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48 平和という名の悪

 アリアが独裁宣言をして一ヶ月以上が過ぎた。

 葉隠と乱す者とのパワーバランスに、大きな変化が生じていた。


 まず葉隠市を悩ませていた四つの激戦地で、いずれも勝利した事。そのうちの一つはあの七節戦線である。

 残りの三つにも第十八部隊を投入予定だったのだが、その前に決着がついてしまったのだ。犠牲も多かったが、非常に価値ある勝利となった。

 一つが勝利した事で、その戦場に投入予定だった増員した新兵を他の前線に投入し、もう一つも勢いづいて勝利できたという。銃ぐらいしか扱えないような奴等だが、それでも十分だった。

 この二つを制した事によって、乱す者の勢いはさらに削がれ、こちらは余った兵をまた別の戦場へと送ることができる。

 今まではひたすら兵の増員を行うことで、各前線の拮抗状態を保っていた葉隠だが、勝利を重ねるごとに余裕が生まれていく。アリアが軍事予算をはねあげたおかげで、維持できる兵士の数もはねあがった。


 で、最後の一つの激戦地だが、二つ目の激戦地が攻略された直後に、第十八部隊が投入されてケリがついた。

 もちろん俺が大活躍であっさりとケリをつけた。第十八部隊が投入されるだけあって、コボルトの兵器あれこれや、改造された魔物とか配置されている特別にヤバい場所だったけど、全部破壊したり拘束したりして封じたからな。トラブルも無く、犠牲もほとんどなかった。


 さらにその後、奴等の兵器施設が葉隠軍によって二つほど破壊されたとのこと。第十八部隊の投入の必要すらなかった。


 それから数日後、葉隠均衡で小競り合いをしていた小規模な戦場からも、乱す者達は一斉に撤退した。これによって、長年に渡ってどこかしからで必ず戦闘を繰り広げていた葉隠軍と乱す者が、何十年かぶりに完全な休戦状態となったとのこと。


 今まではすげー不利だった葉隠市が、今や乱す者の方が風前の灯となり、終戦の兆しが見えてきた。


***


 あっちの世界もこっちの世界も歪だ。

 神に捨てられた地は、運ゲー糞ゲーのふぁっきんな弱肉強食の競争社会。基本世界と称するこの冥府は、闘争や競争や発展や格差を無理に抑えつけた退屈な天国。どうしてこう極端なんだと常々思う。


 もっとも俺はどちらの世界でも、好き勝手にやりたいことだけやって生きている。あっちにいた時はいろんな人に支えられて、見果てぬ夢を追っていた。こっちに来たら前世からの神様の下僕でした設定のもとに、奇跡の力を行使して戦いの刺激を味わう日々。

 ある意味幸福といえば幸福か。あっちではいろいろ不運続きではあったが……


 しかしもう乱す者との戦いは終わる。

 乱す者達と休戦状態に入ってから五日になる。


「もう平和一直線か……」


 夜、自宅リビングでソファーに寝転びながら、物憂げに言う俺。

 異常な倦怠感が、俺の心を苛む。


「もっと戦争してえなあ……。葉隠を出て、他へ行こうか?」


 冗談ではなく、本気で俺は言った。

 刺激の一切無い生活なんてもう耐えられない。いや、それだけじゃない。俺のために死んでいった第十八部隊の連中のことを思い、戦わないといけないという強い気持ちにとらわれてしまう。


「賛成ゾ」


 間髪を入れずにゴージン。ま、こいつは傭兵だしなー。


「太郎さんは何故戦いを求めるのです?」


 一人で盤上ゲームをしていたディーグルが問う。


「戦わなくなっちまったら、何でもない俺になっちまう。それが嫌だからな。それに加えて、戦いの刺激に取り憑かれてしまった感じだ。そういうお前はどうなんだよ」

「私も似たようなものですね。戦うことのみを磨いてきましたから」


 ということは、従者達から異論が出るわけもないな。


「しかしまだ彼等との戦いが終わったわけではありませんよ。太郎さんが目の仇にするバスの男とやらも、まだ健在でしょう?」

「乱す者との戦いはもう終わったようなもんだろう。まだ何かしてくるってのか?」

「シリンの性格からすると、このまま黙って引き下がるとも思えません。あまりにも各地の戦場からの撤退が鮮やかすぎる。何か企んでいるに違いないでしょう」

「じゃあ、終わったらどうする? 葉隠市を出ると言ったら、ディーグルは俺についてくる?」

「もちろんです。私は君の従者ですから」


 にっこりと微笑んで答えるディーグル。

 しかし……こいつの予想では、まだ乱す者は何か狙っているってのかよ。ただでさえギリギリだったあいつらが、相当戦力を削がれたというのに、果たしてそんな余力があるのか?


