25 皆が優しくしてくれた
翌日、俺はラクチャの神殿へと向かうことになった。堀内が緊急用の特別なアポを取ってくれているので、何時間も並ばずともすぐに会える。
ディーグルにおんぶされている状態なので、目立ったかもしれないが、そんなの気にしてられない。つーかディーグルの背中が気持ちよくて、自我崩壊しそうになる。俺はそんな趣味無いのにぃ。ったく……厄介な呪いだぜ。
神殿の中でラクチャと会ったのは、以前二回会った部屋とは違う部屋だった。蝋燭が沢山立てられ、床に奇妙な紋様が描かれた、明らかに何らかの儀式が行われる部屋。
「話は聞いているよ。厄介な呪いをかけられちゃったみたいだね」
部屋の中心――怪しい紋様の上へ仰向けに寝かされた俺に、ラクチャは相変わらず柔和な笑みをたたえながら、声をかけてきた。
ラクチャはすり鉢で何かをこすっている。また薬草浣腸か?
「じゃあ、脱いで」
ラクチャの言葉に反応し、ディーグルが俺の体をひっくり返してうつ伏せにして、ゴージンが俺の服の尻の部分だけをぺろんとめくる。
「いや、全部だよ。ていうかそれは何の準備完了サイン? 何でお尻?」
従者二人の見事までの素早い手際と連携により、尻出しスタンバイにされた俺を見て、おかしそうに笑うラクチャ。
いやあ……てっきりまた浣腸だと思っていたから、俺もこれが自然だと受け取っていたよ。ラクチャもすり鉢で何かこすっているしさ。
つーか、服を全部脱がして何するつもりだ? まさか全身にすり鉢の中の何かを塗りたくる気か?
俺のその予想は、半分くらいは当たっていた。
「ちょっと二人で暴れないように押さえていて」
ラクチャの指示に反応して、ディーグルが俺の左肩と右腕、ゴージンが尻と左足を押さえる。つーか暴れないようにって、我慢ならないくらい痛いことするわけか? 怖いな。
ラクチャはすり鉢の中に筆を入れ、中にある何かを筆につけると、俺の体に筆で塗りたくりはじめる。
「ぎゃはははははっ!」
子供の体であるが故に、すさまじいくすぐったさが俺を襲う。なるほど、体押さえるのはこのためか。
「もっとしっかり押さえて。字がぶれちゃう」
ラクチャの指示を受け、俺の体を押さえる二人の力が強くなる。つーかゴージンは尻を鷲掴みにし始めたんだが、それはしっかり押さえたというのとは別な気がするぞ。
それとラクチャの言葉が引っかかった。字だと? 俺の体に呪文だか経文だか書いているってのか?
「わははははははっ。ひぃーっ、ひぃーっ」
呪いの苦痛など忘れて、ひたすら笑い続ける俺。つーか呪いよりこっちのくすぐり地獄のが苦しいよ。
ラクチャは黙々と俺の体の隅々まで字を書き続ける。脇とか足の裏にも容赦なく筆が落とされた。耳なし芳一になっちゃうよー――と言いたいところだが、ちゃんと耳にも書かれた。
「さ、完成だ。鏡を見てみるかい?」
そう言ってラクチャが、部屋にある大きな鏡を指す。どれどれ……
よろよろと立ち上がって鏡の前まで行くと、本当に耳なし芳一の如く、全身に得体の知れぬ文字が書かれている俺の姿があった。うーん、キモい。実に貴重な体験ではあるし、話のネタにはなりそうだがな。
って……とんでもない事に気がついたぞ!
