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33 少女の願いは少女でなくなること

 私の名前は滝澤美紅。ある日、事故で死にました。

 死んだのは九歳の時の話です。交通事故で体がぐちゃぐちゃに潰れていました。


 幽霊となった私は、自分の死んだ姿を見ていました。

 悲しむ父さんと母さんの姿を見て、私は必死に声をかけましたが、私の声は届きません。

 本当に何度も何度も声をかけ続けました。泣きながら私に気付いてもらおうとしました。なのに二人は気付いてくれないんです。


 私はしばらく幽霊として、ふわふわとしていました。どうしても父さんと母さんと話がしたいという気持ちがあったので、家の中でふわふわしていました。でも二人とも私の姿が見えません。

 すぐ近くにいるのに、父さんも母さんも私に気がついてくれない辛さ。寂しさ。やがて私は諦めました。諦めた瞬間、意識が薄れていきました。まるで自分が消えてなくなってしまうかのように。

 これが本当に死ぬことなんだと思い、怖かったけどどこかほっとしました。ずっと幽霊で誰からもわからない状態でいるよりは、消えてしまった方がマシだと思えたからです。


 だけど私は消えていませんでした。気がつくと、見たこともない場所にいたのです。

 そこは人間だけではなく、犬や豚の顔をした人や、髭ぼうぼうのマッチョな小人や、耳の長い金や銀の髪の綺麗な人や、羊の角と蝙蝠の羽根を持つ人がいました。


「あのっ、ここはどこなんですかっ?」


 私はなるべくいい人そうな人に声をかけて尋ねました。すると……


「おやおや、こんな子供が生誕者とは可哀想に……。ここはね、あの世だよ。君は死んでしまったんだよ」


 死んでしまったことは知っていましたが、自分があの世にいるという事に驚きました。

 それから私は、最初に声をかけた人の案内で町役場に連れていってもらい、いろんな手続きを済ませて、お金をもらい、私がこれから住む家へと連れて行かれました。


「子供の生誕者はしばらくここで暮らす決まりなんだ」


 町役場のおじさんが言いました。そこには、私のように子供ばかりが住んでいる施設でした。


「いきなり子供一人で暮らすとか、辛いだろうからね。まずはここでしばらく生活することになる。いろいろ勉強しながらね」


 私は子供用の施設に入り、この世界のことをいろいろと学びました。


 死んでから――この世界に来てから七年ほどして、私は自分の意思で施設を出ました。私のための家がちゃんと用意されているので、そこで暮らすことにしました。


 地獄で死んでここに来た人には、ちゃんと一人一つ家が与えられるように出来ています。たとえ働かなくてもお金がもらえます。でも私は仕事がしたいと考えました。

 けれど私が生誕した小さな町では、私にできるような仕事の募集がほとんどありません。何しろ私は子供のときに死んでしまったので、体が子供のままなのです。

 施設の職員の方々と相談し、せっかくいただいた家も引き払い、私は葉隠市へと引っ越すことにしました。


 市役所で簡単な引越しの手続きを済ませ、すぐにいただいた新しい家にあがって、窓の外を眺め、私はあるものに目を奪われました。

 私がもらった家よりずっとずっと立派で豪華な洋館がそこにありました。庭も広いです。

 お金をいっぱい稼げば、あんな家にも住めるようになるのかなと、その時は考えていました。別に立派な家に住みたかったわけではありませんが、何故か妙にその家のことが気になりました。


 夜、窓から外を見ても、その家に明かりはついていいません。空き家なのでしょうか?

