29 霧が濃くて……
兵舎のグラウンドで飛空船を呼び出すことが出来れば楽でいいんだが、葉隠市の住人も出来れば見られたくないという理由で、わざわざ馬で葉隠市の外の平野にまで出た所で、船を実体化させる。
七節戦線からの帰還の際には、人目気にせず兵舎まで飛ばしちゃったけどな……。まああの時はああいう事情があったからしゃーない。
相変わらず外見だけ立派で、中身の構造は適当である。
船長室にいると、堀内がやってきた。基本、俺はずっと船長室にいて操縦だ。ディーグルとゴージンもずっと一緒。
「まだ到着には時間かかるぜ」
地図と下の風景を確認しながら俺が告げる。
「わかっている。暇だから雑談しにきただけだ」
微笑を浮かべて堀内が言う。
「前から聞きたかったことがあるのだが、この際君の気持ちをはっきり確認させるためにも聞いておこう」
何だ何だ? どんな質問されるんだ?
「君はこのままずっと葉隠軍にいるつもりか? 神聖騎士という身なのに」
「前に似たようなこと訊ねられた気がするぜ」
「神聖騎士や巫女がここまで特定の人や組織に与するなど、稀だからな。神聖騎士は仕える神にとって邪魔な者と戦うのが役割だ。にも関わらず、君が神の元を離れてこうして葉隠軍に身を置いているのは、皆不思議に思っているよ」
うーん……夢の中でネムレスに命令された事を伝えてもいいのだろうか。まあそれだけが理由じゃないけどさ。
「もしかして君は叛逆の騎士なのか? 魔王シリンのように」
堀内の問いに、俺は笑って首を横に振った。
あの狼もそうだが、強烈な忠誠心を植えつけられてもなお、主たる神に逆らった神聖騎士や巫女は稀にいる。神が下僕と信頼関係を育むのを怠ったというか、忠誠心の植え付けをあてにして、駒のように扱い、相手が嫌がる命令を繰り返していれば、神の呪縛すらはねのけて神に牙を剥くということだ。
例えば俺だって、ネムレスに第十八部隊の面々殺せとかいきなり言われたら、そりゃ逆らうわ。言うはずがないけどね。
「俺はここが気に入っているし、ネムレスの確かな命令が無い限りは、ここにいるつもりだよ」
今口にしたことは本心だ。このまま一人の兵卒として戦いに身を埋める日々で構わない。大好きな絵が人の役に立つのも嬉しい。絵そのものが評価されるわけではないのは哀しいが……
「戦うのは辛くないか? 恐ろしいとは感じないのか? わかっているだろうが、ここでの死は地獄の死よりずっと重い」
七十年も軍人している堀内にそんなこと言われてもなあ……
「もう何度か戦場と呼べる場所に立ち、人が殺し合う様も見たけけどさ……戦っている間はいいんだ。わりと興奮して麻痺している。使命感みたいなのにも取り憑かれているしさ。戦いに行く前も心地好い緊張感がある。でも……戦いの後になると、いろんなものが頭の中に襲ってくるぜ。悪夢にもうなされる。ウジウジするのは嫌いなんだけど、余計なことを考えてしまう事もあるな」
「例えば?」
う、いざ具体的に話すとなると、浮かばない……いや、一つ、いつも思っていることがある。
「乱す者が他人を傷つけてまで……あっちより重い命を持つこの世界で、人を殺すような真似をしてまで、自分達の理想をかなえようとする事とかさ。そこまでするに値する御立派な理想なのかなーとかさ」
「彼等の中で派閥があって、目的も異なるようだ。破壊をしたい者もいれば、支配をしたい者もいる。だがその中で明確かつ具体的な目的を持ち、動いている一派がいる。自分達好みの町を作るという目的だ。しかし自分達だけで町を作るには、人手も物資も流通も無い。故に侵略して支配するしかない」
