51 平穏な日常……だった?
「今日から貴方様に仕えることになりました従者です」
俺の理想とする容姿の美少女が、心の底から嬉しそうな笑みを満面にひろげ、俺に向かって告げた。
「貴方様の命令ならどんなことでも従う所存であります」
もじもじと照れながら、彼女は言う。嗚呼……これだ。これこそが正しい従者だ。
「エロいことも?」
「もちろんっ、太郎様のためなら喜んでっ」
よ、喜んでだってよ。素晴らしいねっ。この台詞、男心を刺激しまくりよっ。
「でも今の俺、Hなことできないんだった……」
「わかっています。ですからできる所まででもしましょう」
そう言って彼女は俺を抱き寄せて、胸の谷間に俺の顔を押し付ける。
「さあ、私は太郎様のためだけにある存在です。できる分だけでいいので、太郎様のやりたいことを存分にしてくださいませ。それこそが私の存在価値。それが私の至上の悦び」
嗚呼……この気遣い。この台詞。これが正しい従者の在り方……
***
「ぐはあっ!」
衝撃と痛みと重みで俺は目が覚めた。否、目を覚まされた。
「太郎よ、いつまで寝ておル。早く食事の用意をせよ」
寝ている俺にエルボードロップをかましたゴージンが、布団をめくる。こいつ……
「せっかくいい夢見ていたのに……ひでえ……」
「お主の口にすルいい夢とは、どうせ助平な夢であロう」
見抜かれてるし。
そんなわけで三人分の食事を作る俺。
しっかし、いい夢だったなー。やっぱり従者はああであるべきだよな。
「今日のお味噌汁、味が薄いですね。朝の味噌汁がいまいちだと、その日の一日がしまらないと思います。そうなったら全て太郎さんの責任ですね」
「鳥肉性無花果に胡椒が効いておラぬ。寝惚けて忘レたか」
「どうやって起こしたのです? 私の言った通り、ムーンサルトプレスで起こしました?」
「慈悲をかけて肘打ちの後、布団をめくルに留めておいたが、ディーグルの言う通リにすべきであったな」
「確実に眠気を覚ますために、今後はロメロスペシャルも追加した方がよさそうです」
しかし現実はこれ……。
「前から思ってたけど、お前ら断じて従者じゃねーよな。ただの住み込みのボディーガードだよな」
食事は俺が作ると決めてはあるが、叩き起こされて作らされたあげく、文句まで言われたらたまらんぜ。
「そんなことはありませんよ。ちゃんと家の掃除はしています」
「我は洗濯担当也」
「他は……?」
「買い物で買ったものを私もゴージンさんも、ちゃんと持っているじゃないですか」
「そんなの従者じゃなくても当たり前の事ばかりだろう。一緒に住んでいるんだしさー」
大きく溜息をつく俺。つーか、平和になった今、この都市にいる限りはボディーガードの役目だけならいらんのだぞ。流石に口にはしなかったが。
***
現在、乱す者と葉隠の間で、休戦交渉が幾度となく行われている。
話をもちかけてきたのは乱す者の方だ。流石に旗色の悪さを悟って、戦いを終わらせたいという話であるが、『はい、それじゃあ手打ちにしましょう』と、そうスムーズにいくものでもない。
乱す者は葉隠周辺にある町村や集落をかなりの数、占領している。乱す者はそれらの占領地をできるだけ手放したくないものの、ある程度は返還することで、手打ちにしようという目論見で対話に臨んでいるが、アリアは全部取り返すつもりで、一歩も退かない。
力関係がはっきりした今、葉隠が引く理由は全く無い。そもそもほんの一集落たりとも、奪われた領土を奪われたままにしておけるはずがない。無条件で明け渡す気がないなら、戦争の継続を行う姿勢にしかならない道理だ。
まあ綺羅星町のように、完全に乱す者の町としてカスタマイズされてしまったものは、諦めざるをえないだろうけどな。
あんまりゴネると、乱す者が占領下の民を人質に取ったり虐殺したりしないかという懸念も出ているが、アリアがその程度で強硬な姿勢を崩すはずもない。むしろ火に油だ。
そんなわけで事実上の終戦状態になったとの認識が強まり、もう戦争はなくてお役御免になったと思った俺は、完全に気が抜けてしまった。
「またサボってるのか」
