第27話 高嶺の撫子さん
六花さんと二人でデパートの中に入る。誰かに見られないかという考えが一瞬だけ頭をよぎったけれど、そう言う事を考えるのは六花さんに失礼な気がしてやめる。アマンダの好きな物を探しに行くのだ。
アマンダの姿をぼんやりと思い起こしてみる。普段の彼女の行動を頭の中で描きながらその中で使うことが出来る実用的な何かを考えていたが、如何せんアマンダとはいつもくっついている記憶しかない為なかなか思い浮かばない。
「六花さん、女の子なら何が欲しいですかね?」
「好きな人からの贈り物は大抵嬉しいですよ」
「あー」
そりゃあそうだろうな、と天井を仰ぐ。
とりあえずいろいろな売り場を見てから考えようと思った俺たちはデパート内の雑貨売り場を訪れることにした。そこは文房具やノートと言った実用的な物からどこで使うのかよく分からない剥製っぽい動物の置物まで売っており、何かしらアマンダの琴線に触れるであろう物を見つけられるのではないかと思ったのだが。
「……物がありすぎてよくわからないな」
「うーん」
売り場を見てみると、俺たちがいる辺りはパンを模したクッションが所狭しと並んでいるパン地帯であった。フランスパン、食パン、クリームパン。意外な所だと焼きそばパンも置いてある。
「パンか……」
「アマンダさん、サンドイッチ好きでしたよね」
「そうだな……サンドイッチはこれかな」
目の前で転がっているパンの中を少し探し、中からサンドイッチ状の模様が入った四角いクッションを出してみた。ベーコンとレタスが挟まっているデザインのなかなか可愛い奴である。両手で胸元に抱けるほどのサイズで存在感もばっちりだ。
「しかしクッションで喜ぶのかな?」
「他も見て回ってみましょうか」
「他は……」
六花さんと二人で店内を歩くと、今度は店内に備え付けのCDプレーヤーから流れている洋楽に気が付いた。さっきまでは商品に意識が向かっていたから流れていた音楽には気が付かなかった。思い出してみるとこれは過去の有名映画で使われた曲で、流れているCDの正体は様々な映画から象徴的なシーンの曲を集めたサウンドトラックだった。
「これか……」
「アマンダさん、興味あるでしょうか?」
「分からないなぁ。もう持ってるって可能性もあるし」
頭で考えてみてもその辺りは分からないし、今エミリアさんに電話をかけて確認する訳にもいかない。彼女は今アマンダと二人でどこか別の場所に出歩いているはずだ。ここは他の物も見てみる必要があるだろう。
「エミリアさんから聞いたけど、日本的な物も大好きだって言ってたな」
「日本的な物……ですか」
六花さんがなんとなく目を向けた先にあったのは、指先程の小さなブロックで様々な物を精密に作り上げることが出来るセットであった。小袋一つ分しかない量でもきちんと組み上げれば神社やお寺といった物を再現できるらしい。アマンダの手先が器用かどうかはさておき、これなら良いプレゼントになるだろうか。
「大和さんが一緒に作ってあげればまたいいかもしれません」
「一緒に?」
「好きな人と一緒に何かをするのは、とっても幸せなんですよ」
夢心地の表情で六花さんはそう呟いた。彼女の言葉にこちらも思わずはっとする。どう返事したらいいか分からなくなってしまい、押し黙ってしまった。
「……すいません、こんなこと言ってしまって」
「い、いえ、そんな」
「大和さんにはもうアマンダさんが居るんです。それは分かってるんです」
そこまで言って、六花さんは俺の腕にそっと寄り添ってくる。本当にずるい人だ。こんなこと言われてしまったら、彼女を振りほどく事なんて出来ない……!
