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第31話 キレイな愛じゃなくても

「Amanda? Oh, you needn't worry. Uh...」


 エミリアさんと二人で俺のベッドの上に座っていた。彼女ははアマンダと電話で何かやり取りをしている。その間に俺は買って来たアマンダへのプレゼントをぼんやり眺めていた。あの時のように薄汚れて見えることは無くなっていた。

 彼女に会う時、俺は何て言ってそれを渡せばいいんだろう。そんな事を考えていると、六花さんと二人で雑貨売り場を見て回っていた時のあの言葉がふと頭を掠めていった。


(好きな人と一緒に何かをするのは、とっても幸せなんですよ)


 アマンダを悲しませてしまったからには、いつかはこの埋め合わせをしなければならない。丁度買ったのは二人で同じ時間を共有出来る物だったから、そこから繋げていくのが自然だろう。

 そんな事を考えている内にエミリアさんは電話を終えたらしい。そう言えば、彼女は一体アマンダと何を話していたのだろうか。


「何の話をしてたんです? 俺、英語あんまりわかんなくて」

「Ah, 心配しなくていいよー。キスの事は言ってないから」

「あ、はい。なんかホッとしました。ってホッとしていいのか分からないけど……」


 アマンダに何かを隠しているのはあまり気分の良い状態ではない。いつかはこの事は彼女に伝えてあげないといけないんだ。さっきは一人で苦しんでいたけれど、今はエミリアさんと言う共犯者がいる。罪を背負っているのはエミリアさんも同じなんだ。


「明日、アマンダに、ちゃんと伝えます」

「その必要はないね」

「えっ?」


 俺がエミリアさんに尋ねようとした時だった。

 玄関で誰かがインターホンを鳴らした音が聞こえてきた。


「これって……」

「出ておいで」


 エミリアさんはそう言ってスマートフォンをいじり出してしまう。

 この時間だと母さんかも知れないけど、母さんだったらそもそもインターホンを使わない。宅配業者だって来る予定はないし、宗教や新聞の勧誘が来た覚えだってない。そうなると、俺の中で徐々に誰が来たのか予想がはっきりとして来て……


「はい……」


 恐る恐る、玄関のドアを開けた。

 そこには、アマンダが、ボロボロの姿で立っていた。


「アマンダ……!?」

「ダーリン!」


 お出かけをしていた服装のままこちらへ来たのだろう、白地のTシャツとカーキのスカート、そして黒のセカンドバッグを肩に下げていた彼女は、滝のような汗と涙を流しながら俺に抱き着いて来てしまった。


「ダーリン……なんで私を頼ってくれないんですか……ばか! ばかぁ!」

「あ……」


 アマンダの為を思って言えなかった、だなんて、とてもこの状況では言えなかった。そもそも最初からそれが間違っていたのだ。こんな状況になっても一番近い所にいるはずのアマンダがその原因を知ることが出来ない事が、彼女をどれだけ苦しめていたのか。

 結局自分中心になってその事に気付くことが遅れてしまった。贖罪の意味も込めて玄関で彼女と抱き合う。久しぶりの匂いは少ししょっぱく感じられた。


「アマンダ……何も分かってやれなくて、ごめん」

「……キスしたら、ゆるしてあげます」

「そ、そうか」

「えへへっ」


 アマンダはまだ涙目だったが、俺がキスに応じると分かると笑ってくれた。彼女とタイミングを合わせ、そっと唇を合わせる。久しぶりのアマンダとのキスは、ほんの少しだけの挨拶のような優しいキスだった。


「ダーリン。何があったか、私に教えてくれますか?」

「……うん」


 そのまま俺はアマンダを家に入れる。既にエミリアさんは台所のテーブルの一角に戻って来ていた。彼女の隣にアマンダを座らせ、俺はアマンダの向かい側に座る。


「それじゃあ聞きますよー」

「えっと……」


 アマンダは真剣な眼差しでこちらをじっと見つめてくる。

 ここまで彼女が俺に向き合ってくれているんだ。俺も、しっかり伝えないと。


「六花さんと……キス、しちゃったんだ」

「……」


 アマンダは俺の言葉に何のリアクションも示さなかった。

 もしかしたら思考停止したのか? それとも、あんまり過ぎて反応出来ない程か……


「……そんな事で悩んでたですか?」

「えっ?」

「HAHAHA!!」


 アマンダはポカーンと肩透かしを食らったような表情をしていた。彼女の隣にいたエミリアさんは腹を抱えて笑い出す。二人に取り残されてしまった俺は何が起きたか分からずに呆然とアマンダの表情を見ている事しか出来なかった。


