10 不沈戦士ゴージン
やってきたのは先程の神々の像がある広間だった。
隠し扉を見つけた兵士の使い魔は、つぶらな瞳とツルペタ肌がとっても可愛らしいヤモリだ。ま、俺の蜘蛛のプリティーさには劣るがな。
「この辺から微かに風を感じます。隙間があるようです」
「押して開くのか、それともどこかにスイッチがあるのか。あるいは魔法で開くか、だな」
堀内が顎に手を当てて言う。
その後いろいろ試してみて、魔力で動く反応有りという結論になったが、通常の魔法扉用の開閉魔法では開かないとのこと。
「開閉魔法に暗号設定ついていると厄介だね。解読系の魔法を誰か使えないのかいっ?」
ランダが兵士達を見渡して問うが、ノーリアクション。
「相当な熟練諜報員でも無い限り、暗号解読魔法は無理でしょう。というわけで、出番ですよ」
ディーグルが後ろから俺の両肩に手を置いて促す。やれやれ。
「飛び出してくるかもしれんから、全員構えておけ」
堀内が命じた。その間に俺は隠し扉と思しき壁が消失する絵を描く。
果たして、壁の向こうに空間が出現した。地下に続く階段。その先にはうっすらと明かりも見える。
ザンキとランダを先頭に、第十八部隊が階段を下りていく。俺は後方。
「停まり人共が来たぞ! 迎え討て!」
階段の先から明かりが露わになり、敵のかけ声がかかった。
交戦開始っぽいが、俺のいる位置からは見えないから、絵描くことができん。
「奇跡の絵描きを狙え! 奴に絵を描かせたらおしまいだぞ!」
おいおい、俺ってばすっかりマークされているんだな。脇坂も口にしていたが、奴等からは奇跡の絵描きとか呼ばれているのか。
銃声が幾度も響く。敵が飛び道具有りで、こちらは狭い階段に固まっている。俺は前方には出られない。こいつは不味いんじゃないか?
「魔物を放て!」
「誰かゴージンを連れてこい!」
「ランダが部屋になだれこんできたぞ! 集中して狙え! 一対一でかなう相手ではないぞ!」
乱す者達の怒声が鳴り響く。ランダおばちゃんがショーテル振り回して突進したようだが、ヤバくねーか?
「おい、もっと進めないのか!?」
堀内が大声で前方に問う。ここからじゃ階段の先でどのような戦闘が行われているか、把握できない。
「難しいぞ! 奴等、広間の入り口に鈍足の魔法をかけてきよったし、先に進むのが困難になった所を銃で撃たれまくっておる!」
前方にいるザンキが大声で報告してきた。
「ディーグル……」
「この状況で前に出るのは危険です」
俺が名を呼んだだけで、ディーグルは俺の意図を察して、俺の肩を強く掴んで強い口調で言った。念のため、俺が先走って飛びださないようにしているのだろう。よく考えてやがるぜ。
「君を死なすわけにはいきません。何のために第十八番隊の兵士がいると思っているのですか? 彼等を信じて、状況を切り開くまで待つのです」
あう……兵士達は死なせても、俺は死なすわけにはいかないってか……。
むしろこの部隊の兵士達は、俺を命がけで守るために存在しているようなものだ。わかってはいたが、凄まじく嫌な立場だ。
「銃を持っている奴等は片付けたよ! 魔法解除はまだなのかい! このグズ共! さっさと突っ込みな!」
ランダの活きのいい罵声が響く。無事なようで、俺は胸を撫で下ろした。
やっと俺が階段を下りて広間へとたどり着いた頃には、敵の兵士達は皆死んでいた。奴等の装備だけが床に転がっている。
一方でこちらの犠牲者も多い。葉隠市の兵士の装備が転がっているし、今まさに消滅せんとしている兵士もいた。当たり前だが、死者の蘇生は俺の絵をもってしてもできない。ペインの回復もだ。
広間の先にはさらに通路がある。魔物育成施設とやらはまだ先にあるようだ。
「よし、進――」
堀内が声をかけんとしたその時、進もうとしていた通路の先から、一人の少女が姿を現した。
髪型は金髪ツインテールだが、そんなに長く伸ばしてはいない。背は低い。顔つきもあどけなさ全開で、一言で言うとロリっぽい。だがそれは身長と顔だけの話で、出るとこは出てるし引っこんでいる所は引っこんでいる。
露出度が高い服装でお腹丸見え、胸の谷間もばっちり見え、太股も露わだ。しかし腕にはしっかりと筋肉がついているし、腹もうっすらと割れている。太股もむちむちだ。
頭からは何かの動物の耳が生えている。獣人少女か。猫の耳ではないな。頭部に比して妙に大きくてやや長めで、フェネックの耳を連想させる。
両腕には、扇状に大きく広がったやたらデカい鉤爪を装着している。これが得物なのだろう。
何よりも重要情報。可愛い。ひゃっはーっ。
「我が名はゴージン。北の地よリ、戦場を求めてこの地に流レ着いた戦士ゾ。我が神ネムレスの名にかけて、我、この戦に勝利せん」
古風な口調かつ訛りのあるイントネーションで、ロリ筋肉美獣人少女は名乗りを上げ、腰を低く落とす。
こいつが噂の不沈戦士ゴージンか。くっくっくっ、どんなに強かろうが、ペインに耐性があろうが、拘束しちまったらこっちのものよ。くっくっくっ、敵なんだから縛り上げた後、ちょっとくらい触っても文句言われないよねー?
