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37 綺羅星町の小冒険

「こうなる展開も予想していなかったんですか?」


 着替える俺に、呆れたように問うディーグル。


「お前だって予想していなかっただろーが。つーか、あいつがここまで馬鹿だとは思わなかった。何でわざわざ先走る必要があるんだよ」

「いろいろ考える所があったのでしょう。加えて言えば、何か危険な予感がしていたのかもしれません」


 ディーグルの言葉に、しかし俺は全然納得いかない。


「予め危険度が判明していて、そのうえで巻き込みたくないと思うならまだわかる。でも実際、どういう場所なのかも全然わからんだろ。自分に酔っている馬鹿なんじゃねーのか、あいつは」

「落ち着いてください」

「落ち着いているから冷静に分析してるんだよ。ゴージンを起こせ。レンティスを呼んで、町の外までズルパパニを向かえに行け。スラムには空から行く」

「承知しました」


 そんなわけで朝飯も食わずに慌しくチェックアウト。しかし飯食わないで力出ないままってのはどうかと思うな。


「歩きながら食えそうな飯買って、それから行こうぜ。一応ズルパパニの分も買っとけ」


 宿の前でレンティスを出す前に、ディーグルにそう指示を出す。

 そんなわけで、レンティスで綺羅星町上空を飛行。ディーグルが買ってきたおにぎりと肉性植物の煮物を空で貪る。


「うおおおーっ。何で空からっ!?」


 飛竜で迎えに来た俺ら三人に、小屋の前にいたズルパパニがオーバーリアクションで驚いていた。側にいたズルパパニママは煙草をふかして、ほぼノーリアクション。


「滝澤が一人で勝手にスラム行っちまったんだよ。だから空から急いでスラム向かう」

「えー、これから飯なのに」

「お前の分も買っておいたから、空で食え。あるいは歩きながら食え」


 俺が言った直後、レンティスがズルパパニの服の襟を咥えて飛び立った。


「うわあああああーっ! 降ろせーっ! 降ろしてくれーっ!」


 身も世も無い悲鳴をあげるズルパパニ。つーかこいつひょっとして、高所恐怖症?


「何で背中に乗せてやらないんだ?」

「見てわかりませんか? 節穴さんですか? 見ての通り定員オーバーですよ」


 尋ねる俺に、答えるディーグル。サイズ的に小さいゴブリン一人なら、詰めれば背中にも乗せられると思うがなー。


 あっという間にスラム入り口へと着陸。


「じゃあ今日もガイド頼む」


 地面に手をついて青い顔でいるズルパパニに、おにぎりと煮付けを差し出す俺。


***


「ここいらは俺の庭みたいなもんだけどね。でも地下は全部知ってるってわけじゃない。たまにガラクタ探しに地下にも足を伸ばすけどさ」


 スラムの狭苦しい道を先導しながら、ズルパパニは語る。

 スラムは想像していたよりは小綺麗だった。むしろこれ、平地の町のほうが汚かったくらいだぞ。

 道の狭苦しさは中々キツいもんがある。平地の市街地はたまに狭くなることはあっても、ずっと道が狭いままってこたーないが、こっちはずっと狭いまま。んで、斜面に作られた町なので、ずーっと階段ばかり。

 建ち並ぶ掘っ立て小屋の壁は、平地の市街地以上にひび割れが激しい。たまに壁に血の痕がついているのが怖い。まあ血の痕がついている時点で、死人の痕跡ではないだろう。この世界、死ねば肉体消失だからな。


「この辺りが綺麗なのは、俺みたいなガラクタ屋がいるせいだよ。俺は大物狙いだけど、スラムには小物狙いもいるからね。一見綺麗に見えるけど、もしガラクタ拾いがいなかったら、こっちの方があっちより汚くなるぜ」


 と、ズルパパニの弁。


「小物ガラクタ屋はやべーよ。使用済みの注射器が一番の獲物って話だ。で、適当に洗って袋に詰めてまた販売だぜ? ヤクやってる馬鹿はその真実も知らねーから笑っちゃうよ」


