21 七節戦線
あー、ふぁっくふぁっく。いつもは普段着だったのに、あのふぁっきん市長のせいで今日から俺もダセー軍服だよ。子供用の軍服なんて無いから、ゴブリン用のSサイズだ。さらには生誕した時に着たような、ゴブリン用のレザーアーマーも上に装着している。
七節戦線へと向かう当日、いつもの訓練場へと赴いた俺は、一人の兵士と遭遇した。
人間――日本人である。歳は二十代半ばから後半。精悍な顔つきをした中々のイケメン。ま、あっちにいた頃の俺には劣るがなっ。
「ううむ……」
何故かそいつは俺をまじまじと見て、呻き声を漏らしている。変態さんですか?
「失礼……どうも君くらいの女の子を見ると、娘を思いだしてしまってね」
男が謝罪した。
「うひひひ、いいものを見せてあげよう。ほ~ら、恥ずかしがらずに触ってごらん」
軍服のズボンを下ろそうとベルトに手をかける俺。もちろん実際に下ろしたりはせず、振りだけだが。
「ああ、君が男の子なのは知っているけど、見た目がね……」
「いい物とは何ゾ。早く見せルがよい」
隣にいたゴージンが促す。わかってて言ってるな。視線をモロに俺の股間に向けてるし。
「あっちの世界に娘さんを置いて死んだってこと?」
それこそ失礼かもしれないが、俺が訊ねる。
「いいや、娘は俺が死ぬより前に死んだ。もう十三年も前だ。その二年後に俺も事故で死んでしまったから、妻をあっちに一人にしてしまったよ」
そりゃまた悲劇だなあ……
「娘を探しているのだが、見つからない。子供は少ないからな。これでもいろんな都市を探してきた。葉隠市には一昨日来たばかりだが、ある噂を聞いた。乱す者達の一派が、奴隷用に人さらいをしていること。さらに、悍ましい目的で子供をさらっているという話をな」
おいおい……乱す者ってそんなことまでしてんのかよ。
「災欲の奸神オルオルデの信者達ですね。彼等は乱す者の間でも忌み嫌われている存在です」
ディーグルが言った。乱交、同性愛、強姦、輪姦、その他あらゆるアブノーマルプレイを推奨する、歪んだ性の神だ。
「娘がそいつらにさらわれたと決まったわけではないが、どこに行っても見つからない。すでにここでも死んだという可能性もあるが、さらわれたという可能性も考えて、俺はここの軍に入ったんだ。何か手がかりが無いかと思って」
こちらで生前の知り合いを見つけるには、都市の役所に問い合わせれば調べてくれる。しかし地方の村や集落に生誕することもあるので、その辺のフォローは効かない。
ちなみに俺もリザレがいないかと役所で調べてもらったが、葉隠市にはいないようだ。
「軍に入れば確かに乱す者の情報には強くなりますが、本人の身が危険でしょう」
ディーグルが指摘すると、男は笑った。
「この空気の方が自分には合ってるという理由もある。あっちでは自衛官だったしね。娘がこちらにいなくても、結局軍になったろう。それに、集団組織に身を置いてコネを作っておくことも、人探しをするにはいいと計算した」
だからこそ、初対面の俺等に身の上話を話したってわけか。
「ここの要とも言える神聖騎士殿にも御目通りがかなったしね。俺は滝澤誠也。何か手がかりがあったら教えてほしい」
滝澤が微笑み、俺、ディーグル、ゴージンと握手してまわる。
「描いた絵が現実になる奇跡とやらで、娘を探すことはできない、よな?」
滝澤が躊躇いがちに問う。
「そんなことできたら、話聞いた時点で俺の方から勝手にやってるよ。この奇跡もいろいろ制限多いし、何でもできるというわけじゃないんだ」
「ふっ、そんなにうまい話は無かったか。失礼した」
軽く会釈して、滝澤は去って行った。
「どうした? ゴージン」
ゴージンの表情が浮かないのを見て、俺が訊ねる。
「私の家族は、こちラに来ても私を探してもくレないだロう。妹以外」
家族にいい思い出が無いのか……。しかもそれを引きずっているわけか。
「今は俺がお前の家族みたいなもんだろ」
「同じ家にいる時点で、みたいな――ではなく家族でしょ」
俺とディーグルが続け様に言う。くっ……ディーグルにちょっと負けた気分。
「そうだな。良い家族に恵まレたものゾ。気遣い感謝」
ゴージンがにっこりと笑って見せた。会った時に比べて、こいつは表情豊かになってきた気がするな。
***
目的地の七節戦線とやらには、俺が絵で描いて現出させたジェット飛空船で移動することになった。部隊の数そのものが以前より格段に増えているので、船そのものも大きくしておく。
相変わらず中身は適当に作られているがな。
