55 ありきたり精神攻撃の威力
改造兵士の大部分は壁の中に閉じ込めて封じたが、外にいる奴らの掃討には手間取った。一固体の強さが半端じゃなく、兵士数人がかりでも歯が立たないからだ。
しかし鈴木の攻撃魔法が、そんな化け物共を一撃で消滅させていく。改造兵士の七割くらいは、鈴木が倒していたような……。
敵が固まっているわけでもないので、広範囲の攻撃魔法はいまいち使いづらく、分裂して自動誘導して敵複数を攻撃する攻撃魔法等を多用していたが、魔法一回につきせいぜい二人から四人程度しか斃せないので、殲滅に至るまでは少々時間がかかっていた。
夜が更け、やっと戦闘終わり。その場にテントを張って就寝。長い一日がようやく終了。
壁の中にいる兵士は放っておいても平気だろうという判断だ。いくら改造兵士だろうが、この壁は壊せないし、乗り越えられない。
鈴木が大活躍していたが、ディーグルの方ももっと活用できれば、もう少し楽になれるだろうになあ。この二人は戦況ひっくり返すほどの無双要員なのに、ディーグルは戦の勝利より俺の身の安全重視で、絶対に俺から離れようとしないから……いっそ、俺が戦場に飛び込んでやろうかとすら考える。
***
翌朝――北の最前線では再び両軍が戦闘を開始したが、俺等のいる本陣近くは平和。いつまた敵がワープしてくるかわからんので、第十八部隊はそのまま本陣近くで待機ってなことに。
伝令の報告によると、最前線で乱す者達は、分散してヒットアンドアウェイを繰り返すようになったらしい。それが本来の乱す者の戦い方だな。元々数が少ないからゲリラ戦を得手としていた彼等からすれば、今回のように軍列を揃えて大部隊で一斉に戦闘という方が稀有だ。
戦闘方法が本来の形に戻ったということは、奴等の数が減ってきたってことかね? あるいは思うように戦えないと見なしたのか。
「前線が崩れたそうだ。ほぼ壊滅したらしい」
キャンプで休んでディーグル、ゴージン、ザンキと雑談していたら、堀内がとんでもないことを告げてきた。
「そりゃまた唐突な……」
しかしそんな危機的状況のわりには、後方にいる俺らに出撃命令を出さないのはどういうことだ?
「詳しいことはわからんが、敵軍はそこからまた姿を消した。こちらの前線を蹴散らしたのに、そのまま一気に攻めてはこずに、森の中へ引き上げるという、意味不明な挙動だ」
「相手にも攻められない事情があるのか、何か策があるのか、どちらでしょうね」
何故かディーグルが俺の方を向いて言う。俺に意見を伺っているのか?
「どんな風に壊滅したかにもよるだろ。普通に力押しで押し負けたのか、バスの男やシリンが出てきて無双されたのか、何か得体の知れない新兵器を使われたのか。もし得体の知れない新兵器だとしたら、連続で使えないとか、そういう事情はあるかもな」
「シリンが出てきた可能性はあります。シリンの無双も限界がありますし、彼も鈴木さんと同様に、魔法を用いての代物ですから」
ディーグルが言った。シリンが無双してこっちの前線部隊を壊滅させたが、シリンもガス欠になったという推測か。
後々になってわかったことだが、ディーグルのこの推測は当たっていた。乱す者サイドがかなり不利になっていたため、シリンとその虎の子の精鋭が出てきて大暴れしまくって壊滅させたはいいが、前線にも葉隠軍の強者が何名も配置されていたため、シリンも力を使い果たしたうえにペイン受けまくって引っ込み、直轄の精鋭を半数失ったとのことだ。
「伝令~っ! 敵軍がまたも本陣近くに転移して出現!」
またかと思い、立ち上がる俺。いい加減ワンパターンだな。つーかワープで一度に送れる兵士の数に限界があるようだから、小出しで敵陣営の中心に少数精鋭を送るしかない。有効ではあるが、送られた兵士は敵陣ド真ん中に片道キップになる。
