31 人見知り魔王再び
一体どこから湧いてきたのかという疑問は、すぐに解決した。
現れて一秒経過したかどうかという所で、ディーグルの刀が俺の目の前で刀を振り下ろされた。刀より生じた剣風が、俺の髪と顔を軽く撫でる。シリンの姿は無い。
「ひ、ひどいな、デッド。今ほほ本気でこ殺そうとしたよね」
抗議の声は向かいの工場の屋根の上からかかった。よーするに魔法か何かでテレポートしてきたわけか。
「もし今のでしし死んだらどうするの? あまりに味気ない最期になるじゃない。僕と君とで決着をつけるのなら、決戦と呼ぶに相応しいシチュエーションと舞台を整えて、そのうえで決着をつけなくちゃ、どっちが勝つにしても僕が可哀想だよ。そ、そこの所、もうちょっとか考えてくれないかな」
何やらぶつぶつとほざいているようだが、ディーグルはシリンを見据えたまま無言。
「まさか魔王シリンがここにいたなんてね……」
セラが呻く。誰もが同じ気分だろう。多大な犠牲を払ってやっと敵を退けたと思ったら、さらに厄介そうな輩が出現したのだから。
もちろん敵がまだこいつ一人とも限らない。コボルトの無人兵器軍団(多分無人だと思うが……)を退ける前も、乱す者の兵は少なめだった。要塞にいる兵士達が、態勢を整えてから本格的に襲ってくる可能性もある。
いや、シリンが現れた時点で、その可能性の方が高い気すらする。
「何なのあいつ? 頭おかしいの? 歪な精神の病に犯されている感じがプンブンする。見ててアイタタタって感じだし」
シリンを見上げ、いつにも増してネチッこくておまけに機嫌の悪そうな声を発する鈴木。何という、お前が言うなのお手本。自分とよく似た自己完結キモウザ野郎を見て、近親憎悪でも感じているのか?
「ああいうのにはお仕置きが必要。隊長の許可さえ下りれば私が制裁を下してあげる。乱す者として世を乱したが故、自らも滅びに至ったという事実を受け止めながら、絶望して哀れに死ねばいいのよ」
「最初に告げたはずだ。幹部クラスは捕獲の必要も無く討伐しろと」
歪な精神の病に犯されている感じがプンプンする台詞を口にする鈴木に、堀内は抑揚の無い声で告げる。
つーか、鈴木が戦うのかよ。かつてのディーグルの仲間だっていうし、その実力も引けを取らないほどの相手だってのに。
鈴木の呪文があっという間に完成する。かなりの早口だ。シリンの周囲に人が一人すっぽり納まりそうなほど巨大な火球が十三……いや、十四個も出現した。
火球のうちの三つがシリンに向かって飛ぶ。
シリンは瞬間移動でこれを回避し、ビーム戦車の残骸がある辺りに逃走したが、何とテレポート先の周囲に、十四個の火球も全てワープして現れ、今度は七つの火球が、前後ろ上横と様々な方向から一斉に襲いかかる。さらにタイムラグをつけて、残りの火球もシリンに向かって飛ぶ。
どうやら連続で瞬間移動はできなかったようなのと、火球までもが空間を飛び越えてきた事に驚いたシリンは、これをかわしきれずに次々と直撃を食らう。
「爛れろっ。あははははははっ、醜く爛れろっ」
気持ちよさそうに哄笑を上げ、叫ぶ鈴木。こいつ……ひょっとしなくても相当強い魔法使いなのか?