 近所の方達に聞いた話によると、あのお屋敷はいわくつきの空き家だということです。

 昔この葉隠市で、偉い人達が人殺しを雇って殺しあうという恐ろしいことをした際、あの空き家に住んでいた偉い人も殺されてしまったそうです。

 不吉だということで誰も住まず、かといって立派な屋敷なので取り壊すのももったいないという理由で、そのまま残されているとか。


***


 それから私はとある雑貨店で働くようになり、お友達もできて、一年の時が流れました。


 私は自分の体が不満でした。どうしてずっと子供のままなのか。子供で生誕してしまうと、子供のままでいなければならないなんて、理不尽にも程が有ると、嘆くようになったのです。

 近所の人達も、店長も、お客さん達も、友達も、私が子供というだけで可愛がってくれます。子供なのは見た目だけで、中身はもう子供ではないのに。


 私は自分が向こうで死んだ理由を思いだします。父さんに塾に通うようにと言われ、初めて塾に行くその途中、車に轢かれたのです。

 父さんが塾に通えなんて言わなければ私は死ななかったのにと、一瞬父さんを恨みましたが、ひどいことを考えたとすぐに反省しました。私のお通夜で父さんは、そのことを悔やんで泣いていましたし。


 終わりの無さそうなこの世界で、私は子供の体のまま時を過ごしていました。ここは変化の無い世界。茫洋たる時間が、ただただ流れていきます。

 近所の人や友達とお喋りするのも楽しいし、店長はいい人だし、自分の体以外の不満はないけれど、何かどこか違う世界に思えてなりません。

 このまま永遠にずっと、この今が続くのでしょうか? それが何故か急に怖くなりました。


 地獄では誰もがいつしか死にます。終わりが訪れます。でもこちらでは、乱す者に殺されでもしない限り、その終わりがありません。

 あるいは自分で命を絶たない限り。


 死ねばまた地獄で生まれ変わるという話ですが、その時記憶の大半が失われ、自分が自分で無くなるというので、死ぬのも怖いです。


***


 ある日のこと、私の日々に変化が訪れました。

 私の家の窓から見えるあの無人の屋敷に、人が住むようになったのです。夜、明かりがついていました。

 どんな人が住みだしたのだろう? どういう人が、如何なる経緯で、あの呪われた立派なお屋敷に住むことになったのか? いろいろと不思議でした。


 屋敷に明かりがつくようになってから四日目、私は屋敷に出入りをしている人の姿を見ました。まるで女性のような綺麗な顔立ちをしたエルフの男性です。腰には日本刀をさしていました。

 近所の噂話によると、彼はウィンド・デッド・ルヴァディーグルという名前の、物凄く強い魔法剣士とのことでした。昔は冒険者をしていて、今は葉隠市を護る仕事をしているとか。


 それからまたしばらくして、私は屋敷を出入りしている人を見ました。ディーグルさんだけではありません。ちょうど私と同じくらいの年頃の人間の女の子と一緒に、出入りをしているのです。


 さらにしばらくすると、また一人増えていました。十代半ばくらいの獣人の女の子が、屋敷に出入りをするようになったのです。

 そのことはまた近所の噂話となり、さらに詳しい話を私は聞きました。

 あの屋敷の主は、あの女の子だというのです。ディーグルさんと獣人の女の子は、その従者だと。


 その後の近所の人の話で、さらにさらに驚きの事実が発覚。女の子ではなく、男の子だとのこと。近所の人がその子と話す機会があって、「ちんちんはありまぁす。見る? 触る?」などとおどけてきたとか。結構やんちゃな子のようです。


 さらにさらにさらに驚愕の新事実。屋敷の主である子は、どこかの神様の神聖騎士であり、軍隊に所属して、葉隠市のために乱す者と戦っているというのです。しかもその奇跡の力は、絵に描いたものを現実にしてしまうという、凄い力だそうです。

 その話を聞いて、私は胸の高鳴りを覚えました。期待せずにはいられませんでした。もしそんな何でもできちゃうような凄い力が本当にあるのなら、私の体を大人にすることもできるかもしれないと。


「あのっ、すみませんっ」


 私はその子が出てくるのを待ち構え、声をかけました。


「私、そこの家に住んでいる美紅といいます。あなたが、絵に描いたものを現実にしちゃう奇跡の絵描きだと聞きまして、どうしても頼みたいことがあって、声をかけました」

「いいけど、代償は体で払ってもらうぞ」


 私の必死の嘆願に、彼はにやにや笑いながらそんな言葉を返してきました。その直後、獣人の女の子が彼のお尻を思いっきりひっぱたき、ディーグルさんに至っては彼の頭にエルボーを落としました。


