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42 独裁者始めました

 そんなわけでアリアに絵を届けた後、兵舎に行って訓練を開始したわけだが。

 相変わらず俺は回避訓練と射撃訓練。どちらも護身用。生身の俺の戦闘力は知れている。

 子供の体な時点で何をどう頑張ってもキツいので、武器はせいぜい子供でも扱える銃という選択肢で、この二つの訓練をしている。中々上達しないけどね。


 ディーグルは相変わらずそれがお気に召さんようで、何とかして俺に刀の扱いを教えようとしつこいけど。


 魔法習得に関してはねえ……俺には魔法の上位互換とも言うべき奇跡の力があるし。もちろん俺の奇跡で出来ない事を魔法でまかなうって手もあるが……うん、面倒くさい。

 生活魔法でさえ、一部難しくて中々上達しないものまであるうえ、ディーグルに魔法の才能が乏しいと断言されたし、ネムレスに夢の中で尋ねたら、才能が無いわけじゃないが大器晩成型と言われてしまい、やる気減少。


『兵舎にいる全兵士はグラウンドに集合。これよりウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア市長より重大発表がある!』


 正午、午前中の訓練が終わっていざ昼飯という時に、マジックスピーカーからそんな放送が流れた。

 一体何の発表があるというのか。皆訝りながらグラウンドに集まる。上空に魔法で闇を生じ、映像が映し出される。いつぞやの市長演説と同じく、市庁舎前に壇上が設けられ、アリアが演壇の上に下品な座り方をしていた。今日は黒。


『えーっと、突然ですが葉隠市は、本日をもって衆愚政治を終了といたしまーす。今日から独裁政治に切り替えまーす』


 昨日会った時と変わらぬ朗らかな笑顔で、アリアは告げた。

 ざわつくグラウンド。市庁舎前に集まった市民も騒然としている。


『神に捨てられた地でもここでも、何故か金科玉条にされている愚民主主義。私はずーっと疑問に思ってたよ。賢人の一票と馬鹿の一票が同じ扱いの時点で超おかしいしー。結局、いかに多くの愚民を騙せるか、そういう努力をする政治屋しか出てこねえしー。いかに多数派にすりよるか、そういう政治にしかならねえしー。政治屋に騙されないためにも、愚民迎合の衆愚政治をさせないためにも、馬鹿が政治に近づけないように、選挙権取るには厳しい試験でも設けようかとも考えたけど、もうそういうのも面倒くさくなっちゃったしー。そこでだ、幸いにも今葉隠市には超有能で哲人な私がトップに君臨しているしー、このまま半永久的に私がこの座にいりゃあ、問題ないじゃんと思ったわけよ』


 市庁舎前は怒号が渦巻いているようだが、今日はアリアのスピーカーの音声の方が圧倒的にでかくて、それらがほとんど聞こえない。

 うーん……アリアの言うこともわからんでもないが、本当にこれでいいのか?


「ディーグル、ゴージン、お前らがいた星でも独裁アレルギーで民主主義絶対だった?」

「エルフは国によって違いました。王政を敷いている専制君主の国もあれば、議会制民主主義の国も有りと、様々でした。しかしこの世界においては、多くの都市が民主制ですね。私見を述べさせていただくと、多種族が入り混じっている問題もありますから、独裁政治はいろいろと不味いでしょう」


 俺の質問に、ディーグルは呆れ気味に答えた。


「族長は一番強き者がなル。そレが当然のことゾ」


 ゴージンの答えがあまりに明快で吹きそうになった。


「アリアには悪いけど、あいつのやろうとしていることってまるで、乱す者みたいだよ」


 腕組みして俺が言った。


「ええ、私の目にもそう映りました。民主政治にも確かに問題はあるでしょうが、たとえ建前上でも平等さがこの世界では必要でしょう。それとは逆行したことを彼女はしている。正に乱す者そのものの振る舞いです」


 腕組みして同感するディーグル。呆れているだけではない。かなり不快感を抱いている様子だ。


「何故ディーグルと太郎が杞憂を抱くか、我にはわかラぬ。我はアリアを頂点に預けたままでよいと思うゾ。強く賢く魅力的で牽引力有リしアリアであレば、統治者として何の問題も無い」


