15 おっぱいベッド大作戦(前編)
堀内から預かった白猫を置き、俺はスケッチブックと鉛筆を実体化させる。
「何をやっているんですか?」
ディーグルが問う。
「何って、空飛ぶ乗り物出そうとしているんじゃないですかー?」
疑問形で答える俺。
「いりませんよ。そんなものを出したら、太郎さんが操縦しつつ、同時に被害拡大阻止もしなくてはならないですか。それよりも私の使い魔を使えばよいのです」
そう言ってディーグルは札を取り出し、使い魔を呼び出す。
「あう……」
目の前に現れた巨大なそれを見て、俺はいろんな意味で息を呑んだ。その美しさに圧倒され、胸がときめき、視線が釘付けになった。
現れたのは一体の白い飛竜だった。だがただの飛竜ではない。体のあちこちから様々な種類の花と葉が生え、つやつやした新芽が芽吹いているのだ。
六枚の巨大な翼は、それぞれ異なる形状だ。一対は巨大な葉っぱ。一対は鳥の翼のように見えて、その羽根は全て桜に似た色と形状の花びらで出来ている。一対は蝙蝠の翼のように見えるが、肢と鉤爪は木の枝であり、半透明の白い飛膜はまるで絹のようなふわふわした質感だ。
頭部には特に大きな花が何種類も生えている。角も木の枝だ。竜と様々な植物の融合――だけではない、最も俺の目を惹いたのは、その胸部から腹部、それに肢にかけてである。
体の前面は竜のそれではなく、真っ白い肌の巨大な女性の裸体だった。乳首とか股間とか肝心な所は、枝と枝から生えた葉と花で隠れている。むしろそっちの方が扇情的だが。
「名前はレンティスといいます。これに乗って空を駆けましょう」
美しさとエロさに心奪われて呆けている俺に、ディーグルが声をかける。明らかに誇らしげな響きの声だが、これは確かに自慢したくもなるだろう。ううう……俺のアルーだって負けちゃいねえよっ。
「な、なあ、ディーグル……」
レンティスの豊満な胸を見上げ、生唾を呑みこみながら、俺は躊躇いがちに言った。
「何ですか?」
「あ、あとで……そのさ……この竜の……おっぱい触ってもいい?」
あううう……言っちゃった。
「作戦をちゃんと成功させたらその御褒美として、構いませんよ。揉むなりうずめるなり吸うなりお好きにどうぞ」
意外にも全然嫌な顔をせず、笑顔で了承するディーグル。思わず俺は力強く拳を握る。
よっしゃーっ、俄然やる気が出てきた。揉み心地のありそうな胸だぜー、ぐへへへ。
ていうかね、レンティスのサイズを見た限り、レンティスの体に対して俺の体を垂直にすれば、片方の胸に上半身うずめてしがみついて、もう片方の胸に下半身をうずめる、おっぱいベッドだってできちゃうぜ、これ。
後で絶対試してやろう。ディーグルも許可してくれたしねっ。
二人してレンティスの背に乗ると、レンティスは六枚の翼のうちの四枚をはためかせ、飛翔した。
葉の形状の翼が動いてないんだけど、これは動かすことできないのかな? と思ったら、有る程度浮上し、上昇気流に乗ってから微妙に動き出した。
上空から葉隠市を見て、俺はレンティスの美しさも、竜に乗って空を飛ぶ優雅な気分も、おっぱいベッドの事も、綺麗さっぱり頭の中から消えた。
あちこちで煙が立ち上っている。いや、あまりに煙がひどくて、まるで葉隠市中が火事なんじゃないかと思わせるくらいだ。実際にはそんなことはないが、それにしてもそこら中で火事が起きているし、場所によっては火の手の勢いがとんでもないことになっている。
一体どれだけ大規模なテロなのであろうか。相当入念に用意がなされていたのだろう。火事だけではない。あちこちで爆発が起こり、俺たちのいる上空まで爆音が響いている。ふぁっく。やりたいようにやりやがって……
スケッチブックを呼び出し、鉛筆を走らせようとした刹那、躊躇う俺。火を消すにしてもどうしたものか。水の塊を降らす? 巨大消火器で噴射する? 火のついてない建物を描いて、火事そのものが無かった形にする?
