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46 一輪の花と共に

 白傘区に到着した頃には、空が夕焼けに染まっていた。

 白傘区は主に巨人族の居住区である。巨人族は質素で温和な種族だが、その巨体故に都市の中心部には滅多に姿を見せず、大抵どこの都市でも郊外で暮らし、大半が農業を営んでいる。

 巨人達の育てている野菜や果物は、巨人用の巨大サイズのものが多いが、都市内部の人達に売るための普通サイズのものもあるようだ。


「こんにちはー。見ない顔だね」

「こんにちはー。俺もここに来るのは初めてでーす」


 すれ違う巨人の農家の人達がいちいち笑顔で挨拶してきて、俺達も挨拶を返す。麦わら帽子にオーバーオール姿のやたら美人な女巨人とかもいた。おっぱいベッドしたいなあ……


「取れたてだよ。皆で食いな」

「あ、ありがとさままま……」


 上品に整えたヒゲ面ダンディーな巨人から、明らかに巨人用サイズの果物を渡される。

 ごわごわしてライチのように見えるが、実際どんな果物か、その厚い皮を剥いてみないとわからない。滝澤が両手で抱えて持ち運んでいる。スイカより二回り以上はデカい。こりゃ食いでがあるわ。まあ、今食ってる暇は無いがな。馬で運ぶのも大変そうな気がするが。


 アジトは二階建ての大きな洋館だった。二階にはバルコニーがついているし、庭がやたら広いし、庭にヤシの木がなっているし、サトウキビ畑もあるしで、南国の別荘ってムードだ。


「人の気配はあるわ。でもこれヤバいかも。黒い池に沈んだ……研ぎ澄まされた岩の刃。そんな波動。冷たく静かに貫いてくるわ。きっとね」


 わかるようなわからんような表現で警告する鈴木。ようするに戦闘を想定して、警戒しとけってことだな。


 庭の門を開け、中へと入ってしばらく歩いた所で、どこからともなく一輪の花が俺達の前方へと投げられた。

 地面に落ちた花を見て、俺達の警戒が一気に高まる。花を投げるのは奴等の合図。わざわざ御丁寧に前もって殺しのサインをしてくれる暗殺者。カルペディエム暗殺教団。

 奴等がここに現れ、俺達を狙ってくるということは、つまり……俺達が反アリア派のアジトを潰して回っていることが、まだ無事な反アリア派にバレたって事だ。


 左右のサトウキビ畑が同時に揺れる。左右のサトウキビ畑から同時に小さな影が一体ずつ飛び出す。

 全く同じ顔、同じ黒ずくめの格好、同じ背丈という、一見して双子のゴブリンの暗殺者。違うのは武器。片方はダガー二刀流、もう片方はメイス二刀流だ。

 先頭にいる滝澤めがけ、二人が同時に左右から攻撃をしかける。ディーグルの影に隠れてよく見えないが、滝澤は即座に二本のショートソードを抜いて、これらを同時に凌いだようだ。


