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52 嵐の前

 どうやらシリンは各地で戦っていた兵士を一時撤退させた後、それらを全てまとめあげていたようだ。自分の組織のみならず、独立した小さな集団も、全て傘下に加えたのは間違いないと見られている。

 さらには他都市と交戦中の乱す者にも声をかけていたのではないか――という憶測も出ている。あくまで憶測だ。確認が取れたわけではない。

 葉隠市に幾度となく呼びかけていた乱す者の休戦交渉は、このためのフェイク及び時間稼ぎだったわけだ。


 んで、作戦会議が開かれたわけだが、各部隊長及び副隊長やら参謀のお歴々、最高責任者のアリアが出席するのは当然として、葉隠軍を絶対優勢に導き、次の戦いも要にされるであろう俺までもが呼び出された。

 いい顔しない人もいそうだが、アリアが全て押さえている。そのうえ、「単に奇跡の力を持つだけではなく、将来のブレーン候補でもある」とまでアリアが太鼓判押してくれた。いいのか? 俺はいつまでもここにいるのかどうかわからないのに。


「今まであいつらがあちこちでチマチマとゲリラ戦をやっていたのは、奴等にとっても時間稼ぎがしたかったからだ。ペインに耐性のある改造魔物の育成と量産、コボルトの兵器製造。どっちも潰したがな。特に最近になって発覚したペイン耐性魔物の育成は、一度量産ペースに入ってしまえばコストのかからない前者は危険だった。木村も一応その認識があったから、太郎に真っ先にそいつを潰させにいったわけだ」


 ホワイトボードの前に立ったアリアが、これまでの戦いの経緯も含めて、現在の状況を説明している。他の連中は椅子に座って静聴中。


「最後の戦いになるかもしれませんよー、皆の衆」


 状況の説明が終わった後で、アリアが不敵な笑みを浮かべて告げる。


「今まで一丸になって攻めてこなかったのは、数の不利があったからだ。ゲリラ的な戦いでこそ奴等は輝いた。それがこんなに正面きってくるってことは、何かよっぽど有利に立てる要素があるに違いない」


 参謀総長がにこにこと微笑みながら、ひどく高い声で言う。頭髪が完全に禿あがった、顎鬚だけを生やしたドワーフである。


「単に数を揃えただけで勝てるようなら、最初からそうしているだろうしな。秘密兵器があるのは間違いないだろうさ」


 と、アリア。まあ俺も同じ考えだ。


「不思議なことに、間者からの報告がほとんど途絶えてしまってな。奴等の中に、探知魔法に優れた魔法使いがいるという話は聞いたこと無いし、これまではそれなりに情報を送ってきたものだが、新たな才能を取り入れたか?」


 顎鬚をいじりながら参謀総長が言った。そうするとこちらの間者はあれだ……。南無南無……。


「間者の何名かは今も活動中で、こまめに情報を送ってきていますが、乱す者の本隊に接近することがかなわず、ただの偵察になっていますな」


 参謀副長が苦々しげに言う。


「奴等はまだ完全に集結しきったわけでもなければ、準備が整ったわけでもないようで、進軍こそしているが、そのペースは鈍足だ」


 ホワイトボードに描かれた葉隠市北部の地図に、アリアがペンで書き足しながら話す。


「奴等が今いるのはここ――黒馬森林のすぐ北部の海鼠平野。黒馬森林を真っ直ぐ南下するのか、迂回するのかは、その両方かは不明だが、いずれにせよ葉隠軍が迎えうつ場所はここ、光輝沼沢地帯しかない」


 最後の決戦の舞台が沼沢かー。


「そこを抜かれると、幾つもの町村や集落があるからな。かつては黒馬森林や海鼠平野の複数個所で乱す者とせめぎあいを行っていたが、光輝沼沢地帯での戦闘は記録に無い。互いに初の戦場となるね」


