第28話 ソレデモシタイ
フードコートにはいくつもの店が出ており、目で見るだけでもそのラインナップを楽しむことが出来る。ハンバーガー、ラーメン、牛丼、たこ焼き、フライドチキン……他にもデザート系やアイス系の店が出ているここは、休日のお昼ということもあって沢山の人で賑わっていた。
ハンバーガーのセットを買った俺たちは、注文した物をトレイに乗せながら少し歩き回って空いている席を探す。そうして端の方にそれを見つけた俺たちは、そこで腰を落ち着けて昼食を頂く事となった。椅子二つが向かい合うように配置されている席で、普通に座るだけでも六花さんと面を合わせる形になってしまう。
「まさか頼んだメニューが同じになるなんてな」
「ちょっとびっくりですね……」
俺と六花さんのトレイに乗っているのは人気商品であるたっぷりチーズバーガーのポテトセットだ。いただきますをした後にお互いチーズバーガーにかぶりつく。うん、おいしい。六花さんも目を細めて口の中に広がる味を楽しんでいるようだった。
大切そうにハンバーガーを持つその仕草一つをとっても彼女は本当に上品だった。口を大きく開けるようなことも無く、控えめにぱくぱくと少しずつ口に運んでいる。時折口の端にケチャップが付くと、彼女はそれを人差し指でそっとすくい、ぺろりと蛇のように舌で舐め取ってしまった。
「っ……」
六花さんが口を開く。ふわふわと柔らかそうな舌はその中でハンバーガーが入って来るのを待ち構えていて、彼女がかぶりついた後は閉じた口の中から微かにくちゃくちゃという音が聞こえて来る。そうしてまた口を開き、あの蠱惑的で誘うような舌を伸ばし、柔らかいハンバーガーにそっと口を寄せていく。
「……ん、大和さん、どうしました?」
「……えっ?」
「その、ずっと、私の事ばかり見ていたので……」
六花さんは目を伏せるとハンバーガーとその包み紙で口元を隠してしまう。申し訳ない事をしてしまったと食事に意識を集中させようとするが、頭の中ではどうしても六花さんの口内の様子が離れない。白い歯に紛れるように赤い舌がちろちろと俺の事を試してくる。
「ええと、ごめんなさい」
「そんなに見つめて……どうかしましたか?」
六花さんの目線が上がってが俺の方を向いた。先程までのゆらゆらと揺れていた視線ではなく、ゆっくりと、じっとりとこちらの表情を舐めていく妖しい視線だった。今考えている事をもしかしたら六花さんに悟られてしまうのではないかと思う程に俺は観察されてしまっていた。
「一体、何を考えていたんです? 大和さん……」
「あ……」
ハンバーガーの包み紙の端から、真一文字に結ばれた六花さんの口の端がやや上がっている様子がちらりと見える。普段の親切でおしとやかな彼女の物ではない。挑発的で小悪魔のような表情を隠しながら、彼女は俺を手のひらの上で転がすかのように尋ねてくる。
「教えてくれませんか?」
「六花さん、今日は一体どうして……」
「ん……何か変わった事でもありました?」
俺がそう聞いた瞬間、彼女の中の艶やかさが表に戻って普段通りの表情に変わると、まるで先程まで何もなかったように会話を続け始める。そうして現れて来た「いつもの六花さん」はあの素敵な笑顔を向けてくれる。
驚くと同時に、彼女に対して底の知れない恐ろしさを覚えていた。だけどそれは彼女を嫌う要因にはなり得ず、撫子六花という目の前の人物を余計に気にならせていく。
「いえ……」
「それなら良かった。そう言えば、この前アマンダさんとプリクラ撮ってましたよね?」
「そうですね。六花さんもエミリアさんと」
「はい。その通りですけど……」
何故か六花さんは口をもごもごとさせてしまう。視線もすっと下がり、テーブルの天板の上に乗ってしまった。ハンバーガーを持つ手もぴたりと宙で止まっている。
「えっと、二人の写真、私に見せていただけます? ちょっと気になります」
「それは……」
あの時に撮った写真ならある。いつでも見られるように透明なフィルムで包んだ物を筆入れに差しているからそれを見せられれば良い。だが、あの写真の五種類のうち二種類はアマンダとキスをしている写真。おまけに、写真に文面でやたら恥ずかしい事を書いてしまった為、例え六花さんと言えども簡単には見せられなかった。
