3 エルフ(♂)が仲間に加わったぞ……(♂)が……
どれくらい寝ていただろう。かなりの時間、寝ていた気がする。
寝ていた理由は明白だ。力の使い過ぎって奴だ。描いた絵を現実化するという能力は、ちゃんと体力を消費する代物だったって話ですね。はい。
自分の力をわかっているようでいて、実はわかっていなかったという間抜けな話。おー、ふぁっくおふ。
どの程度の規模でどれくらいの力を消費するのかよくわからんが、まあ何だ……これからは描く絵の規模を小さくして試し、研究していこう。
考えてみれば当然か。描いた絵が全て現実化するってんなら、本当に何でも出来てしまう。そんな万能極まりない力がホイホイ使えるわけもあるまい。
絵を描いて力を使っていれば、そのうちレベルアップしていって、現実化する規模を大きくしても、耐えられるのかもしれないな。うん……推測だけどね。
気が付くと俺はベッドで寝かされていた。それもかなり豪華なベッド。しかし柔らかいベッドってのはいただけないね。体にすげー悪そうだわ、これ。
室内を見渡しても、調度品やら内装やら見て、ここが金持ちのお屋敷の一室であろうことがわかる。ひょっとしたら城かもしれんね。壁や床も大理石だし。
口の中には食い物を食った形跡がある。正確には食わされたのだろう。美少女に口移しで食わされている最中に目が覚める展開が、ベストオブ目覚めだったんだが。でも寝ている時の臭い口に口移しとかだったら、相手も気の毒だな。
排泄物の処理はどうしたんだろうな。小便や糞を垂れ流した形跡もなければ、おむつの類もしてないが。
だるい体を起こし、誰かが来るのを待つ。そして状況を整理する。
昏倒した俺は、恐らくこの世界を蝕む者――『乱す者』と戦う重要な戦力として見込まれ、運ばれたと思われる。大事に扱われていたようだし、それは間違いあるまい。
神聖騎士という新たな単語。この世界には神様がいて、それに仕える神聖騎士とやらは、凄い奇跡を起こせる。あー、やっぱり俺は選ばれた者だったんだー。そう考えると何か優越感みたいなの感じて、笑いがこみあげてきちゃうね。あうあう。
一方で、絵で奇跡を起こす力を持つという事に、複雑な気分でもある。俺が絶望し、途絶えたと思った道が、こんな風に繋がるとはね。
ノックの音がする。
「どうぞ」
俺の言葉に呼応してドアが開く。中に入ってきた人物を見て、俺はいろんな意味で息を呑んだ。
「お目覚めになられたようですね。おはようございます。お早い目覚めではありませんが」
柔和な笑顔に、温和な口調。
現れたのはエルフの男性だった。背はさして高くないが、その顔だけ見れば並外れた美形。中性的どころではなく、ほとんど女性のそれに近い顔つき。首から上だけ見れば女性と間違えそうだし、着る者を着れば、男装の麗人と錯覚しそうなレベルだ。
胸元が大きく開いた多少ラフな服装なので、女が曝し巻いて男装しているというわけではないのもわかる。体つきそのものはエルフらしくやや細いが、腕や胸にはすげえ引き締まった筋肉がついている。これがソフトマッチョって奴か?
もう一つ目を惹いたのは、腰に大小一振りずつ日本刀など下げている事だ。エルフの侍ですかー。
だがそんな容姿や格好以外の領域で、そいつを一目見て、俺は背筋に何か走る感覚を覚えた。
俺は基本的に感性の人間だ。左脳より右脳の男とでも言おうか。直感で人を判断する。初見の相手だろうと一目で、そいつがどんな人間か大雑把にわかる。いい奴か、悪い奴か。危ない奴か、無害な奴か。小物か、大物か。切れ者か、愚物か。オーラが見えてわかってしまう。
その男は、只者ではない感が全身から放たれていた。ここまで強烈なオーラは初めて見る。
「私、ウィンド・デッド・ルヴァディーグルと申します。ディーグルとでも、ウィンでもルヴァでもデッドでも、お好きに呼んでくださいませ。人によって私の呼びやすい名を呼んでいただいています」
長ったらしい名を名乗りつつ、彼は優雅な仕草で恭しく一礼した。
「俺は新居太郎。太郎でいいよ。つーか、あんたは何て呼ばれるのが好きなの?」
「私としましては、ディーグルが一番好みですね。古い知り合いはデッドと呼んでいます。あまり好みでない呼ばれ方はルヴァですが、そう呼ばれた場合は諦めています」
「じゃあディーグルさん、あんたが俺の世話してくれて、御目付け役って感じなんだよね? あ、世話してくれたならありがとさままま」
「どういたしまして。私は弱っている人の世話をするのが大好きなので、特に恩に着る必要は無いですよ」
あう……何言ってんだ、この人……。ちょっと変な人か?
