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40 騒音公害野郎

 綺羅星町から帰宅した日の夜、いろいろ考え込んでしまって中々眠れなかった。


 寝たら寝たで、いつもの暗黒空間――ではなく、どこかの城下町だ。

 西洋風の建物ばかりで、相変わらずドワーフだのエルフだのオークだのゴブリンだのがいるが、人間も西洋人多め。いかなる種族も下界からやってくる際は、大抵同じ国の人が集まるっていうから、ここは元欧米人が集う町ってことか。


 町の中には多くの石像がある。それらは全て様々な魔物の石像。キマイラ、グリフォン、ドラゴン、ヒドラ、コカトリス、ロック鳥、トレント、他いろいろ。道の脇にあれば、真ん中にあるのもあるし、裏路地や、家の中に半分めりこんだものまである。どういう配置の仕方だよ……


「それらは本物の魔物だった。僕が全て石にして、この都市を救ってやったのだ」


 石像の影から生えてくるようにして現れたネムレスは、喪服姿だった。今回は男だ。


「ここは東の果てに近い国の城塞都市。魔物も生息している土地だ。軍人達の敵は、乱す者ではなく魔物だな。都市連合のような形ではなく、国家という体裁を取っている。僕とリザレと君の旅は、ここから始まった」


 そう言ってネムレスが指を鳴らすと、石像だった魔物達全てに体色がつき、肉の体を帯びて一斉に動き出す。そして手当たり次第に周囲の人々を襲い始め、殺戮の宴が始まった。町は死と恐怖と悲鳴で彩られた。


「趣味悪すぎだろう……」


 その光景に、俺は強い既視感を覚える。


「実際にあったことだ。まあ、それはいいとして……」


 ネムレスがもう一度指を鳴らすと、周囲の風景がいつもの闇へと変わる。


「いろいろあったようだね。心がひどく揺らいでいる。まあちょくちょく僕も君の目を借りて見ていたけどね」

「シリンの話は真実なのか?」


 ネムレスなら偽ることなく教えてくれるはずだと信じて、俺は尋ねる。


「何を指しているのかまず言いたまえ。乱す者への過剰な排斥があったのは事実だ。いや、地方によっては未だにあるだろう。そもそも綺羅星に行ってもわかったであろう。乱す者と一口に言っても様々だ。また、乱す者に対する意識も異なる。例えば北の地においては、乱す者への風当たりは、さほど強くない」


 ゴージンもそんなようなことを言っていたな。あいつは乱す者に抵抗も無いようだったし。


「だから僕も乱す者に力を貸しもする。だが彼等が望む世界の変化を認められるか言われれば、断じて否だ」

「実は自殺者が多かったりベインで自然死していたりする件は、事実なのか?」


 その問いに、ネムレスは口に手をあてて思案顔になる。


「どうかな? 僕だって統計を取ったわけではないし、シリン・ウィンクレスの話は非常に興味深いと感じたよ。彼は嘘をついていないとも感じた。さらに言うなら、その話が事実だとすれば、合点がいく部分も多い。この世界の死者の多くは、乱す者か魔物による殺害と言われていたが、それにしては死者が多い。さらに言うなら、地獄が発展して便利になり、刺激的になるほど、あちらの世界は人口が増え、こちらの死者は増えている」

「木村はこちらの死者が増えれば、自動的にあちらの人口が増えると言っていたぜ。神々がそういう設定に宇宙を作ったと。乱す者が暴れているせいだとか」

「乱す者が暴れて死者が増えたという話は眉唾だな。シリン・ウィンクレスの話の方が、よほど説得力がある」


 肝心の神であるネムレスが眉唾だと言うのが、ちょっとおかしく感じられた。


「俺達はいろいろと騙されているのかね? 何者かによって」

「下界でもこちらでも、真実は闇の中に沢山捨てられているよ。僕はずっと、闇の中から真実を拾い出す作業をしているがね。具体的に言えば、あらゆる都市の古代文献を読み漁り、古代遺跡の調査をしてまわっている。まあその話はいずれまたするとして……もう一つの方が、君の心を揺さぶっているだろう」


 ネムレスの指摘に、俺は小さく頷いた。

 バスの男の変化は衝撃的だった。正直言おう。奴には屑のままでいてほしかった。なのにあいつときたら……


「あの邪悪で狂気に満ちていた男が、まるで別人だった。それがショックなんだ」


 憎しみに身を委ねて殺してやろうと思っていた糞野郎が、心の成長を遂げてしまっていた。自分のことだけが全てなカスだと思っていたら、違っていた。俺があいつの信者とやらをけなした時、あいつは怒りを露にしていた。