「バスの男は……いずれは決着つけたいとは思うが……何だかな……」


 あいつが別人になってしまったことが、俺にとってはいろいろとショックだし、あいつへの憎悪も揺らいでしまっている。少なくとも近親憎悪は消え失せた。

 俺があいつの信者とやらを罵った時、あいつは本気で怒った。それを見て俺は自己嫌悪のような感覚に陥った。


 あいつは決着をつけるとかぬかしていたが、もう俺に対する憎しみは無いように見えた。

 あいつは破壊欲を抱いた信者達の神となっていた。自分のためではなく、信者達のために動く存在になっちまっていた。


「俺から仕掛けるつもりはない。もう、そんな気になれない。あいつの方から来たら、そん時には引導渡してやるさ」


 そうなってくれることを俺は望んでいる。バスの男に対するこだわりが全く消えてしまったわけではない。あいつが俺の前で戯れに子供を殺したことも、許せないしな。


「バスの男と戦う際、巫女を何とかしないとな。あの巫女は自分のペインを他人に被せられる。巫女が手をこうしてナイフで地面に繋ぎとめると、任意の者が同様に手にペインを受けて地面に繋ぎとめられ、動けなくなる」

「どのようなおぞましい体験があれば、そのようなペインの力が身につくのでしょうね」


 ディーグルが眉をひそめる。


「どういうことゾ?」

「神聖騎士や巫女が発現する奇跡の力は、本人の人生経験に大きく左右されるみたいだ。俺の場合、下界で絵ばかり描いていたから、こうして絵描きの力になった」


 ゴージンの問いに俺が答えた。


「ゴージンに俺の護衛、ディーグルにバスの男を攻撃っていう予定だったのが、巫女なんてものが出てきたせいで、根本から作戦見直しになっちまったな」


 あのドワーフの巫女の力は相当厄介だ。先に全力で巫女を封じて、その後にバスの男を狙うのが理想だが、バスの男がそれを黙って見過ごすわけもない。

 つーか、奴の神聖騎士も控えているかもしれんしな。いや、そうなれば三対三で丁度いいのか?


 しかしバスの男との対決をあれこれ考えていると、正直楽しい俺がいる。


***


「君は前世からそういう資質の持ち主なのだ。平穏の中でなど生きられん。だからこそ、下界でも特殊な生き方をしていたのだろう」


 今夜の夢の背景は曇天の海岸だった。何で快晴の空にせず、こんな曇り空にしたのか……


「平和を悪とする者はいる。それは何もおかしいことではない。だがそうした者が平和な世界に生まれて落ちてしまうと、その者にとっては不幸かもしれぬ」


 今夜のネムレスは緑のビキニ姿だった。野郎ではない。ちゃんと女で。結構胸あるが、それより俺は腰や脚の線の方に目がいった。中々いいスタイルしている。何より太ももが適度にムチムチしているのがいい。あとは尻を確認したい所だな。ゴージンほどではないが、俺も尻にはちょっとうるさいぞ。


「以前言ったこと、覚えているな? 君の本当の敵は、バスの男などという者ではない。あの程度の者に苦戦しているようじゃ、先が思いやられるぞ」

「いや、あれ神様だっていうじゃん。それが大したことないのかよ」

「君の敵――つまり僕にとっての敵の一人は、明らかに格が違う。そいつともいずれは戦うことになる」


 一人、か。つまりネムレスが俺と今後戦わせようという敵とやらは、複数なわけだ。

 そういや神々の討伐がどうこう言ってたな。


「そもそも君とリザレは何故死んだ?」

「え?」


 ネムレスの唐突な問いに一瞬呆けた俺だが、すぐにその言葉の意味するところを悟った。


「地獄で死んでこちらに生誕した話をしているのではなない。何故ここで死に、地獄へと堕ちた? 仮にも神聖騎士と巫女ともあろう者が。その死因が何であるかも、疑問には思わなかったか?」


 毎日忙しかったし、暇な時間はこの世界の知識を仕入れるのに夢中だったし、考えることは他にもいっぱいあったので頭が回らなかったが、言われてみれば確かにそれは考えるべきことであった。