「そしてお察しの通り、私は葉隠市市長木村龍之介より、太郎さんが今後も乱す者討伐に協力する意志があるのなら、従者兼御目付け役として仕えて守るよう仰せつかっております。話の速い方のようで、助かります」
穏やかな笑みを湛えたままディーグルは答える。愛想笑いなのはわかるが、悪い感じはしない。しかしその瞳は常に達観しているような、そんな輝きが見てとれる。水色の虹彩によって瞳孔がやけに目立って見えるせいか、超然としたイメージがある。
まあ、俺の力はどう考えてもチート級だし、戦力としては欲しいはずだろう。
一方で、乱す者討伐に協力するとしても、神聖騎士という時点で警戒しているが故、御目付け役でもあるって事か。
「いかがなされますか? この世界の平和を守るため乱す者と戦うか、無害で無難な一般ぴーぽーとしてつつがなく生きますか?」
どうもこの人、台詞の端々に毒がある気がするんだが……
「乱す者と戦うわ」
即答する俺に、ディーグルは少し意外そうな顔をしていた。
「随分決断が早いですね。少しは考えていただかないとこちらとしても、あ、この人、脳筋タイプそうでヤバいんじゃないか? という気持ちにもなってしまいますが」
気持ちはわかるが、それをストレートに俺の前で言うかね? まあ俺も人前で言いたいことズバズバ言う性質だがなー。
「もうすでに大量に殺しちゃったから、俺も乱す者から敵視されてそーじゃん? そのための護衛でもあるんだろ?」
ついでに言うと、夢の中で出てきたあの黒髪美少女にも命令されているし、バスの男の件もあるし、流れというものを意識しても、ここはうだうだ言わず、さっさと戦う決断しといた方がいいわ。いや、それ以外にない。
「ええ。御明察です」
「それはそうと、まさか口移しでスープ飲ませたとかじゃないよね。シモの世話もしてくれたわけ?」
「鼻をつまんで蓮華で飲ませましたので御安心を。それとこの世界では地獄とは異なり、排泄というものは存在しません。食したものは全て体内で余す事なく消化されますが故」
おいおいウンコ無いのかよ。それはそれで寂しいというか……いや、その方がいいか。ファンタジー世界とか、排泄どーすんだと前から思ってたしな。
旅している途中に野糞して葉っぱで拭き拭きとかさー。想像してみ? 多くのヲタに萌えられている美少女キャラも、実は皆野糞だぜ? 葉っぱだぜ? 多分よく拭けてないぜ?
ていうか、地獄って? 俺が元いた世界のことか?
「しかし地獄での排泄の概念は残っていますが故、罵倒する際に糞という言葉はちゃんと用いられていますので、どうか安心して、糞と思った際には遠慮なさらず、糞と毒づくなり罵るなりしてくださいませ」
「おう、そりゃ安心だな。気兼ねせず思う存分糞糞言えるわ」
ディーグルの冗談に、俺も笑顔でそう返してやる。優雅で気品に満ちた物腰で、いかにも紳士風な佇まいでありながら、ダーティーワードをもスマートに口にするこの男、中々できる……。
「俺、どんくらい寝てた?」
「七日程です。心音が弱いままで、いつ死ぬかと気がかりでした。冗談ではなく幾度か心臓が止まったので、その度に心臓マッサージを施して蘇生させました」
七日って……おいおい……。しかも心臓が何度も止まったとか……
これは相当慎重に力の使い方を考えないと駄目だわ。訓練や実験はもう絶対必須なレベルだろう。
「ここはどこ?」
「葉隠市という都市です。神に捨てられた地の人種で言うなら、人間は日本人が多めです。おっと、一応確認をしないといけませんね。ここは、君が今までいた世界――地球から見て、あの世と呼ばれる場所です」
あうう……ファンタジー世界なのに、住人は元日本人多めで都市名も日本か……。ファンタジー感が薄れちゃうね。ファンタジー好きイコール西洋コンプレックスってわけでもないだろうけど、それでも薄れちゃうよね。
「いや、ここが実はあの世なのは聞いた……。ちょっとショック」
「この世界からしてみれば、向こうこそがあの世ですからね。こちらで死ねば向こうに行き、あちらで死ねばこちらに来ます。お気をつけください。こちらの死の方が、向こうの死よりずっと重いのですから。こちらで死ぬと記憶の大半を失い、この世と比べて遥かに苦行に満ちた『神に捨てられた地』へと行く事になるのですから。地獄とも呼ばれていますね」
するってえとなにかい? 下界の正体は地獄かい?