と、堀内が解説してくれたが、実はその辺の話は俺も勉強して知っているんだがね。
「彼等は葉隠クラスの大都市の占領が目的の一つのようだが、うまくいった例は全く聞かないな。いや、大都市そのものを占領した例は幾つかあるが、いずれもその後の支配で失敗して退散した。しかし小さな村や町を占領し、自分達好みに作り替えた例は多い。村や集落から人を一ヶ所に集める事もあるようだ。葉隠から一番近い乱す者の治める町――綺羅星町は、その中でも成功例と言えるかもな。サラマンドラ都市連合にさえも、中立地域として認めさせた程だ」
脇坂が手紙に書いていた町か。正直すごく興味がある。
「そんな自分勝手のために人を殺さんでも……と思ってしまうね。やっぱり」
戦いそのものを刺激として望んでいる俺に、そんな台詞を言う資格は無いかもしれんが。
「神に捨てられた地でも、似たような理由で戦争は起こっていただろう。争いなんて自分勝手から始まるものだ。どんなに大儀を抱えたところでな」
下界での戦争体験もある堀内が言うと言葉は重いが、全ての争いがそうとは思えんけどなー、俺は。
「話を戻すが、ひょっとして君の神であるネムレスに乱す者と戦えと指示されているのではないか?」
うお、見抜かれた。つーか、ディーグルとゴージンにも言ってないのに……。そのうえ二人とも側にいて会話聞いてるってのに……。
俺は嘘つくのもポーカーフェイスも不得意だから、困るなあ。ネムレスと接してることは内緒にしておきたかったんだ。もしネムレスと夢の中で接触していることがわかれば、指示を仰げとも言われそうだし、それは面倒だ。
「太郎はネムレスと話が可能であルか?」
ゴージンが食いついてきた。ほらみろ。何か目の色変えちゃっているし。
「言いたくなかったんだが、たまに夢の中に現れてあれこれ言ってくる。乱す者と戦えという命令も確かにある。でも俺が葉隠軍にいるのは、それが理由だけじゃない」
「どうしてネムレスが乱す者と戦えと? ネムレスは乱す者にも力を貸しますし、乱す者からも信仰されている神ですよ」
ディーグルが不審げに言った。
それは俺も気になっているというか、疑問だった。
つーかね、仮にネムレスが乱す者を滅ぼしたがっていたとしても、俺に奴等と戦うよう命じているのもおかしい。
この世界は地球よりもはかるに広い。全宇宙の死人の魂が暮らしているし、下界の生者より、こっちの方が数も圧倒的に多いんだから、そりゃスペースも必要だ。
で、その広い広いこの世界のありとあらゆる場所で、乱す者が跳梁跋扈しているのだから、いくらネムレスにとって邪魔者だろうが、一都市周辺の乱す者をしばきまくった所で、焼け石に水だ。
何か他に狙いでもあるんじゃないかとも思う。例えば俺の力を手っ取り早くレベルアップさせるためにとか。
「俺にもよーわからん。つかさー、ネムレス関係のことはあまり聞かないでくれ。夢の中であいつと接触していることも言いたくなかった。いろいろ謎が多いし、聞かれても困るんだ」
「我の夢の中にもネムレスが現レてくレぬものか」
物欲しそうな顔でゴージン。よほどネムレスのこと好きなんだなー。
***
堀内が退室し、その後船長室はまた俺とディーグルとゴージンの三人になったが、しばらくしてから意外な人物が訪れた。
真っ黒ずくめのローブに、フードで顔を隠したあの鈴木とかいう女だ。
「絵の奇跡で空間移動装置とか出せないわけえ?」
開口一番、そんなことをほざいてきやがった。喧嘩売りにきたのか?