「ちっ……」
笑っていた鈴木が急に不機嫌そうな顔に戻り、燃え盛る炎を見据えて舌打ちをする。
「ちょっ、ちょっと熱かったかな」
炎が四散して消滅し、中からシリンが現れる。服のあちこちから煙がたちのぼり、場所によっては焦げている。全く効かなかったわけでもないようだが、深刻なペインを受けたようには見えない。
おそらく直前に結界を張ったのだろうが、鈴木の攻撃魔法を完全に防ぎきることはできなかったという所だろう。
「こ、今度はこっちかな」
シリンが鈴木の方を向き、背中から翼を広げる。
「いいえ、まだこちらです」
冷たい声でそう言い放ち、ディーグルが前に進み出る。表情がいつになくシリアスモード。よほどシリンとの間に何かよくないことがあったようだ。
「ディーグルが熱くなっていル」
ゴージンが心配そうに呟く。まさかディーグルに限って、冷静さまで失うということはないと思いたいけどな……
「私は別にタイマンとかにこだわらないし、あんたがこだわっても知ったことじゃないし、ただ気に入らない奴を這いつくばらせればそれでオッケーなんで、私は私で勝手にやるという正義。いいでしょう……。この思考法こそが私を闇の中で、一瞬ではあるけど強く輝かせるのよ。見たい? 見たくない? 見たいでしょ? そうよね……くくく……」
鈴木は一体誰に喋っているのだろう。何が言いたいんだろう。途中まではわかったが、途中からわからなくなった。
一方で俺は、幻影魔法をかけていないシリンに絵が通じるわけだが、それをあえて控えておいた。シリンの対処はディーグルと鈴木に任せておけばいい。
また思わぬ伏兵が現れるかもしれないので、俺はそれに備えておくことにする。
スケッチブックにはすでに絵を描いてある。あとは発動させるだけだ。
シリンが鈴木めがけて徒手空拳で突っ込んでいく。ディーグルがまるで鈴木をかばうかのような形で間に立ち、刀を抜く。
ディーグルの刀の動きなど俺には見えない。気がついたら、シリンの細い手が、ディーグルの刀を片手で掴んでいた。
「ま、まさかデッド、少し腕落ちた?」
刀身をもろに握り締めて、シリンが問う。
「だとしたらか哀しい。そそして可哀想。お、衰えた君の姿を見て哀しむ僕が、か、可哀想」
「まぐれでうまくいったからって、調子にのらないことです」
冷たい響きの声でディーグルが言うと、刀を掴むシリンに蹴りを繰り出す。
シリンはその蹴りをくらって、翼をはためかせてディーグルから離れる。
ディーグルが追撃に出ようとした刹那、ディーグルの背後より幾条もの紫電が放たれた。鈴木の魔法だ。先程巨大ロボを倒したのと同じ攻撃魔法である。
全ての紫電がディーグルを器用にかわして、シリンに直撃する。
「あぐっ……」
苦痛に顔を歪めるシリン。
「いいタイミングだったね。ディーグルの攻撃をもらった直後で、結界を張って守る暇も無かったでしょう。これはそう、運命が私に微笑み、貴方を嘲っている証拠ォっ」
楽しそうに喋る鈴木。フードの下から見える口が、歪んだ笑みの形となっているのが見てとれる。
電撃にひるんだシリンの腹部を、跳躍して一気に間合いをつめたディーグルの刀が貫く。いや、腹部だけではない。胸部と喉元からも血が吹き出る。一回刺したかのように見えて、三回も突いていた。
血はすぐに止まり、傷もふさがるが、これは結構なペインを受けただろう。鈴木の魔法攻撃も含めれば相当なものではなかろうか。
「やっぱり……腕がお落ちてるよ? 昔のデッドなら、い、今ので五回は突いていただろうに」
余裕ぶってそんな台詞を口にした後で、シリンは頭から地面に落下した。
「時間稼ぎですか」
着地したディーグルがぽつりと呟く。
「隊長、ここにいては不味いかもしれません」
ディーグルが堀内の方を見て言った。
「上空から私の使い魔の視点で今確認しました。要塞の中の乱す者達が集結してここに集まっています」
続けざまにセラが報告した。つまりシリンは、そのために俺達をここに釘付けにしておく時間稼ぎをしたわけか。
ただの変な奴だと思ったが、ちょっとだけ認めざるを得ない。大将自らそんな役目を担うとか、馬鹿げていると一笑に付すのは簡単だが、シリンにはそれを出来る自信が有り、なおかつそれが適材適所であると計算し、実際にそれをやり遂げた。
そもそもディーグル含めて複数の強者がいるこの場に一人で乗り込んでくるなど、無謀にも程がある。ただちょっかいをかけにきたのかとも思ったが、そうでもなかったわけだ。