「右は任せなっ!」


 ランダがエストックを抜いて叫ぶ。おばちゃん、いつも武器違うな。


 ランダが加勢しにいこうとした所に、滝澤とランダめがけて上空から炎柱が無数に降り注いだ。おいおい、仲間もいるだろうに。

 ランダも滝澤もゴブリンの暗殺者二名もこの攻撃をかわしているが、炎柱により分散されてしまった形だ。滝澤とゴブリン二名、ランダ、そして後方にいる俺達といった感じで。


「屋根の上……」


 鈴木がぽつりと呟き、呪文を詠唱しだす。見ると屋根の上には、鈴木と同じようにフードを目深に被った黒いローブ姿の男女数名が、次々と呪文を詠唱している。


「固まっていると魔法で一網打尽にされちまうよっ! バラけなっ!」


 ランダが叫んだ直後、ランダの体を光の矢が貫いた。


 ディーグルが俺の体を抱え上げ、場所を移動する。ゴージンはディーグルや俺とは逆方向に向かって突進した。

 ゴージンの向かった先からは、サトウキビ畑の中から、フランシスカとバックラーで武装したドワーフがこちらに突進してくる。


「手際のいい奴等だぜ」


 ディーグルに下ろしてもらった所で呟き、俺はスケッチブックを出す。

 鉛筆を取った俺めがけて、矢が放たれた。ディーグルが俺に当たる直前に素手で矢を掴む。


 あちらこちらで戦闘が繰り広げられている状態だが、どこを援護すべきか。一番厄介そうなのは屋根の上の魔法使い数人だが、すでに鈴木が対処せんとしている。ランダも囮を引き受けてくれている格好になっているが、結構なペインを食らっている。

 ゴージンは任せておいて平気だろう。名乗りあげる暇もなくドワーフと交戦状態に入り、最初からゴージンの方が押し気味。

 セラは呪文を唱え、魔力で青白い光の弓矢を作り出し、俺を狙ってきた狙撃主を撃っていた。ここも平気そうだ。


 危険なのは滝澤か……と思われたが、二対一であるにも関わらず、口元に笑みさえ浮かべて戦いを楽しんでいる。ゴブリンの双子は同時に焦りの表情を浮かべていた。

 滝澤は片方の刃で、左右から襲いくる敵の二つの武器をそれぞれ同時に凌いでいた。腕が立つとか凄い技量だとか、そういう称賛よりも、器用な奴だ……という印象。

 それでいて防ぐだけではなく、攻勢にすら転じているから凄い。ダガー持ちのゴブリンに対してはしっかりと防御と回避を行いつつ、明らかにメイス持ちの方に狙いを定めて執拗に攻撃しているのがわかる。メイス持ちは防戦一方だ。


 滝澤のショートソードがメイス持ちのゴブリンの首を貫く。しかしメイス持ちのゴブリンを死に至らせるほどのペインは無かったようで、剣を首で貫かれたままの格好で、滝澤めがけてメイスを横薙ぎに振り回す。

 上体を逸らしてメイスを避ける。その崩れた体勢を狙って、もう片方のゴブリンのダガーが、滝澤の腹部を貫いたかのように見えたが、革鎧の表面をダガーの刃が滑る。かなり際どかったが、回避している。

 半回転した後、滝澤のもう片方の剣がメイス持ちの腹部を薙いだ。さらに半回転した勢いで首に刺した剣を抜き、そのままダガー持ちの頭部を斬りつけた。


「今の俺は誰にも負ける気がしないよ」


 消滅していく暗殺者二人に向かって嘯く滝澤。確かに娘と再開効果で絶好調みたいだな。


 突如、眩い紫電が降り注ぎ俺の視界を焼いた。雷鳴が轟く。空は晴れているというのに、上空より雷が無数に降り注ぎ、屋根の上にいる魔法使い達数名を一瞬にしてバーベキューにした。