 笑えない怖い話を笑いながら言うズルパパニ。


「ここだよ。地下街の入り口」


 結構階段を上って歩いた所に、目立たない穴が開いている。家と家の間、くぼんだ所にあるもんだから、ガイド無しじゃあうっかり見逃す可能性大だった。


「他にも幾つか入り口あるけどな。灯りは自分でねー。じゃあ行くぞー」


 ズルパパニが魔法で灯りを作って、中へ入っていく。俺達三人も同様に灯りを魔法で灯す。


 元坑道の地下街の方が、スラムの道よりずっと広かった。俺達も灯りをつけているが、中でもあちこちに魔法の灯りがついているので、さほど暗いと感じない。

 坑道の中にある住宅や店舗。外の掘っ立て小屋よりもさらに粗末な住居ばかりだ。特に酷いものとなると、隣と板だけで仕切って、中の生活用具丸出しという、家と呼ぶには躊躇う住居まである。

 しかし何だろうな、この妙にワクワクする感覚は……。ああ、そうだ。子供の頃に憧れていた、秘密基地だ。あれがいっぱいあるような、そんな感じ。


「何故斯様な所にわざわざ住むであルか?」


 ゴージンが疑問を口にする。


「ヤバい仕事に手を染めている連中はともかくとして、それ以外の奴はちょっと俺にもわからないな。郊外に住んでいる俺ら以上に、わけありなんだろうねえ」


 曖昧な口調でズルパパニが答えた。


「奴隷オークションを取り仕切っているのは、組織だ。名前もない、綺羅星の暗黒街の支配者だよ。俺達はただ組織って呼んでる」

「『人探ししてるんですけどー』って、フレンドリーに話しかけて、話が通じそうな相手?」

「そこまで見境無い危険な奴なら、いくら俺でもガイドしないよ。一応ね、組織にも知り合いがいるんだわ」


 俺の質問に答えたズルパパニが、足を止めた。


「彼女がその知り合いだ」


 開けた場所に積まれた物凄い量のガラクタに寄りかかって、ゴブリンの女がうずくまっていた。俺達四人を見て、露骨に不審げな表情を見せる。


「奇跡の絵描き、神殺し、不沈戦士か。ズルパパニよ、随分な上客を連れているじゃないか」


 女の言葉に俺が驚く。一目でこっちの素性を見抜いたのは、昨日ディーグルが暴れたおかげか? それとも俺達と関わりの深い――兵士やテロリストと関係する乱す者か? あるいはただの地獄耳か? 


「組織に人間の男が訪ねてきてないか? 娘が奴隷にされていないかどうか確かめたいとか、そんなこと言ってさ」

「来たよ。多分今、アンダーボスと話してる。あんたらならすぐ会ってくれるだろう。大物だしね」


 ゴブリンの女がアンニュイな口調で答える。


「すぐ会ってくれるなら、このまま組織とやらに向かって平気かね?」


 俺がズルパパニに尋ねた。


「俺も組織の内部には入ったことないから、ちょっと怖いけどな。まあ、もしもの時は守ってくれよ」

「もしもの時なんかねーよ。ガラクタ屋の命なんかいらねーし、組織はあんたがガイドしているそいつらを敵に回すほど馬鹿じゃない」


 ズルパパニの台詞に反応し、人を食ったような口調で女が言った。


 さらに奥へと向かう四人。段々と雰囲気が変わってきたのを実感する。たまにすれ違う者が、筋者くさい奴ばかりなのだ。


「ここ……だと思う」


 上にも横にもかなり開けた空間に、五階建てのレンガ造りのマンションのような建物が建っている。わざわざ山の中をくりぬいてこんな建物建てるとか、本当お疲れ様って感じだが。

 入り口には屈強そうなコワモテの守衛二人がいる。どちらも人間だ。革鎧を身にまとい、槍と銃で武装している。


「えーっと、奇跡の絵描きなんだけど、うちらのツレが来てない? 娘探してて、奴隷に売られてないか確認したいとか言ってる人間の男」

「はい、どうぞこちらへ」


 俺が声をかけると、強面の守衛があっさりと中に通してくれたうえに、一人が案内で先導してくれた。

 階段を上り、四階の廊下の一番奥の扉で、守衛が足を止める。


「串本さん、奇跡の絵描きと名乗る方と従者の方々が来られました」

「通して」


 中からかかったのは、女性の声だった。

 扉を開いて中に入ると、すぐ手前の部屋に、椅子に座った滝澤の姿を確認。ウェーブのかかった長い髪の女性と向かい合っている。


「ここまで来たのか。早い到着だな」


 滝澤が振り返り、苦笑する。


「心配したけど、その様子じゃ心配いらなかったようだな」


 と、俺。先走ったことには何も言わないでおこう。


「手がかりは掴めたのですか?」


 ディーグルが尋ねた。


「駄目だった。売った奴隷のことなどいちいち記録もしていないとさ」


 苦笑を浮かべたまま、滝澤は答える。


「それでも探すなら、奴隷を買い取るような者を虱潰しに当たることね。この町に何人も留まって、オークションにも出席して、それで客を一人一人つけていくの。多分いつか殺されると思うけど」