日課である射撃訓練と回避訓練をサボり、基本は見ているだけでいつも済ませている集団演習さえも顔を出さずにいるつもりで、訓練場の隅に座っていた俺に、堀内が声をかけてきた。
「どうも君は、明確な目的が無いと駄目になるタイプのようだな」
サボっている俺を見ても堀内は怒ることも叱ることもなく、苦笑しながら声をかけてきた。
「そうみたいだ。戦う相手もいねーのに、何の訓練をするってんだよ。戦争終わったのに戦争の訓練とか、身に入るはずがねー」
「まだ戦争が終わったとは限らんぞ」
堀内が静かに――同時に妙に力強く響く言葉で告げた。何か確信を持って言い放っているような言葉に聞こえて、俺はダラけた気持ちを吹き飛ばして堀内を見た。
「どうしてそう思う?」
「乱す者が消え去ったわけではない。戦争ができなくなって一旦退いただけに過ぎん」
「そりゃわかるけど、また攻めてくるにしても相当後の話だろう? 兵士志願者大量で補充が途切れない葉隠軍とはわけが違うし」
「その見通しは甘いな。君はもう少し賢いと思ったが。いいか、よーく考えてみるといいい」
言葉だけ聞くと上から目線のようであるが、堀内の口調は厳粛な響きすらあり、俺は真面目に堀内の言わんとしていることを考えてみた。即ち――短期間で乱す者が巻き返しをはかって葉隠を襲ってくる方法をだ。
今の和平交渉もそのために時間稼ぎだと仮定するとしても……うん、やっぱりわからん。
「ギブアップ。いくら考えてもわからない」
「葉隠と戦っていた乱す者は、何もシリン・ウィンクレスを頂点とする組織だけではない。彼の組織には全く及ばないが、小さな独立した組織も多々あった。しかし防波堤ともなっていたシリンの組織の旗色が悪くなったと見るや、撤退していった」
そいつらが鍵とでもなるというのか? ちょっと考えられないが。
「もしそれらの小組織をシリンの組織がまとめあげて吸収したのならば、それなりの戦力になるだろう。そして他所の都市に攻め込んだらどうする? 特に乱す者が優勢な場所にだ」
「襲われた都市はひとたまりもないな」
その時点でようやく俺は気がついた。すっかり失念していた。
現在、葉隠以外のサラマンドラ都市連合郡全ての都市が、乱す者と戦争をしている。一つの都市の戦争が終われば、そこを皮切りにして乱す者全体が不利になるという話であった。つまりそれが何を意味するかというと……
「その都市に援軍を派遣ていう流れか?」
「ありえない話ではない。どの都市も大抵が乱す者達との戦争を抱えている状態であるが、一つの都市の勝敗が決すると均衡が崩れる。サラマンドラ都市連合に属する都市――比較的近い都市同士であれば、軍事支援をしないわけにもいかないだろう」
なるほどー。しかし他の都市のために戦うとなると、葉隠軍はモチベーション保てるのかな? 俺の場合、戦うこと自体が生きがいのようになってしまっているので、それでも構わないけど。
「いいこと聞いた。そうなったらアリアに頼んで、第十八部隊を真っ先に投入してもらおう。よーし、やる気出てきたぞー」
「こらこら」
俺の言葉に苦笑する堀内。もっとも俺は、葉隠にとっては要である第十八部隊をほいほいと他所に投入とか、しないと思うけどな。今の第十八部隊って再編成と増強を重ねた結果、例え俺がいなくても葉隠軍の中では上位に入る戦力を有する部隊だし。
***
「太郎、気合いが入ってないと聞いたゾ。午後の回避訓練は我が付き合うてやル」
昼飯タイムに、ゴージンがそんなありがたくないことを申し出てきてくれた。
「いいですね。私ばかりが担当するのもどうかと思っていた所です。他の人に面倒を看てもらうのもまた、良い刺激になるでしょう」
ディーグルがゴージンを後押しするかのように、余計なことを言う。
以前、一度ゴージンに回避訓練を手伝ってもらったことがあったが、こいつペインの目利きが出来るくせに、寸止めしてくれないんだよなー。本人曰く、『ペインがあるからこそ学習が早まる』とか、そんな理屈。
「おい、あれ……」
ふと、正面に座ったディーグルの肩越しに気になる光景が飛び込んできて、俺が指差す。