 参謀総長が相変わらずにこにこ笑ったまま言う。


「今から海鼠平野に兵を送ったのでは間に合わないからな。かといって黒馬森林で陣取った所で、あいつらの動きがわからねーし。森の中を突っ切る部隊と、森を迂回する部隊とで分かれるにせよ、敵の位置把握が非常に面倒になる」

「それは光輝沼沢地帯も同じことよ。あの途方もなく広い沼沢地帯は、迷路のように入り組んでいる。おまけに霧が出やすい。敵部隊が複数に分かれて、そこかしこから進軍してくる状況で戦うことになるぞ」

「逆に言えば、あの沼沢地帯は進軍ルートがある程度制限されるじゃんよ。こちらが予め配置しておけば、連携も取りやすいでしょーがよ」


 アリアと参謀総長で意見が割れ、あーだこーだと意見をぶつけあわせている。しかし沼沢地帯での戦闘を反対する参謀総長の方が、どこで戦うのかという話をしないので、これはもう決まった気がするわ。

 この参謀総長はアリアのシンパらしいから、無闇に噛み付いているわけでもなければ、失敗したらほら見たことかとあげつらうために、代案無く事前に反対しているわけでもない。純粋に意見を述べているのだろう。


「報告しますっ」


 しばらく意見の出し合いが続き、参謀総長が折れた所で、一人の兵士が会議室のドアを開けて告げた。


「乱す者の軍隊の中に、かつて新居太郎を狙って襲撃した神――通称『バスの男』の姿が確認されたとのことです。その信者と思しき者も、乱す者の軍に加わっているそうです」

「なっ!?」


 思わず声をあげてしまう俺。


「なるほどー。からくりが読めた感じだな」


 アリアが言った。もちろん俺も理解した。乱す者にとっての切り札は、乱す者と手を切ったはずのバスの男ってわけだ。


「太郎、ディーグル、ゴージン」


 俺と従者二人の方を向いて名を呼ぶアリア。


「言われなくてもわかってるだろうけど、お前達――第十八部隊にバスの男への対処をあたらせたい。できることなら、だけどね。都合よく第十八部隊の側に出現するわけでもないし、第十八部隊も他の敵と交戦しないわけにはいかないしさ」


 いよいよラストバトル感が増してきた感じだなー。やべー、武者震いがしてきた。


「応、必ずブチ殺してやんよ」


 気合いを入れて言い放つ俺に、アリアは歯を見せて笑った。


***


 会議が終わり、俺と従者二名と堀内とザンキは、第十八部隊専用訓練場へと向かって歩いていた。


「太郎は楽しそうじゃのー。わしもじゃけどなー」

「ああ、単にまた戦えるってだけじゃなく、因縁の相手とまたやりあえるからな」


 ザンキに声をかけられ、俺は答えた。バスの中、最初の襲撃、綺羅星でのシリンと共闘しての戦いと、奴とは次で通算四回目の戦いになるわけか。


「葉隠軍の総戦力の半数を投入するとのことですが、そのうちの四分の一は新兵による射撃隊です。数の上では勝っているでしょうが、百戦錬磨の乱す者相手には心許ないですね」


 ディーグルが懐疑的な口調で言った。


「新兵は都市の守護に警備させておけばいいのにな。伏兵による葉隠急襲なんて、奴等にそんな余裕あると思えんし」

「可能性としては低いが、無くも無いだろう。他地域の乱す者の組織に大規模な応援を頼んでいる可能性も捨てきれんのだから」


 アリアの新兵大量投入方針には否定的な俺だが、堀内はアリアの方に賛成ぽい。

 独裁政権おったてて、軍の予算を増やしまくって兵の数も大量に増やしたはいいが、多くは経験不足だ。今までも大して訓練させずに次から次に戦場に送っていたようだが、今回は規模がまるで違うし、入隊してから日の浅い兵士達をいきなり戦場に送り込もうとしている。銃さえ撃てれば問題無いという考えのようだ。