いやー、そうじゃねーかと思ったんだー……って、その地獄でも超ハッピーに生きている奴だっているじゃねーかよ。俺にとっては確かに地獄だったけどなっ。
そしてこっちで死ぬと下界の方で生まれ変わるとしたら、バスの男も、さらにはあいつも、こっちで死んでいて、また下界の方に転生している可能性も有るわけか。
うーん……あいつと会いたい気持ちはあるが。何か怖いな。こっちで新しい男作ってたりして……おお、嫌だ嫌だ。バスの男はさっさと死んどけふぁっく。
「神に捨てられた地で死んだとしても、記憶も人格もそのまま残ってこの世に来られますし、この世は概ね平和ですからね。実はあちらの死というのは、それほど恐れるものではありません」
「いや、平和じゃねーじゃん。ばりばり戦争してたじゃん」
この世界に来たらいきなり戦場だった事を思い出し、俺はディーグルに突っ込んだ。
「概ね、です。平和じゃない場所もありますし、平和を脅かす者もいます。太郎さんがいた場所こそがその例外ゾーンです。死んですぐにその例外な場所に来るとは、相当に運の無い方だと思います」
にこにこ笑いながら、はっきり言ってくれるなあ。段々この男の性格がわかってきた。
運は……あっちにいた時から無かったな。まるで運命が俺を弄んでいたかのように、徹底して不幸ばかりだった。死にたいほど辛かった。
一方で人付き合いにだけは恵まれていた。知りあった人はいい奴が多かったし、両親にも叔父夫婦にも支えられていた。どんなに不運であっても、それが大きな救いだった。
「他に訊きたいことはありますか? おっと、一応生誕者用のマニュアルももってきましたので、一読しておいてください。今どうしても知りたいという情報があれば、伺います。でもそれ以外はもういちいち説明するのが面倒臭いので、自分で読んでください」
そう言ってディーグルは一冊の本を小さなテーブルの上に置いた。やっぱり時々毒を吐く男だな。
「神聖騎士が何なのか解説プリーズ。特別な力を持つ存在っぽいのはわかるけど」
堀内達の反応から、必ずしもありがたい存在ではない事はわかったがな。
「私達がかつていた宇宙が、何故神に捨てられた地と呼ばれるか? それはあの宇宙には神がいないからです。しかしこの世には神がいます。人の世に普通に神々が混じり、人と接します。神に捨てられた地ではどんなに祈っても奇跡など起きません。文字通り神のいない世界ですから。しかしこの世界には神がいますし、時として神は祈りに応えて奇跡も起こします。その神に選ばれて神に直接仕える人が、神聖騎士と巫女です」
いろんな重要情報が一度にきた感じ。この世界には普通に神様がいて、しかも人の中に混じっているというのは面白い話だ
「それって、神様もそこいらを普通に闊歩しているってこと? 天上界とか、どっかの神殿に鎮座しているとかじゃなくて」
「それは神によりますが、気さくに社会に溶け込んでいる神もいますよ。もちろん街中に、神々がそこかしこに歩いているというわけではありません。街で神を見かけるのは、ごく稀でしょう。この葉隠市にも、明確な神は一人しかいませんし」
ファンタジー世界において街の中に亜人も混じっているような、そんな感じで神様もいるのかと思ったが、そういうわけではないようだ。
「また、人の間に平和を好まぬ、乱す者がいるように、神々にも悪神がいます。彼等の中には乱す者に信仰されている者もいます。太郎さんがもしその悪神に仕える神聖騎士であれば、我々にとっては敵ですし、そうだとわかれば街から追い出されるか、下手すれば討伐されますね。鋸引きの刑を執行されている太郎さんの姿が目に浮かびます」
本当に鋸引きのような野蛮なことをする世界なのか、ディーグルが冗談を口にしているのか、いまいち判別できん。
「で、ディーグルさんがその御目付け役だから、いざとなったら俺を殺すのかね」
愛想笑いを浮かべながらも、俺はストレートに言ってやる。
「さんはつけなくていいですよ。御目付け役も確かに兼ねていますが、従者というポジションでこれからお仕えする所存でありますが故」
従者……よりによってイケメンの野郎が従者かよ。フツーそこは従順系美少女にすべきだろ。これがラノベだったら読者が即見放すんじゃねーか?