 恐らく串本という名の女性が、淡々とした口調で告げる。


「でもそれ以前に、奴隷商人に売り飛ばされたという確証があるの? 地獄が日本だった者が生誕したとして、日本人が多い都市全てを回ったわけでもないのに。大都市に住んでいるなら役所で調べることもできるけど、町や村、あるいは星の数ほどもある小さな集落に住んでいるなら、お手上げじゃない?」


 串本の指摘に、滝澤の笑みが消える。


「部外者が残酷なことを言って申し訳ありませんが、ここに来て、地獄の身内に会える方が珍しいくらいですよ。何しろこの広い世界のどこに生誕するか、わかりませんからね。同じ国や民族部族で、ある程度はまとまった地域に生誕するものですが。その範囲とて広大です」


 さらにディーグルが追い討ちをかける。口調こそ柔らかいが、滝澤にとってこれは追い討ち以外の何物でもない。


「諦める必要は無い」


 そう言ったのは俺だった。滝澤の顔色が変わり、驚いたよう俺を見る。


「あんたの探し方は褒められたもんじゃない。思い込みも激しいし、今日だって変な先走りもしてたし、あんた冷静沈着っぽく見えて実際は暴走するタイプだよなー。探し方が悪い。これに尽きる。じゃあ良い探し方は何だって聞かれても困るけど、あんたの探し方が滅茶苦茶なのだけはよーくわかった。奴隷云々だって結局憶測の域だしな」

「我も太郎に同意見ゾ。諦めねばそのうち見つかルやもしレぬが、その前にお主が危険を犯しては、娘も悲しむであロう」


 俺とゴージンが続けざまに言うと、滝澤は口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「何も知らないくせに好き勝手言ってくれるよ。あの子はな、俺が殺したようなもんなんだぞ」


 ダークな声を発する滝澤。


「塾に通うことを嫌がる娘を激しく叱り、無理に通わせた。そして初めて塾へと行く途中に、あの子は車に轢かれて死んだ……」

「だからねー、そこが冷静じゃないっつーか、論理的じゃなく突っ走ってるってんだよ。娘の死因だの、お前の気持ちだの知るか。関係無い。探し方の良し悪しについて話しているんだ。それと全く無関係だろ」


 苦しげに話す滝澤だったが、俺はあえて冷ややかな口調になって諭す。


「話はもう済んだ感じだし、それ以上は他所でやって。私も暇じゃないから。ああ、それと……」


 串本という女が俺に視線を向ける。


「奇跡の絵描き、貴方は何の目的でこの町に来たの? この男の付き添い? いずれにせよ長く滞在しない方がいいわ。貴方を狙っている者がいるとだけ言っておく」


 なんだってーっ。昨日ディーグルが暴れた事が裏目に出ちまったか?


「ではすぐにでもこの町を出て、葉隠へと帰りましょう」

「いや、待て待て。まだ帰らんぞ。できればその狙っている奴等を突きとめたい」


 何故か嬉しそうなディーグルに俺が言う。


「まあ、取りあえずここを出よう。邪魔したな。そして情報ありがとさままま」


 串本に礼を言い、俺達は部屋を出た。


***


「すまなかった」


 坑道に作られた地下街を出て、スラムまで出た所で、それまでだんまりだった滝澤がようやく口を開いた。


「すみませんでした太郎様って言え。そしたら許す」

「太郎の指摘通りだよ。俺はいつも考えなしに暴走してばかりだ。家内にも娘にも仕事場でもそれで迷惑かけっぱなしだ」


 俺の言葉を平然と無視して語る滝澤。こいつは許せねえなー。


「一度頭を冷やしてみる。もっと地味な方法で探してもいいかもな。娘の似顔絵を描いて張り紙をするとか。絵は太郎に任すよ」

「すみませんでした太郎様って言え。そしたら描いてやる」

「しつこいですよ」


 ディーグルが余計な口を挟んできた。こいつも許せねえなー。


「ちょっととはいえ、組織の中に入るなんて貴重な体験したわー。で、あの女幹部の話が本当なら、太郎がヤバいんじゃないのか?」


 ズルパパニが言った。狙われる心当たりはもちろんある。葉隠市と戦っている乱す者がこの町に寄っていたって、全く不思議じゃない。なのに堂々と乱す者の町を訪れ、あまつさえディーグルに目立った行為をさせて、ぼくちんここにいるよアピールをしてしまった俺。