「別にダーリンが他の子とキスしても、私、あんまり怒らないですよ」

「ちょっとは怒るんだ……」

「だけどダーリンが嫌いにはなりません! それに……」


 手元で人差し指をくっつけていじいじとしながら、アマンダが下を向いて呟く。


「私の方が、もっとダーリンの事が好きですから……Ah, 恥ずかしい事言いました」

「アマンダ……」

「でも、ちょっとは怒ってますからね? 本当にちょっとだけですよ?」


 椅子に座ったまま彼女は眉を下げて仕方なさそうな表情を浮かべる。そうして、彼女はゆっくりと立ち上がると、反対側に座っている俺の隣の席まで歩いて来てそこに座って来た。椅子を寄せて横にくっつけて来たアマンダは俺の片腕に寄り添うと安らかな息を吐いて目を閉じた。


「今日はずっと一緒にいてください、です」

「分かったよ。一緒だ」


 アマンダの温もりが心地よい。そのまま俺も目を閉じて彼女の隣に寄り添い続ける。いつの間にかくっ付いている腕の下では指が恋人つなぎのように絡み合っていた。

 と、早速バカップル全開のひとときを過ごしていると玄関の戸が開いた音がした。


「ただいまー、あら、今日も来てるの?」

「わっ、お、お邪魔してますよ」

「お邪魔してますー」


 なんというタイミングで帰って来たのだろうか、俺の母さん。でもそろそろ夕食を作り始めないといけない時間だから仕方ないだろう。さて、今日は一緒にいると言った為アマンダとはこのまま別れる訳にはいかないが……


「今日もご飯食べていくんだっけ?」

「そうですそうです。お願いしますー」

「……Emilia?」


 やけにエミリアさんと母さんの間の会話が淡々と進んでいることに気付く。

 アマンダも気が付いたのだろう、二人で彼女の事をじっと怪しむような目で見る。


「んー、ちょっと前に大和のお母さんにメールしたよー?」

「えっ」

「この間会った時に……ええっと、SNS? それの使い方を教えてもらったのよ」

「あ……そうなんだ……」

「エミリアさん、本当にいい子なのよ? 二人共本当に私の娘だったら良かったのに」


 俺たちに背を向けながら夕食の支度を始める母さんの台詞に、俺もアマンダもすっかり言葉を失ってしまった。まさかこうなることを予期してエミリアさんは事前に根回しをしていたのでも言うのか……?


「あ、そうだアマンダ、言い忘れたことあったよ」

「ん、なんですか?」


 エミリアさんはスマートフォンをいじりながら全く悪びれる様子もなく言った。


「私もしたんだよー」

「……へ? どういうことですか?」

「あっ」

「六花と同じ。私もしちゃったよ、sorry」


 アマンダの表情がかちんこちんに固まる。

 母さんが使っている台所の水道の音が場を支配した。


「ダーリン……?」


 ゆっくりと、アマンダがこちらを向く。にっこりとした表情を浮かべながら、俺の腕をぎゅっと掴んできた。今まで掴まれたことのない程の強さで、腕がぁ!


「ああぁっ!?」

「大丈夫ですよダーリン、『ちょっと』だけしか怒ってませんからね……」

「痛い! 痛いから、ごめん、ごめんって!」

「いろいろ大変ね~」


 呑気に母さんが呟いているその背中で俺はアマンダに椅子から引きずり降ろされ、四つん這いになった所を背中に乗られてしまった。そのまま彼女は服の襟元を掴み、挙句にhは脇腹をぺしぺしと足で蹴り始めた。しかも勢いが結構強い……!


「カウガールはっ、こうやって、馬に進めって命令するですよ! イーハー!」

「ぐふっ……おおっ、あああああ……!」


 元気いっぱいのアマンダとお馬さんごっこで家中を練り歩いた後迎えた夕食では全身にのしかかった疲労であんまり食べることが出来なくて……でも、何だか変な意味で癖になっちゃいそうだ……


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