28 そうだ、工場行こう
朝起きて窓の外を見る。
で、俺の部屋の窓の外の風景が全く違うんだわ、これが。窓の真ん前に貯水タンク。うーん……
別の部屋の窓からの風景はまた違うけどね。葉隠市中央区が見渡させる。市庁舎他、重要な施設以外に高層建築が全く無く、低い屋根の家屋ばかりが立ち並んでいる。
前の家は庭もやたら広かったんだが、市庁舎の屋上のスペースを考えると、流石に庭までは作れなかった。おまけに対空ミサイルまで配置しちゃったしね。
で、今日からやっと軍隊生活に復帰だぜ。
兵舎に到着し、第十八部隊の兵士達と軽く挨拶。何日も休んでいたせいで、もう兵舎と第十八部隊専用の屋内訓練場が懐かしく思えてしまう。
で、またまた知らない顔があった。しかも女性だから嫌でも目立つ。しかもフードつきの真っ黒いローブに身を纏った、いかにも魔法使いでございますといった格好なので、尚更目立つ。
この世界、皆生活魔法こそ覚えているが、魔法の研究を専門に行っている、職業的な魔法使いはとても少ないとの事だ。生活魔法は、魔法使い達が長年に渡って研究を続けた結果、初心者用に覚えやすい魔法として作り上げたものだという。
職業的な魔法使いとして、より高度な魔法を習得していくためには、とんでもなく長い時間を要するうえに、厳しい修行を行う。才能にも左右されるので、多くの人間は途中で挫折するとのことだ。
より高度な魔法は何かと言えば、まず挙がるのはテクノロジーマジックだ。例えば町中に設置されている、移動魔法を使って高速移動するための高速道路、ああいったものを作り上げている。また、新たな魔法の開発もこれにあたる。主に生活魔法の研究が盛んであるとか。
戦闘用の魔法も高度な魔法として分類される。戦闘用魔法を好んで学ぶ者は稀有らしい。葉隠軍にも戦闘用の魔法を使える者はそれなりにいるが、魔法使いと呼べるほど多くの魔法を習得しているわけではないらしい。一つしか覚えてない人もいるし、多くても四つくらいとか、そんなもんだ。
何しろ戦闘用魔法なんざ、学んだ所で使う機会が限られている。兵士となって戦うか、冒険者にでもなるか、文字通り戦闘そのものを目的しなければ無意味である。さらに言うなら、冒険者になるにせよ兵士になるにせよ、多大な時間と労力をかけて戦闘用の魔法を学ぶよりは、武器の扱いを学ぶ方が時間もかからない。特に銃。
だが訓練場にいる黒いローブの女性は、その姿格好からして職業的な魔法使いのようだ。いかにも魔法使いチックな服装をして職業的な魔法使いなら、兵舎内で何人か見たことはあるし、軍内部にもいることはいるが、第十八部隊には存在しなかった。
「彼女には気をつけた方がいいわ」
種類はわからないが上品系な犬の顔をしたコボルトの女性がやってきて、俺に話しかけた。つかよく考えたら、この人の名前まだ知らなかったな。
「えっと、お名前は……」
「セラよ。ランダと同じ元第二十六部隊」
犬顔でにっこりと微笑んでみせる。とても柔和な笑みだ。
変な言い方だが、よく見てみると犬顔にも関わらず美人に見える。やや青みがかった灰色のフサフサの綺麗な毛で覆われた体。出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、絶妙なプロポーション。モンスター♀系好きだと、きっとたまらないんだろうな。
セラが自己紹介すると同時に、セラの肩の上で浮いていた鮮やかなブルーの熱帯魚も、大きく上に旋回してから同位置に戻り、頭だけを垂れる。これが彼女の使い魔の挨拶なのだろう。
「この子はプピュウ。見ての通り私の使い魔よ」
「セラのいた星って、魚が空飛ぶのかな」
「違うわ。使い魔はイメージの具現化による御都合主義補正も入るので、必ずしも地獄の動物そのままを再現するわけではないのよ。魚もちゃんと現実通り水の中だけでしか生きられないなら、使い魔としては不自由すぎるじゃない」
そういや俺のアルーも言えてるな。下界にあんなデカい蜘蛛いないし。
「で、あの女は何かヤバいの?」