食堂の壁の辺りで会話をしている、滝澤とセラ。しかしどうも雰囲気がよろしくない。セラが滝澤に怒っているかのような。距離が離れているうえに、他の兵士達の話し声のせいで何を喋っているかは聞こえないが。
「エルフの盗聴イヤーで、何を話しているか聞こえないか?」
「聞こえませんし、盗み聞きという下世話な行為をするような真似はしたくありません。しかし気になるのは確かですね。あのセラさんが目に見えて怒りを露にしているとは」
「あのセラさんとか言うけど、セラはわりと感情的な一面あると思うぞ。しかもわりと人前でそれを出してしまうし」
ついでに言うと思慮深いように見せて、そうでもない所もある。ま、誰しも欠点はあるが、セラに至ってはその欠点が露骨すぎて、どうも苦手なんだ。俺は。
「痴話喧嘩であルな」
フェネック耳をぴょこぴょこと動かし、ゴージンが言った。
「マジか?」
「部分的に聞こえただけであルが、『抱きしめたいと思わないの?』『……のことを考えルと胸が熱くなル』とか」
「それきっと痴話喧嘩じゃねーよ。そんな大胆な台詞をこんな場所で言うのも信じられねーし」
「聞き間違いに非ず。然レど解釈の間違いという可能性も無きに非ず」
などとゴージンと会話をかわしているうちに、セラがその場を立ち去ってしまった。犬顔なのに憮然とした表情が遠くからでも分かる。
「よし、何があったか滝澤に聞いてみるか」
丁度飯も食い終わっていいタイミングだしな。席から立ち上がる俺。
「太郎さん、そういう下世話なことは感心できませんね」
「気になるもんは気になる。もしかしたら俺達が力になれることだってあるかもしれないじゃないか」
諌めるディーグルに反論し、俺は滝澤の方へと向かう。ゴージンもついていくるが、まだ食事の終わっていないディーグルは残っている。
「何があったんだ?」
「見てたのか」
声をかける俺に、滝澤は微笑みながら小さく息を吐いた。
「娘のことでな。たまたま話題に挙げていたら、どうもセラは俺の娘へのスタンスが気に入らないらしい」
「スタンスって?」
「俺が娘と別々に暮らしているだけで、彼女は気に入らないそうだ。これ以上は俺の口からは言えないよ。これだけじゃわけがわからないと思うし、あとは興味があるなら本人に聞いてみてくれ」
うん、確かにわけがわからんな。しかし痴話喧嘩ではないことだけはわかった。
滝澤の側から離れ、ディーグルのいる席へと戻る二人。
「どうでした?」
丁度食事を終えたディーグルが問う。
「尋ねるってことは結局お前も興味あるんじゃねーか。どうも家族というものへの考え方の相違っつーか、滝澤の娘への接し方にセラが腹を立てているらしい」
「わけがわかりませんね」
「だよな。種族的な思想の違いか?」
「コボルトという種族は特に偏屈な思想を持ち合わせていませんよ。もちろん個人レベルではまた話が違ってきますが」
だとすると、セラが家族というものに対して何かしら特別な事情があるせいで、滝澤が娘と別居している事が気に入らないってことか。
「セラにも話を聞いてみるか」
「何故そう他人事に首を突っこむ気になれるのか、不思議ですよ」
「もしかしたら俺達に力になれることがあるかもしれないと言っただろ? 興味本位だけで首を突っこむわけじゃない。俺だって下界にいた時、そういうおせっかいで助けられたこともあるし、誰かの力になってやれたこともある」
ここまで言った時点で、それまで呆れていた感のあるディーグルの俺を見る目が変わり、口元に微笑がこぼれる。
「まあ実際、太郎さんのその甘さやおせっかいが、誰かの助けになる所は見てきましたけれどね。シリンの家を直したのは余計でしたが」
例え相手を見直しても、褒める時でも、いちいち何か余計な一言をくっつけずにはいられない奴なんだな。
***
そんなわけで、三人がかりでセラの元に押しかけたわけだが。出来れば俺一人の方がスムーズなんだが、どこにでもくっついてくる従者二人。兵舎の中ではわりと別々に行動するが、今回はそれこそ興味本位で来た感じだな。
「どうしたの? そろって」
「さっき滝澤と喧嘩してたから何かと思ってさ」
笑顔で応対したセラだったが、俺の一言であっさりとその笑顔が消える。