 この世界で死ぬ理由など、そう多くはない。一番の理由は他殺。


「先ず君が殺された。それから十数年後にリザレが殺されたが、彼女の死と引き換えに僕が奴を仕留めた。君が殺されてからというもの、僕とリザレはずっと君の事を思いながら、奴への復讐の機会を狙っていた」


 やはり……そういうことか。ネムレスにとっても脅威となるほどの敵がいたわけか。


「奴はおそらくこちらに生誕している。詳しい時期はわからんが、すでにこちらにいる。再び地獄に還すか、奴の主である神を仕留めねばならない」

「ってことは、前世の俺らを殺したそいつも神聖騎士か巫女ってわけか」


 主である神が死ねば、奇跡の力は失われる。また、神聖騎士や巫女が死んでも、神がいる限りは奇跡の力は失わないが、神は一度死ぬと、神としての資格と力を消去されてしまう。そしてただの人になって、転生の枠に組み込まれるという。


「下界で俺を殺したバスの男とのケリをつけた後は、前世の俺を殺した奴とのケリをつけろってか?」

「前にも言ったろう。君の死因は小石につまずいたようなものだと。こちらで君達を殺した奴は、バスの男などよりはるかに邪悪で狡猾だ」

「もったいぶらずに教えろよ。何者なんだ?」

「狂神ピレペワトの神聖騎士だ。だが主であるピレペワトよりも奴の方が脅威だな。君はともかくとして、あのリザレが散々手こずり、命と引き換えにしてやっと斃せたほどだ。こう言えばどれだけ厄介な奴かはわかるだろう」


 狂神ピレペワトって、狂ってしまえば全ての苦痛から解き放たれるという、アホ極まりない教義の悪神かよ。そんな奴の神聖騎士って……

 しかも主たる神よりも厄介で、リザレが手こずったということは、つまりあれだ……。奇跡の力云々よりも、そいつの中身の方が厄介ってことか。


「もちろんその者だけが僕の敵ではないが、最も警戒すべき敵である事は留意しておくように。と言っても、覚えてないからわからんか。奴と戦うときのためにも、乱す者と戦わせて君の力と精神を磨かせていたわけだが、そこそこ進歩はしたようだな」

「そこそこかよ……」

「うむ。まだ不満だ。そうだな……少し今後は考えるとしよう」


 ネムレスが思わせぶりにそう言った直後、夢から覚める気配。


***


「おう、いつまで寝てるんだ。市長様が遊びにきてやったってのによ」


 目が覚めると間近にダークエルフの娘のニヤついた顔が、ドアップで迫っていた。


「ディーグルから聞いたぞ。ここを出て行くんだってな」

「……まだそんなこと……決めてねー……よ」


 アリアの言葉に、俺は寝ぼけながら言った。つーかいきなりその話題かよ。


「でもいずれは出て行くだろ。あんたはネムレスの神聖騎士だ。主である神から何らかの命が下れば、ここに留まることもない」


 笑顔で語るアリアだったが、瞳には少し寂しそうな光が宿っている。


「一緒に来るか?」


 俺のその一言に、流石のアリアも面食らっていた。


「市長職投げ出して来るってのも有りだろ。平和になったら尚更な」

「あんたは……よくそんなこと平然と言えるなあ」


 呆れ顔になるアリア。


「平和になったらさ、アリアの存在はこの都市にとっても毒になりかねないぜ? お前は乱世だからこそ支持されていたし、輝いていた。少なくとも独裁制はやめないと駄目だろ」

「乱す者等との戦いが完全に終わったのが確認されたら、そうするつもりさ」


 アリアがベッドに上がってきて、俺のすぐ真横で正座する。


「まあ……そいつは当分無理な話かな。ここで投げ出すのは中途半端すぎるぜ。私はまだ、この町でやりたいことが沢山ある。やらなくちゃならいことがある。葉隠をもっといい都市に変えたい。そう思って都市の長になったんだからな。そいつを放り投げるようないい加減な女じゃ、あんたにも相応しくないだろ」

