝令―っ! 乱す者撤退! 繰り返す! 乱す者撤退! 全ての兵が黒馬森林を抜けて海鼠平野を北上しているとのこと!」
静まり返った夜に響く伝令の報告に、俺はゴージンとランドの二人と、交互に顔を見合わせた。
「終わったのか……。勝ったのか」
わかりきったことをわざわざ口にする俺。どっと押し寄せてくる脱力感。
テントの外で歓声があがっている。
「ったく、はしゃいじゃって。男はいつまで経っても餓鬼だね」
テントの外を見ながら、ランダが笑みをこぼす。
「俺は……ほっとした気分の方が大きいよ」
ついでに言うと、寂しい気分でもある。これで本当に終わりだろう。葉隠軍の兵士として戦うのは。
「そレは太郎が一兵卒の視点で見ていなかったが故ゾ。加えて言うなレば、こレが最後の戦いとあって、その寂寞が押し寄せていルのであロう?」
ゴージンが指摘した。わりとよく見抜いているんだな、こいつ。
テントの外へ出ると、早くも兵士達がどんちゃん騒ぎを始めていた。ありったけの食料と酒を運び出している。
「終わりましたね。長きに渡る葉隠の戦いが」
感慨深そうにディーグルが声をかけてくる。
「私はずっと葉隠市に身を寄せ、様々な形で乱す者と戦ってきましたが、完全に決着などつかないと思っていましたよ」
「でもまだバスの男が残っている。シリンもか」
このままバスの男とは決着をつけられず、俺は葉隠を去ることになるのかな……。それが一番心残りだ。
「流石にシリンも河岸を変えるでしょう。葉隠にこれ以上執着しても、良い結果は出ないでしょうしね」
「お前はシリンに対する執着は無いのか?」
「またいずれやりあう機会は巡ってくるでしょう。執着する気持ちはあっても、実際に行為として執着するというほどではありません」
目の前に現れたら話は別になるが、目の前に現れない限りは追い掛け回さないって感じだな。なるほど。ディーグルらしい。
俺もそれを見習った方がいいのかな……。バスの男が俺の前でやったことは許せないが、執着して追い回してやりたいほどの感情があるかと言われれば、正直無い。俺へのあてつけのために殺された子には悪いが……全くの赤の他人だしな。
「葉隠市にとっては、ハッピーエンドな結末になるが。俺にとっては、こんな終わり方か。思い通りの展開も理想の決着も無く、何だかなー」
「御自分で決着の機会を逃しておきながら、何をぬかしているのですか」
そう言いつつも、ディーグルは俺の頭の上に手を乗せてくる。
「あれは俺の望む決着の形じゃないから、何も後悔は無いわ」
静かに言い放ち、俺はテントの中へと戻った
***
翌朝、葉隠軍は光輝沼沢地帯を後にして、葉隠市へと帰還した。
長きに渡る乱す者達との戦いについに決着をつけての凱旋ということもあって、物凄い大パレードに先導されて、大通りの真ん中を行進している。道の脇に並んだ市民達が、笑顔と大歓声で俺達を迎えてくれている。都市のあちこちでお祭りが催されている模様。
兵士達もこの凱旋に酔っている者は多い。しかし全員が全員、そうではない。俺も浮かれていないうちの一人だった。それどころかひどく冷めている。
別にてめーらに喜ばれたくて戦ったわけじゃねーよ。てめーらを守るためですらない。俺は自分がやりたくて勝手に戦っていただけだ。己を活かせる場所だったから。退屈しなくて済むから。
勝利を祝い、軍を称賛し感謝の言葉でねぎらう市民達を冷めた目で見て、心の中で毒づき続ける俺。
命がけで戦った者とそうでない者の壁という意識が、俺の中で出来てしまっている。泣いて感謝されていても、空々しく映ってしょーがない。これは俺がヒネクレ者だからなのか?