「私の方が悪いのよ。どうせ滝澤さんからも話を聞いたでしょう?」
わざわざどうせとかつける所に、セラの苛立ち加減が見えるな。
「いや、よくわからなかったというか、セラのことを尊重してあまり教えてくれなかったぜ」
「そう……」
俺の言葉に、セラは一瞬意外そうな顔をしてから、決まり悪そうに視線を逸らす。
「私にも娘がいるのよ。二人同時にこちらに来たんだけど、二人が死んだのは私のせいなの。滝澤さんも自分のせいで娘を死なせたと嘆いていたから、以前その話を聞いた時は共感できる部分もあったんだけどね」
それだけ聞いて、何となく話が見えてきた。
「親子の愛情もあるのに離れ離れって聞いて、私にはそれが信じられなくてね。種族の価値観の違いなのかもしれないけど。それに加え、私は娘に恨まれているせいで一緒に暮らせないのもあるから」
「滝澤の娘さんの場合は、もう親離れしたってことでいいんじゃないか?」
「彼もそう言っていたけれどね。私達コボルトは結婚でもしないかぎり、大抵がずっと家族で離れない生活を送るから、憎まれているせいで離れている境遇の私には辛いのよ」
話は見えたが、セラの辛い気持ちはよくわからないな。本人が言うように、種族の価値観の差って奴だし、それで滝澤にあたるのもお門違いだろう。
「何で恨まれてるんだ?」
聞きにくいことをズバリ聞いてみる俺。もしかしたら誰かに言って楽になるということもあるかもしれないしね。うん。
「娘の自慰の現場を見てしまったのよ」
「え?」
「そして娘は恥ずかしさのあまり逆上して私を殺し、さらに自分も自殺したの」
「……」
あまりに予想外すぎる答えに、俺は固まっていた。
「それはそれは大変でしたね。心中お察しします」
ディーグルが作り笑いを浮かべて、紋切り型の慰めの言葉をかける。一方でセラに見えない位置から、俺の背中を後ろから指でツンツン突く。
いや、何が言いたいんだよ。俺も合わせて適当なこと言えってか? これ以上関わらない方がいいというサインか? その両方かもしれんが、そうした方がよさそうだな。よし。
「うん、よくあることだ。じゃーな」
俺がそう言ってさっさと立ち去ろうとしたら、セラの目も憚らず、ディーグルが拳で俺の頭を殴った。
「ってーな、何すんだよっ」
「もう少し言葉と対応を選んでください」
抗議する俺に、呆れきった顔で俺を見下ろして注意するディーグル。何が悪かったってんだよ。
「じゃあ再開。未だにそれを娘に恨まれているっての? しかも殺したのはそもそも娘の方なのに」
「私達コボルトの星では平和のあまり、ゆとり化が著しくて、ちょっとした事で子供はおかしくなってしまうのよ」
「いや、そういう話じゃなくて……」
「他種族には理解できない話よ。気を紛らわせてくれるつもりだったんでしょうけど、気にしないでいいわ」
そう言ってセラが愛想笑いを浮かべる。ディーグルがまた、セラに見えない角度から指で俺を突いてくる。
「そっかー、和解できるといいなー。じゃーな」
棒読みで社交辞令を述べ、俺はセラから離れた。
「だから言ったでしょう? 不用意に他人の事情に首を突っこむのもほどほどにしろと」
歩きながらディーグルが穏やかな口調で言う。にこにこと笑っているが、それが返ってすげー嫌味に感じられてしまう。
「言われてねーよ……。つーかあれは、たまたま話がブッ飛びすぎてて対応できなかっただけで、俺は親切心で……」
「おーい、お前等大変だぞーっ!」
俺の言葉を遮るようにして大声で叫んだのは、第十八部隊専用訓練場入り口に現れた参謀副長だった。つーか、丁度俺らも外に出ようとしていた所だから、ほぼ目の前に現れたようなもんだ。
「武装した乱す者が、葉隠市北部にかつてない規模で集結しているぞ! 残った兵器もかき集めたようだ!」
参謀副長の言葉に、訓練場にいた兵士達が一斉に固まった。
「以上! じゃあ次に行ってくる!」
参謀副長は片手をあげて会釈し、走り去っていった。何であの人はいつも伝令しているんだ……
「乱す者との戦い、終わリてはないようであルな」
「ああ」
ゴージンの言葉に俺が頷く。口元に笑みがこぼれるのを堪えきれなかった。