 言うまでもなく鈴木の仕業なんだろうが、これまで見たどの攻撃魔法より派手で、威力もでかそうだ。まるで雷の雨が降っているかのようだった。


 爆音と爆発が起こる。ゴージンのいた方だ。何が起こったかは大体想像がつく。


「武器を弾き飛ばし、ペインの見切りで戦闘不能にしたつもりであったが、自爆した」


 爆心地にいたゴージンが、体中から煙を噴き出した状態でこちらに向かってきながら言う。ドリフヘアーにはなっていない。

 服は所々破れてエロい格好になっていたが、服も再生していく。そういや、魔雲の中にいる伝説の裁縫士に魔力を付与してもらった特製だと言っていたな。


「他に敵はいるの?」


 セラが魔力の弓を手にしたまま、鈴木に問う。


「消えたぁ消えたぁ、気配消えたぁ……。ふふふ、死の残滓が漂うのみ。あははは」


 鈴木から気色の悪い口調で不気味な返答を返されて、セラは小さく息を吐いて魔力の弓を消す。これはねえ、やっぱり狂ってますよ。


「全く、いいとこなしだね、あたしは」


 ランダが顔をしかめて戻ってくる。敵の魔法をかなり食らっていた。


「いい囮役してたぜ」


 冗談ではなく俺は言った。


「私なんか太郎さんを抱えて逃げただけ、太郎さんに至っては一切何もしていませんし、それに比べればランダさんの貢献度は計り知れないでしょう」

「ふんっ、それでも痛い目を見ただけってのは気に入らないよ」


 ディーグルのフォローに、ランダが鼻を鳴らす。


「ディーグルは俺に向かって放たれた矢を防いでもくれたけどな。俺は完全に見学していたわ。鈴木は気配が消えたって言ってたけど、一応中も探してみよう」


 俺が言い、全員で館の中へと入る。

 中はもぬけの殻だった。はい、無駄足、と。全員で外に出た頃にはもう日が暮れていた。


***


 馬を走らせ、最後に残った黒蜜区のアジトに赴いたが、ここも空。

 白傘区でのカルペディエム暗殺教団による襲撃といい、どこかで勘付かれたんだろうなあ。俺達が探っていることを。


「作戦は失敗だな」


 苦々しい口調で俺は言った。一網打尽は無理だった。敵に気付かれ、取り逃がしてしまう結果になったな。敵のボスであるブラッシという男もいなかったし。


「しょぼくれてんじゃないよ。完全に失敗ってわけじゃないさ。成果はそれなりにあったろう。特に乱す者と奴等を切ったのはよくやったよ、太郎」


 ランダが力強い声で励ましてくれるが、この失敗がもたらすことを考えると、前向きな気持ちにはなれない。

 奴等はますます地下深くに潜ることになる。そして戯けた陰謀を企み、アリアに危険を及ぼすだろう。ずっとアリアは危険に晒されることになるわけだ。


「そもそもこの任務自体無理があるわよ。敵の情報も不確かなままだったしね」

「ルヴィーグア様の勅命にケチをつける気……?」


 セラの言葉に、鈴木が険悪な声を発する。こいつは勅命の意味わかっているのか?


「市庁舎に戻って、アリアに全て伝えるとしよう」

「その前に、これ食ってから帰らないか? 馬に乗せて落とさないように走るの大変なんだよ」


 滝澤が、巨人からもらった巨大ライチもどきを抱えてもってくる。


「剥きがいがあルな」


 ゴージンが鉤爪を装着する。確かにこいつの鉤爪なら殻を剝けそうだな。

 皮が剝かれると、中には白くブヨブヨした果肉。まんまライチだ。違うのはサイズだけで。

 口いっぱいに巨大ランチを頬張る俺。あうあう……一日の疲れが癒える感じだわ。


***


 いろいろとしんどい一日であったが、俺達は一応仕事を終え、中央区へと戻ってきた。

 繁華街はまだ賑わっている。ていうか、変な雰囲気だな。不安な表情の人とか、困惑顔の人とか、難しい顔している人とかが目につくような。


「何かあったのかな?」


 俺が口を開く。


「妙な感じだね」


 ランダも繁華街のおかしな空気を感じ取ったようだ。


「何か事件でもありましたか? 我々は軍のもので、今中央区に戻ってきたばかりなのですが」


 ディーグルが通行人を捕まえて尋ねた。


「さっき放送があって、市長が暗殺されたって……」


 通行人の口から出た言葉に、俺は衝撃のあまり固まった。


「そこかしこでその話題で持ちきりだよ。独裁者になるなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのに」