「に、鈍っていたのは、腕だけじゃなく頭もかな?」
シリンが上体だけ起き上がり、にっこりと笑う。
その数秒後、セラの報告通り、乱す者の兵士が大量に集まってこちらに向かってきた。その数はうちらの倍近くいる。こっちは先程のビーム乱射で相当数が減っちまったしな。
「ふん、上等だね。やってやろうじゃないか」
ランダがフランベルジェを肩でぽんぽんと叩きながら前に進み出る。この前はショーテルだったが、武器を変えたのか。
「デッド、き君は僕が抑えるよ。そっちの手助けには行かさない」
シリンが立ち上がって宣言する。ディーグルも兵士達のほうには目もくれず、シリンに意識を集中している。
「ディーグルがいなくても、俺がいるんだよ」
俺が言い放ち、予め描いておいた絵を発動させた。こちらに殺到する乱す者達の足場が、泥沼へと変化し、彼等の足が膝まで埋まる。
「遠距離攻撃で片付けろ」
それを見て堀内が冷静に告げた。沼地に足場を取られた乱す者の兵士に、銃弾と矢と魔法が次々と降り注がれる。
「足場になるんだ!」
そう叫んだのはシリンだった。乱す者達に向けて。
「泥にはまった者はそのままうつ伏せになって足場になって! 後続はその足場を踏み越えて進んで、さらに足場になって! 橋を作って!」
どもることもなく指示を飛ばすシリンに、泥沼の中にいる乱す者の兵士達が次々と泥に突っ伏すかのようにうつ伏せになる。その上を泥にハマっていない後続の兵士達が指示通り踏み越えていく。
必死の形相で、咆哮をあげながら、彼等はこちらに殺到してきた。
葉隠軍の銃や弓や魔法が降り注いで、何人も倒れていったが、彼等は全くひるまない。怖気無い。命の矢とでも言うべき勢いで向かってくる。
「ははは、やるじゃないか。どうやら近接戦にも出番が有りのようだね」
ランダが笑いながら身構える。
「敵とはいえ、中々天晴れだと褒めてやりたい気分だ。敬意を込めて斃させてもらう」
滝澤も不敵な笑みを浮かべてランダの横まで進み出て、二本のショートソードを構えた。
味方を踏み越え、こちらの遠距離攻撃をも突破した乱す者の兵士と、葉隠軍の兵士達がぶつかった。
そこかしこで始まる剣戟。互いに士気が強烈に高まっているのがわかる。これが最後の戦いだと言わんばかりに、敵に襲いかかる両軍。
血生臭い殺し合いであるにも関わらず、俺はその光景を見て胸が熱くなってしまった。人と人が向かい合い、互いに手が届くような距離で繰り広げられる、純粋なる命のぶつけあい。一枚の絵として様になると見てしまう。
やがて戦いの趨勢は決した。明らかに葉隠軍のほうが優勢に傾きつつあった。しかしそれでも乱す者達の士気はいささかも衰えない。滝澤同様、俺も敵を称賛したい気分になってしまう。
「撤退して! この戦いは負けだ! 無駄に命を散らすことはない!」
だがシリンの命令に応じ、敵兵士は一斉に戦闘を中断し、一目散に逃げだす。
「遠距離攻撃でのみ追撃しろ」
堀内が命じる。
「そ、それはさせないよ」
シリンがなにやら魔法を唱え、飛び道具を構えていた兵士達の周囲に黒い雲が生じる。
「腐食の魔法だ! 今すぐその場を離れろ!」
俺が叫び、飛び道具を構えていた兵士達が慌ててその場を離れた。
「人喰い蛍」
一方でシリンは、ディーグルから目を離してまで味方を救った代償として、ディーグルの攻撃魔法をその身に浴びる事となった。
途中の沼で足場となった後に死んだ者もいるので、足場の数が減っている。新たな足場が築かれ、その上を踏み越えて逃げていく。
「綺羅星町においでよ。そ、そこで話をしよう」
耳元で声がした。シリンの声だ。おそらくは魔法で俺だけに聞こえるように発した声。
シリンの姿は消えていた。ディーグルに討ち取られたわけではないようで、ディーグルの方を見ると、俺に向かって疲れたような顔で首を横に振る。
「何かあのシリンとかいう奴、魔王なんて称されている割には、大したこと無い感じ。弱っちいというか、いいとこ見せずというか。魔王なんて呼び名、完全に名前負けじゃん」
鈴木が侮蔑を込めてそんなことを言う。
「俺は全く逆の印象だったがな」
「はあ? 何でよ」
俺が口にした言葉に、鈴木はカチンときた様子だった。単純な女だ。