 腕組みして疑問を呈するゴージン。


「私も彼女が市長で問題は無いと思いますよ。しかしその在り方が問題なのです」

「わかラぬ。結果としては同じことゾ」


 本気で理解できない様子のゴージンに、ディーグルは一瞬言葉に詰まる。


「人の心はそう単純に出来ていません。アリアさんを支持できない人とているのです。そういう人達からすれば、彼女の独裁制など認められるわけがありません」


 アリアを支持していた層だって、独裁宣言されて引いている奴が多そうだ。


『反対意見が出るのは当然として、反対したからどーする? 騒音撒き散らすだけで糞ほどの意味も無いデモでもやるかい? それとも私を殺しにくるか? 全然構わんぜ。引きずりおろしたいんなら、引きずりおろしてみろよ。ただし、私には私で支持者がいる』


 挑発的な口調で言うと、アリアは演壇から降りる。代わりに別の人物が壇上に上がった。貫頭衣姿の、半ば禿げ上がった頭に赤ら顔の老人。市庁舎前の群集からどよめきの声があがる。


『こんにちは、ラクチャだ』


 葉隠市に居を構える法と情けの神ラクチャが、心なしか照れくさそうな笑みを浮かべて挨拶をした。


「神をあのような場所に引きずり出すとは、何たる蛮行」


 怒りをにじませてそう言ったのはセラだった。少し離れている俺らの耳にもしっかり届く声。いつも温和で冷静な彼女が、明らかにキレている。

 しかし引きずりだすも何も、ラクチャのじっちゃんもあれは同意の上で来てるんだろ? だとしたら、あの場に現れるのが悪と言うなら、じっちゃんが悪って話になるぜ。


『アリアのやり方はいささか強引ではあるし、反発が出るのは私も頷けるよ。しかしね、乱す者の脅威に晒されているこの都市において、強い力、強い指導者は必要なのだ。アリアが市長の座に再び就任してからというもの、葉隠軍は幾つもの戦果を上げている。その全てがアリアの手柄というわけではないが、彼女の影響は大きいだろうよ』


 つーかそれ、俺の手柄だろうと……


『葉隠市近郊で暴れていた乱す者の勢いも、かなり弱くなっている。ここでさらに葉隠市の体制を磐石なものにして、乱す者を寄せ付けないようにしようというのが、アリアの目的だ。それは結果としてこの町の平和へと繋がる。だから私はね、アリアを支持するよ。神ともあろう者がこのような場にしゃしゃり出て、個人の肩を持つのは悪いとは思うがね。それで一人でも嘆く人が減ることに繋がるなら、私は道化の神になっても構わないよ。うん』


 市庁舎前の群集から微妙な拍手が起こる。ラクチャは葉隠市でも人気の高い神ではあるが、人の世の政治の場に干渉し、独裁者になろうとする者に肩入れをするという行為には、流石に皆戸惑っているのだろう。


『それとね、奇跡の絵描きの噂は聞いているかな? 知らぬ者は半信半疑だろうけど、あれは確かに存在する。そして我が葉隠市の最終兵器と言っても過言ではない。噂通り、あの子の働きで劣勢だった数々の戦況を覆し、葉隠周辺の乱す者達を大きく弱体化した。アリアの信頼も厚い』


 お、おい、爺……

 噂になっているのは知っているが、公には認められてはいなかっただろ。それをあんたの立場で、人前で口に出すとか……


『このラクチャが保障しよう。奇跡の絵描きこそ、葉隠の守護神だ。少なくとも表立って戦おうとはしない私よりかはずっとね。ま、私は人同士の争いには直接関わらない主義なので、すまないね』