「できたらとっくにやってるわ。あまり無茶苦茶なもんや複雑なもんは出せないんだよ」
「ふ~ん、どんくらい頼っていいのか、基準がわからないものに皆で頼ってるんだ」
嫌味ではなく、本気で呆れているような口ぶりの鈴木。
「お前の主の市長も俺に頼ってるんだが?」
だがこの一言に、鈴木は絶句した。
「一つ言っておくね。私はこの世でただ一人だけ、尊敬している人物がいる。それがルヴィーグア様よ。だからあの方のことを軽々しく口に出すのは、耐えられない、許さない、許せない」
トーンを下げて、メンヘラ女丸出しなネチッこく陰にこもった声でぶつぶつと喋る鈴木。
「お前がいくら尊敬しようと、アリアは別にお前の所有物じゃねーし、俺がお前の前でアリアのことを口に出そうが出すまいが俺の勝手だヴォケガ。嫌なら俺の前にいる時はずっと耳に栓でもしてろタコ」
俺も嫌味ったらしい口調で応戦してやる。もうとことんやってやるわ。途中でディーグルらが止めに入っても、構わず舌戦続けてやるぜ。
「嗚呼……もう駄目、この餓鬼。もうこいつ許せない。私の心の闇の深淵を覗いたわ。迷い込んだわ。そのあげく私の中の入ってはいけない領域に、軽々しく土足で踏み入った。つまりもうおしまい。もうどうなっても知らない。制裁をしないと」
頭イッちゃってるとしか思えないキモいことをぶつぶつと口走ると、鈴木は大きく手を振り上げ、俺をひっぱたこうとした。
最近はいろいろあってサボっていたが、それまでは日々回避訓練に励んでいた俺に、かわせない攻撃ではない。
「なっ、何故よけるのの? あなた、お前、あなた、お前、今自分が何をしたかわかっているの? 私が殴ろうとしたのにかわわわしたのよ? いくるぁ子供だからって、罪と罰の定義くらい理解しないとらめでしょ?」
興奮気味でいささか呂律の回ってないしゃべり方で、意味不明なことを口走る。
「お前は誰と喋ってるんだよ……」
この鈴木って女、明らかにアスペルガーか何かだと思うわ。少なくとも他人と正常な会話はできないタイプのようだし。
「もちろんあなたよ。あなたアスペか何か? 私が誰と喋ってるかもわからないの?」
「俺と会話したいなら人に通じる言葉で頼む。お前は自分の中だけでのみ通じる喋り方しかしていない。一人で勝手に踊っている感じだ。言ってもわからないだろうけどな」
こいつ、果たしてアリアとはちゃんとコミュニケーション取れているんだろうか。アリアを尊敬していると言うからには、ある程度会話は通じていると察せられるが。アリアはこいつをうまいこと飼いならすことができているのか?
「鈴木もいるのか」
と、そこにまた堀内がやってきた。
「そろそろ降ろしてくれ」
「降ろすってどういうことだよ。空から接近して崖側から要塞に入るんだろ」
堀内の要求に驚く俺。何で話が変わっているんだと。
「もちろんそうだが、万が一のことも考え、山岳地帯前に入る前には濃霧作戦を展開したい。太郎は自分の目で見たものじゃないと絵描けないから、山岳地帯に入る前の風景を描くのは無理なのだろう?」
ああ、そういうことか。
「確かにな。入る前の筆の力を使えば見なくても描けるけど、誰かの強い想いが無いと無理だしな」
「うむ。そのために船を降ろして、太郎だけ先行して山岳地帯全域と要塞を視界に収め、絵を描いた後に飛空船で接近する必要がある」
そういう手筈は、ここを出る前に打ち合わせて決めておくべきだろうに……まあ堀内も今思いついたんだな、きっと。
「使い魔を通じても無理ですか? 森の中で魔物育成施設を捜索した際に、小さな飛行機を創り出して、それに使い魔を乗せていたでしょ? ここからあれと同じことをできません?」
と、ディーグル。
「あー、それなら出来るかも」
すっかり忘れていた。そんなこともしたな、そう言えば。その手でいくなら、わざわざ俺が先行する必要も無い。
スケッチブックと鉛筆を呼び出し、ラジコン飛行機を現出させる。
この上にアルーを乗せ、山岳地帯一体及び件の要塞を俺の視界に収めた上で、まずはその景色を絵に描き、次いでその景色が濃い霧に包まれている絵を描けばいいな。
「これを飛ばすの? こんなのが飛んでいてもバレそうだと思うけど」
そう指摘したのは鈴木だった。うーん、尤もな指摘だ。
「小さいから遠くからではわかり辛いと思うが、運悪く乱す者の目に止まる可能性が無いとも言い切れないな」
「バレたら一巻の終わり。とんだ無駄足。ならバレる可能性を少しでも減らす努力をしましょう」