スケッチブックを出し、ゴージンを拘束しようと鉛筆を走らせたその時、ゴージンが大きく跳躍した。兵士達の頭上を軽々と越えて、一気に俺のいる所まで。
驚異的な身体能力と、突然すぎる強襲。反応できたのはディーグルだけだった。
居合が一閃し、空中でゴージンの首が飛ぶ。さらに返す刀が胴体を輪切りにする。
だが首と胴は、斬られて刀が抜けた直後にすぐに元通りにくっついて、ゴージンは勢いを全く殺すことなく、ディーグルを両手の鉤爪で薙ぐ。
ディーグルはこれをかわした。ゴージンはもう俺の目と鼻の先にいる。この状況で、ディーグルのガードを信じて速攻で絵を描かないといけない。
絵を描くまでに要した時間はわずか十秒弱。しかしそのわずかな時間に、相当熾烈な攻防があったようだ。ディーグルは珍しく少し息を乱していた。
縄で拘束された姿で、ゴージンは床に転がった。嗚呼……何て素敵な光景。超触りたい。ギャグはつけていない。
ゴージンが大きく目を見開き、俺をじっと見つめる。俺の仕業だとわかっているのか?
「我、敗北を喫す。ネムレスに顔向けできぬゾ。さレどお主ラの力、見事也」
目を瞑り、称賛してくる。潔いな。見た目だけは獣人系美少女であるが、中身は武人ぽい。
「来たぞおっ! 魔物だ!」
ザンキが叫んだ。ゴージンがやってきた通路の先から、毛が無い赤い肌の巨大鼠が五匹、続け様に現れ、兵士達に襲いかかった。
「見たこともない魔物だねっ!」
叫ぶなり、果敢に魔物へと突っ込み、その頭頂をショーテルで斬りつけるランダ。
しかし毛無し巨大ネズミは全くひるまず、ランダにかじりつく。
「ジャイアントラットを改造飼育していルと、彼等は話していたゾ。我の如く、ペインに強い魔物を作リ上げようと目論でいたようであル」
転がされていたゴージンが解説する。いくら雇われの身とはいえ、いいのか? 敵にそんな重要情報ホイホイ流しちゃって。
これまた圧倒的に形成不利だ。個体だけなら明らかに兵士を上回る強さのネズミの魔物が、ペインに対して強いというオマケつき。こんなものを量産されたらひとたまりもない。
当然俺は兵士達が戦っている間に、絵を描いている。鎖でがんじがらめにして、厳重に拘束された鼠達の絵が発動し、兵士達は胸を撫で下ろした。
だが時間差を置いて、さらに四匹の鼠が通路から沸く。
兵士達が命がけでそれらを抑え、俺はその間に絵を描いて無力化。このパターンでまた対処したが、さらに第三陣の鼠が沸いた。どんだけいるんだ……面倒くせえ。
「我、魔物の数を把握したリ。そレで終わリであル」
俺の方を向いて、ゴージンが教えてくれる。こいつの言うことは信じていいと、俺は直感している。どう見ても人を騙す奴では無さそうだ。しかし何で敵の俺等に親切に教えてくれるのやら。
第三陣も無力化した所で、ようやく一息つけた。犠牲者多数。ペインを受けまくって弱っている兵士や、行動不能に陥った兵士も多数。
「ドポロロっ!」
倒れているドポロロの姿を確認し、俺は声をあげて、彼の元へと駆けた。
「ああ……太郎君ッスか。トチっちゃったっス」
生気を失った顔で、しかし俺を見上げて無理して笑う。
「もうちょっと一緒にいて……太郎君の活躍、見たかったっスけど、俺はここまでみたいで……残念っス。でも、楽しかったっスよ」
笑顔のまま、ドポロロの体が薄く透けていく。それに呼応するかのように、俺の目から涙があふれ出る。何だろう……。随分とあっさり泣くな、俺。こんなに涙腺緩かったっけ……
「うん、俺もドポロロにいろいろ助けられたよ。ありがとさままま」
生誕した時も、兵舎に初めて行った時も、ドポロロの明るさとフォローに俺は救われていた。
「これ……妻に形見として……渡してほしいっス……」
何かの骨を加工して作った指輪を外し、俺に手渡した直後、ドポロロの体は消失した。