そんなわけで本陣近くの部隊の半数近くが、敵ワープ地点へと急行する。もちろん第十八部隊も向かう。
例によってペイン耐性持ち改造強化兵の集団だった。まだ打ち止めじゃなかったのか。
第十八部隊はしばらく後方で様子見することに。一応奴等との戦い方はいろいろと想定し、あれから作戦もさらに練られているが、不安だな。
ていうか、妙だな。一度にワープできない事情があるにせよ、凄く小出し感がある。まとめて送り込む数に限りがあるとはいっても、もっと続けざまに送り込んでもよさそうなものなのに。
そこで俺はふと思い至った。この改造兵士達、もしかしたら……
「隊長、ひょっとしてこの改造兵士って、現地で改造されているんじゃないか?」
堀内の隣へと移動し、声をかける俺。
「どうしてそう思う?」
「こんなに合間を置いて送り込むのもおかしいだろ。作っていると考えれば合点もいく。作るのに時間がかかっていて、ある程度まとまったら転移で送りこむの繰り返し。一度に転移で送れる数も決まっているのは間違いないから、こういう攻め方をしてくるしかない、と。このままじゃこっちの消耗が激しいぞ。こちらから攻めないとさ」
「つまり、葉隠軍が地形を利用して守備の構えをしていることを、敵は逆手に取ったわけか。前線を適度に維持しつつ、その時間を利用して後方の兵を改造していると」
全てを言わなくても堀内は俺の言いたいことを察してくれた。流石は隊長殿だ。
「多分な。で、前線の維持も苦しくなってきたのか、あるいは最後の戦闘に向けての準備が整ったのか、そのどちらかの理由で、敵も本気で前線を崩しにかかったんじゃねーかな」
「そりゃちょっと無理のある理屈じゃないかのー。そんなんだったら、最初から全ての兵士を改造してから戦争に臨めばよかったって話になるわい」
ザンキが突っこんできたが、俺は首を横に振る。
「当初は魔物を改造していただろ。多分この改造自体、安全な代物じゃないんだろうさ。で、兵の中から有志を募って改造しているんだろうが、形勢不利となって、現地でまた改造有志を募っているんじゃないかと」
「うーむ……個人主義の乱す者が、己を犠牲にしてまでというのが信じられんがの」
俺が推測を述べても、ザンキは納得いかない様子。
「西からきた別働隊はペイン耐性だけではなく、能力面も強化されていた奴だったろ? きっと能力面の強化は相当後遺症がヤバいんじゃないかねえ。だから最初からは出せなかったが、思うようにいかないとあって、その危険な手段を取った、と」
「特攻も最初からあったわけじゃない。戦局の悪化が伴い、追い詰められた末に生まれたものだからな」
戦中派の堀内が俺の言いたいこと代弁してくれたが、地球生まれじゃない連中が神風特攻隊なんて知っているのだろうか。
「私は陸軍だったから特攻のことを詳しく知ったのは、死んだ後だがね。太郎の語ることはあくまで推測ではあるし、どこまで当たっているかは計り知れないが、理はかなっている」
「つまり俺が言いたいのは、俺の推測が当たっているとしたら、こっちから別働隊を出して奴等の陣地へと急襲をかけて、兵士を改造している連中を見つけ出し、そいつらを潰せばいい。兵士を改造特攻しなけりゃならないほど奴等が窮地だとしたら、それでもうケリがつけられるだろ?」
堀内が認めてくれているようなので、脈有りと見て、俺は思い切って提案する。
「また思いきったことを言い出したものだ。推測だけで部隊を動かすことになるのは、大きな賭けだな」
堀内が苦笑いを浮かべた。ありゃ、やっぱ駄目か?