 ラクチャの方は全く悪意無く、俺のことを凄くよく買ってくれて、推してくれている感じではあるが……。参ったなあ。


「知られない方がよかったのに、俺の許可も無しに……やってくれるぜ」

「わりと町では話題になっていたであロう」


 溜息混じりに言う俺の肩を軽く叩くゴージン。


「それでも公式に存在がアピールされるってのは、話が全然違ってくるね。アリアも随分なことしてくれるじゃないか」


 そう言ったのは、いつの間に側にやってきたランダだった。おばちゃんもかなり不機嫌そうだ。


「ディーグルの当初の目論見も外れた形になるな」

「全くです。申し訳ない」


 渋面で軽く頭を下げるディーグル。


「ところであんたら何の儀式だい? お揃いでずっとこんなポーズしちゃってさ」


 ランダが突っこみを入れながら腕組みをする。


 映像の中では最後に深々と頭を垂れて、ラクチャは壇上から降りた。再び拍手。今度はさっきより少し多め。

 入れ替わりで再びアリアが壇上に上がる。今度は立ったままマイクだけを持つ。


『私が独裁政治を行うのは、葉隠市のためですからねー。乱す者の脅威を退けるため。それが全て。それだけは留意しておいてほしいね。で、独裁体制に反対する活動を起こす者は、乱す者に加担している者と見なし、同等の処分を取る』


 アリアの冷たい言葉の剣が、民衆の心を突き刺した。恐怖と怒りが、民の心から血のようにあふれだした瞬間だ。

 こいつはヤバい……。いろいろとヤバい。恐怖政治までやる気かよ。


『結果的には乱す者に有利な形に働くんだからな。その覚悟をしたうえで、私にたてつくんだな。ああ、でも言論弾圧なんかする気はねーよ。私は心の広い独裁者になるつもりだ。ペンを取る者には、私もペンで立ち向かう。無論、情報を捻じ曲げて流布したり発信したりする輩には、法の刃を突き立てるつもりでいるがな』


 続いて口にしたアリアの言葉に、ちょっとだけほっとする俺。完全にイカれたかと思ったわ。


「新居太郎っ、市長がお呼びだ!」


 参謀副長のドワーフのおっさんがやってきて、大声で叫んだ。


「お呼びだって、あいつ今演説してるじゃねーかよ」


 つーか、上層部のお偉いさんが伝令役って、どういうことなのかと。


「市長は多忙だ。演説が終わって空いた時間には、お前が市長の側にいる必要があるという事だ。それくらい想像しろ。さっさと行け!」

「言い方が気に食わないから嫌」


 横柄な口調で命じる参謀副長に向かって言い放ち、中指を立てる俺。

 その俺の頭をかなり強めに拳が振り下ろされた。


「早く行け」

「ふぁい……」


 いつの間にか側までやってきて、俺の頭に鉄拳を見舞った堀内の命に従い、俺はグラウンドを後にした。ふぁっくー。


***


「ディーグル、お前は以前にアリアの正体がどうとか言っていたな? 本人も知らない秘密がどーとか」


 市長室でアリアの帰りを待ちながら、俺はディーグルに声をかける。


「それを今知ろうというのですか? 彼女と相対するおつもりで?」


 鋭いな。見抜いていたか。


「話の成り行きによっては、だ。そうなった時、お前が知るあいつの秘密とやらが、ひょっとしたら有利に運ぶ要因になるかもしれないだろ」


 俺がそこまで考えたこともディーグルは見抜いていたのだろう。


「太郎さんは言いましたよね。言っておいたほうがよい話ならば、私が自発的に言うと」

「そんなこと言ったっけ?」


 そこまで記憶はなかった。つまりそういうことか……


「アリアと敵対しても、こちらの有利になるようなネタじゃないってことか」

「はい。現時点におきましてはね」


 どんな秘密、どんな正体だというんだろ。ディーグルが思わせぶりに口にしている時点で、結構な秘密であるとは思うんだが。


「来たようですよ。この話はこれまでで」


 ディーグルが言った。エルフの耳の良さで、廊下の足音キャッチってわけか。


「よう、怒ってる?」


 ドアが開き、アリアが悪戯っぽい笑みを浮かべて片手をあげる。傍らには鈴木と、秘書と思われる茶髪おさげのエルフの少女がいる。


「呆れてるわ。でも何か思う所あるんだろう?」

「しっかりと狙いはあるんだよ。演説の最初の方でも触れたように、葉隠市の体制強化を乱す者に示すためという目論見もある。それも重要よ」


 いつものように机の上に腰を下ろし、アリアは語りだした。


「ああ、最初に謝っとくか。あんたのことが出たのはごめん。ていうか、私も面食らった。ラクチャがあんなこと言い出すなんてさ」


 あれはアリアの指示じゃなく、ラクチャのじっちゃんの暴走か。


「もう一つの公に出来ない狙いはねえ、最近私に反感もつ連中が集まって、クーデターだか暗殺だかを企んでいるみたいなんだよ。鈴木の探知魔法でわかった。しかも乱す者とまで手を組んでいる形跡まであんのよ」