「ですが……今回だけは、その気で居させてくれませんか?」
※
その後、雑貨売り場を一通り見た俺たちは一旦別の売り場も見ようと衣料品店も訪れた。あんまり俺はこういう物に詳しくはないけれど、六花さん曰くここでは比較的安価でそれなりの服が揃うのだと言う。アマンダに合ったコーデをプレゼントしたらそれは良いプレゼントになるのでは、という事であった。
「服か……アマンダってどのサイズ着てるんだ?」
「確かに、向こうのサイズの服ってどうなってるんでしょう」
アマンダの様子を思い出してみる。やはり、日本人離れしたあのおっぱいは無視できないだろう。うちの高校の制服も胸元が思い切り盛り上がってしまっているから、普段着で来ている服のサイズもその胸元を意識したものになっているに違いない。
「流石にアマンダのスリーサイズまでは知らないからなぁ」
「アマンダさん、胸大きいですからね……いいなぁ」
六花さんが寂しそうな顔でぽつりとこぼす。どういうことかと聞きたくなったが、女子には女子なりにいろいろ悩みがあるのだろう。もしかしたら俺の聞き間違いかも知れないし。
「あっ、これは……」
「六花さん?」
「新しく出た服なんですけど、これ私の持ってる物に合うかも……」
近くのハンガーラックにかけてあった所から六花さんは一着分のワンピースを取り出し、自分の胸元に当てて見せた。色は白で黒い花の模様が入っている。丁度今彼女が来ている物とは対照的なデザインをしていた。
色が変われば印象も変わる訳でミステリアスだった雰囲気から一転、純粋で素朴な印象を与えてきた。被っている灰色のスカラハットも彼女がそっと上方向に上げると光がやや多めに当たるようになり、ふんわりと明るい女の子に変わってしまった。
「どうですか?」
「凄い……似合ってる」
「ありがとうございます、大和さん」
ぱあっと表情豊かになった六花さんはワンピースを腕の上に載せるとそのままレジの方へと向かっていく。結局、アマンダに買ってあげる服ではなく六花さんの欲しい服をお買い上げする事になってしまったが、事前準備が足りなかったから仕方ないと言えるだろう。
六花さんを待っている間にレディースの売り場を色々と見て回っていると、売り場の一角に薄い白地のTシャツとカーキのチノパンを纏ったマネキンが立っていた。腰の辺りには紺のジャケットが巻かれている。ふと、アマンダがそれを着ている様子を想像してしまった。
(……かわいいなぁ)
いつも通りにアマンダは俺の事を「ダーリン」と呼んで腕にくっついてくるのだろう。そして、ぽよんぽよんと跳ねる彼女の胸元からは下着の模様がうっすらと浮き上がっていて……
(何を着てもドキドキさせてくるんだよ、ああっ)
その大きな胸を押し付けながら腕をぎゅっと抱きしめてくるアマンダ。後ろから急に抱き付いてくるアマンダ。肩に頭を乗せてうたた寝するアマンダ。彼女のどんな姿も好き過ぎて、一度好きだと自覚してしまうと心の中が好きでいっぱいになっていく。
「大和さん?」
「……あ」
気が付くと既に会計を終えて白い袋を提げた六花さんが頭に疑問符を浮かべながら目の前に立っていた。アマンダの事を考えてニヤニヤしていなかっただろうかと不安になったが、どうやら六花さんの表情を見るにそのようなことは無かったらしい。
「そのコーデだったらアマンダさんにも合いますね」
「結構活発だからな……動きやすい格好もいいのかなって」
「でもこれだと、その、胸の辺りが……」
六花さんはそう言うと恥ずかしそうにもじもじとしてしまう。
「その、透けて……」
「ああっ……」
何を話したらいいか分からなくなってお互いに気まずい雰囲気になってしまう。そんな中、六花さんの方からぐるるると音が聞こえてきた。
「あっ」
途端に驚いて慌て始める六花さん。この音は……
「お腹空いたのか?」
「あ……はい、ごめんなさい……」
「それじゃあ何か食べるか。俺も小腹空いてきた頃だから」
デパートの別の階にはフードコートがあるからそこで食べるのも悪くないだろう。やや強引に六花さんを連れて行く感じになってしまったが、彼女は薄ら笑みを浮かべていた。