「アリアルヴィーグア市長の子飼いよ。貴重な探知魔法の使い手だから、スパイ防止の意図も兼ねて、この部隊に配属されたのね。第十八部隊そのものに対する監視役というニュアンスもあると思うわ」
どうやらセラはアリアのことを警戒しているようだ。快くも思っていないのかもしれない。まあ日頃の発言からして、アンチ生んで当然の奴だから、警戒されるのもしゃーない。
「探知魔法って、占いの強化版のような魔法だろ? それを軍内部に向けて使っているのか」
「今朝の新聞見てない?」
セラが鞄の中から新聞を取り出し、俺の前で広げてみせる。
記事にはアリアが探知魔法禁止法を撤廃したと書かれていた。探知魔法自体は禁止されていたのか……。
さらに読んでみてわかったが、木村前市長がプライバシー尊重のために、探知魔法禁止法を制定したがため、軍内部もスパイだらけになってしまい、テロリストも都市内部に入りまくったとアリアが主張していたようだ。で、つい昨日、アリアがその法律を撤廃したとのこと。
「探知魔法も完全に万能ではないけどね。条件や範囲のしぼりこみがある程度必要だし、時間もかかる、探知魔法から逃れるための魔法もある。でもその気になれば、個人のプライバシーも知ることだって出来るから、禁止に賛成する人も多かったのよ」
セラが探知魔法の事情について教えてくれた。
「彼女がどういう人物かも知っているのか? アリアが市長ってだけで警戒しているわけか?」
「ああ……太郎君は現市長派かしらね」
「そういうさあ……どっちかの派閥だの陣営だのって線引きでもって、人を物差しで測るのはどうかと思うがなー」
「ごめんなさい。私は現市長とは第二十六部隊にいた頃からウマが合わなかったもので。ああいう粗野な女性は、どうもね……。政策も強引で過激だし、市長になってからの振る舞いときたらまるで独裁者そのものですもの」
ここの人、おっとりして知的っぽく見えてたから好感抱いていたが、話してみると……ちょっと残念な所があるな。理屈よりイメージで人も物事も測るタイプに見える。
「悪いけど俺はアリアの子飼いだからってだけで、警戒したりはしないよ」
いつも通り、思ったこと言いたいことをはっきりと口にする俺。そもそもアリアにはもう悪印象も無いしな。
「いい子ね、太郎君は」
しかしセラは気分を害した様子は見せず、それどころか微笑みながら俺の頭を撫でた。
「それより、明日の乱す者の兵器工場って、コボルトのテクノロジーが用いられているっていうけど、コボルトってこの世界の種族らの中で、一番文明的に優れているのかな?」
「謎に包まれた竜族を除けばそうでしょうね。東の不毛の土地の先に王国を作っているという話だけど、一体誰があの東の地を乗り越えて確認してきたのかという謎もあるわ」
色んな本を読んだが、竜の伝説は結構いろいろ書かれている。この世界では神々よりもずっと謎に満ちた存在だ。竜族は神々の定めた法則をもはねのける力を持つという説まである。そしてセラが言っていた通り、大陸の東の果てにいるという事になっている。
「こう言ったら失礼だけど、コボルトが知性の高い生物ってちょっとギャップあった。おまけにセラとか綺麗だし。人間の星だと、オークとかゴブリンとかコボルトって悪者扱いなんだよね」
「どんな種族から見てもギャップがあるらしいわよ。コボルトの星のファンタジー観だと、人間は年中発情して植物相手にも盛るほど性欲旺盛で下品な種族だし、エルフは凄まじいレイシストで多種族の虐殺を行う悪者扱いだから」
そういや某オープンワールドRPGのエルフの下衆っぷりは凄かったなー。
「うちらから見たら完全にオーバーテクノロジーだし、そんな技術が敵には使われているのに、こっちでは使えないってのももどかしいね」
「私達の星では二百年前まで戦に明け暮れていたから、その頃死んだコボルトの多くが乱す者となり、可能な限りテクノロジーの提供を行っているみたい。でも物資の不足、技術者と知識の分散と欠如があるから、そうそううまいことコボルトの星のテクノロジーを完全再現は難しいようね」
あの球体飛行兵器を再現できる技術があるなら、もっといろいろ出来そうなもんだけど、うまくいかないものなのか……