「兵士が集まる間、身を張って時間稼ぎするという選択と決断。泥沼に足を取られているのを見て、すぐに足場を作れという非情だが確実に効果のある命令を下したこと。そのうえディーグルと戦っていたのに、我が身を省みず部下を助けるという行為。全部俺の中では高評価に値する。間違いなくあいつは部下からの信頼も厚いだろう。魔王様だぞウオー怖いぞ強いぞガオーなんていうテンプレ魔王なんより、シリンのような奴の方がよっぽど敵としては厄介なタイプだし、脅威と感じたぞ」
まあ一方で、頭張る者が率先して体張りすぎているのも、どうかと思うけどな。それはそれでやっちゃいけない迂闊な行為でもある。頭が崩れたらそれで組織は総崩れなんだしさ。いくらシリン自身が強大な力を持っているといってもな。
「ある面では、大将を務めるには向かないタイプと言えなくもないがな。前に出すぎだ。しかしそれが返ってカリスマになっていたなら、大将向きとも言える。やつらの士気の高さを見てもそれは伺えた」
堀内が言う。俺と同じことを感じたようだ。
「一応残党も警戒しつつ、施設の破壊を続行しよう。工場と思しき建物を順番に破壊だ。何が起こるか本当にわからんぞ」
堀内に命令に応じ、隣の建物へと向かう兵士達。
「こちらのやることを見越して、工場に爆弾を仕掛けている可能性もあります」
セラが進言する。
「全員ストップだ。鈴木、全工場内に敵兵士が残っていないかどうかを探れ。太郎、中に誰もいないのが確認できたら、絵でもって外から工場を破壊していけ」
セラの進言を受けた堀内が兵士達を止め、鈴木と俺に命じた。
***
で、残り七つの工場を全て破壊して回った俺。
やっと終わったか。しかし家に帰るまでが戦争ですって、幼稚園の頃から習っているしな。最後まで気は抜かないようにしないとね。
空が赤く染まりつつある。要塞も夕日に照らされ、そこかしこが赤く染まっている。いい眺めだ。
そういや俺、こっちに来てから奇跡以外で絵描いてなかった気もするな。いや描いたか? よく覚えてない。何故かもう、描く気がしなくなっている。
絵は趣味ではなかった。俺にとってはもっと別なものだ。勝負のような感覚で描いていた。どれだけ表現するか、どれだけ訴えるか、どれだけより良いものへと近づけていくか。色、線、形、何かを紙にぶつける感覚。
だがそれらは人の心には響かなかったようだ。俺だけの中で響いていた。
それが俺は不思議だった。俺だけは自分の絵を見ていいと思うのに、他の誰もそうは思ってくれないのか? この世に一人、俺しか俺の絵を評価しないのかと。
その絶望に行き当たって、何もかもわからなくなって、諦めないことだけが信条だったはずの俺が、描くのを辞めてしまった。
今、絵を描くことはしていても、その意図する所は全く別なものへと変わっている。表現のためではなく、現実化という奇跡のために、軍事利用。でもそれでいい。それが役に立っているのだから。俺の中でしっかりと刺激となっているのだから。
そんなことを考えながら、無言で要塞の中をぶらぶらと歩いていると、堀内が一人で突っ立って、夕日を眺めながら、空の黄昏にシンクロするかのように黄昏ていた。
「いよう、隊長、一人じゃ寂しかろう。太郎様が話し相手になってしんぜよう」
俺が気さくに声をかける。
「隊長だって一人でいたい時もあるでしょ。太郎さんは本当にデリカシーがありませんね」
「いや、丁度話し相手が欲しかったところだよ」
ディーグルが大袈裟な呆れ口調で茶化したが、堀内は微笑をこぼし、穏やかな表情で言った。
「隊長、こっちにきてからずっと兵士ってことは、もう七十年も戦い続けているのか?」
唐突とも言える俺の問いに、堀内の笑みが消えた。
「そうだな。非常に運よく生き延びてきた。運だけは良かった。この間とうとうその運も尽きるかと覚悟したが、神聖騎士が生誕して助けてくれるという、奇跡そのものの出来事が起こって助かった。だがな、いかにこれまでの悪運が強かろうと、死ぬ時はきっとあっさり死ぬだろう」
どこか遠い目で堀内は語る。
「ま、今回の戦いでもよく死んじまったな」
触れにくい話題をあえてぶつける俺。堀内が一人で黄昏ていたのは、おそらくその事だろうと思って。
「ああ、死んだな。いつもの事だが」
「一緒に祈ろうぜ」
そう言って俺は手を合わせる。横にいたディーグルとゴージンもそれに習い、各々の風習の祈りのポーズを取る。
「ああ、ずっと心の中で祈りを捧げていた所だよ。葉隠軍にだけでなく、勇敢に戦った乱す者達にもな」
堀内が再び微笑を浮かべ、俺と同じように掌を合わせて瞑目した。




