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人事は尽くした。後は天命を待つだけ。
だがただ待っているだけでは時間の無駄だ。
限りある時間は有効に使わなければ今は幼女だがすぐに老いてしまう。そう思ったわたしはさっそく行動に出た。
目的は、以前クリスに渡した熊脂に代わる商品の材料を確保することだ。
そもそも熊脂の素となるサーベルベアは、エッダとリリアーネが冒険者の仕事で駆除したものだ。なので入手そのものがイレギュラーだし、サーベルベアも野生のものだし数が少なく確保が難しい。これでは商品として安定した供給は無理だ。
そこでわたしは熊の代わりになる材料を探した。
それが馬である。
馬の脂は現代でも馬油として重宝される。効能は熊と比較しても引けを取らない上に、牧場で飼育すれば安定した入手も可能だ。
そのために融資したハクラクの牧場であったが、ここ最近プリントシャツの件で忙しくてすっかり放置気味だった。一度様子を見ておかなければ。
ということで、王都郊外にある牧場にやって来た。
魔物の被害によって減った馬は順調に増えているようで、数頭の仔馬が元気に柵の中を走り回っている。
少し離れた場所ではこれから調教するのか、イッコが若い馬に鞍を取り着けている。ここの馬は食用もあるがメインは乗馬や馬車用なので、躾は大事だ。
管理棟に行くと、ハクラクが居たので挨拶をする。
「こんにちは。調子はいかがですか?」
「これはこれはエミー様、わざわざこんな所にようこそいらっしゃいました」
「様はやめてください。前にも言いましたがあれは融資なので、貴方とわたしは対等です」
「そうですか、では店長で」
傾いた牧場を立て直すために少なくない額を融資したせいで、頑固爺さんが一転して好々爺になってしまった。まあ融資のおかげで街に出稼ぎに出ていた息子夫婦が帰って来たのだから、石頭が多少柔らかくなっても仕方ないのかもしれない。
「ずいぶん馬が増えましたね」
「おかげさまで。息子夫婦が手伝ってくれるので人手不足も何とかなっております」
「それは何より。ところで近々出荷できそうな馬はいますか?」
「お望みとあらば、明日にでも何頭か可能ですが」
「では一頭お願いできますか?」
「一頭だけでよろしいのですか?」
「ええ、今回は一頭で充分です」
「解体はどういたしましょう? たしか欲しいのは脂だということでしたが、よろしければ残りはこちらで処理しておきますが」
どうしよう。わたしは馬の解体なんてできないが、エッダかゾーイはできるかもしれない。いや、不確実な推測で決めるのは良くないな。ここはプロにお任せしよう。
それに欲しいのはたしかに脂だけだが、だからといって肉や革がいらないわけではない。何よりもこちらの都合で命を奪うのだから、なに一つとして無駄にしていいわけがない。
なので肉は干し肉にしてコロッケと一緒に屋台で売ろう。そして革はせっかく服職人を雇ったのだから服や手袋などにするも良し、他の素材も必ず何かしらに使おう。
「いえ、解体はそちらにお任せしますが、脂以外の素材もすべてこちらで引き取ります」
「わかりました。では解体した後、お届けいたします」
「よろしくお願いします」
「確かに承りました」
馬脂も確保できたので、わたしはハクラクに後を任せて倉庫へと戻った。
「あ、店長お帰りなさい」
倉庫に戻ると、アルキミアが倉庫の掃除をしていた。
「ただいま戻りました。掃除してたんですか?」
「はい。自分たちが寝泊まりする所ですので、気になったところを今のうちにちゃちゃっと」
たしかにここは倉庫や作業場としては綺麗でも、住居として見たらさすがに気になるところが多々ある。自分たちで住環境の改善をするのは良いことだ。
「留守中何か変わったことはありましたか?」
「特に何も」
「王城からサンプルに関する反応は……さすがに昨日の今日じゃ無理か」
「他の商店はまだ必死で刺繍入れてる最中じゃないですかね。それにある程度候補が揃わないと会議にもかけられないでしょう」
「ですよねえ。となると、まだまだ待機が続きそうですね」
とはいうものの、せっかく久々に印刷機を動かしたので、もっと何かを印刷したかったなあ。
わたしが名残惜しそうに印刷機をじっと見ていると、アルキミアが掃除の手を止めて問いかける。
「印刷機がどうかしましたか?」
「いや、せっかくだから何か他のもやってみたいなあって思ってたんですよ」
「やるとすると、何を印刷しましょう?」
アルキミアの問いに、わたしは待ってましたとばかりに答える。こういう時のために、予め考えていたアイデアがあるのだ。
「国旗を印刷したシャツとかどうですか?」
現代でも、国旗をデザインしたものは多いし人気だ。いいですよね、星条旗プリントのビキニとか。
「国旗ですか?」
だがアルキミアの反応は渋い。駄目ですか、国旗プリント?
「みんな国旗好きじゃないんですか?」
「好きも嫌いもないですね。そもそもこの国の国旗がどんなものか知りませんし、知らない人も多いんじゃないですか?」
そうなの? 異世界は意外と愛国心が低いんだなあ。
「それよりも、わたしまた思いついたことがあるんですよ」
アルキミアは目尻を下げ、口の端を釣り上げてにんまりと笑う。こういう悪い顔をしてる時の彼女は、決まって大きなシノギの匂いがする話をするのだ。
「以前商売は出れば買う層を狙えって言ったじゃないですか」
「そうですね。軍隊というアイデアは盲点でしたよ」
「軍隊よりももっと数が多い層があるって気づいちゃったんですよ」
「そんなのありますか?」
「ありますよ。一国の軍隊なんて問題にならない数の層が」
そんなに? それは期待が高まる。
「それはいったいどんな層に向けた商品ですか?」
わたしが尋ねると、アルキミアはふふんと鼻を鳴らし、自信満々に答えた。
「それは、ユーリス教のシンボルを印刷した服です」
次回更新は活動報告にて告知します。