「どうぞ遠慮なさらず願いを言ってください。私が責任をもって太郎さんに絵を描かせますから。もちろんタダで」


 ディーグルさんがにっこりと笑いながら仰いました。


「言っておくけど、何でもできるってわけじゃないからな。無理なことは無理だ」


 奇跡の絵描きの子――太郎君が不機嫌そうにそう言ったので、私は少し不安になりましたが、思い切って願いを訴えました。


「私を大人の体にしてくださいっ」


 私が願いを口にすると、ディーグルさんの顔から笑みが消え、太郎君も複雑な表情をしていました。

 二人の反応を見て、ああ、これはやはり駄目なんだな……と、私も諦めかけます。


「太郎さんも大人になりたがっていましたけどね。確かそれは無理なんですよね?」

「俺は、な……。自分の体を変化させるのは無理。試した。でも他人ならいけるぜ。ペインを生じさせない変化ならそれこそ余裕」


 諦めかけた私ですが、太郎君の言葉に反応して再び期待に胸を膨らませます。


「子供のままの姿の辛さは俺もわかっているからな。いいぜ、やってやるよ。ただし、俺にゆだねるわけだから、思い通りの大人になるかどうか、その保障はないぞ」

「太郎が描きし大人の姿を確認してもラい、気に入らぬのであレばやリ直しをすレばよかロう」


 と、獣人の女の子が口を挟みます。


「じゃあ……いくつか候補描くかねえ。んで、その中から選んでもらおう」


 太郎君が何も無い空間から、スケッチブックと鉛筆を取り出し、物凄い速さで何枚もの絵を描きます。

 スケッチブックを拝見させていただくと、そこには、大人の姿の私の候補が何枚も描かれていました。ページ一枚につき、服を着た姿に加えて、裸にされて前横後ろから見た姿も丁寧に描かれていたのにはちょっと引きましたが、きっと必要なことなのでしょう。


「どれこれも素敵で、選ぶのに苦労します」

「え……そ、そう? あははは……久しぶりに絵そのもの褒められたよ」


 私の言葉に、太郎君は照れくさそうに笑っていましたが、その瞳は笑ってはいませんでした。それどころか……何故か哀しげな光さえ帯びていました。


 候補の中には、異様に胸が大きいものなどもありましたが、流石にそれは真っ先に除外して、幾つかに絞って迷い、やがて決めました。


 太郎君の手の中で、私が決めた絵のページが光りだしました。ページがスケッチブックから離れて、宙に浮かび、その輝きが増します。

 次の瞬間、私は自分の体に確かに変化が起こっている事を実感しました。視点が高くなり、体も全体的に重くなった感覚があります。特に胸のあたりに重量感がありました。


「鏡も一緒に描いてあげるべきでしたね」

「俺も今そう思ったよ」


 ディーグルさんの言葉に同意した太郎君がそう言うと、また絵を描きだし、ページが光り、大きな鏡が目の前に現れました。

 鏡の中には、絵と同じ大人の姿の私が映っていました。


「ありがとうございます! 何と感謝したらいいか!」


 私は涙さえにじませて、太郎君に向かって礼を述べました。


「感謝してるならおっぱいをくれ。揉ませて。あと吸わせて。これだけの願いをかなえてやったんだから、そんくらいさせてくれても罰は当たるまい」


 私を見上げて真顔でそう告げた太郎君。そのお尻を獣人の女の子――ゴージンさんが蹴り、ディーグルさんに至っては太郎君の体を担ぎあげ、アルゼンチン・バックブリーカーをかけていました。