「その……ちょっと恥ずかしくて……」
「そ、そうですか。それなら仕方ないですね……ええと」
六花さんがこちらをじっと覗き込む。吸い込まれそうな程に大きな瞳だった。気圧された俺は何も話せなくなってしまい、会話の主導権を彼女に握られてしまう。
「一緒に、プリクラ撮りませんか? 後で、プレゼントも買いましょう」
「えっ……?」
「多分、大和さんと二人で一緒にいられるのは今日だけだと思いますから」
彼女の声はなんとなく沈んでいた。
言っていることが分からない訳ではない。俺とアマンダは学校ではいつも一緒だし、出掛けるとしても絶対に離れることが無い。今日、俺がエミリアさんに便宜を図ってもらったおかげで俺は六花さんと一緒にいることが出来るが、次の機会があるとは限らない。
だから俺も彼女の意向に沿ってあげたいけれど、プリクラは物が残ってしまう。もし仮にそれをアマンダに追及されたとしたら、と考えると、そう言うのはなるべく無い方が良いのだが……
「お願い、出来ませんか」
六花さんはハンバーガーをトレイの上に置くと、胸元でそっと指を合わせて眉を下げた。
口もきつく締まっていて、見るに堪えない程に辛そうな表情だった。
「……分かりました」
アマンダには悪いけど、俺には、六花さんを傷つけることは出来ない。
「プリクラ、この後行きましょう」
「ありがとうございます……!」
六花さんは俺の答えを聞くと頬に手を当ててゆらゆらと幸せ心地に揺れた。思わず溜め込んでいた息がはっと漏れた。
※
昼食を終えた俺たちは一旦プレゼント選びから離れてあのゲームセンターを訪れた。前にアマンダと撮ったのと同じプリクラの筐体を使う事となる。
確かに俺はアマンダの彼氏だから他の女子とプリクラを撮ることにあまり乗り気ではないが、相手はあの、クラスで一番とも言える人気を持つお嬢様、六花さんなのだ。数多もの勇者の告白を跳ねのけて一人を貫いてきた彼女が俺に「一緒に撮って欲しい」とお願いしてきたのである。これを「アマンダがいるから駄目です」と即座に跳ねのけることが出来る男がいるだろうか。
とまあ、言い訳がましいことを心の中でこねながら筐体の硬貨投入口に必要な枚数だけの百円玉を入れる。カーテンに仕切られた個室で六花さんと二人きり、という事もあってか、妙に胸の辺りがどくどくと重い鼓動を打っているように感じられた。
〈ようこそ! 好きなモードを選んでね♪〉
「六花さん、どっちにします?」
画面にはまたあの「カワイイモード」と「キレイモード」の二択が映し出される。彼女に並んで画面を覗き込むような体勢で立っていると、六花さんの細い指が「キレイモード」の方をタッチした。確かに六花さんには「キレイ」が似合う。
〈撮影する背景を選んでね♪〉
「これも私が選んで大丈夫ですか?」
「あ、はい。お願いします」
なんとなく六花さんが場慣れしているような雰囲気だったので彼女に任せてみた。どうやら本当にそうだったようで、慣れた手つきでピッピッピと画面に触れて背景を選択し終えるとこちらを向いてにっこりと微笑む。
〈撮影タイム! 荷物は手前の方に置いてね! それじゃあまずは1枚目!〉
聞くのも二度目となる筐体の音声を流していると、六花さんが何も言わずに手を繋いできた。人形のようにすべすべとした指先がそっと絡みついてくる。
「六花さん、これって……!?」
「今日だけ、ですから」
そのまま静かに吸い寄せられるように六花さんが横から抱き付いてくる。ワンピース越しの彼女の柔らかい身体に腕が沈んでいく。彼女の吐息が耳元をくすぐって、身体がぼんやりと熱を帯びていく。
〈二人でピース!〉
「あ……」
六花さんは俺から離れないまま片方の手でピースサインを作る。このまま写真を撮ってしまう事を躊躇していた俺だったが、カウントダウンに急かされるようにピースを作って六花さんと同じ写真に写ってしまった。誰が見てもこれは恋人同士にしか見えないだろう。
〈二人でぎゅー!〉
以前アマンダとここに来た時の光景がフラッシュバックする。
この調子でいけば、次は、その。
「大和さん、ぎゅっとしてください……」
戸惑っている俺に六花さんが寂しそうな目を向ける。
一体、この後、俺は六花さんに何をされてしまうんだ……?