 この新兵による射撃兵大量投入に、俺もディーグルも凄く懐疑的だ。元々ディーグルは銃器が嫌いであるし、この世界の法則からすると、銃による射撃部隊は火力が低いうえに、弱兵と相場が決まっているので的にもされやすい。

 扱いは楽だがペインは大したことのない銃よりも、気持ちが込めやすく強烈なペインに繋がる弓部隊の方がずっと強いというのが、常識になっている。


「ま、ワシら第十八部隊に新兵が配属されるわけではないからの。ワシらはいつも通り、太郎を主力にする戦い方じゃろ」


 お気楽口調でザンキ。


「工場襲撃のような奇跡の絵描き対策も、兵士の数が多くなればカバーは難しいでしょうし、太郎さんの能力もわりと気兼ねなく使えるかもしれませんね」

「俺はバスの男との戦いのために、なるべく力を温存しときたいがな。拘束するだけでもペインを多少与えるし、その分消費する」

「しかし戦がどう転ぶかわかりませんし、目の前に現れた敵は倒さずにはいられないでしょう。そもそもこれほど大規模な戦いなど、太郎さんも初めてでしょうし」

「ディーグルや他の皆は経験あるのか?」


 俺が一同を見渡して尋ねる。


「無い」

「ワシも無いのー」


 ゴージンとザンキが首を横に振る。


「何度かある。葉隠に来る前に別の都市でな。いずれも大都市まで進入された負け戦だが。しかしこの規模の戦いは滅多に無い。基本、乱す者が大軍でまとまるケースはあまりない。勝算が見込める最終決戦か、さもなくば大博打か」


 と、堀内。流石戦歴七十余年の堀内は格が違った……って、全部負け戦かよ。


 最後にディーグルを見上げる俺。


「何度もあります。乱す者が敵ではなく、魔物の軍勢が相手であったり都市同士の戦争であったりもね。現代のサラマンドラ都市連合一帯では考えられないことですが、時代や地域が変わると、戦争の相手も異なるものです」


 流石戦歴数百年と言いたい所だが、自慢げに話しているのが鼻につく。


「何度もあルのなラ、ディーグルも隊長も先程の会議で、もっと積極的に発言すレばよいであロう」

「完全にズレていたら口を出すつもりでいたが、そういうわけでもなかったしな」


 ゴージンの言葉に、堀内が微笑みをこぼして答える。


「私はあくまで太郎さんの従者としてあの場にいたので、出すぎた発言などすべきではないと考えていましたが故」


 一方ディーグルの答えは、言葉だけ聞くなら流石謙虚と褒めたくなるが、気取った口調で話しているのが鼻につく。


「こっちの総司令は第二部隊の隊長が抜擢されとったが、有能な奴なのかの?」


 ザンキが堀内に問う。


「うん。私の部下で副隊長だったこともあるから有能だ」


 心なしか嬉しそうな笑みを浮かべ、冗談とも本気ともつかない答えを返す堀内だった。


***


 どこかの岬。切り立った赤い岸壁の上に佇む、チェインメイルの上に肩当てや胸当てや小手をまとった少年剣士。首から上は露になっている。


「後日、使者を送る。君とも一応は面識がある」


 俺に背を向けて海の方を眺め、ネムレスは脈絡のない言葉を告げた。使者だと? まさか……


「綺麗な海だな。ここも思い出の場所か?」


 遠くが青く、近くは澄み渡った透明度の高い海を見つつ、俺が問う。ネムレスの言葉の内容に対しては尋ねない。何か意図があるのだろうと思って。


「そんな所だ」


 今日のネムレスは随分と言葉少ない印象だ。


「何かあったのか?」

「パライズ、ここは君が死んだ場所だ」


 尋ねる俺に、強烈な言霊を持つ言葉がネムレスの口から返ってきた。


「やはり反応したか。記憶の完全な消去は無い。圧縮されて魂の奥の隅に押し込まれているだけだ。転生しても引き継がれるし、時として刺激されることもある。完全に思い出すことは無いであろうがな。いや――それも、転生の旅路の終焉となればどうかわからないが」

「転生の旅路の終焉?」

「あくまで一つの思想からくる仮説に過ぎんが、不滅の魂もいずれは転生の旅を終え、その際に全ての記憶が蘇るとされている。森羅万象全てのことに何かしら意味があるとすれば、そうでなければ転生の意味が無いという思想だな。もちろん終着とやらが何を意味するのか、終着の先には果たして何があるのか、全く計り知れないがな」


 わざわざ口にするってことは、ネムレスはその思想と仮説をわりと信じているってことかな?