 全くだ……と、俺の中の冷静な部分が呟いている。しかし冷静ではない部分が喪失感でいっぱいで、それ以上の思考を許さない。


「慌てる必要は無い。黙っていたけど、これもルヴィーグア様の策のうちなのよ」


 冷静な口調での鈴木のその言葉で、俺の思考回路は回復した。それと同時にからくりが見え、激しい怒りがこみあげてくる。


「先に言え! 馬鹿!」


 かなり大声で怒鳴る俺。


「あなた達に知られてしまったら、あなた達も策があるという前提で行動しちゃうでしょ。これはルヴィーグア様の深謀遠慮よ。知らない方がうまくいく。あなた達も本気を出して、アリア様を守ろうと動く。成果も出る。そういう計算よ」


 そう語る鈴木のフードから出た口元がにやけている。殴ってやりてえ……


「策とは如何に?」


 ゴージンが問う。


「死んだとみせかけて、油断させて反対派を表舞台に立たせるつもりなんだろう。それで一網打尽っていう運びにも容易くできる。一方で俺達には、敵を捕らえるなり殺すなりさせて、前もって敵の弱体化を計るという寸法だ」


 忌々しげに言う俺。


「ようするにアリアは、私達の失敗も見越していたってことね」

「そういうこと。そのうえで無理な任務を押し付けやがったんだ」


 セラが不機嫌そうに言い、俺も頷いた。


「味方である俺らもとことん利用してくれやがって。会ったら絵で拘束して、あの薄い胸揉みまくってやる。乳首勃たせて吸いまくってやる。ふぁっくふぁっく」

「許さないわよ……。ルヴィーグア様にそのような無礼。いえ、発言自体もセクハラで許せない。許しがたい。ここには女性も何人もいるというのに。ねえ、そうでしょう?」


 鈴木が皆に問う。


「いや、あたしはもうわりと諦めてるよ。この子はもうどうしょうもない」


 どうでもよさそうな口調でランダ。うん、俺どうしょうもない。


「太郎はマザコンだから、乳房に異常な執着があるのも仕方なかロう。大目に見てやルがよい」

「ちょっとゴージン……。ゴージンの中で俺ってどんどん堕ちてないか? 俺は別に母恋しくもなければマザコンでもない、ただのおっぱい好きだぞ?」


 流石にゴージンのこの発言は捨て置けず、突っこまずにはいられなかった。


「そんなはずはない。我の妹ローズナもシスコンにしてマザコンであリし者ゾ。太郎にも似たものを強く感じル。故に我の推測は当たっていルと見てよい」


 駄目だ……こいつは一度思い込んだら、もう引かないし曲げない。ゴージンの中で俺はもう永久にマザコンだ……。


***


 市庁舎に戻った俺と従者二人。市庁舎内はかなり慌しい雰囲気だった。まあ無理も無いが。

 ちなみに俺達がアリア死亡の放送を聞けなかったのは、都市郊外までは放送が届かなかったというか、マジックスピーカーが設置されていないからだ。

 報告する相手が死んだことにして雲隠れしているので、俺らは一直線に屋上の我が家へと帰る。


 何だかなあ。敵を騙すにはまず味方からっていうが、それでも釈然としない。味方からであろうとも、悪意が無くても、騙されていい気分はしない。しかもこんな形で……


『夜遅くになりますが、市内の混乱を一刻も早く収めたいがため、重要な放送を流させていただきます』


 夕食を作っていたら、そんな放送が流れ始めた。


『ウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア市長死去に伴い、新市長はブラッシ元市議に決定いたしました』


 うわあ……露骨というか強引というか。放送を聴いて呆れる俺。


『本来なら、前選挙での市長候補が繰り上がるはずですが、現在、アリアルヴィーグア派の議員が全て行方不明になっており、この混迷を極めた状況においては、陣頭指揮を任せられる有能な人材が求められるという判断の元、前々市長の木村氏の信頼が厚かったブラッシ氏が適任とされた次第であります』

「もう何でも有りじゃねーかよ……」


 呟く俺。しかしこれは全て、アリアが思い描いた絵図の通りになっているんだろうな。果たしてこの先、どうなることやら。

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