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第32話 ダイスキ

 目が覚めた時、どうしてこうなったかを思い出すまでに少々時間を要した。

 俺は自分のベッドで横になっていて、窓から漏れて来る青白い明かりを見るにまだ若干朝には早い時間だ。隣を見るとそこには学校のジャージ姿のアマンダが横になっている。そう言えば俺が使っていた物を彼女に貸したんだった。


(俺のベッドはシングルだからな。ちょっと狭いか)


 アマンダの方を向こうとした時、反対側にも誰かがいることに気付く。ゆっくりと首を向けると、そこではエミリアさんがぐっすりと眠りについていた。下着姿で。


「……え?」


 慌てて彼女から背を向ける。必然的にアマンダの方を向くことになった。

 外国の人は寝る時何も着ないという話を聞いたことがあったが、エミリアさんはもしかしたらそういう性格なのかもしれない。そして下着姿と言うのは彼女の配慮だろうか?


(アマンダの事を考えて落ち着こう)


 目の前で仰向けにすやすやと眠っている彼女の顔を覗き込む。

 いい夢を見ているのだろう、見てるこちらまでも思わず微笑んでしまう優しい表情をしていた。それをぼんやりと見つめていると、何故だか急に心臓がどくどくと忙しなく動き始めてしまう。


「ダーリン……」

「!?」


 ふにゃふにゃした声でアマンダが漏らす。何も動きが無かったから恐らく寝言だろう。だけど、彼女にそう呼ばれた時、自分ではどうしようもない衝動が湧き出て来てしまった。

 ゆっくりと、アマンダの身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。ジャージ越しだったけれど彼女の身体の柔らかさは確かに感じられた。そして、心の中に住み着いた欲望に逆らえず、俺はアマンダの胸元に顔をうずめてしまう。


(あ……)


 顔を覆う暖かみを帯びた弾力にすっかり俺は魅了されてしまった。若干残っていた眠気がまたここで頭をもたげ、アマンダを抱き枕にするような形で目を閉じた。本当に身体がやわらかいから頭の中がもやもやと安心感の霧に包まれていく。


「ん……?」

「あ」


 そんな事をしていたせいか、アマンダが起きてしまったようだ。薄目を開けながら抱き付いている俺を見ると、ちょっとだけ迷惑そうに、でも嬉しそうに微笑んだ。


「ダーリン、あまえんぼうさんですね……」

「なんか、こうしてると落ち着くんだ」

「むー、私もダーリンをぎゅっとするです……」


 アマンダも俺と同じように両腕を回して抱き着いてくる。少しだけぎゅっと抑えつけられたから、彼女の身体により密着してしまった。いよいよ顔全体が彼女の胸で覆われ、みっちりと包み込んでくる肉の密度に思わず声を上げる。


「むっ」

「もしかしてダーリン、私のおっぱい、好きなんですか?」

「う……」


 ここで簡単に肯定するわけにもいかず、しかし嘘をつくことも出来ずに葛藤する。


「あれ、好きじゃないですか?」

「大和、おっぱいだーいすきだよ」


 急に後ろからエミリアさんの声が聞こえてきた。振り返ろうとしたが身体が動く前に後ろからエミリアさんに抱き着かれてしまう。ウォーカー姉妹にサンドイッチされる形になった俺はいよいよ彼女たちのおっぱい地獄、いやおっぱい天国から逃れることが出来なくなってしまった。


「Emilia…せめて大和の前では服着て欲しいですよ」

「Sorry. こっちの方が落ち着くからさ」

「や、やっぱり……!」

「でも、大和はこっちの方が嬉しいよね?」


 背中にもちもちとした弾力のある双丘が押し付けられる。肩から顔を出しながら囁かれたせいで、息が詰まって返事が出来ない。アマンダの事を抱いていたはずの片腕をエミリアさんに取られて後ろに回されるや否や、手にすべすべとした触り心地の良いふとももが当たってしまう。


「あぁ……」

「大和、蕩けちゃってるね」

「だ、ダーリンは私の物ですよ、エミリア……!」

「ん、それならアマンダもやる? 男の子の手、ごつごつしてて全然違うよ?」


 エミリアさんの言葉にアマンダは返事も出来ずにはにかんで俯いてしまった。二人の胸に溶かされそうになっていること数分。エミリアさんが二度寝で動かなくなっていた。それでもアマンダは起きているようで、俺の事を抱き直した後に頬に優しい口づけをくれた。


「ダーリンのせいで興奮しちゃいました……眠れないですよ」

「あ、ああ、俺……」


 興奮、というワードでまたいけないことを考えてしまう。

 抱き直したせいか胸板が彼女の胸に当たっており、そこの奥から彼女の心臓の鼓動を確かに感じることが出来た。俺の心臓のそれとリズムは一緒で、二人で同じドキドキを味わいながら見つめ合う。


「そうだ。アマンダに言いたいことがあった」

「言いたいこと、ですか?」


 この言葉だけは、誰よりも早く彼女に伝えたい。

前の腐っていた俺だったら伝えられなかったけど、彼女と通じ合うことが出来た今ならば、心の底からの感謝と共にこの言葉を口に出すことが出来る。

 精一杯の気持ちを込めて、俺は、何度か練習していた言葉を彼女に伝えた。


「――Happy birthday, アマンダ」

「ダーリン……」


 最初は何が起きたかよくわかっていないような表情で俺の事を見ていた。それもそのはず、俺はアマンダから彼女の誕生日についての話を何も聞いていない。アマンダはしばらくこちらの顔を見ていたが、すぐに胸元に飛び込んでくるとぎゅっと力強く抱きしめてくれた。


「ダーリン、大好きです! 好き過ぎて、好き過ぎて言葉に出来ないです!」

「そう言ってくれて、本当に嬉しいよ」

「どうして知ってたですか? 私、ダーリンに誕生日の事言ってないのに……」


 アマンダの後頭部を優しく撫でる。目の端にちょっとだけ涙を浮かべて声を震わせながら尋ねてきた彼女は幸せそうに目を閉じながら微笑んだ。


「エミリアさんに聞いたんだ」

「むー、あの姉はいつも余計なことばかり言います」

「でもそのおかげでアマンダの誕生日を誰よりも早く祝うことが出来た。そうだろ?」

「ダーリンの言う通りですね……」


 うっとりとした表情を浮かべたアマンダは俺の胸元で目を閉じる。

 早朝の青い光が入っているせいか、映画のワンシーンのような雰囲気になっていた。


「もう少しおやすみしますよ、ダーリン」

「そうだな。もう少しだけ」


 心地よい暖かさに包まれながら俺とアマンダは身を寄せ合う。その後ろでエミリアさんも楽しそうな唸り声を上げていた。




「んっ……もうちょっとだけ、ダーリン……」


 部屋に日が差し込んできた。少し前に起きた俺とアマンダは起き上がるよりも先に布団の中でのキスに夢中になっていた。お互いの事しか見えていない俺たちは抱きしめあったり口づけし合ったりを繰り返している内に朝を迎えてしまった。

 既にエミリアさんは起き上がってどこかに行ってしまったようである。二人だけの部屋でずっとベッドに潜りながらお互いの「好き」を貪っていく。


「アマンダ、そう言えばプレゼントがあるんだ」

「プレゼント……?」

「ちょっとごめんよ……」


 一旦ベッドから起き上がった俺は、机の引き出しに入れていたあの包装済みのプレゼントを取り出した。後から起き上がったアマンダにプレゼントを渡すと、彼女はそれを胸元で大切そうに抱えた。


「Thank you, ダーリン……」


 その時のアマンダの姿は、多分、何年経っても忘れないだろう。


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