冷静な口調で鈴木が告げると、呪文を唱え始める。さっきまでのメンヘラっぷりが影を潜めて、真面目モードになってるような雰囲気だ。
呪文が完成し、ラジコンが巨大な鷲の姿へと変わる。
「幻影魔法ですか。見事なものですね」
ディーグルが称賛した。
「初級の幻影魔法で見事とか、あんた私のこと相当見くびってたの? 嫌味なの?」
ネチってこい口調に戻ってディーグルを睨む鈴木。
「ごめん、それもう一度かけなおして。アルー乗せたい」
札からアルーを呼び、要求する俺。
「く、蜘蛛の使い魔ですって……」
俺のアルーを見て、鈴木がのけぞって絶句した。
「な、何ていい趣味してるのっ……。市長閣下と同じなんて……。いえ、これは侮辱よ。あんたごときがルヴィーグア様と同じ感性なんて、侮辱よ」
「いいから早くやれ」
小さく息を吐いて堀内が鈴木に命じる。
「つーかこの船そのものを幻影魔法で鳥に見せるってのはやっぱ無理?」
「無茶言わないでちょうだい。多少は大きさの変化もできるけど、限度があるわ。それに、小さなものを大きく見せるのは楽だけど、その逆は困難だし。これは私の腕とは別問題の仕様なんだから」
そう言って鈴木が再び呪文を唱えようとする。
「頼みがあル。もしよけレばであルが、我のエナイトも乗せてもラえぬか?」
肩の上に乗せていた桃蟲を掌へと移し変えて、ゴージンが言った。
「我のエナイトは機動力に欠けルが故、我かラ遠方に移動し難し。任務の途中に私的な頼み事をしてすまぬ」
「いいよ。重量的には問題無いし」
許可を出す俺。ゴージンもせっかく使い魔を貰ったのだから、離れた場所を使い魔の目を通じて見てみたいだろうしな。
「それを許可するのはあんたじゃなくて私じゃない。別にいいけど、筋は通すべき」
「いいから早くやれ」
今度は大きく溜息をついてから、堀内が鈴木に命じた。
***
飛空船は一旦地面へと降ろす。まずは鷲の姿になったラジコン飛行機と、その上に乗せたアルーを通じて、絵に描く場所を俺の視界に収めないといけない。
つーか、鷲にしては飛び方がおかしかったり早すぎたりしそうなものだが、まあたとえ目に留まる者がいても、そこまで疑う者はいないだろう……多分。
ラジコンを旋回させるなどして操作しながら、俺はスケッチブックに地表の風景を何枚も描きこんでいく。一枚のページに三つ同じ絵を描きこむ。後でその三つの絵に、霧が発生していくさまを描く予定だ。それを何度も何度も繰り返す。
かなりの広範囲、かなりの枚数に渡って絵を描き続ける俺。久しぶりに大変な作業だが、苦痛は一切無い。絵を描くのは楽しい。たとえ奇跡の力で高速化していても、ちゃんと描いているという感覚はあるしね。
やがて件の要塞までやってきた。もちろんここも描く。これで終わりだ。
「使い魔を通じ空よリ見えし景色、面白かったゾ」
「遊びにきたのではないのだからな」
微笑をこぼして感想を述べるゴージン。それをやんわりとたしなめる堀内。
「霧も描きこんだ。後は絵の奇跡を発動させて、濃霧を出すだけだ。到着までは十分ぐらいだな」
「これより太郎が霧を出し、兵器製造工場へと直行する。到着時間は約十分。総員戦闘準備をして待機」
俺の言葉に頷くと、堀内は館内放送用のマイクを手にとって命じた。
「行くぞ」
スケッチブックに絵を描いたページが次々と浮かび上がり、光りだす。
進行方向前方に少しずつ霧が発生し、しまいには数メートル先すら見えない、まるで世界がミルクで覆われているような濃い霧に包まれた。
「鈴木、ジャミング魔法を唱えて、敵のレーダーと探知魔法を遮断しろ」
「了解」
堀内の命令に応じて、鈴木が呪文を唱えだす。
飛空船が再び浮上し、霧の中へと入っていく。さっきまで晴れ渡っていた空も、一面真っ白だ。自分でやった事ながら、なんとも神秘的だ。
「全然見えないけど、操縦は大丈夫なわけ?」
誰もが口にしなかった愚問を口にする鈴木。
「大丈夫じゃなかったら飛ばしてねーよ」
「大丈夫だからこそ飛ばしているのはわかりますが、しかしどういう原理で大丈夫なのか、その辺りは興味がありますね」
ディーグル、中々いい質問の仕方をするなあ。
「一度アルーを乗せてラジコン飛ばして要塞までの航路まで、アルーに糸を吐き出させ続けたから、それを辿っているんだ。俺にはその糸の位置が、目で直接見えなくても感覚でわかるからな」
「なるほど」
「流石は……ルヴィーグア様と同じ蜘蛛の使い魔。応用力がある……」
素直に感心するディーグルと、わけのわからん感心の仕方をしている鈴木だった。