「中立地域であることも無視して襲ってくるかね? もしそれで失敗したら、乱す者の立場も相当悪くならないか? ここは乱す者の中でも、比較的穏健派が集う町なのにさ」


 過激派からすれば、この町のことなんてどうでもいいのかも知れないけどな。そういう他者の迷惑省みず我を通す奴って大嫌いだが。


「さレばといって油断はできまいゾ」


 と、ゴージン。ディーグルも頷く。


「他に何かどうしても用事が無ければ、この町は去った方がよいと思いますよ」

「わかったよ。予定より早いけど、明日には帰るさ」


 ふぁっくー、もっと観光したかっのたによー。


「でも今日だけはしっかり遊んで帰るぞ。お前ら遊びながらしっかり護衛しろ」

「はいはい」


 小さく溜息をつきながらも同時に微笑みをこぼすディーグル。ゴージンも同様に微笑んでいた。何だよ、こいつらも遊びてーんじゃねーか。


***


 で、スラムから戻った後は、ズルパパニにいろんな場所を案内されて、観光を楽しみまくった。昨日とは別のHな店に入ったり、カジノ行ったり、ショッピングしたり、劇場に行ったりと。

 ズルパパニ曰く、一日じゃとても回りきれんとのこと。特に面白いのは刑務所見学だそうだ。凶悪犯罪者をいたぶって遊ぶアクティビティもあるらしい。そんな悪趣味なもん楽しめねーよってことで、そこは流石にパスした。


 しかし昨日もそうだったが、ゴージンは野郎共と一緒にHな店に入る事に、全く恥じらいも抵抗も見せないのな……。しかも堂々と女の子指名して、堂々と尻撫でくりまわす。大した奴だ……。


 もっと遊びたかったが、まあしゃーない。ディーグルがうるさいし。明日には帰るって事になった。

 で、宿の風呂場でシャワーを浴びていたら……


「んん?」


 変な音がする。ノックみたいな音だ。しかし扉の方からではない。部屋の窓から?


「こ、こ、こここっちか……」


 声と共に風呂場の窓が外から開けられ、俺の知っている人物がそこに現れた。


「会えないかと思ったぜ。遅かったな。つーか寒いから閉めろ」


 シャワーを止め、窓の外にいる人物に向かって俺は言う。

 勘だけど、俺を狙っているという奴はこいつだろう。


「遠くから確認はしていたけど、ででデッドが邪魔だったから、ひ、一人になるタイミングを待ってたんだ」


 相変わらず視線を合わせようとせず、どもりながら喋るシリン。


 綺羅星町に来いと、そこで話がしたいと、こいつは俺だけに聞こえる声で言っていた。何の話か興味があったので、それも目的の一つとして、俺はこの町に訪れた。

 とは言っても、こいつが町のどこにいるのかも知らないし、こいつに俺が来る日がわかるとも思えなかったので、闘技場でディーグルを暴れさせて、俺が来たというサインを送っておいたのだ。


「ディーグルに気付かれないように、こっそり窓から入ってこいよ。で、俺が風呂終わるまで待ってろ」


 シリンが窓開けたせいで体冷えちゃったから、湯船に浸かってもう一度体温めなおしたいわ。


「いいや……そその必要は、な、な、無いよ」


 そう言ってシリンが風呂場の窓から入ってくる。おいおい……


「がっ」


 思わず変な声をあげてしまう俺。シリンの奴が俺の首を片手で掴んできやがったから。


「せっかくデッドが、い、いないんだから、こんな好機は無い。き君は僕の家に連れていくよ。そ、そして僕のものにする」


 おいおい……何かいろんな意味で凄くヤバいことになりそうだぞ、俺……

 シリンは俺を窓の外へと連れ出し、綺羅星町の夜空の下、フルチンの俺の首を掴んで飛翔した。

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