第33話 ギフト(最終話?)
朝食を俺の家で食べた後、俺はウォーカー姉妹の家に向かう事になった。以前に六花さんに言われた通り、アマンダと一緒にいる「時間」をプレゼントするのも悪くは無いと思ったからである。
ウォーカー家のリビング。今回テーブルの上にあるのは借りて来た映画のパッケージでも無ければ暖められたピザでもない。俺が買って来たあのとても小さいブロックの山だった。
「なんかちっちゃいですよ?」
「これでそうだな……有名な神社の形を作ることが出来る」
「ジンジャ、おお……なんか日本的であります!」
アマンダが目をきらきらとさせながら説明書とにらめっこを始める。あんまり俺が手を出しても面白くないだろうから最初は優しく見守ってあげることにした。エミリアさんは台所の方でコーラを飲みながらアマンダの組み上げるブロックをじっと見ていた。
「この辺りにこのブロックが……うー」
学校の体育の授業で何でも出来るイメージがあったアマンダだったが、意外とこういう細かい作業は苦手なのかもしれない。口元をうにうにとさせながらいつになく真剣な目付きでブロック組み立てを行っている。
赤い鳥居をいくつも作ってはテーブルの上に一つずつ並んでいく。そして並んだいくつかのパーツを組み合わせて、タイトルにあったような神社が完成した。
「出来ましたよー! 鳥居がいっぱいですね!」
嬉しそうにアマンダが俺の片腕に抱き着いてくる。腕が彼女の胸に挟まれてしまった。
「そう言えばこれ伏見稲荷か……いつか行ってみたいな」
「こんな場所が本当にあるですか?」
「ああ。俺も言った事は無いけど……」
俺の記憶が正しければ京都にあったはずだ。日本的な物が好きなアマンダだからあの辺りはきっと気に入ってくれる事だろう。彼女と二人で行く京都旅行を想像していると、アマンダは俺の胸元にぴょんとくっ付いて来てそのまま倒すように抱き締めてきた。
「おおっ……?」
「ダーリンと行きたいですね……むー、頭使ったら疲れたですよ」
「大和ー、アレ使ったら?」
「アレ?」
エミリアさんに言われて何があったかを思い返す。そう言えば、渡辺からもらった例の物があったではないか。まだ昼も回ってないから行っても良い時間だろう。
「アマンダ、動物園に行かないか?」
「動物園、ですか?」
「電車で少し行った所にあるんだが、知り合いからそこの割引券を三枚貰ってね」
「3枚……?」
アマンダが俺の顔をじっと覗き込んだ後、素知らぬ顔で腕を天井に伸ばすストレッチを始めたエミリアさんの方を見つめた。エミリアさんの来ているTシャツは胸のラインがはっきりと出ており、それがゆさゆさと動いている物だから相変わらず目に毒である。
「エミリアも行くですか?」
「ん、行っていい感じ?」
「え、3枚あるのにエミリア置いていくってそれは悲しいです……」
「フーン」
エミリアさんは悪い表情を浮かべながら俺の上に倒れているアマンダの所に歩み寄ってくる。下から見るエミリアさんのおっぱい、思ってるより大きい……!
「ちゃんと大和の事見てあげないと、私が意地悪しちゃうからね」
「え、エミリアはそこんところがなってないですよ! ダーリンは私の物です!」
「だってさ。あはは、残念だねー、大和。うちのアマンダをよろしくだよ」
エミリアさんは俺の枕元にうつ伏せになると、そこでわざとらしくTシャツに浮き出た胸を両腕でぎゅっと真ん中に寄せた。そしてそれを俺の顔の上にむにゅりと乗せる。お?