「信じているのではない。僕はこの仮説を信じたいのだよ、パライズ」

「今の俺の名は新居太郎だよ。前世の名で呼ばれてもな」

「人間種族は地球人だけではない。他の星の人間だったな、君とリザレは。僕もだがね」


 なるほど。だからそんな、地球上では無さそうな名前なのか。


「転生先は星も種族もバラけてしまう。だが縁の導きは確実にある。近しい間柄となった者は

引かれあう。いったい誰が世界をこんな設計にして作ったのかわからないし、腹が立つことも多々あるが、この仕組みだけは評価できる」

「どうしたんだ? ネムレス」


 いつもと様子の違うネムレスに、俺は意図的に優しい声をかける。


「何か嫌なことでもあったのか?」

「弱気に見えたかね? まあ自分でも気がつかなかったわけだが、まあ……そういうこともあるかもな」


 こちらに振り返り、一瞬意外そうな顔をしてから、やや自虐めいた笑みを口元に浮かべた。


「こっちに来い」


 言われるままに近寄ると、ネムレスはまた海の方を見て、静かに俺の方に片手を差し出す。その手を俺が握ると、ネムレスは強く握り返してきた。


「僕と君とリザレの三人で過ごした思い出は、僕の宝物だ。君を失ったこの地での哀しみも含めてな。しかし君は覚えていないのだな。それが僕はたまらなく寂しい」


 うーん……気の利いた言葉が思い浮かばない。これからまた作ればいいとか、そんな陳腐な言葉くらいしか……


「これからまた作ればいいんじゃね?」


 しかし素直に思ったことを口にせずにはいられない俺は、陳腐とわかりつつも口に出す。俺の中にある確かな気持ちなのだしな。


「クサいこと言うな。君のキャラには合わん」


 俺のこと一体どんな風に思っているんだよ……


「その通りであるがな。しかし寂しいものは寂しいのだよ。かの仮説に従い、いつか全てを思いだすことが出来たら、それは素晴らしいことだ」


 ネムレスには悪いが、正直面倒だと思う。ていうか前世の記憶を思い出したいなんて思う奴いるか? 少なくとも俺は無いままでいいと思うがな。一方で現世の気持ちは忘れたくないと思うのが不思議っ。


***


 翌日、かつてない規模の人数で、いつもとは違う高揚感に包まれながら、葉隠軍は北上を開始した。

 その数、二万二千。え? 大したことない? 下界の歴史上の戦争に比べれば驚くほどの人数ではないけど、こっちだと結構大したことある人数なんだとさ。

 まああちこちで三桁程度の人数規模での小競り合いが多かったようだしな。複数部隊が投入された戦線でもせいぜい三千人くらいだったし。


 ここまで大勢の兵士が一度に都市内部を行軍するのは、葉隠市民から見ても初めての出来事らしくて、皆物珍しげな視線や不安げな視線を投げかけている。

 多くが新兵で、馬にすら乗れない者までいるという有様なのが、やはり不安要素である。俺はすぐに乗馬できるようになったので、馬に乗れないという感覚がよくわからないが。


 乱す者が南下を開始する前に、うちらが光輝沼沢地帯に到着できるとは思うが、迎えうつための戦闘配置にも時間がかかりそうだとかなんとか。戦場となる光輝沼沢地帯の地形がややこしいため、それを利用して優位に立ちたいとかなんとか。

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