「どうした。浮かないな」
堀内が俺の後ろにやってきて声をかけてくる。
「勝ったからこそこの扱いだが、負けたらどーなってただろうね。同じ命がけで戦った事実だけは変わらないってのによ。ま、他にもいろいろ考えると、この凱旋自体がすげーくだらなく思えちまってさ。正確には、大はしゃぎして俺らを称えてくれているバンピー共がくだらねーし、何かムカつくんだわ」
思っていることを正直にぶちまける俺。
「気持ちはわからんでもないが、勝ったのは事実だ。今は素直に喜んでもよかろう」
苦笑する堀内。
「私は下界で戦死した身だが、軍人の嫁というだけで、あいつは戦後辛い想いをすることになったそうだ。親族からもけなされてな」
小百合さんにそんな過去があったのか……
「それなのに、あの世に来てまで軍人やって小百合さんを心配させているあんたは、つくづくろくでなしだな」
「ぐっ……」
俺が冗談めかして言ってやると、堀内は言葉に詰まって呻く。
堀内の方を向いていた俺は、後方の異変に気がついた。
投石されている。確か第十八部隊の後ろには、捕虜を収容した馬車が連なっていたはずだ。それに向かって群集が石を投げていやがる。
「ふぁっく……ほれ見ろ。バンピーなんてこんなもんだ。こんな奴等に褒められても嬉しくないわ」
俺が指すと、堀内もディーグルもゴージンもその様子に目を向ける。
「そもそも捕虜など連レてくル必要あリしか?」
「乱す者のアジトを突き止めるために尋問する予定だそうだ」
ゴージンの問いに答える堀内。
「拷問の間違いだろ。捕虜があの馬車に乗ってるとか、どっから情報が漏れたんだか」
そう言うと俺が馬を後方へと走らす。
「おやおや、これまた予想通りの行動で」
ディーグルがそれにぴったりとくっついてきて、おかしそうに笑う。
「こらーっ! 品性劣悪で野蛮な真似はやめろっ! 能無しの凡夫共!」
投石する馬鹿共と捕虜の入っている馬車との間に割って入り、俺は怒鳴る。
「何だあの子?」
「知らないのかよ、あれが奇跡の絵描きだ……」
「今回の戦闘でも大活躍したって噂だぞ」
今やすっかり葉隠でも有名人な俺の出現に、投石していた馬鹿共の手が止まる。
「敵とはいえ、乱す者だって命がけで勇敢に戦った。それを貶めるような下品な真似は、断じて見過ごせねーな! これ以上続けるなら俺が相手になってやるぜっ!」
威勢よく叫ぶ俺。やべー、今の俺、最高に格好いかもしれん。
「乱す者が俺達をどれだけ脅かしたか知らないのかよっ!」
「私の夫はあいつらに殺されたのよっ! いくら奇跡の絵描きでもそれをかばうなんて!」
「そーだーそーだー」
負けじと喚きだすふぁっきん小市民共。こいつは許せねーなー。
「だったらこうだ!」
「ちょっとちょっと太郎さん……」
ブチキレてスケッチブックと鉛筆を取り出す俺に、ディーグルが苦笑しながら声をかけるものの、制止しようとはしない。
「食らえっ! 愚民共!」
絵の奇跡を発動させると、空中に身長5メートルはあろうかという巨大小便小僧が出現する。慄く群集ズ。
ぷっしゃあああああっと派手な音と共に、ちんちんから怒涛の勢いで聖水が放たれ、愚民共を押し流す。ディーグルに嫌がられそうだから、ただの水にしてやっているが、何しろ凄い噴射っぷりなので、食らったら立ってはいられない。ズブ濡れになって転倒しまくり、這い蹲る。
「わははははっ、当然の結果だーっ! 力無き者が力持つ者に逆らうなど、愚かなことよーっ!」
有頂天になって高笑いをあげる俺。あー、気持ちいー。
「おい、奇跡の絵描き」
ふと背後の馬車の中にいる捕虜の兵士に呼び止められ、振り返る。声をかけたと思しきそいつは、照れくさそうな表情で俺を見ていた。
「余計な真似、ありがとうよ……。こうなったのもお前のせいだけどな」
忌々しげに礼を言う捕虜に、俺はにやりと笑ってみせ、拳を突き出す。
「何をやっているんだ、お前は」
その直後、いつの間にかやってきた堀内の声がかかる。やべーと思って振り向いた直後、わざわざ馬上で立ち上がって、こっちの馬に移ってきた堀内の鉄拳制裁が、俺の頭のてっぺんに炸裂した。