受け取った指輪を握りしめて涙をぬぐい、冥福を祈る。いや……冥福なんてあるのか? 死ねばこっちの世界と比べて辛いことだらけの、ふぁっきんな下界に行くというのに。
いいや、祈る意味は――あるな。辛い世界でも、できるだけ良い人生を送ってほしいと、俺は瞑目し、両方の掌を合わせてその場で祈る。ドポロロだけ特別扱いして先に祈った後、ここで死んだ全ての兵士達にも、黙祷を捧げた。
目を開くと、残った兵士達が俺を取り囲んでいた。俺が真っ先に黙祷している姿に感化されて、同様にそれぞれのスタイルで祈っていた。
***
その後、俺達はさらに奥へと向かった。この先にあると思われる施設の破壊のためだ。
奥には乱す者達の残党が何人かいたが、非戦闘員のようで、あっさり降参した。こいつらは苦し紛れに魔物を放った張本人なので、少しキツめに拘束してやった。こんくらいのウサ晴らしはしてやらないとなっ。
施設の破壊とデータの収集を兵士達が行っている間、俺は長椅子に座って休んでいた。ぶっ壊すのも、俺が絵に描けばそれであっさり終わるんだけどね。奇跡を何度も使った疲労だけではなく、気疲れの方が多い。
「あんた、流石に神様の使いっぱしりだけあるよ。あたしも心うたれちまったね」
隣にランダが座り、頭の上に手を置いてくる。さっき祈っていた事か。
「自然に祈っただけなのに、そんなに特別なことか? ここじゃ誰も死者を悼まないのか?」
「兵隊やってると、中々そんな余裕は無いのさ。子供のあんたがあの場で真っ先にその行為をしたってのはね、ぐっとくるもんがあるよ。もう一つ言わせてもらえば、この部隊はあんた中心に回される方針だし、あんたもその自覚を持っていたって事をね、皆の前で証明をしたようなもんだよ、あれは」
このおばちゃん、中々鋭い所を突いてくるな。最初に会った時もそうだった。
「あたしは自分が恥ずかしいね。ここに来る前は、奇跡の力を使う一人とやらを中心にして、兵隊達に命を張らせる方針が、気に食わなくて仕方なかった。しかもそれを大声で喚いちまってさ。あたしも想像力が足りなかったね。そんな立場になっているあんたの方が、よっぽど辛いっていうのにね。正直言って悪いけど、あたしだったらそんな立場、絶対御免こうむりたいよ。自分のために誰かが死に続けるとか、ぞっとするね。誰かのために体張ってる方がずっとマシさ」
「俺もおばちゃんと同じタイプだよ。だから本音言うと今日の死人ゴロゴロは、すげーキツいわ」
力なく笑う俺。
何か俺、あっちにいた時よりハードになっているな。人に支えられて生きているのはこっちでも同じだが、俺の望みのために援助してくれるとか、そんな生易しい代物ではない。俺を守るために命まで捧げているとか……勘弁してほしいわ。
チート能力身に着けてチヤホヤされるとか夢見たりもしたけど、実際それが実現すると、苦しいもんだな……。今までそんな願望抱いていた自分が愚かに思える。
「然レど宿命かラ逃レんとすルと、余計に辛くなルものゾ。そレが世の理」
すでに拘束から解いてあるゴージンが声をかけてきた。いつの間にか側に来て、俺とランダの会話を聞いていたようだ。こいつはもう安全だろうと判断した。金を払う雇い主も、もういないしね。
「逃げるつもりはねーよ。そんなことしたらドポロロ達が浮かばれないだろ。途中で投げ出したら、あいつら何のために死んだって話だよ。ま、ウジウジするのも、ここいらでもうやめとくわ」
正直、声あげて泣きわめきたいんだけどね。ずっと抑えている。何か子供の体になったせいか、涙腺がすごくもろくなっているし、ちょっとでも哀しいことあると、すぐ泣きたい衝動に駆られるんだ。
「奇跡の絵描き、お主の噂は乱す者よリ聞いていル」
大きな目で俺のことをじっと見つめるゴージン。何この子、すげー可愛い。つーかもしかして俺に惚れた? 視線に熱を帯びている気がする。