「だが私も太郎の読みが当たっているような気がするな。ここが片付いたら、第十八部隊を別働隊として敵陣に強襲する許可をもらってこよう」
「面白そうじゃが、許可が下りなかったらどーするんじゃい」
「その時は勝手に行こう」
堀内がザンキに向かってあっさりとそう答えて、ザンキはおかしそうに笑った。他の兵士達も笑みをこぼしていた。
「第十八部隊、前へ!」
その時、丁度要請が来た。
「敵は改造兵士だけではない! 幻術を用いて撹乱させてくる模様! 幻影ではない! 心に直接作用させる精神攻撃の類だ!」
伝令役の報告を聞き、俺は少し離れた所で馬に乗っている鈴木の方を見た。
「鈴木、解除なり防護なりできるか?」
堀内が鈴木に声をかける。
「もうやってる……」
神妙な声で答える鈴木。確かに鈴木の周囲に魔力が働いているのがわかる。結構距離あるってのに、ここからできるのかよ。
「でもこれ無理。魔法による幻術じゃないもの。忌々しい奇跡の仕業よ」
鈴木の言葉を聞いて、俺の気が一気に引き締まった。つまりバスの男の仕業か? それとも……
「とりあえず第十八部隊移動開始! 敵陣地急襲は後回しだ。太郎は現地に着くまでに作戦を練っておけ」
堀内の号令で一斉に馬が走り出す。言われなくてもそうするつもりだが、こんな情報不足な段階で、うまい手なんてそうそう思いつかんぜ。
***
本陣を少し北上した所で、戦闘が繰り広げられていた。戦局は想像していた以上に悪い。こちらの部隊はもう二つか三つぐらいしか残ってないじゃねーか。
敵の数は少ないが、どんどん切り崩されていっている。相手は改造兵士なんだから仕方無いけど。
馬上から双眼鏡であちこちを見てみる。どこだ? 幻術で精神攻撃している奴がいるのは。いや、その被害を受けている場所は。
「左よ」
まるで俺の考えを読んだかの如くタイミングで、鈴木が陰気な声を発した。
左を見ると、確かに自軍兵士の様子がおかしい。何かに脅えている奴だの、へらへらと笑っている奴だの、そいつに抱きついて号泣している奴だの、どう見てもここだな。しかし見た限り、幻術をかける範囲はそう広くはないようだ。
「左の崩れ方が早いな。このままだと全滅するぞ」
「隊長、今左に部隊を突っこませたら、俺達も幻術の餌食になるだけじゃないのか?」
滝澤が機先を制するような形で問う。
「いや、見た感じ、片っ端から幻術にかかるってわけじゃない。ある程度範囲だか人数だかに制限があるんだと思う」
俺が言った。
「力に制限がなけりゃ、幻術だけで葉隠軍を全滅にも追い込めるだろうしな。奴等が不利になる事もない」
「つまり、幻術に多少かかるのも覚悟で、数で壁を作って持ち堪えるってことか。まあそれもありかな」
滝澤が不敵な笑みを浮かべ、馬の向きを左へと向ける。
「第十八部隊、左翼に突撃し、交戦せよ!」
てなわけで、大した対策も無しに突撃。戦争なんてわりといい加減なもんだ。そしてそんないい加減な代物で、命がガンガン散っていく、と。でもいい加減だろうがよくない湯加減だろうが、戦わないことにはどーにもならない。
そもそも堀内は俺が生誕してきた時に、見た目子供の俺にも銃を取らせるような男だしな。無謀というわけではないが、未知の敵相手に戦うことを躊躇もしない御仁だ。
俺は馬を走らせながらも、幻術をかけている奴の姿を探していたが、全くそれっぽい奴は見当たらない。
滝澤が真っ先に突っこんで、馬から下りる。相変わらず威勢のいい奴だ。つーかペイン耐性持ちの改造兵士に騎馬で突撃かますこと自体、効果が薄いから、滝澤だけでなく、他の兵士もわりと降りている。