「大和にはアマンダがいるもんねー。残念だなー」
「EMILIA!!」
「むー! むー、むーむー……む」
エミリアさんのおっぱいのせいで頭がぼんやりとしていく。
ま、まて、目の前にはアマンダがいる……ん、だ……
あれからエミリアさんと(何故か)一緒にアマンダから説教を受けた後、折角だと言うことで貰ったチケットで動物園に行くことになった。ライオンやトラ、ワシ、ビーバー、サル、ペンギン。ぐるりと一周をしては「あれはなんですかダーリン!」と楽しそうにアマンダははしゃいでいる。その間にももちろん俺たちは指を絡ませるように手を繋いでいて、誰が見ても愛し合っている恋人同士にしか見えないだろう。
少し反省したようでエミリアさんがちょっかいを出してくることは無かった。三人でひとしきり園内を一周した後に休憩スペースで昼食を食べることになった。エミリアさんがカウンターの方で注文した商品を待っている間、俺とアマンダは席を取るために三人用のテーブルの椅子にお互い向かい合うように座っていた。
「そう言えばダーリン」
「なんだ?」
アマンダはにこにこと本当に嬉しそうな顔を浮かべながら俺の事を見て来る。
「今日は特別な日なんですよ?」
「特別な日? 国民の祝日とかそう言う物か?」
「ちがいますよー」
ぷー、とアマンダが膨れ上がる。
その顔も可愛いからもう少しだけ見ていたくなってしまう。
「さてはダーリン、あんまりこういうの分かってないですね?」
「いや、その……ごめん。よく分からないんだ」
「仕方ないですね、教えてあげますよー」
ちらとアマンダがエミリアさんの方を見る。まだ頼んだメニューを待っているようだ。邪魔が入らない事を確認すると、ちょっとだけ恥ずかしそうにちっちゃな声で答えた。
「今日は、私とダーリンが出会ってから、一か月の記念日ですよ?」
「あ……」
そう言えばそうだった。俺とアマンダが出会ったあの日は今から一か月前。もう一か月経ったのだ。最初は何が起きたかよく分からなかったけれど、彼女と一緒にいるうちに小さい事も気にならなくなっていって……
昨日は結構思い悩んでしまったけれど、アマンダの優しさも手伝って俺たちは今こうして一緒に笑いあうことが出来ている。それがなんだか嬉しくなって、笑顔になっていた。
「そう言えばダーリン、ダーリンってあんまり『大好き』って言わないですね?」
「そうか?」
「私はダーリンの事が大好きですよ? 好きすぎて困っちゃうくらいです!」
周りの人たちが軽く距離を置く中アマンダは平然と俺に愛を伝えてくれた。そして、俺の方にちょっと期待しているような目を向けてくる。何を期待されているかは明らかだ。
「え、こ、ここで?」
「私は言いましたよ? それとも、ダーリンの愛はその程度だったですか……?」
「あ、ああっ、分かったから、言うから」
アマンダがとっても悲しそうな顔をしてしまった。こうなったら言うしかあるまい。
「アマンダの事、大好きだよ」
「なんか嬉しくないです」
「ええっ……?」
「もっともっとです!」
「えっと……大好き?」
「むーっ」
アマンダのふくれっ面はまだ収まらない。
ああっ、それだったら何度でも言ってやるさ!
「大好きだよ。本当に、アマンダの事が大好きだよ!」
「ほんとうですかー?」
「世界で一番! いいや、宇宙で一番大好きなんだ!」
俺が半ば叫ぶように言ったのをアマンダはちょっと嬉しそうな表情で聞いてくれた。すると、いつの間にか俺たちの席の所にトレイを持ってきていたエミリアさんがぴたりと固まってしまっている事に気が付く。
「あ……」
「え、エミリア、いつからいたですか……」
「……お二人共?」
周りの人たちもちょっと冷ややかな目で見てきている。
だけど、自然とそれは気にならなくて……
「そう言う事は家でやってくださいですよ」
「えーっ、ダーリンの事が好き過ぎるのが悪いんですよ? ね、ダーリン?」
アマンダはそう言って俺に笑いかける。
ああ……結構俺も彼女に変えられたのだろう。アマンダの事が好き過ぎて仕方ない。
「そうだな。アマンダの事が好き過ぎるのが悪いんだ」
「大和も大分影響されてるねー」
俺とアマンダはエミリアさんと一緒に笑いだす。
幸せだ。誰かを好きになる幸せって、こんなに暖かい物だったんだ。




