20 葉隠の反撃
さて、ここで一つ、この世界のおさらいをしよう。
俺達が死ぬ前にいた現世――神に捨てられた地では、命の価値は相当に軽かったと思う。少なくともこの世界と比べるとずっと軽い。
何しろこの世界で、人は死なない。過度のペインを与えない限り、永遠に記憶と姿を保って生きられる。しかもこの世界自体、緩やかで平和な世界だ。
で、神に捨てられた地――現世の方はというと、最初から死が大前提、寿命も大前提。死というものに対しても、ある種の諦めがある。
それ以前に、生まれがよかったり才能があったりという運ゲーの勝者以外、大抵の人間にとって、生きる事そのものがしんどい。人生甘くないとかわけのわからん言葉を吐くふぁっきんな輩までいくさる始末。そりゃ命の扱いも粗末になるし、自殺者も出まくるわ。
一方こちらは、命を大事にする世界だからこそ、余計なストレスは排除するよう皆心掛けている。そのために競争意識も敬遠されているし、エコロジカルが徹底されて、文明の発展も非常にゆるやかな、変化の乏しい世界になってしまっている。
俺はこの世界のそうした変化や競争の否定は、とても賛同しがたいけどな。人は本来、競争意識を備えた生き物だろう。加えて言えば、ストレスだってある程度は必要だろう。
これでは世界の法則ごと無理矢理捻じ曲げられているみたいだ。共産主義とまでは言わんが、人の活力を奪うには十分な、悪しき平等社会になっている気がしてならない。
で、この退屈極まりない天国に反感を抱いた者が、具体的には一体どうしたいのか知らんけど、とにかく世界を刺激的なものに変えようとして、『乱す者』と化し、この世に仇なす存在と成り果てている。
俺はこの世界に来たばかりの時から、その乱す者と戦っている。結果乱す者にも目をつけられてしまったし、俺も乱す者が嫌いだし、共に戦った仲間のためにも戦い続けたいとか思ってしまったし、何より俺の主にあたる者から戦えと言われている。
しかし……己の理想のために世の中を乱す者はともかくとして、連中の思想そのものを全て否定しているわけじゃない。彼等の指揮者の一人にも言った。やり方が悪いと。
***
第十八部隊専用訓練場に行くと、また知らない顔が増えていた。どんどん増員されるな。
また一人女性兵士も増えている。綺麗に毛並が整った、気品ある顔立ちのコボルトの女性兵士だ。かつてランダと同じ部隊の兵士とのことで、ランダと親しげに会話している。肩の上には色鮮やかなコバルトブルーの熱帯魚が、まるで空中を泳いでいるかのようにふわふわと浮かんでいる
はっきりと通達されてはいないが、兵士達の間では噂になっている。近々激戦地へと送られると。いや、今日通達される事になると知っている。何せ市長が挨拶に来るのだ。その時市長の口から伝えられるであろう。
堀内か軍の上層部の者が伝えりゃいいことなのに、わざわざ市長様がお出でになってそんなこと伝えるなんて……と、皆苦笑するか、さもなきゃ煙たがっていた。
市長が来るまでまだ時間がある。俺は鞄を開いて、一枚の便箋を取り出す。
その手紙は、すでに一度読んであるが、鞄に入れたまま忘れていたし、時間が空いて暇なので、もう一度読んでみた。
-奇跡の絵描き殿へ-
俺はあちらの世ではそれなりに幸福な人生を送っていた。だからこそ死は苦痛で恐怖だった。
こちらの世に来て、新たな命を得た俺に待っていたのは、死ぬ前に比べて明らかに苦痛な生だった。
平和な世界。ある意味、天国とも言える世界。多くの人間にとって、心穏やかな日々を過ごせる世界。永遠の時間を無為に過ごすだけの退屈な世界。
何かを起こそうとしても、世界の秩序を乱すとして、頭ごなしに否定されてしまう。俺は次第にこの世界に耐えられなくなっていった。
あちらの世でもこちらの世でも、多くの者は何かに委ね、流されるようにして生きていく。ただの働きアリだ。そうした者達――停まり人にとっては、平穏な日々がただ流れていくこの世界は、天国かもしれない。
しかし普通に生きるだけでは耐えられず、大きなことをしたい、人より上に行きたい、先に行きたいという願望が強い者はどうすればいい? また地獄に還れとでも言うのか?