「器量のいい可愛い女の子に従者チェンジはできない?」
「それは諦めてください」
にっこりと笑い、ディーグルはきっぱりと言った。とほほ……
***
夜――柔らかすぎる布団の中で、俺は欝に陥っていた。
死んだら消えて無になるか、綺麗さっぱり記憶を無くして転生した方がいいと、常々思っていたのに、あの世がちゃんと存在したおかげで、俺はまだ俺であり続ける。ふぁっく……。
あの世に来ても、俺のこれからの人生(?)、ろくでもないことばかりだったらどうしようかと、そんなことを考えてしまう。怖い。
道端で絵を売っていたら突風で絵が飛んでいき、バイクに乗っていた人の顔に張り付いて事故を起こしてしまい、その人を半身不随にまでしてしまったこと。もちろん賠償金はたっぶり支払った。
叔父夫婦に資金援助までしてもらって、事前に友人らに人集めもしてもらって、初めて開いた個展。前日に、描いた絵を全て紛失するというトラブルで、台無しにしてしまった。あの時の絶望はずっと忘れられない。
初めて付き合った女が相当おかしな感覚の持ち主で、俺の女性への接し方が悪いとフツーじゃないと散々なじった。俺はフツーとやらがわからず、その女が正しいと信じて奴の持つ毒々しい色に染まってしまい、その次に付き合った女も同じノリで接したら、凄く傷つけてしまった。
共同個展に出させてもらった俺の作品の中に、白い粉が隠されていて大騒ぎになって、共同個展も取りやめになった。もちろん俺はそんなことしてないが、警察には事情聴取されまくったし、何人かの信用を失って避けられるようになった。犯人はその後も捕まらず。
子供の頃に変質者のおっさんに……ああ、やめやめ。これは思い出したくない。最悪の記憶だ。
そして最後に付き合った女。病院に会いに行った時のことだ。諦めることを決してしないと誓った俺が、才能の無さに絶望し、とうとう心折れた事を告げた直後、彼女は泣きだし、その直後に容体が急変した。
彼女が灰になった後、彼女の母親から聞いた。彼女は俺のくじけぬ心を支えにして生きていたと。そんな俺を尊敬していたし憧れていたし、俺が諦めない限りは自分も諦めないとまで、言っていたと。
俺が夢を諦めた事を告げたら、彼女は悲しみ、苦しみ、灰になった。
思い出せばきりがないが、実に不運と不幸のオンパレードだ。自業自得が招いた結果もあったが、不可抗力だろうと自業自得だろうと、失敗や喪失する度に、悔しくて仕方が無かった。その度に心が傷つき、削られていく思いだった。
生きている限りやることなすこと裏目に出て、不運がずっと続くのではないかと怯えていた。それも自分だけではなく、他人をも巻き添えにしてしまうのが何よりキツい。
絵も諦めて叔父夫婦の元で働く事を決めたのも、俺が夢を追い続ける限り不幸を呼び寄せて、周囲に多大な迷惑をかけてしまうのではないかと、怯えていたからだ。
結局迷惑はかけちゃったな。きっと俺が死んだ事で、叔父夫婦は物凄く悲しんでいるだろう。
おじさん、おばさん、親父、お袋、ごめんなさい……ごめんなさい……こんな俺を今まで見守って支えてくれて、ありがとさままま……
布団の中で、俺は泣きながら何度も謝っていた。俺のことをあんなに気にかけてくれていたのに……最期に至るまで迷惑かけっぱなしですまんこ。
でも俺は正しいことをして死んだし、行いは恥じていないぜ。不幸ばかりもたらす俺が、最期に不幸から人を救えたことは、本当に良かった。