「ラクチャのじっちゃん、ちんちんに呪文書かれてないよっ。このままじゃ俺、ちんちんだけ取られて、ちんちんなし太郎になっちゃう。いや、たまたまにも書かれてないじゃんか」
「そこは君が恥ずかしいだろうからと思ってやめてあげたのに、書いてほしかったのか。変わった子だね、君は。じゃあ書いてあげるから寝てごらん」
「ばっちこーいっ」
そんなわけで陰部にもしっかり呪文を書いてもらった。ありがたやありがたや。ディーグルとゴージンが呆れきった顔になっていたのは言うまでも無い。
「じゃあいくよ。そこに寝ていて」
ラクチャに言われ、先ほど寝かされていた場所に再び寝る俺。
「はああああああっ!」
両手を眼前で合わせたラクチャより、裂帛の気合が放たれる。気が確かにパワーとなっているのが、ありありと感じられる。流石は神様。
「はあっ!」
ラクチャがさらに一声発し、手を組んだまま腕を勢いよく前へと振り下ろす。すると床から、目を開けていられないほどの眩い光が放たれた。
俺の体を蝕んでいたダルさが消し飛んだ。すごく爽快な気分だ。やっと元に戻ったというか。しかし光が消えると、またダルさが戻った。俺の体に書かれていた呪文も全て消えていた。
「一度では解けない強烈な呪いのようだからね。一日一回ずつ行おう。また明日も来なさい。もちろんここに来る以外でも、呪いを解く努力は怠らないように」
ラクチャが告げる。呪いを解く努力……薬草浣腸とかマッサージとかゴージンに抱かれて寝ることね……
***
ラクチャの神殿から屋敷に戻ってから、俺はまたベッドに寝かされていた。
ゴージンが添い寝してくれているので、辛いのは大分緩和されている。いや、添い寝じゃないな。もろに抱きついて寝ているわけだが。
正直それでエロい気分とかになれるような心のゆとりは無い。呪いの症状が癒されている事のほうが大きい。もちろん、呪いの力自体を弱めているという効果もある。
やることもなく暇をもてあましながら、時間だけが過ぎていく。
自分の体の自由がきかないもどかしさに、イライラが募っていく。一体いつになったらこの呪いは解けるんだ。もう四日目だぜ。ふぁっく、あの狼め……
こうしてひたすら無為な時間を過ごしていると、自分がこの世界から隔絶されているような、そんな感覚すら抱いてしまう。それがたまらなくしんどい。
この世界――下界から言うあの世へと来て、俺は俺の居場所をもう作ったと言っていい。そこに戻りたい。自分の役割を果たしたい。
死ぬ前に自分で断ち切った夢が、皮肉なことに奇跡のパワーとしてこの世界で活きている。俺はそれをもっと活かしたい。なのにこの様だ……。ふぁっく。
「お見舞いの方がいらっしゃいましたよ」
ノックと共にディーグルが告げる。誰だか知らんがちょっと助かった。ゴージンは隣でずっと本読んでいたから、会話しづらいというか、邪魔したら悪いと思っていたし。
「やっほ。元気に呪われてるかねー?」
ドアを開いて現れたのは、アリアだった。こりゃまた意外な人物が見舞いに訪れたもんだ。
「席を外すゾ」
ゴージンが部屋を出て行く。別にいてもいいんだがな。
「へー、一緒に寝てあやしてもらってたのかー。まだまだガキンチョだねえ」
「無知乙。この呪いは服越しでもいいから他人と触れ合っていると、症状が緩和されるって聞いてなかったのか?」
「あ、そうなのか……。それは知らなかったよ」
からかうアリアに俺が解説してやると、アリアは決まり悪そうな顔をした。
「んじゃ、私も触ってやった方がいいのかな」
ベッドに腰かけて、俺の頬に掌をあてるアリア。
「うん。苦しいのがかなり和らぐ」
ちょっと照れながらも、素直に答える俺。
「飯は食えるのか? 今ディーグルににんにくとうなぎ草を渡しといたから、それで精力つけまくりなよ」
「俺の体じゃビンビンにならねーよ……」
「七節戦線は本当にお疲れ様。あそこから乱す者を追い払ったのは本当にお手柄だわ」
俺の胸を擦りながら、ねぎらいの言葉をかけるアリア。
「手で擦っただけじゃ物足りないか? ゴージンみたいに私も抱きついてあげよーか?」
悪戯っぽく微笑みながら、そんなことを言ってくる。冗談なのか本気なのかわからん。
「ありがたいけど恥ずかしいよ」
「おいおい……あれってひょっとしてあんたの使い魔?」
部屋の隅に鎮座していたアルーを見て、アリアが目を輝かせる。初見でアルーにこんなリアクションする奴は初めてだ。
「そうだけど」