「俺に相応しいって……」


 その言葉が不思議に俺の心に響いた。この気持ちを言葉にして表現するのは無粋だが、感じたことだけを述べるならば、それは嬉しくもあり、重くもあり、恥ずかしくもあった。


「あんたは他にも女いるって言ってたじゃん。あんたはモテるだろうし、私一人だけ選んでくれなんてとても言えないからね」

「いや、俺がモテるわけが……」


 Hもできないお子様ぼでぃーでモテモテとか絶対無理があるだろー。もっと成長すればそりゃモテるだろうが。


「中身をしっかり見て判断する、私みたいないい女からはモテるさ」


 臆面もなく言ってニヤリと笑うアリア。


「強い男いい男が、いい女にモテるのは当然だし、そういう男に一人の女だけにしぼれなんて言う方が現実味がねーよ。一夫一妻こそ幻想だ。で、ハーレムの中でも特に気に入られるように、女も自分を磨くのを怠らないように努力しなくちゃなんねえ。私はね、自分で始めたことを投げ出すような女にはなりたくない。そんな女でも、あんたは認めてくれるのか?」

「そんな言われ方したら、市長職放り出してついてこいとか言った俺の方が、ろくでもねーことになるじゃんよ」

「その発言は聞かなかったことにしてやる。でもね、そんないい加減な女じゃ、結局あんたはどっかで愛想つかすんじゃない?」


 つーか、実際俺の発言自体がろくでもないし、恥じ入るべき代物だわ。反省しよう。


「離れ離れになって気持ちが離れたら、とか考えないのか?」

「ふつーは駄目だろう。離れ離れになっても気持ちが繋がっているだの、そんなの有りえねえ。でもあんたは違うな。ハーレム作りたいとかぬかしていたし、だから逆に信用できる。それなら私の席を一つくらい、ちゃんと空けといてくれるんだろ?」


 俺の問いに、目から鱗な答えを返してくるアリア。なるほど、そういう考え方もあるわけか。でもなあ……


「俺にハーレム作りなんて無理だよ。Hできないハーレムって時点で無理ありすぎ。お前にこんなこと言うのはどうかと思うけど、男女の想いを強烈に結びつけるのって、肉体の交わりもありきなんだぜ。セックスしたことないアリアにはわからないかもしれないけどさ」


 リザレとはやってないけどなっ。心臓の病気のおかげで、とてもできなかった。発作起こしかねないしさ。ダブルでイッちゃうーっ、とか洒落にならん。


「ふーん。その理屈からすると私には好都合だ。私よりも他の女があんたと親密になりにくいってことになるからな。あんたが子供の体でよかったよかった」


 ディーグルといいネムレスといいこいつといい、どうでも俺をガキのままにしておきたいのか。


「でさ、私も勝手なこと言わせてもらっていいか? 私さ、あんたに私のブレインになってもらって、一緒に市政を取り仕切ってもらいたいとか考えてたんだけど、ま、それも無理そうだね。ネムレスの神聖騎士様をそんなことには使えんわなー」


 あううう……笑いながら口にしたアリアの言葉に、俺の中で愛おしさが強烈にこみ上げてくる。


「まあ、すぐこの町を去るってわけでもないさ」


 抱きしめたい衝動に駆られるのを抑え、俺が言った。いや、抑える必要ないな。抱きしめちゃお。えいっ。


「おっ、おっ、どしたー?」


 アリアが面白がるような声をあげて、俺のことを抱き返して、頭を撫でていーこいーこし始める。ふぁっくー、完全に子供扱いじゃんかよー。この体マジでどうにかならんもんか……


「ネムレスのお呼び出しがあるまでは、ここにいるさ」


 さっきの夢でのネムレスの様子を見た限り、その呼び出しも遠い話ではないと知りつつ、そんなことを口走る俺。


「私のために行動を制約なんてするんじゃねーよ。男の子は自由に夢を追い求めるもんだろ。私だってやりたいことするって宣言してんだからさ」


 ふぁっく……さっきから俺、何かすげー格好悪い。なのにアリアは俺のこと朗らかに受け入れてくれるし、余計に情けない。


「ありがとさままま。別に夢ってわけじゃないけど、俺はもう戦いの場で生きるのが染み付いちゃったみたいでさ……。平和な時間が長く続くことが苦痛に感じるほどにな」


 俺だけに限った話じゃない。人にもよるかもしれないが、一度刺激的な日常の味をしめてしまったら、平々凡々な日常には戻れないんじゃなかろうか。例え死のリスクがあろうと。いや、死のリスクがあるからこそか。

 平和は尊いかもしれない。だが生き様や生き甲斐の前には劣るし、妨げになるようなら悪にもなりうる。

しばらくお休みします。再開は四月末くらいで。

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