馬上の戦いに慣れている者だけが、所かまわず突撃かまして敵をひるませ、敵陣をかき乱している。ちなみに敵軍には騎馬は全くいない。
ザンキやランダも続く。こいつらも先陣切りたがりの脳筋なんだが、今回は滝澤に遅れを取った形だ。セラは馬を走らせながら魔法の弓矢で遠距離攻撃。鈴木は様子見している模様。ディーグルはいつも通り俺の傍らに待機。ゴージンもいつも通り俺の護衛をすっぽかして戦いにいっている。
「いた……あいつか」
明らかにそれらしい奴が、双眼鏡に映った。高位の司祭が着るような豪華かつ、邪教徒のような禍々しいデザインの黒い法衣を纏った短髪の青年。一人だけ、変化し続ける幻影魔法を己にかけることもしていない。露骨に目立つ。
「隊長、見つけた。あの三日月型の池のほとりにいるあいつだ」
堀内も望遠鏡を取り、確認する。
「おそらくあいつは、バスの男の神聖騎士だ」
俺が言った。魔法ではなく奇跡の力の使い手だとしたら、そうとしか考えられない。
「確かに怪しいな。鈴木、奇跡と言っても力の流れくらいはわかるだろう。あいつで間違いないか探れ」
「もう確かめてある。ビンゴよ。進言しようとしていたところ」
鈴木が言った。仕事の早い奴だ。普段の言動はともかく、戦闘になると本当に抜群の働きを見せる。
「第十八部隊っ、それに他の部隊にも告ぐ! 精神攻撃をしている者は三日月型の池のほとりにいる、黒い法衣の男だ! そいつを狙え!」
堀内の号令を受け、葉隠の兵士達が一斉に三日月形の池を探し出し、やがて法衣の男に視線を向ける。
そいつを狙えと言われても、結構な距離があるぞ。改造兵士達が途中にわんさかいるし、そいつらを倒して抜けていかないといけない。まあ、後衛に陣取るのは当然だな。
葉隠軍が一斉にそいつを狙いに行く。それを目にした黒衣の男が薄笑いを浮かべているのが、双眼鏡ではっきりと確認できた。見つかってピンチだってのにえらい余裕だな。
一つだけ手抜かりがあるとすれば、法衣の男は自分の身を幻影で守っていないことだ。どういうつもりなのだろうか。もしかしたら、幻影魔法を自分にはかけられないからか? しかもわりと目立つ場所にいるし。
「隠れてばいいのにあんな風に、わりと目立った場所で姿を晒しているのは何故なの?」
セラがやってきて、俺と同じ疑問を口にする。
あ……そうか、わかった。多分こういう理屈だ。
「それもきっと奴が力を発動する条件なんじゃないか? 例えば自分と目が合って、互いに認識しあうことで、精神攻撃がかかる、と。それなら奇跡の絵対策に」
二秒で考えて答える俺。さっきからもう推測ばかりで、どれがどれだけ当たっているかわからんが、これはわりと正しい気がする。この推測が正しければ、あの黒衣の男が笑った理由も理解できる。
「じゃあ、それを確かめてくる」
セラが言い、飛び出していった。おいおい。
ていうか、俺もそろそろ動かないとな。推測が正しければ、対策は簡単だ。お絵描きお絵描き。
「滝澤め、無茶をしすぎだ」
望遠鏡を覗いていた堀内の忌々しげな呟きを耳にし、俺は鉛筆を止めて双眼鏡を見る。確かに滝澤一人で、敵陣深くに突入しすぎてるぞ。しかも馬にも乗らずに……
不味いな。滝澤がやられる前に、奴を封印しないと。
絵が完成した。巨大釣鐘が落下し、黒衣の男に覆いかぶさる。
これで精神攻撃が解除されるか? いや、解除されなくても、新たに精神攻撃を受ける者はいなくなるか?
結論から言うとダメでしたー。双眼鏡で様子見てたら、明らかに次から次に葉隠軍の兵士の様子がおしかくなっていく。俺の推測ぜーんぶハズレーっ。
ていうか、滝澤がやべーよ。改造兵士達から斬られまくってる。あんなに斬られて……致死量のペイン受けているんじゃないか?