実際こちらに来て絶望して命を絶ち、神に捨てられた地へと戻っていった者も多い。あちらで地位や富や名声といった幸福を手に入れた人達は、こちらに来れば格段に生活レベルも落ちるし、金銭欲や出世欲や名声欲や支配欲等の人間の根源に備わる欲望も、満たせる事はないのだから。
皮肉な話だ。地獄で人並みか人並み以下に生きた者にとっては天国でも、地獄で幸福な人生を送った者からすると、この退屈で悪平等が蔓延る天国こそが地獄となりうる。
もちろん、中にはこの世界で何とか満足しようと足掻く者もいる。創作者や芸術家指向の人達は、わりと成功しているだろう。娯楽の乏しいこの世界では、彼等のような存在こそ輝く。冒険者や軍人という過酷な道を選ぶ者もいる。
そしてこの世界に屈する事そのものをよしとせず、この世界を自分達の住みやすいように変える事を望む者は、世界そのものに牙を剥く。そう、君達が乱す者と呼んでいる我々の事だ。
俺と君は大して会話もしていないが、二回ほど対面して、直感で俺にはわかってしまった。君は停まり人ではない。君もこちら側の存在だと。わざわざ軍に入隊した事から見ても歴然だ。
どうか一つの価値観に捉われず、世界の主流に容易く組み込まれず、広い視野で物を見て、深く考えて欲しい。
君に言われた事も考えてみた。いや、実際には武器を手に取る以外の手段で戦っている者達もいる。もしよければ、君にはそれを見てもらいたい。
興味があるなら、綺羅星町を訪れてみてくれ。そこは非戦闘の中立地帯である、乱す者が作った町の一つだ。葉隠市からは一番近い。我々とは毛色が違うが、乱す者達をより理解できると思う。
-脇坂裕二-
以上は、収容所で脇坂が俺宛てにしたためた手紙である。
まあ何だ……深く考えるまでもなく、わかっているんだよ。この世界の歪さなんてのは。
でも俺は、理想のために他人を傷つける輩に与したいとはどうしても思えないし、そういう奴等はいなくなった方がいいという考えだから、何の抵抗も無く、乱す者と戦う道を選んだ。
脇坂は俺に何か感じ入るものがあるようだが、俺は彼の期待に沿うことはできないと思うんだがなあ……
乱す者の町か。本で読んで、そういう場所があるという知識だけはあった。興味を抱かないわけがない。脇坂が手紙に書いて俺に伝えるほどだから、何かあるのだろう。
「ウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア市長閣下がお出でになられる! 全員整列!」
堀内の号令に、兵士達が一斉に集まって整列し、直立不動のポーズとなる。
何であんな奴のために整列してお行儀よく気を付けせにゃならんのだ……と思いつつも、一人だけ浮いてるのも大人げないと思い、適当に気を付けしてやる。
「いよー、どうもどうも、おはよーさん」
やがてアリアが愛想のいい笑顔と共に姿を現す。
「あー、懐かしい空気だわー。かつて一兵士だった時は、私も皆と一緒に、ウザそうなお偉いさんの前で整列したもんだけど、整列される側になると何だか照れくさいし心苦しいね。たはは……」
本当に照れ顔で頬をかくアリア。
「んー? クセー……何か臭いぞ」
と、今まで機嫌良さげだったアリアが、急に不機嫌な面持ちになり、鼻をひくひくとさせる。
「木村臭い。私を嫌って木村に投票したアホの臭いがこん中からするぞぉ?」
こいつ、まだそのネタ引っ張ってるのか……どんだけ木村に恨みがあるんだ。いや、どんだけ粘着質なんだ。
「お前か? ん、お前だろ。わかってんだぞ。事前に調べたからな。どうだぁ? これから木村アホ税を支払う気分は」
とうとう兵士の一人に絡みだす。何しに来やがったんだこいつ……。もう我慢できんわ。見てられん。
スケッチブックと鉛筆を呼び出す。気配を察したアリアが俺を見る。もう遅い。
「ぶっ……!」
頭上に現れた巨大ウレタンハンマーに殴られて潰されるアリア。絡まれていた兵士まで、うっかり巻き込んでしまって潰れていた。後で謝らんと……