筆と画板を用いれば、もっとしっかりとした物も出来るだろうが、無駄に体力消費したくもない。どうせゲロる奴のせいで、わずかながらも体力消耗するんだし。
南部へと飛行中、俺は船長室でゴージンと一緒に下の景色を眺めていた。ディーグルは同室で読書をしている。
「七節森林が見えてきたな」
船長室を訪れた堀内が言った。彼の言う通り、はるか前方が緑一色で染まっている。
七節戦線は巨大な森林地帯だ。これが平地だったら、俺が上空から絵描きまくってそれでおしまいという、非常に楽な話で済んだんだがな……木々の間に敵兵士も敵兵器も潜んでいるせいで、そんな楽はできない。
「森林地帯に入る前に地上に降りないとな」
つーことは、そろそろ降下か。
「今回は太郎だけに任せるという事はできない。敵は森のあちこちに散兵戦を展開している。もっとも、先に葉隠軍が散兵線を敷いたが故だがね。そうしないと、奴等に太刀打ちできないのだ」
ここに来る前に、堀内からはそう聞かされていた。第十八部隊も散兵になるわけだ。
「奴等を一ヶ所におびき寄せて、俺が一方的に拘束した方が、リスクが無いんじゃないか?」
俺は来る前にそう提案した。森の中に潜んでいる時点で、空中から奴等の姿を捉えて描くのも難しいが。木々を消すというのも正直危うい。実験してみたが、どうやら植物にもペインがあるようだし。
姿さえ見えればどうにでも出来るんだがなあ……姿が見えない奴等を、一ヶ所におびき寄せるいい方法は何か無いものか。
「敵の数が多いし、どこにいるかもわからない。敵が逃げていく可能性もある。犠牲を出したくないという気持ちはわかるが、ここは一気呵成に総力戦に持ち込んだ方がいい」
俺の提案は却下された。堀内はあくまで第十八部隊を戦わせる方針のようだった。戦争なんだから、それが当たり前なんだけどね。
「君は最初から随分と胆が据わっていたが、あっちでは何をしていた?」
堀内が俺の横に立ち、訊ねてくる。
「売れない画家……いや、画家志望で終わってしまった感じかな」
言いにくそうに答える俺。
「ふむ……それで奇跡の絵というわけか。君を戦場にいきなり放り出したのは私だが、あれは君に奇跡が起こるのを託す気分だったよ」
子供に銃持たせるくらい切羽詰っていたんだから、俺があの場に現れなかったら全滅してたろうなー。
「しかしそれはもっと現実的な奇跡だ。迫りくる敵を一人か二人、火事場の馬鹿力で倒すことができるかどうかといった、そんな代物だ。しかしそれとて奇跡に近いと思っていた。突然戦場にやってきて、銃を与えられた子供がそんなことをしてのけるなど、まともではないな。私が初めて戦場に立った時は、怖くて震えているだけという無様極まりない初陣であったというのに」
ひょっとして堀内は、あの時の自分の行いに引け目でも感じているのだろうか? 話を聞いていて、何となくそう思う俺。
「だが君はあの時もあの後も、実に勇敢だ。それが気になっていた。あちらではどのような人物だったのかと知りたかったが、画家だったとはな……」
「糞度胸がついたのは、嫌なことがいっぱいあったからだよ。いっぱい失敗した。死ぬのが怖いというより、また失敗して、人に迷惑かけたり救えなかったりするのが嫌だって、そういう恐怖の方がデカいんだ。だから必死になる。それが果たして勇敢て言うのかねえ……」
俺の言葉に、堀内は曖昧な表情になる。
「人に頼ってばかりで、人の力にはなれずに死んじまった俺は、代わりにこっちでそれをやりたいって気持ちがある。ついでに言うと、己の欲望をかなえるために人の痛みを無視する奴が、俺は大嫌いだからな。乱す者はそういう連中だから、敵対するのに抵抗が無いぜ」
「そんな理由で、今後も戦い続けるのかね?」
堀内の問いに俺は頷く。つーか、そんな理由って何だよ……
「今のは失言だったな。私などは、ただ戦いたいから戦っているだけなのだし」
「その理屈なら、乱す者側についてもいいってことになるじゃんよー」
「それは無い。理由は……君と同じだ」
俺の指摘に、堀内は苦笑しながらかぶりを振った。
「そろそろ着陸だな」
「了解。着陸するから、号令よろしく」
俺に促され、堀内は船内放送のマイクを手に取る。
「これより七節戦線に着陸する! 第十八部隊、戦闘準備!」
ふと思った。船酔いひどい奴はすぐに戦えるんだろうかと。
***
森林地帯手前に飛空船を着陸させる。
うちらが来た事は、敵からも味方からも知られているだろうが、最初に歓迎しに来たのは、何と敵の方だった。しかもまだ兵士達が船から出る前に。