俺が頷くと、アリアが使い魔を封じている札を取り出し、使い魔を呼び出す。
呼び出された使い魔を見て俺は驚く。俺のアルーより一回り小さいが、綺麗な青い蜘蛛だったのだ。動き回るタイプの蜘蛛のようで、足がすらりと伸びているうえに太くしっかりとしている。足は深みを帯びたダークブルーで、節目が鮮やかなエメラルドグリーンでまるで発光しているように見える。胴体は足よりは薄めだが、それでもかなり濃い青色だ。背中には一部分だけだが、真っ白な白い毛が生えている。
すげえ……フォルムも格好いいし、何より配色が綺麗だ。シックな雰囲気の青の中でわずかながらも強烈な自己主張をしている緑と白……。うちのアルーだって負けては……いや、負けてるかな、これは……。あううう……
「奇遇すぎるぜ。私の他にも蜘蛛を使い魔にしてるのがいて、しかもそれがあんただなんてさ」
「俺もびっくりだよ。札で隠しているって事は、俺と同じ悩みが故と見た」
「あははは、そりゃあねえ。人によっては拒絶反応激しいしさー」
俺の指摘に、アリアは無邪気に笑う。
アルーを呼び寄せて、アリアの使い魔の蜘蛛の横に配置させる。アリアの蜘蛛が長い足でつんつんとアルーの足をちょんと突く。
「乱す者と戦っているのは辛くないかい? あんたの奇跡の力をあてにして今後も作戦を組みたてていくことになるけど」
優しい声音で確認してくる。一応俺のことを気遣ってくれているようだが。
「のーぷろ。俺は今すごく充実しているし、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「俺はさ、下界じゃ売れない絵描きだった。しかも俺が絵にしがみつくことで、多くの人間に迷惑かけ、不幸に目にも合わせちまった。それが物凄く辛かった。なのに今は、俺が絵を描くことで人の役に立っている。それが嬉しくて仕方ない。絵そのものが認められたわけじゃないのは残念だけど、それでも人の役に立っているって事はすごく嬉しい。下界での罪滅ぼしのニュアンスもこめてな」
何で俺はこんなこと喋っているんだろう。ディーグルやゴージンの前でも話したことのない本音が、何故かこの女の前では自然にすらすらと口に出てきてしまう。
こいつと俺は似た者同士だと思っているから、安心しているのだろうか。
「辛くなったらいつでも戦うのやめていいよって、フォローしてやりたかったけど、そいつは無用だったか」
微苦笑を零すアリア。
「やめちまったら、何でもない俺になっちまうしなあ」
それが現実だという事はわかっている。この力あってこその俺だ。それだけで評価されているようなもんだ。
「私はあんたのこと、絵の力だけで評価しているわけじゃないぜ」
ところがアリアの口から、思いもよらぬ言葉が出た。
「あんたみたいに誰であろうと言いたいこと物怖じせず言う奴ってのは、貴重な人材だよ。私の周囲は――それなりに有能なのが揃ってはいるけど、イエスマンしかいないのが難点でさ。あんたわりと頭回るし、何よりガッツがあるし、奇跡の力を持つ神聖騎士じゃなければ、私のブレインにしてやりたいわ」
「それはちょっと買いかぶりな気もするがなあ……」
柄でもなく、謙遜してみせる俺。
「あと、絵の奇跡だけで評価されてるとかいうのも違うだろ。どんなにすげー力持っていても、お前が嫌われる性格だったら、誰も心配しねーし、見舞いにも来ねーよ。私なんか風邪ひいても、一人しか見舞いに来なかったぜ。あははは」
自虐ネタを振ってアリアが笑う。風邪くらいで見舞いも無いと思うが。つーか、嫌われる言動取らんように心がけろと。
「ま、そんなわけだから、嫌になったらいつでも言いなよ。私が雇ってやるから。これ、わりと本気で言ってっからな」
そう言うとアリアは俺の頭をくしゃくしゃに撫で、使い魔の蜘蛛を札に戻して、ベッドから降りる。
「そうしたら、私の側にずっとおいてあげっからね」
思わせぶりな言葉を残して、部屋を出ていった。
うーん……あいつに親切にされると、俺があいつと初めてあった時のことを思い出して、胸がちくちくと……
***
ゴージンが部屋に戻ってきたのは、アリアが帰ってからかなり経っての事だった。
「すまぬ。買い物ゾ。意外と早く市長は帰ったのだな」
言うなり、ゴージンがベッドの中に入ってきた。
「苦しみがひいてきた」
ぽつりと呟いて報告する俺。どうやら呪いが解け始めているようだ。
「本当か?」
ゴージンが不審げな顔で俺を覗き込む。何を疑っているんだ?