そこにセラが単身で駆けつけ、滝澤を馬上へと素早く拾い、グロッキー状態になった滝澤を馬上に乗せて引き返してくる。もちろん改造兵士もそれを黙って見過ごさなかったが、セラは華麗な馬術で巧みに敵の攻撃をかわして、こちらに戻ってくる。滝澤が気がかりな一方で格好いいと感心してしまう俺。
「奇跡の力で治せないっ!?」
血だるまになった滝澤を抱え、セラが珍しく声を荒げる。
俺は何も答えない。ペインの回復なんて出来るようなら、とっくにやりまくっている。こっちの兵士も無敵の兵団に出来る。
「はは……ちょっとがっつきすぎたかな……」
滝澤が力なく笑う。明らかに致死量のペインを受けたことを本人も悟っているようだ。
その体が、次第に透けていく。もうどうにもできない。目を離さずしっかりとそれを見届ける俺。おそらく俺以外の奴等もそうだろう。
「太郎……美紅に、父さん……最高に格好良く死んだって……伝えておいてくれ」
そんな台詞を言い残して、滝澤は消滅した。
「格好つけて最高にバカな死に方だったって、伝えておくわ」
生きているうちに言ってやりたかったが、死に逃げしやがって。ふぁっく……。
目からあふれるふぁっきんな汁をぬぐう間もなく、悲劇は続け様に起こった。
「ゆとりって馬鹿にしないでっ!」
わけのわからんことを叫びつつ、セラが魔法の弓矢を堀内に向けて撃った。胸にモロに魔法の矢がヒットし、堀内は馬上で大きくのけぞる。
「私の娘を馬鹿にしないで! あんな目にあったら死んで当然じゃない! そう、私が殺したも同然! わかってるのよぉ!」
一体どんな精神攻撃かけられているかわからないが、どうやらセラは敵陣深くに入った際に、敵の術中にはまってしまったようだ。
「隊長っ!」
護衛の兵士が叫ぶ。
「私は大丈夫だ。それより早くセラを取り押さえろっ」
身を起こした堀内が苦痛に顔をしかめながら命ずる。
兵士達が四方八方からセラに槍を放つ。もちろん突き刺しはしない。脇、肩、腰などを打ち据え、魔法の弓を再び放てないようにし、さらには馬上から落とそうという試みだ。
セラが落下する。受身も取れない危ない落ち方をしたが……
落ちたまま動かないセラ。失神したのかと思っていたら、その姿が透けていく。おいおい……そんな物凄いペインを今の落下で受けたとでも?
いや……違う。ドポロロの奥さんのあの死を俺は思い出した。肉体の痛みだけではなく、心の痛みでも、この世界では死ぬ。精神攻撃によるダメージに、セラは耐えられなかったってことか。
「そ、そんなに強く打ってないのにっ」
セラが消滅した理由を兵士達の中には理解できていない者もいたようで、勘違いして脅えた声をあげる。
「落ち着け、お前のせいじゃない」
堀内は理解していたようで、静かにそれをたしなめた。でも……
「ディーグル……これ、俺のせいか? 俺が誤った推測で滝澤を走らせて……」
「違います」
呆然とした口調で問う俺に、ディーグルは間髪置かずに答えた。
「誤った推測かどうかまでは、まだわかりません。二人共命がけで確かめに行ったのです。覚悟のうえで。私が主と認めた者なら、仲間が死んだ程度で、いちいちその場で弱気になって見当違いのくだらない感傷に浸るな。虫唾が走る」
突然敬語ではなくなり、明らかに怒りをあらわにした声がディーグルより発せられた。
驚いてディーグルの方を見ると、全く怒っている様子はない。放たれた怒気は一瞬だけだったようで、いつもの澄まし顔だった。
「ああ、悲しむのは後でもできるからな。今できることをやるさ」
そう言って、歯が折れるのではないかというくらい歯軋りをする俺だった。