「悪は悪のままでいればいいのにさ。あれじゃあ俺は憎むことができない。もちろんあいつのやったことは許せないけどな」


 フィクションならば悪人が改心する展開は嫌いじゃないが、実際に現実で起こってみると全然感覚が違う。いや、憎んでいた相手だったからこそ、こんなやるせない気分に陥っているのか。

 憎しみの理由も、近親憎悪だったしな。運が悪ければ、俺だってバスの男のようになっていたかもしれない。あいつと同じ破壊の願望も、俺の中には確かにあった。


「だから僕が言ったろう。あれは君の前に転がる小石だと。大したものではない。執着する価値すらない」


 呆れたような顔でネムレス。


「あれは神としては格も力も最底辺だぞ。神になったばかりで大した力も無い。集まった信仰の量も乏しい。あれに今ある力の源といったら、地獄において抑圧されて育まれた怒り程度だ。君でも十分に倒せるだろう。ゴージンと、神殺しのウィンド・デッド・ルヴァディーグルがいるなら尚更な」


 下界でも底辺、神様になっても底辺か……


「そうそう、言うのをすっかり忘れていたが、ゴージンのことだが」


 ネムレスが珍しく神妙な面持ちになる。


「彼女は冥府に生誕してもう十五年になると思ったが、おそらくあまり成長はしていまい。無論、心のことだ」


 言われてみりゃ見た目通り子供っぽい所もあるというか、精神的に未熟な部分が多く見受けられるな。


「彼女は死ぬ前の体験のせいで、ペインに対して無感覚になっている。精神的にも不安定になったり、そういう兆候が出たりはしていないかね?」

「どうだろうなあ……」


 心当たりがあるような、無いような……


「もし彼女の精神が大きく揺らいだ時、ゴージンのペインへの耐性は消えるぞ。おっと、この言い方もおかしいな。ゴージンにペインへの耐性が働いている状態こそ、異常なのだ。君やバスの男が持つペインの耐性とは全く異なる。君らは単に痛みに慣れてしぶといだけだが、ゴージンはペインを受け付けない異常な性質になっているのだ。心が揺らいだ瞬間、正常化する可能性が高い」


 おいおい……そんな話は聞きたくなかったぜ。いや、聞きたくない話だが、もっと早く知っておかないとヤバかったぞ。


「死亡フラグ立ててくれるなよ。つーかネムレスはそれをゴージンに言ったのか?」

「当たり前だ。僕は彼女の師だぞ。口をすっぱくして何度も注意した。だが君の目を通して彼女を見た限り、僕の忠告を全く聞いていないようだ」


 確かにゴージンは、己の身に受ける攻撃を一切意に介さない戦い方をしている。だがもし何かのきっかけで、戦闘中にその異常状態が解けたとしたら、即座にゴージンの死に直結する。