「そんなに文明が進んだ星なら、科学技術の発展を拒むこの世界じゃ物足りなくない?」
「二百年前を境に戦争は一度も無いのよ。調和のための精神的な進化こそが必要という結論に行き着いたわ。そういう意味でこの世は、科学文明の無さという物足りなさはあっても、慎ましく平和に生きることを至上とする価値観は、私達コボルトとあっているわね」
セラの言う精神的な進化を望むという姿勢を良いと思う一方で、羨ましいとも思わなければ、そんな世界では生きたくないという気持ちが強く沸き起こった。
未成熟でもいいから、もっと感情にストレートで、欲望がギラついた世界の方がいいわ……
***
やがて第十八部隊の兵士達が揃い、堀内の前で整列する。今から明日の兵器製造工場襲撃作戦の説明がされる。
「場所は乱破市近郊の山岳地帯だ」
「巨大都市の近くにそんな施設を築くというのも盲点じゃの」
話を切り出した堀内に、ザンキが早々に口を挟む。
ちなみに乱破市は葉隠市からは最も近い場所にある巨大都市で、人口は八百万を超える。最も近いといっても、結構距離は離れているようだし、間には幾つもの小都市や村や集落が点在している。葉隠市と共に乱す者掃討作戦も行ったこともあり、それなりに交流はあるようだ。
「目的は施設の完全破壊。兵器の完全破壊。コボルトの技術者達の捕縛もしくは討伐。この三つを第一に優先する」
以前の魔物育成施設襲撃と似ているようで微妙に違うな。
「第二に施設にいるであろう乱す者の指導者の討伐。捕縛の必要は無い。この間の脇坂奪還のためのテロの件があったため、指導者クラスの捕縛は無いことに決まった。見つけ次第討伐だ」
つまり殺すってことね。しかし指導者討伐は第二なのか。
「かつての魔物育成施設とは比べ物にならぬほど堅固かつ巨大な要塞だ。外観を――」
証明が落ち、魔法で立体映像が投影される。山の頂――断崖絶壁の淵に築かれた、謎の黒い合金の建物。さらに要塞というだけあって、崖の反対側に幾重にも黒い合金の壁が築かれている。
壁の上にはいかにもレーザービームとか出しそうな、SFチックな砲台が幾つも並んでいる。まあなんだ……SFvsファンタジーの第二幕っぽい雰囲気だな。
「太郎の奇跡頼みになるが、崖側から潜入したい。空からでは目立ちすぎるとして、何かいい方法は無いか?」
堀内め……自分で具体的には案を出さず、あえて俺に振ることで、俺の存在を目立たせようとしているな。ありがた半分、迷惑半分。
「空から目立たない方法で潜入すればいい。絵で透明になることは出来ないけど、濃霧を発生させる事はできる」
その場の思いつきで提案する。もっといい方法もあるかもしれないが、いきなり話振られて思いついたのはこの程度だ。
「もし……向こうにも探知魔法の使い手がいたらどうすんのよ……。コボルトの怪しい科学技術のレーダーってのも考えられるじゃないの……。この作戦は子供の浅知恵で失敗する可能性大」
やたら暗く沈んだ声で――しかしはっきりと聞こえる音量で誰かが言った。女の声だ。
声がした方を見ると、例の黒いローブを着た女がいた。フードを目深に被っているせいで表情は伺えない。口と顎くらいしか出てない。
「奇跡とかいう、強力でも曖昧な力を中心にして作戦を展開する時点で、いろいろと終わってるよねぇ……この部隊」
かつてランダがここに来た時も、不満たらたらって感じだったが、ランダに不快感は覚えなかった。しかしこの女にはかなり真剣に腹が立つ。ランダは俺達を嘲ってはいなかった。こいつは嘲っている。この違いが大きい。
「んじゃー、あんたの魔法で探知魔法防いでくれ。レーダーもな。はいこの件解決。よかったよかった」
根暗そうな魔法使いビッチの方を見て、俺が言ってやる。
「太郎、脊髄反射で煽るじゃない」
堀内に叱られた。何で俺が叱られるんだよふぁっくー。先に喧嘩売ってきたのこいつなのによー。
「隊長、先に余計なことを口にしたのは彼女でしょう」
そう言ってくれたのは滝澤だった。こいつは見た目だけではなく精神的にもイケメンだなっ。俺が今この瞬間そう認定してやるっ。
「もちろん煽り返した太郎も同レベルで悪いとは思いますが」