「何だいっ、あれは!?」
窓の外から、船に向かって飛んでくる二つの白い球体を見て、ランダが叫んだ。
直径2メートルはあろうかという白い球体が、ジェット噴射によって猛スピードでこちらに飛行してくる。胴には継ぎ目のような黒い線が等間隔で横に有り、さらに黒いレンズのようなものが球体のあちこちにある。
船に近づくなり、二体の球体飛行兵器が無数の黒いレンズから、ビームのようなものを放ってきた。船体にビームが何度も直撃し、振動で揺れまくる。
これが乱す者のテクノロジーによって作られた兵器か? 少なくとも地球の技術じゃない――どころか、地球よりずっと進んでいる。
「あれは私の星のテクノロジーよ。私が生きていた時代より百年以上も昔のものだけど」
コボルトの女性が窓の外を覗きながら言う。コボルトってそんなに文明進んだ星の出なのか。
しかしあんな兵器を投入しているんじゃ、そりゃ乱す者の数がいくら少なくても、こっちが押されるわけだよ。魔法を別にすれば、葉隠軍なんて銃器以外は中世レベルの武装だぞ。一方的に殺されまくりじゃないか。
森を戦場にしている理由や、散兵でゲリラ戦に持ち込んでいる理由がわかったわ。平地じゃ一方的に蹂躙されちまうもんな。
まあそれも、俺の奇跡の前じゃ無力だけどね。無生物の兵器という時点で、例え宇宙戦艦だろうが巨大ロボットだろうが、十秒弱でスクラップに出来る。
スケッチブックに球体飛行兵器二体が輪切りになった絵を描く。
絵に描かれた通り、窓の外で球体飛行兵器が輪切りになったかと思うと、爆発した。
「隊長……やっぱりこれは全て俺が引き受けた方がいいぜ。生身の兵士じゃ囮にしかならないだろ」
申し出る俺。つーか、今までよく戦っていたな……。
「却下だ。第四部隊、第五部隊、第七部隊、第十一部隊の四部隊が、兵器との戦いのノウハウを持っている。彼等と合流し、そのノウハウに従って戦いを挑む」
堀内は頑として首を縦に振らない。
「だったらさっきも言った通り、敵の兵器を一ヶ所に集める方法でいけよ。兵器なら俺は労せず潰せるんだ。でも敵もバラバラに動いているのに、それらを一蹴できる俺も確固撃破でいくなんて、ナンセンスだろう」
「では一ヶ所に集める方法が果たしてあるのかという話だ」
食ってかかる俺をじっと見つめて、堀内は穏やかな口調で告げた。
まあ……そうなんだけどな。誘導しようにも、うまくいく保証は全く無いし。それならここですでに戦っている部隊のノウハウとやらに従う方が、まだ確実性はある。
「合流っつっても向こうも散兵じゃから、司令部と接触するだけの話じゃがの」
と、ザンキが言った。
「ちょっとお待ちよ、隊長。こいつは太郎の言い分が正しいんじゃないかい?」
ランダが口を挟む。
「本来この部隊は太郎の奇跡を主力にする方針だろう? 今回に限ってそいつを無視するとは、どういう領分だい。敵兵器を一ヶ所に集めて太郎が一網打尽のプランでいいじゃないか。そいつを考えて実行したらどうかねえ」
ランダおばちゃーん。おばちゃんはやっぱりいい奴だわー。俺の味方してくれる奴はみーんなみーんないい奴ぅーっ。
「私は反対です。今見た限り、敵兵器の機動力も火力も、生身の兵士が太刀打ちできるものではありません。これを一ヶ所に誘導するなど、確かに危険でしょう」
そう言ったのはディーグルだった。うん、こいつはやっぱり俺の敵だーっ。
しかしディーグルの言うことも一理あるか……。兵士を用いての誘導はかなり博打な気もする。
「まあ待て、お前ら。まずはここにいる葉隠軍の戦い方を知り、作戦のプランを立てるのはそれからでもよかろうて」
たしなめるようにザンキが言う。
「ザンキの言う通りだ。敵の情報やここの戦況を詳しく知らないうちに、我々だけで勝手に作戦を練るのもまた、ナンセンスだ。とはいえ、私も少し意地になってしまった部分があったな。それはすまない」
隊長という立場でありながら、部下に素直に頭を下げる堀内。
「わかりゃいいんだよ、わかりゃ痛っ!」
ふんぞり返り、許してつかわす俺の尻を、何者かが結構強く蹴った。
「堀内はここの長ゾ。しゃんとして、礼と敬いを持って接さぬか。太郎の振ル舞い、目に余ルゾ」
ディーグルの仕業かと思ったら、意外にもゴージンだった。怒っている様子は無いが、呆れた目で俺を見ている。
「すまんこ」
ここで意地張るのも格好悪いので、俺も最大級の謝罪の意を込めて、頭を下げた。これで少し大人になれたかな?