「太郎はな、口を開けば粗野にして卑猥であルが、実際の所、見た目通リ中身も子供で母恋しいが故、何かと女の胸を求めルのだ。気を悪くせんで欲しいゾ」


 と、ゴージンさんがフォローしました。太郎君、お二人の従者さんに慕われているのですね。


「じゃあ、また何かありましたら遠慮なく言ってください。私が責任をもって太郎さんを働かせますから」


 泡を吹いて失神した太郎君を抱えて、ディーグルさんがにこやかに言いました。

 太郎君も私と同じように、子供の体であることを苦しんでいるのなら、彼にとって酷な頼みごとをしてしまったと、私は胸を痛めました。私の願いはあっさりかなったのに、あの子は自分の姿を変えられないのですから。


***


 それから数日後のことです。家のベルが鳴りました。


「はーい。今行きます。」


 近所の人がまたおすそ分けでもくれるのかなと思って玄関の扉を開けると、一人の若い男性がそこにいました。

 その人の顔を見て、私は硬直しました。十年以上ぶりに見る顔でしたが、忘れたことはありません。そして最後に見た時から、あまり変化もありませんでした。


「あ、すみません。人違いでした」


 間違いようの無く、私の父以外の誰でもないその男性は、私の顔を見るなり、決まり悪そうにそう言いました。


「おっと、怪しい者ではありませんよ」


 私の反応を見て、父は私が不審がっていると思い違いをして、そんな言葉を口にしました。


「人探しをしていましてね。俺の探している人とは同姓同名の人がここにいる事を役所で聞いて、訪れたわけですが。すみません」


 軽くお辞儀をして、父は立ち去ろうとします。


 私は――硬直したままでした。あまりに突然すぎました。衝撃的すぎました。

 父もすでにあちらで死んで、こちらに生誕していたのでした。何年前に死んだのかはわかりません。でも若くして死んだことは間違いないでしょう。あれから十三年しか経っていないのですから。私が死んだ時も、父はまだ若かったのです。

 父はこちらに来てから、きっとずっと私を探していたのです。そして私に今こうして会えたのです。でも私が私だと気がついていません。

 そして私は一瞬にして全てを理解したにも関わらず、ただ固まっているだけ。


 未練のせいで幽霊という状態になって、必死に呼びかけたにも関わらず、全く反応してくれなかった父。あんなに気付いてほしかったのに、気付かなかった父。そして私に今こうして会えたにも関わらず、また私に気付いていない父。

 私は混乱し、声をかけられず、名乗り出ることができず、去っていく父の後ろ姿をただ呆然と見送っていました。


 父の姿が完全に見えなくなってから、私はその場に崩れ落ち、己の愚かしさを呪いました。何故? 一体どうして、自分が娘であると、美紅であると名乗り出ることができなかったの? 自分で自分を問い詰めるものの、自分でも理解できません。

 もしかしたら本当は父のことを恨んでいた? 父が自分を探していたから、意趣返しで名乗りでてやらなかった? そんなことすら考えました。


 いずれにせよ、私はこれほど自分を疑い、戸惑い、悔やみ、呪ったことはありません。どうして名乗り出ることができなかったのかと、何度も何度も己に問いかけ続けました。


***


 また何日か経って、私は冷静さを取り戻し、自分から父を探そうと思い立ちました。父と会って、ちゃんと名乗り出ようと。

 このままにしていいわけがありません。父はやっと私と出会えたのですから。それに気付いてもらわないと。


 もしかしたらまだ葉隠市にいるかもしれないと、市役所に行けば何かわかるかもしれないと思い、雑貨店の店長に頼んで明日の午前中だけ休みを貰い、家に帰ったその時です。


 物凄い音が何度も響き渡りました。

 音がした方向を見ると、太郎君達が住んでいるあのお屋敷や庭が、何度も爆発しています。そして煙が立ち上がっています。


「美紅ちゃんっ、早く逃げるんだ! 奇跡の絵描きの子が乱す者に狙われて、家を砲撃されてる! 巻き添えを食うぞ!」


 近所の人が叫びました。事実、太郎君の家だけではなく、周囲の道路や家にも砲弾が降り注いで爆発を起こしています。

 逃げなくちゃ……そう思った刹那、間近で大きな爆発音が聞こえ、物凄いペインが私を襲い、私の意識は闇へと沈みました。

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