続けてそんなことを言う滝澤。今の無しっ。精神的イケメン取り消しっ。
「鈴木、君も言葉を慎むようにな」
「えぇ~? 私にそんな口を聞いていいの? 私がどういう立場かはわかってるんでしょぉ?」
鈴木と言われた女が、ネチっこい口調でからかうように言う。
「例え市長の推薦で特別配属された身であろうと、私はただの一兵卒として扱うぞ。隊長に対する口の利き方からも教育した方がいいのであれば、そうするが?」
喋りながら堀内は鈴木の方へと歩んでいく。
「ふへへへ……軍上層部にはねえ、そこの絵描きの餓鬼や、第十八部隊に対して快く思わない者もいるのよ。それを市長がすべて抑えているってーのに、市長の恩に報わぬってわけ? 呆れた隊長だごぼおっ!」
嘲りをこめて頓珍漢なことをほざいていた鈴木の横っ面に、堀内の男女平等パンチが炸裂した。うおーっ、スカッとした。
「警告は先にしたからな。市長に恩義は感じているが、別に君は関係無いだろう? 何を勘違いしているんだ?」
いつもと全く変わらない口調の堀内。
「ぶ……ぶったな……。この私を……。この私をぶったのは、お前で五十七人目ぇ。覚えとくっ。覚えとくんだからぁっ!」
堀内を見上げ、呪詛に満ちた声で叫ぶ鈴木。どんだけ殴られてるんだ……。まあ誰だって殴りたくなるような女だとは思うが。
「茶番はいいとして、どうなんだ? 君の魔法で、乱す者の魔法によるサーチ――もしくはレーダーによる電波を遮断できるのか? できるならやれ」
「できなくはないけど、確実性も無い。魔法は奇跡ほど万能じゃないのよ。誰かさんの奇跡でも出来ない事なら、私如きめの魔法なんかじゃ、とーてもとてもぉ」
皮肉たっぷりにいう鈴木。どうもこいつは俺のことが気に食わないうえに、対抗意識燃やしているな。御自慢の魔法が、奇跡よりは格が下である事が気に入らんのかねえ。
「では太郎の濃霧作戦に、鈴木のジャミング魔法を期待し、上空より要塞の崖側へと接近、潜入する方向性で行こう」
と、堀内。いいのかねえ……そんなあっさりと決めちゃって。
***
その後も作戦についてあれこれ語られたが、まあお絵描きが仕事の俺にはあまり関係の無い話だった。
堀内からの指示が一通り終わり、今日は解散という運びになる。
「ったく、なんだいあの女はっ。感じ悪いねえっ!」
鈴木がさっさと訓練場を後にしたのを見計らって、ランダが全員に聞こえる声でがなった。気持ちはわかるし、多くの兵士が同じ思いだろうし、ランダが大声で不満を口にしたことで、少し皆の気も晴れたろう。
「まあ隊長は特別扱いしないと言ってるし、いいんじゃないか? 権力者の庇護下にあると錯覚していた変わり者のようだが、市長がこの軍に配属してきたからには、能力は確かなのだろう」
と、滝澤。変わり者かー。ちゃんと言葉を選んでいるな。俺はどんなに言葉選んで表現和らげても、せいぜいオツムの可哀想な子くらいしか思いつかん。
「ええ、かなりの魔力を感じました。魔法使いとしての力は侮れませんよ。高度な探知魔法も使えるようですしね。人格面は太郎さん級に破綻しておられるようですが。いや、太郎さん並に精神が幼そうです」
「ディーグル……いくらなんでも俺はあんなにひどくはない」
何故こいつは何かと俺を引き合いに出すか。
「いくら能力が高くても、あんなのがうまくあたしらの中に溶けこめると思うかい? 足並み揃えられない奴はいらないよ。アリアももう少しまともなの寄こせばいいだろうに。何考えてるんだろうねえ。ったく」
ランダの言い分に兵士の何人かは同意して、うんうんと頷く。
「あの女、太郎に対抗意識を抱きたりきゾ」
ゴージンも見抜いていたようだ。つーかあんな言い回ししていたら誰でもわかるか。
「ま、最初はああでも、そのうち仲間として馴染むかもしれない。あの手の変わり者は、どこに行っても初めは反発して馴染めないものだ」
そう言った滝澤の言葉が俺には信じられなかった。性格の悪い奴ってのは、わりとどこまでいっても性格悪いまんまだからな。途中で改心とか、デレが入るとか、そんなのは滅多に無いもんだし。