「ひょーっ! ざまみろ!」
「太郎、よくやったー!」
「流石我々の太郎! 俺達に出来ない事を平然とどーのこーの!」
「馬鹿市長とっとと帰れ! あー、すかっとした」
一斉に喝采と拍手があがる。一方で、潰されたアリアを渋面で見下ろしている兵士も結構いる。聞いた所によると、軍にはアリアのシンパもわりといるらしい。
「くだらねーこと言って空気悪くしてねんじゃねーよ。市長ともあろう立場の者が、わざわざ俺等をからかいに来たのか?」
ウレタンハンマーを消し、立ち上がるアリアに向かって冷めた声で告げる俺。
相手が誰であれ、どんな場であれ、言いたいことを言うのは、あっちの世界にいた頃から俺は変わらん。おかげで生前は散々苦労したけどな。周囲にもよく迷惑かけたし。
「全くだよっ。あんたはいつまで経っても変わらないねっ!」
呆れきった響きの声でそう言ったのは、ランダおばちゃんだ。口ぶりからするとアリアと知り合いみたいだな。
アリアの事もいろいろと調べたが、彼女は元々葉隠軍所属で、対テロ対策専門の第二十六部隊にいたという話だから、ランダと知り合いでも不思議ではない。
「そう言いつつも、おばちゃんは私に票入れてくれるじゃないの」
ランダを見て不敵に笑うアリア。
「匿名で入れてるのにいちいちバラすんじゃないよっ。あんたは性根こそヒネくれてるけど、市政はそれなりにまともだからね。テロ対策もちゃんとしていたし」
ランダはアリア支持なのか……いや、ランダの思慮深さを考えれば、意外でもないな。
「アリアさんがもう少し日頃の発言に慎みをもてば、先の選挙でも落選しなかったんじゃない?」
コボルトの女性兵士が、柔和な口調で告げる。この人もアリアと知り合いかな?
「アリアさんが選挙に敗れなければ、木村氏が市長になって、対テロ対策の予算や人員の削減や、新たなテロ対策の計画も頓挫する事は無かったのよ。そうなったのはアリアさんの責任とも言えなくはないかしら?」
あうう……言うなあ、この人。口調は柔らかいが痛烈だ。
「う、うーん……まあ、その通りだね……。でも私ってば、思ったことを口にせずにはおれない性分でさ。たははは……駄目な奴ってこたー、わかってるんだけどねー」
アリアも素直に認めて、決まり悪そうに苦笑する。
「太郎と同族であルな」
隣にいるゴージンがポツリと呟いた。いやいやいや……言いたいこと言うのは一緒かもしれんが、言い方は一応考慮するし、俺はここまで内面ヒネくれてねーよっ。
「ふー、まあいいや。今日は第十八部隊に出動命令を伝えにきた。あんた達の存在を重視しているというニュアンスを込めて、市長である私が直々にな」
その直々が余計なんだよなー……何で兵士相手にそんなパフォーマンするんだ。その辺はこいつも、木村と一脈通じるもんがあるぞ。
「どこの戦場も戦況は芳しくないが、奇跡の絵描きを主力とした第十八部隊を出撃させて、順番に押し返していきたい。まずは南部の七節戦線からだ。現在最も乱す者が勢いづいているうえに、ここを抜かれると四つの町村が奴等に蹂躙される。明日、急行してもらうぞ」
兵士達に緊張感が漲る。七節戦線のヤバさは俺も噂で聞いている。乱す者が最新鋭の兵器を投入し、葉隠軍の兵士をガンガン殺しまくっているとのことだ。葉隠軍は次から次に部隊と増援をぶちこみ、ゲリラ的な動きで奴等の進行を何とか食い止めているという有様らしい。
この世界では科学文明の発達が忌み嫌われているが、乱す者達はその辺のタブーは無いため、文明レベルでは乱す者の方がずっと上だ。だからこそ数では大きく劣るにも関わらず、乱す者の軍事力は脅威となっている。だが数で劣るという足枷のため、火器兵器の量産ペースは決して早いものではなく、十分に行き届いてもいない。
「その後は特殊任務を与える。奴等の兵器製造工場を新たに一つ発見してあるので、そこを潰してもらう。魔物育成施設を潰された件もあって、警備は相当強化されているからな。そのうえこの工場は堅固な要塞の中にあるから、一筋縄じゃいかねーぜ」