「我はお主が気に入ったゾ。敵といえど殺さぬその心得、我と同じであルな。仲間を思う優しき心も気に入ったゾ。我も戦いは好きなレど殺生は好まぬ故。そのために殺さぬ技ヲ磨き、殺さレぬ術ヲ磨いた。ペインの見切リだ」
気に入ったと言われても、素直に喜べず、複雑な気分に陥る俺。何故なら……
「俺はもうすでに何人も殺しちゃったし、これからどうしてもある一人だけは殺さないといけないんだ」
これで気に入られたのも帳消しかなと思いつつも、正直に話す。
「でもできるだけ殺したくないってのは同感だな。感情的な問題だけではなくて、この絵で人を傷つけると、俺自身も体力消費するし、ペインによっては動けなくなる」
「太郎さん、重要な情報を人前でそう容易く口にしてはいけませんよ」
傍らに佇んでいたディーグルが口を挟む。
「もういろんな情報バレバレじゃん。向こうのスパイいるみたいだしさ。本当にバレて困ることは、ディーグル以外には口にしないでおくさ。お前がそのスパイならひとたまりもないけど」
冗談を口にするものの、ディーグルがスパイである可能性は全く考えていない。この男、普段は冷静沈着だが、どうも乱す者に関しては神経質というか、感情が微妙に揺れ動くのがわかる。奴等の思想も存在も、相当気にいらないようだ。
「神殺しのウィンド・デッド・ルヴァディーグルか。お主の高名、北の地の魔雲の中まで聞き及んでいルゾ」
ゴージンがディーグルの方を見上げて声をかける。
「それはそうでしょう。北の地も魔雲の中も、幾度となく訪れていますからね」
「先程の戦いぶリ、実に見事であった。機会があレばまた手合せを願いたいものゾ」
今まで無表情だったゴージンが、ディーグルに向かって小さく微笑む。お、おい……俺にはまだ笑いかけてくれてないのに……ぐぬぬ……
「いくらでも手合せすればいいんじゃない? あ、訓練て意味でさ」
あふれ出る嫉妬の気持ちを抑え、俺は言った。
「傭兵なら、第十八部隊と一緒に戦ってくれてもいいんじゃないかなーと思ってさ。まあ、堀内が許可すればだろうけど」
「許可する」
一体いつの間に来ていたのか知らんが、わりと近くにいた堀内が短く一言そう告げた。
そして堀内は去っていった。こっそり会話盗み聞きしてたのか……?
まあ優秀な戦士のようだし、戦力アップにもなるしな。言い方悪いが、今回の戦いで失った兵士達の穴埋めにもなるし、堀内が断るはずもないと思っていた。
「如何なル目的の部隊かは存じぬが、傭兵の身であル我に、仕事の誘いを断ル理由も無い。ただし、我が人を殺めぬこと、承知してもらえレばの話ゾ」
俺を見下ろし、ゴージンが真顔で確認する。
「隊長が許可したから構わんだろうさ。好きにおしよ」
ランダが言った。おばちゃんもゴージンを好意的に受け入れんとしている様子だ。
「この部隊、女はあたし一人だったからね。同性が増えてくれると気が落ち着くもんだよ。がさつな男ばかりと接してるのもしんどいしね」
むう……おばちゃんにもそんな気持ちがあったのか……。俺的には、ランダのおばちゃん自体ががさつの化身だと思ってたんだが……
「我以外の女戦士を見ルと、何故か誇ラしくなルものゾ。強き戦士なラ猶更」
ランダの方に向かって微笑むと、ゴージンが今度は俺の方に爪を向ける。
「お主には我が爪を捧げル価値があル。加えて、強い縁も感じル。これより我が爪、お主のために振るわん」
巨大な鉤爪の切っ先を俺の方に突きつけ、鋭い犬歯を見せてにっと笑ってみせるゴージン。一見、宣戦布告のポーズのようにも見えるが、これがゴージンの誓いのポーズなのだろう。つーか部隊にではなく、俺に捧げるのかよ。
強い縁か……。直感だが、俺もこいつに縁を感じる。恋愛感情とか異性としての意識とかではなくて、何かこの先付き合いが長くなりそうな、そんな予感が。