「ゴージンはそのことを知っていてなお、あんな戦い方しているのか? 何でだよ……。破滅願望でもあるのか?」

「僕にもわからん。君が聞きだせ。そして――君が気をつけて守ってやるんだ」


 ネムレスの言葉に、俺はあいつのことを思い出した。


「守るって言われても、どーしろってんだ。こういう時リザレなら、いい考えが浮かぶかもしれないけどさ」


 俺よりずっと年下のくせして、あいつは俺よりずっとものを知っていたし、機転も利いたし、要領も良かった。老獪ですらあった。


「ゴージンの精神状態がブレている時は、戦わせないようにするんだ。それ以前に彼女との対話も必要であるし、君は今ゴージンの主であろう」


 主としての立場で、その辺はコントロールできるってことか。


「リザレが今どうしているのか、勿体ぶらず教えてくれ。ネムレスが忙しいのはわかったが、あいつと会う事もできないのか?」


 いい加減はっきりさせたいと思い、俺はリザレについて尋ねた。


「リザレは乱す者になっている」


 間髪置かず答えたネムレスのその言葉に、俺の脳は一瞬停止した。

 嘘だろ……? あいつが、我を通すために人々を傷つけるような連中に与するわけが……


「あいつはどの程度の乱す者なんだ? 停まり人に戦争ふっかけてくる過激な奴なのか? それとも綺羅星の連中程度か?」


 もし前者なら深刻だと思って尋ねたが……


「おっと、時間切れだ」


 本当に時間切れなのかねえ……わざと思わせぶりに引いてるんじゃないかと。


***


「という夢を見たんだ」


 朝食タイム。ディーグルとゴージンを前にして、夢の中でのネムレスとの会話の一部を語る俺。語った内容は、ゴージンの件に関してだ。

 ゴージンはまるで我が事ではないかのような顔で、朝食を取っている。


「あーしろこーしろうるせー神様だがな、一応信者で弟子のお前を心配しているようだぜ? どうなんだよ、その辺」

「我には我の戦い方があル。我が最も良いと信ずル戦い方がな。そレによリ、我はずっと戦い続け、こうして生きていル」


 食事の手をやめることなく、しかし俺に視線だけは向けて、悪びれることなく言い放つゴージン。つまり聞き入れる気はさっぱり無いってことか。


「ゴージンさんのペインへの抵抗力の源が何であるかは、ネムレスにもわかっていないのですよね?」


 ディーグルが尋ねる。俺はゴージン自身の口から聞いて知っているがな。


「原因がゴージンの死の直前のトラウマだと言ってたぞ。それがどういう作用で、こうなっているのかまでは触れなかったが」


 ゴージンに気遣いながら俺は言う。


「あの痛み忘レし時が来レば、我もお主達と同様にペインを受けようゾ」


 どこか自嘲めいた口調でゴージン。


「我の心は常にペインで蝕まレしも同然。故にそのペインに劣ル弱々しきペインなど、痛痒にも感じぬ。そういう理屈と我は受け取っておル」

「トラウマを逆に己の武器にしている事が、お前にとっては慰めになるわけか?」


 俺の指摘に、ゴージンの顔色が変わった。そして一度も見せたことのない目つきで、俺を睨んでいる。怒っているような、悔しがっているような、そんな目。


「そんな痛みを常に抱えている状態で、その差し引きで不死身になっているとしても、それが有効な力として働いているのであれば、それはそれでいいかもしれないな。でもな、もしどちらかを選択できるとしたら、俺はお前が不死身の特性を失ってでも傷を消す方を願うぜ。ディーグルはどうだ?」

「愚問でしょう。痛みを抱えてでも力を保持してほしいなどと、そんなことを思えるはずがありません」


 俺とディーグルが出した答えに、ゴージンは食事の手を止めてうつむいていた。


「しかし私と太郎さんでこんな揺さぶりをかけると、それこそネムレスが言っていた精神の揺らぎとやらが、派生してしまうのではないですかね?」

「その程度では揺ルがぬ。我が痛みは」


 うつむいたままゴージンは、ディーグルの言葉を否定する。


「お前の精神状態がヤバいと感じたら、俺はお前にストップの命令かけるから、その時は聞き入れてくれよ。ネムレスにもそういう時は戦わせるなと言われていたが、俺もそれに同意見だしな」


 俺の言葉に、しかしゴージンは反応無し。うーん……


「まあ、言っても聞かないとは思っていたさ。でも俺達の気持ちもはっきりと伝えた方がいいと思って言った。だから、ちったあ考えてくれよ」


 そう言って俺はこの話をしめくくった。


 正直な所、十五年もそんな戦い方を続けているゴージンが、今更戦闘の際に心が揺れるようなことも無いと、俺は思う。しかし絶対に有り得ないとも言い切れない。ネムレスの言うとおり、伝えることが肝心だ。

 リザレならもっとうまいこと説得して、言いくるめたかもしれないけどな。俺にはこれが精一杯だぜ。


***


 まだ休暇は明けていないが、俺は従者二人を伴って兵舎へと向かった。

 第十八部隊専用の訓練場。休暇であるにも関わらず、ちらほらと人はいるし、個人で鍛錬に励んでいる。その中には滝澤の姿もあった。


「何だ、太郎達も来たのか。昨日の今日で」


 剣の素振りをしていた滝澤が、俺の方を見て愛想よく微笑む。


「そっちこそ」


 滝澤も多分同じ心境か。じっとしていると余計なこと考えてしんどいから、動きにきたと。

 しかし滝澤は成果を得られず、俺はいろいろと知ることができた。見たくもなかったかものも含めて。


 滝澤と同様に、こちらに来て身内を探して回る者は珍しくない。しかし見つかるケースの方が少ないとのことだ。


「滝澤、俺の絵の奇跡を用いて、あんたの娘を探し出す方法を思いついたよ」


 俺の言葉に滝澤が素振りを止める。


「これなんだが」


 予めここに来る前にスケッチブックに描いた絵を滝澤に見せる。まだ実体化はさせていない。

 絵に描いてあったのは、滝澤の顔の絵を貼り付けた、スピーカー付きのラジコンへりだった。

 滝澤にそれがいかなる物であるか見せるため、描かれた絵を実体化させた。


『娘を探しています! 娘の名は滝澤美紅! 現在葉隠市葉隠軍第十八部隊に所属している滝澤誠也が、行方知れずの娘を探しています! 娘を知っている方は、是非娘にこのことを伝えてください! 娘を探し――』