迷っている暇なんてないはずだが、ある程度は考えてから実行しないとな。火がついた家屋の中に、人が取り残されている可能性もあるから、水の塊で消火にしておこう。
水の塊が落下したはずみで、建物も崩れて中の人がえらい目に合わないように、水の流れまでちゃんと描く。物理法則に従わぬ動きで、水そのものが意思を持って火を消しにかかるかのような感じで。
まず一軒済み。いけるようだ。あっという間に火が消えた。これと同じ作業を次から次へと行わなければならない。
俺が絵で消火を行っている間、ディーグルは白猫に向かって、上空から見た情報をひっきりなしに堀内に伝えている。もちろん白猫自体にも上空からの様子を見せている。堀内の目にはそれらが映っているはずだ。
堀内は堀内で忙しいようで、こちらへの指示はほとんど無かった。たまに角度によって見えない場所等があるので、高度を落としたり位置を変えたりするよう、命じられただけだ。あちらに置いたアルーを通じて命令を聞いた俺が、その命令をディーグルに告げて、乱す者達の動きや交戦地帯の場所を確認していた。
しばらくして、ある程度視界の届く範囲の消化が全て終わる。しかしまだ都市のあちこちから火の手があがっている。視界の届かない範囲の絵はかけない。一度視界に収めさえすれば、あとは離れても平気だが。
「この辺は済んだ。ディーグル、南の方へ飛んでくれ」
「了解しました」
南方と言っても中央区の南側である。テロ被害は今の所、都市全体の広範囲では行われていない。中央区と呼ばれる区域に限られている。
まあ葉隠市自体が東京都よりもでかいし、離れた距離であっちこっちテロるよりも、人口密度の高い場所や、繁華街、重要施設が集中しているエリアを狙う方が効果的だろう。
「煙がひどくて、どの辺りが火事か見えない所があるな」
南側の方が、被害が大きかった。火災がかなり広がっている。
「高度を少し落とします」
ディーグルの宣言に従うかのように、レンティスがゆるやかに旋回しながら低空飛行に移行する。
火災の現場を把握し、消化しようとしたその時、燃え盛る家屋の脇を怪しげな一団が通り過ぎていくのが視界に入る。
逃げ惑う市民ではない。明らかに統率された動き。間違いなくテロを行っている乱す者だろう。
「ふぁっく、逃がすかよ」
絵の中でそいつらが拘束されて転がる様を描いてやる。疾走していたそいつらが一斉に転倒する。何が起こったかもわからんだろうな。ははは、ざまーみろ。
「拘束よりも火災を食い止める方に専念してください。優先順位を考えなくてはいけません」
それを見たディーグルが厳しい声で注意してきた。
「しかしあいつらを放っておいても、被害はさらに出るだろう」
俺が反論したが、ディーグルは首を横に振る。
「それは兵士達に任せて、太郎さんは被害拡大阻止に尽力すべきです。そういう命令でしょう。太郎さんも第十八部隊に所属する兵卒です。堀内隊長の命令に従いましょう。もし堀内隊長が間違っていたとしたら、命がけで命令違反してもよいとも思いますが、今回は隊長の指示が最も効率的です」
むう……正論だな……
「わかった。でも一つだけ聞いていいか?」
「何ですか?」
「乱す者が今まさに一般ぴーぽーや、明らかに不利そうなこっちの兵士を殺そうとしている場面を見ても、放っておくのか?」
「馬鹿ですか、君は。それはもう優先順位を変更して然るべきですよ。普通に助けましょう。でもそれなら君が動かなくても、私とレンティスが助けますよ」
「なら奴等を見かけたらお前が攻撃しろ。俺は被害を食い止める方に専念する。で、もう一度高度を上げろ。この辺はもう終わった」
一応喋っている間にも俺はやることやっていた。
レンティスの高度が再び上がり、都市のさらに南を見て、俺は目を剥いた。
都市の南側全域が、巨大なドーム状の青白い光に包まれている。
「何だありゃ? あれも奴等の仕業か?」
あの光の下がどうなっているのか確認したいが、これが乱す者の殺人兵器か何かだったら、確認しに行くのも危険だ。しかしこんな大規模な兵器があったら、ちまちま爆破や放火なんてしない気もするが……