「いや、そんなこと嘘ついてもしゃーないじゃん」
「ローズナは病気になりし時、我に心配かけさせまいとして嘘をついたものゾ」
妹の名か。よほど俺と似ているんだろうな。そしてよほど妹が大事だったんだろうな。
「よし、じゃあ今度から嘘つきまくる事にするわ」
俺の冗談にゴージンは小さく微笑んで、俺を抱きしめてきた。
「妹と重ねてすまぬ。不快でなけレばよいが」
「特に不快でもないし、お前の気の済むようにしていい。ゴージンの役に立てば――慰めになれば、俺も嬉しい」
クサい台詞をぬけぬけと言ってやったが、偽り無い本心だ。
「複雑ゾ。太郎は子供であル事を嫌がっていルというのに、我はその姿が気に入っていル」
「気にしなくていいぜ。子供なのが嫌な理由はあれだ……。Hができないという邪な理由一点のみだから、気にしなくていいぜ」
「なラばずっとこのままでよいな。そう願っておくゾ」
「異性としては見なしてくれんわけか」
それがちょっとなあ……気の済むようにしろと言っておいてなんだが、やっぱり異性として見られないのは寂しい。
「我にとってお主は性別など超越せし者。運命共同体。そういう認識ゾ」
「俺がゴージンのこと好きで、異性として付き合ってほしいと言ったらどうする?」
思い切ったことを言ってみた。多少意地悪な気持ちもこめて。
「超越していると言ったであロう。例えばその問いに我が肯定的な答えを返せど、我の太郎に対すル接し方、変わルことはあるまいゾ。逆でも同じゾ」
ぐぬぬ……そうきたか……じゃあ、これならどうだっ。
「それは俺が子供のままであるから、そう言えるんだろう? 俺が成長したうえで、体の関係望んできたらどーする?」
「愚問也。そうなレば、そうなった時ではないとわかラぬではないか。我にも答えようが無い。い、色恋沙汰など無縁であったし」
最後の台詞だけは言いにくそうだった。とはいえ、ムキになって否定はせずか。
よし、もう何が何でも成長する方法見つけるわ。そんでハーレム築こう。ゴージンもアリアも俺に脈あるしな。それにリザレも加えれば……ふふふ、いけるいける。
***
夢の中の真っ暗空間。本日のネムレスは野郎バージョンだった。ふぁっく。しかも学ラン姿とかイミフ。
ネムレスは何故かひどく不機嫌そうな顔で、俺を睨んでいた。明らかに咎める視線だ。
何だ? 俺が何か不味いことしたのか?
「君は……リザレというものがありながら、他の女に現を抜かすとはどういうことかね。しかもリザレが浮気していないかと気がかりでありながら、自分は浮気するために、成長する方法を見つけるだと?」
あ、その件でしたか……
「いやいや、女の浮気は悪だけど、男がハーレム欲しいと思うのは自然だし、作ろうとするのも別に構わんだろ。本来人間て生き物自体が、生物的にも一夫多妻な設計で出来ているんだし」
悪びれることなく堂々と主張する俺。
ネムレスが大きな溜息をつき、顔を手で押さえる。むう……俺の主張が伝わらないというのか。いくら俺の主たる神とて、これだけは譲れんぞ。
「決めた。仮に君が成長する方法を見つけたとしても、僕が全力で邪魔してやろう。仮に成長できたとしても、また元の子供に戻す方法を見つけて、ずっと子供のままにしてやるから、覚悟したまえ」
は……? こいつ一体何言ってるの?
「それって、俺に永遠にHするなって事じゃん。そうなるよね?」
「うむ。君のような腐れ外道はもう永遠に目合をしなくてよろしい。できなくてよい。リザレは僕が幸せにするから安心したまえ。ではさらばだ」
「ちょっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとおおおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!? そりゃねーだろおっ! 俺の何が間違っているっていうんだよおォおぉっっ!!」
俺の必死の抗議を無視してネムレスは消え、俺の意識も闇へと沈んだ。