次の予定まで入れてあるのかよ。
「わざわざ市長直々に鼓舞しにきたってこと、よーく胆に銘じておけよぉ? お前達第十八部隊は、今や葉隠軍で最も重要な部隊なんだからね」
屈託の無い笑顔でアリアは言うものの、こいつが言うとウザいんだ。
「葉隠軍やうちらの部隊を重視している事を、わざわざ市長直々伝えるパフォーマンスなんかいるのか? さっきみたいな憎まれ口なんか叩きにくるくらいなら、来なくていいわ」
「おい、太郎……」
話が一区切りつくタイミングを見計らって、思ったことを口にする俺。そんな俺を堀内が渋面でいさめる。
「ふーん?」
笑顔のままアリアが俺の方へとやってくる。
「今のを意訳すると、またちょくちょく遊びに来てほしいってことね。ああ、言われずとも遊びに来てやんよ。私は軍隊大好きだからなぁ」
「耳も脳も腐ってるのか? 不快にさせる言動とるなら、来てほしくなんかないと言ってるんだよ。そっちのが重要なんだ。それさえなければ別にいつ遊びに来てもいいんだよ」
他の兵士達は立場上、こういうことを口にできないだろうが、神聖騎士として重要視されている立場の俺だからこそ、権力を傘に来たアホにしっかりと言ってやらねばならない。まあ、そうでなくても言うんだけどね、俺は。
「ん……むー……わかった。なるべく気を付けるよ」
顔をしかめて、アリアは素直に聞き入れた。最終的には人の言葉を聞き入れる事と、素直に謝罪できるのは、この女の良い所とも受け取れるが……
「でもまたどうせ余計なこと言うだろ。あんたはそういう性分だしさ」
ランダが諦めたような口調で突っ込んだ。アリアは肩を落とす。
何というか、こういう人間味臭い所をモロに見せる辺り、こいつの支持者が少なくない理由もわかる気がする。
「それはともかくとしてだ、あんたら三人は何で私服なのよ?」
ディーグル、ゴージン、俺と順番に見て、アリアが問う。
「一応この服には特殊な魔力も込められてて、魔法の防具みたいなものですしね」
「同じく我のも、魔雲の中で魔力付与の力を持つ偉大な裁縫士に塗ってもラった服であルが故、戦の際はこレで臨む」
「ここの軍服ダセーもん」
ディーグル、ゴージン、俺の順番に答える。
「堀内、他の二人はいいが、太郎だけは今後軍服を着させれ。抵抗するならお尻ぺんぺんしても構わん」
「承知いたしました」
アリアの命令に、恭しく一礼する堀内。何でだよふぁっくー。ふぁっきん差別―っ。つーか堀内、一瞬ニヤリと笑ったな。ひょっとして堀内は、前から俺が私服なの気に入らなかったのかーっ?
アリアが再び俺を見下ろし、笑みを浮かべる。
「あんたは私のこと嫌ってるかもしれねーけどな。こないだも言ったけど、私はあんたのこと気に入ってるんだぜ。ガキのくせに中々物知ってるし、気合いも入ってるしな。今後ももっと私を楽しませてくれよ」
「いや、俺ももう別にお前のこと嫌ってはいない。でも故人を冒涜するような品の無い真似はやめろ。それに反感抱いている奴もいるだろうに。特にこの葉隠市は、人間種族は日本人が多めなんだからな。死ねば仏様ってのが日本人の価値観なんだよ」
俺の指摘に、アリアは言葉に詰まっていた。いや、驚いている様子だ。
「そ、そうだったのか……。わかった、これから気を付ける」
知らなかったのか……。
「あ、ちょっと……」
俺から離れようとするアリアを呼び止める。
「例の手紙に書かれていたことだけど……」
皆の前では少し言いにくいので、曖昧な言葉で訴える。アリアは脇坂の手紙を前もって読んでいるので、これで意図は伝わるはずだ。
「興味があるなら行ってみたらどうよ? 兵器製造工場の破壊が済んだら休暇をやるから」
いい顔をしないかと思ったら、逆に促された。
あとはディーグルだなー。まあ主の命とあれば、ついては来るだろうが、こっちは絶対いい顔しない気がする。