「逆と思われます。これはラクチャ神の奇跡でしょう。乱す者達が潜入しないように結界を張ったのです。元々内部にいた乱す者は、押し出されたと思われます」
ディーグルが言った。そうか、流石に神様であるラクチャのじっちゃんが、この状況に何もしないわけもないな。
「乱す者だけ限定で侵入不可能の結界とかすげーけど、都市全体は流石に無理ってわけか」
それにしても被害の拡大を防ぐという意味合いでは、都市住人にとってはこのうえなく助かる。何しろ葉隠市の南側のかなりの面積が、バリアーに包まれている状態だ。さらに言うなら、乱す者達は都市南部には逃げられないという、行動制限がついた。
「いくら神の奇跡の御業といっても、あれだけ大規模になると、そう長くはもたないでしょうね。都市内部で暴れている乱す者達を早く掃討する必要があります」
「俺も似たような事ができるかな……」
消火作業より優先して、試してみる価値はある。都市の絵を描き、バリアーで覆われている絵と、バリアーによって乱す者達が弾き飛ばされている絵を描いてみた。
結果は……無理だった。描いたページが光りすらしない。広範囲すぎて俺の力では及ばないという事かな。もっと狭い範囲であれば、俺にも結界が作れるかもしれないが。
ディーグルに見つかると、余計なことをしていると叱られそうだから、こっそり試したんだけどね。
***
どれくらい時間が経っただろう。凄く長かった気もするし、あっという間だった気もする。
お空からのお絵描き消火活動もようやく終わった。もうどこからも煙があがっていない。
乱す者達が新たに火をつける可能性もあるが、今の所その気配も無い。奴等全員始末されたか、あるいは逃げ出したか?
「堀内隊長、こちら消火活動は片付きました」
白猫に向かって報告するディーグル。
『ならば交戦中の部隊に加勢を頼む。奴等はもう逃げるか戦うかで、破壊活動をする余裕はないと思われるが、まだあちこちにいる。奴等の中に手練れもいるようで、苦戦している場所もあるようだ。特に収容所付近には、奴等の戦力が集中している。収容所に急行せよ』
「収容所ってこたー……奴等、仲間を解放しにきたってのか」
俺が言う。
「もしかしたらそっちがメインで、テロは囮かもしれねーな」
『断定はできんが、その可能性は高い。くれぐれも注意しろ。第十八部隊のメンバーも収容所前に向かっている』
そんなわけで収容所とやらに向かって、レンティスでひとっ飛び。
移動で飛んでいる合間にも、何かできないかと俺は模索する。火災及び爆破で倒壊した家がそこら中にあるので、それを絵で建て直せないかと考えたが、やめておいた。
「家の中とかまで元通りにできないし、いや、外観ですらどうなっていたかわからないのを修復とか無理だ。俺のデザインで適当ぶっこいて作ってもあれだしな」
声に出してそのことを言う俺。奇跡の絵も、所詮は俺の想像が成す業でしかないからな。
「確かに、家の中のインテリアとか全然わからないでしょうしね。仮設住宅なら作れるでしょうが」
と、ディーグル。
「だから終わった後に仮設住宅作ってやる程度だよ。それだってありがたいだろ」
でも仮設住宅に避難した人が、元の家に帰りたいと文句言うだけであろう事は、容易に想像がつく。
ほどなくして収容所前に到着し、俺は驚いた。
凄まじい激戦区になっているうえに、葉隠軍がかなり不利だ。
不利な理由は一目でわかる。何と乱す者サイドは、大砲を体に幾門も備えたゴーレムを操っている。パッと目にわかるだけでも十体以上。
大砲が続け様にブッ放され、その度に兵士達が吹き飛び、ほぼ一発で死亡。これは下手に援軍増やしても被害が大きくなるだけだろう。葉隠軍には重火器の類など無いのだから。
ゴーレムを召喚して操っている魔術師を斃せば、それでどうにかなりそうではあるが、ゴーレム達は収容所を囲うように配備されている。操縦者が収容所の中に陣取っているなら、それも難しい。
などと現状をつらつら解説してみたものの、俺が来たからにはもう大丈夫なんだなー、これが。