 ラジコンヘリに取り付けられたスピーカーから、大音量で流れる声。


「これを何百機も、サラマンドラ都市連合地域内の、地図上で確認されている都市、町、村、小さな集落に至るまで、全てに放つんだ」

「一種の嫌がらせですね……。滝澤さんの名前がそこら中に知れ渡りますよ」


 呆れきった顔でディーグル。


「確かにかなり恥ずかしいが、こちらは真剣だしな。是非やってほしい。お願いする」


 真剣な眼差しで滝澤は言った。


「しかしここから放って、自動操縦で本当に他の町や村に着くのか?」


 滝澤が問う。それは俺がこれから言おうとしていたことだ。


「奇跡パワーで何とかなると言いたいところだが、そうもいかないなー。地図を見て、方角を計算して飛ばさないといけないし、これがかなり面倒だ。しかも一つ一つ設定しなくちゃいけないのに、何百と描かなくちゃならない。大変な作業になるぜ。滝澤はその方角の計算をしてくれ」

「わかった」


***


 そんなわけで訓練はお預けにして、グラウンドへと出て、ラジコンヘリとヘリを飛ばす角度の設定作業にと入った。ディーグルとゴージンも滝澤の手伝いをしている。俺はひたすら絵を描きまくり、飛ばしまくる。


 ペインを与えているわけでもないし、筆のほうの奇跡を用いているわけでもないが、あまりに描く数が多いので、純粋に体力が消耗していく。

 ちなみにここから飛ばしている時点で、葉隠市内でもスピーカーで叫びまくりなので、結構な騒音公害になっていそうだ。


 日が沈みかけた所で、気の遠くなるような作業がやっと終わった。四人ともヘトヘトになっていた。いや、滝澤達は頭脳労働だが、こっちは肉体労働だから、消耗具合は俺の方が激しい。


「滝澤、娘さんが見つかったぞ」


 堀内がやってきて、そう声をかけた。って、はええよ! ひょっとしなくても市内にいたのかよっ。

 滝澤が目の色を変えて堀内の方を見る。


「あれ……? 君は」


 堀内の横に、一人の女性がいた。見覚えがある……どころではない。彼女は前に住んでいた所の近所にいた女の子だ。俺に大人の体にしてくれと頼んできた子である。


「太郎君、久しぶり。生きててよかった。君の家、乱す者に壊されちゃって、死んじゃったかと心配してた」

「あー、そういやちょっと砲撃されたしね」


 彼女が俺に安堵の微笑を向ける。名前は何って言ったっけかなあ……つーか、この子が滝澤の娘?


「お父さん、お久しぶりです。美紅です。この前はちゃんと名乗り出ることができなくてごめんなさい」


 目に涙を貯めながら、美紅は言った。滝澤は呆然とした顔で彼女を見ている。


「この姿は太郎君に大人しにしてもらったものなの。あれから何度かここに足を運びましたが、いつも不在でした。私の名前もここで伝えればよかったのだけれど、それも躊躇してしまって……。でも、今日葉隠市中に私を探しているって声が何度も鳴り響いて、ああ、父さんが太郎君に頼んだんだなって思って……今日ならきっと会えるかなって思って……」

「行こうぜ」


 ゴージンとディーグルを促す俺。親子水入らずタイムって奴だ。


***


 翌日、兵舎に行くと滝澤の姿があった。昨日と同様に訓練場で二本のショートソードの素振りをしている。


「娘さんが見つかったのに、まだ兵隊する気か? 娘さん探すために兵隊になったんだろ?」

「ああ、望みは叶った。娘の無事が確認できた」


 尋ねる俺に、滝澤は明るい表情で答える。


「あいつはこっちで健やかに育っていた。それを知ることが出来て、心底良かったと思うよ。軍隊からは足を洗わない。元々あっちでも自衛官だったし、この仕事は性にあっている。娘が平和に暮らせるようにする仕事。素晴らしいだろ」


 さわやかな笑みを見せた後、その笑みが微妙に引きつったものへと変わった。


「で……昨日飛ばしたあのラジコンヘリだけど、もう無意味だし回収できないか? 昨日は葉隠市内でも、そこら中で俺と娘の名前が連呼されて、すっかり話題になってしまっているし、これからサラマンドラ都市連合の地域内でもあちこちで連呼されるんだろう? おまけに俺の似顔絵もついているから、できれば回収してほしい」

「無理」


 笑顔で即答した俺に、滝澤の笑みは完全に引きつったものへと変わった。

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