「そいつらをおびき寄せるつもりで、独裁者宣言、乱す者への抵抗力を上げると宣言をして、両者を煽ったってことか?」


 俺の問いに、アリアは笑顔のまま頷く。


「まあそんな感じ。それだけじゃないけどね。向こうもこっちの探知魔法に気がついて、ジャミングを張ったり都市外で密会をしたりで、動きが読みづらいからね。だったらこっちから発破をかけてやろうってわけよ。乱す者からしてみれば追い詰められている形だ。このまま葉隠から手を引くとなったら、葉隠がサラマンドラ都市連合群に属する他の都市の戦場にも援軍を送れるようになるし、あいつらからしたらこれ以上の葉隠の増長は放っておけないでしょ」


 サラマンドラ都市連合は、葉隠も含めてここいら一体の市町村集落が属する連合体だ。

 国家がほとんど無く、都市単位で独立しているこの世界だが、一応は都市連合という形でくくられている。しかし実際は名ばかりの行政機関であり、この広大な大陸において、離れ離れの場所にある市町村の、交流機関としての特色が強い。


 サラマンドラ都市連合に属する全ての都市が乱す者と交戦している状態にあるが、例えそのうちの一つの都市でも、乱す者を退けたとあれば、そこから一気に均衡が崩れ、乱す者の勢力が弱まっていく可能性がある。


「で、私が市長になっていることを忌々しく思っている、愚民・オブ・ザ・愚民共は、私にこれ以上手柄を取らせたくないっていう、ただその一心だけで乱す者と繋がり、葉隠の未来さえ売り渡そうとしている。何より独裁政治になったら、合法的には絶対に私を引きずりおろせない。てなわけで、奴等は絶対この機会に仕掛けてくる。なあ? レナっ」


 同意を求めるかのような口調で、茶髪おさげのエルフ女性に顔を向けるアリア。

 俺もつられて茶髪おさげのエルフ女性を見て、その顔つきがひどくダークなものであることを見て驚いた。こいつ、秘書だと思っていたが……いや、実際秘書で、アリアを狙っている連中のスパイってことか? そしてアリアはそれを見抜いていたと?


「こいつは最近私の秘書になったんだ。鈴木の探知魔法にも中々かからないのは褒めてやるけど、完全には防ぎきれなかったな。この五日間で、二回ほど反応したらしいぜ? 私に対する敵意を」

「スパイではありません」


 レナと呼ばれた秘書が穏やかな微笑を浮かべた。殺気と共に。

 ディーグルが刀に手をかけ、ゴージンが鉤爪を装着したが、アリアが片手を上げて制する。代わりに鈴木を一瞥する。


 レナの服の袖の中から、何かが床へと落ちた。何が落ちたのかと一瞬だけ視線を向ける。花だ。一輪の白い花。


「刺客です」


 レナが言った直後、鈴木が早口で呪文を唱える。

 レナの体が爆発した。しかし至近距離にいるにもかかわらず、爆発した本人以外全員無事。爆風無し。爆音だけが派手に鳴り響き、レナの体が飛び散って見えない壁にへばりついたのが見えたが、それもすぐに消失する。


 どうやら鈴木がレナの周囲に結界を張り、爆風を防いだようだ。

 一方で、アリアとディーグルが床に落ちた花を見て、険しい表情になっている。


「こいつは面倒なお客さんだね」


 白い花を取るアリア。


「殺しの前に必ず花を置くのは、カルペディエム暗殺教団ですね」


 神妙な面持ちでディーグル。


「爆死で道連れじゃあ、花まで吹き飛んで誰の仕業かわからなくなっちまうだろうに」


 哀れむような表情で言い、アリアは花を机の上の花瓶へと挿した。

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