相手は命も心も通わぬ魔法生物。ペインという概念が無いのであれば、俺も疲労無く破壊できるはず。
視界に映るゴーレム全て、砲門と手足と首が切断される絵を描きあげる。
はい、絵に描いた通りゴーレムばらばらー。はい、葉隠軍を超苦しめていたゴーレムあっという間に無力化―。俺ちょーつえー。
葉隠軍から歓声があがる。乱す者達はどよめき、狼狽える。
数のうえでは葉隠軍が未だ圧倒的に上回っているが、質という面でどうも不安がある。乱す者達は魔物も行使するし、何より火器の威力が違う。こっちはせいぜい銃。あっちは大砲まであるからね。今は無力化したけどな。魔法攻撃できる者も兵士の中にわりといるようだが、それは向こうも同じことだ。
「我の名はゴージン。奇跡の絵描きを守護する戦士也。我が神ネムレスの名にかけて、我、この戦に勝利を導かん!」
そこにゴージンが現れて高らかに宣言すると、先陣を切って収容所へと突っ込んだ。兵士達もゴージンに触発され、収容所に向かって駆け出す。
ゴージンは先陣を切りながらも、目の前に立つ兵士達と斬りあわない。ひょいひょいとかわしていく。何をしているんだ? あいつは。
彼女の目論見が何であるか、すぐにわかった。乱す者の中で、明らかに強そうな奴を選別し、そいつを狙っていたのだ。ハルバードを携え、黒と赤を基調にした鎧で身に包んだ、いかにも強そうで偉そうな戦士。奴等の指揮官か?
それだけではない、他の雑魚らを自分に引きつけてもいる。銃弾がゴージンに何発か降り注ぐが、全くひるまず、ハルバードの戦士へと向かっていく。
ゴージンがハルバードの戦士と斬りあう。そのゴージンを後ろから何人かが斬りつけるが、まるで動じないゴージン。なんつー戦い方だ……。ゴージンの我が身を全く省みぬ戦い方を見て、敵はもちろんのこと、味方も引いている。
俺も何もしていないわけにはいかない。飛び道具を持っている奴を優先して、絵で拘束していく。
一方ディーグルは……白猫に状況を報告していた。よく考えたらこいつ、ずっとレンティスの飛行指示と堀内への報告しかしてないな。それはそれで重要な役割だが。
ゴージンの邪魔をしたくはなかったが、ゴージンを後ろから斬りつけている兵士達は拘束させてもらった。いくらゴージンがペインに耐えられると言っても、あいつの体が何度も斬りつけられている様は、見ていて気持ちのいいものではない。余計な真似だとはわかっているがな。
ハルバードの戦士の顔に焦りの色が浮かんでいる。こいつはゴージンに任せよう。明らかにゴージンの方が強いし、これ以上水を差さなくてもいい。なおかつ他の兵士達の前で、彼女が手柄をあげる瞬間を明確にさせた方がいいと計算して。
ゴージンの勝負の結果は、最後まで見てはいられなかった。
突然、収容所の中から人影が一つ、文字通り飛び出してきた。
そいつはあろうことか、レンティスに乗って飛行中の俺とディーグルの前に飛んできて、空中で制止する。
ゆったりとした黒いローブを身に纏った、銀髪紅眼の美少年。頭部からはねじれた羊の角が生え、背中から生えた大きな蝙蝠の羽根がゆっくりとはためいている。羽根がはためく度に魔力が生じているのが、魔法初心者の俺にもわかる。空中で制止しているのはこれのおかげだ。
所謂、魔族という種族だ。
強大な魔力を有し、己の欲望に忠実である事を美徳とするか、さもなくば徹底した個人主義者ばかりだとか。そのためこの世界には適さず、乱す者になる傾向が強い。あるいはさっさと自殺して神に捨てられた地へと堕ちるという話だ。
一目でわかる。下でゴージンと戦っている戦士よりも、こいつの方が地位も力も格上だと。そもそも俺達の存在を察して、真っ先に俺たちの前にやってきた時点で油断ならないぜ。
「シリン……」
ディーグルが魔族の少年を見据えて、呟いた。シリンだと?
「シリンて……こいつ、あのシリン・ウィンクレスか?」
「はい」
俺の問いに、ディーグルが頷く。
その名は俺も知っていた。シリン・ウィンクレス。乱す者達の最上級指導者の一人だ。通称、魔王シリン。




