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第26話 ナチュラルに恋して

 そうして出来たクリームシチューを前に、俺たちは手を合わせていただきますの挨拶をする。普段は母さんと二人で食べる夜ご飯だけど、今日はアマンダとエミリアさんの二人も一緒だ。そのせいか、何度も食べていたはずのシチューも前に食べたものより美味しい。


「ん~、このシチュー美味しいです……!」

「私、これ気に入ったね!」

「あらあら、ありがとうね。二人とも私の娘になってくれればいいのに」

「母さん、あのさぁ……」


 そうは言っても、既に母さんはウォーカー姉妹のことを自分の娘と同じように扱っていた。俺がこのままアマンダと結婚したらこのような未来がやって来るのかもしれない、と頭の片隅で思いながらスプーンを口に運んでいると、左隣のアマンダが俺の事を呼んだ。


「ダーリン」

「ん?」

「あーん、です。仲良しカップルの、その……お約束です!」


 ぽんっ、と明かりが点いたようにアマンダの顔は赤い。彼女がこちらへ差し出して来た手の先にはちょっとだけ震えているスプーンがあって、その上にはジャガイモがごろっと転がっているシチューがあった。

 エミリアさんも、そして母さんもこの後俺がどうするかを好奇の目で見守っている。二人だけの時なら迷わずぱくりと行くのだが、こうも人に、しかも親に見られている状況だと恥ずかしすぎる……!


「ダーリン……?」

「わ、わかったよ」


 アマンダがちょっと眉を下げて心配そうな表情に変わってしまう。意を決した俺は口をゆっくりと開き、アマンダの差し出すスプーンに乗ったシチューを食べさせてもらった。


「Wow…」

「青春してるわね~」

「……あの、その、恥ずかしいからやめて」

「な、なんだか私も恥ずかしかったですよ、ダーリン」


 あーんを仕掛けてきたアマンダでさえ大人しくなってしまう状況。どうしたらいいかも分からず黙々と残りのシチューを食べていると、正面に向かい合うように座っていたエミリアさんのスプーンが俺の皿の端をコツコツとつついてきた。


「エミリアさん?」

「後でお願いだよ、大和?」

「Emilia…?」

「あ、ちょっとした約束があってね。大丈夫だよ」


 これまでの前科がある為かアマンダはエミリアさんの方をジトーっとした目で見つめていた。一言入れてなんとかアマンダの不信感を軽くさせることは出来たけど、実際何が起きるかは俺もまだわかってない。

なにしろ、六花さんが言う事を聞くようになってしまう相手なのだ。何をされるかわかったもんじゃない……!


「アマンダ、少しだけ大和借りていいかな」

「ん……ダーリンがいいなら……」

「大丈夫、アマンダから盗むようなまねはしないよ、HAHAHA」


 エミリアさんはそう言ってるけど……大丈夫かな?





 アマンダと母さんを俺の家に残し、エミリアさんの「用事」に付き合う為に俺は彼女と二人で家の外に出ていた。近場にある本当にちょっとした公園のベンチに腰掛けて雲の隙間で瞬いている星を見上げてのんびりとしていると、エミリアさんの方から話を切り出してきた。


「大和、アマンダと付き合ってくれてありがとうだよ」

「ど、どういたしまして……?」

「前にもお礼したけど、やっぱりアマンダは笑顔が一番だねー」


 エミリアさんがこうして話をしている間にも何かこちらへアプローチをかけてくるのではないかと警戒していたが、特にそのような事もなく彼女は空を見上げながら話を続ける。


「実は、アマンダの誕生日近いんだよ」

「誕生日?」

「今日は金曜日だから……明後日だね。5月6日の日曜日」

「明後日……」


 そう言えばアマンダとはあまりこのような話をしたことがなかった。このままいけばアマンダの誕生日をお祝いすることも出来ずに日曜日が過ぎてしまう所であった。しかし、エミリアさんはその話を何故ここで?


「アマンダは、そんなこと一言も」

「そうだよ。アマンダ、自分からプレゼントくれくれって言うの、あまりやりたがらない」

「そんな……誕生日だから一言言ってくれればいいのに」


 アマンダの気持ちも分からない訳では無い。

 誕生日が近いと告げるのは何かしらの見返りを求めることになってしまう。たとえそれが恋人だったとしても、相手にそれを要求してしまうことがアマンダは苦しいのだろう。


「昔の話だけどね、アマンダ、アメリカの友達とそれで疎遠になっちゃったんだよね」

「喧嘩?」

「んー、アマンダは誕生日を教えてもらった側なんだけど、なんにもプレゼントできなくてね。それでアマンダの方が落ち込んじゃったって言うか」


 誕生日だとわかっていたのに、友達に何もしてあげられなかった。だから、自分の誕生日も相手に無理に伝えようとはしない。そうしていたら、相手に変な罪悪感を与えることもなくずっと一緒に居られる……エミリアさんが言ったのはそういうことだった。

 さっきまで輝いていた星が雲に隠れてしまった。風もどことなく肌寒い。


「アマンダの誕生日に、いい思いをさせてやってよ。私は毎年なにかあげてるけど、やっぱり一番プレゼントしてくれて嬉しいのは大和だから」

「エミリアさん……」

「んー、あー、台本ここで終わりだよ。Sorryだね」


 そこまで言った所でエミリアさんは自分のスマートフォンをポケットから取り出してメモ帳を開く。そこには、さっき俺に語ったことがローマ字交じりの日本語で書かれていた。

 出会ったばかりの時は日本語が決して流暢ではなかったエミリアさんだったが、この話を伝える為に努力を重ねたのだろう。ちらりと映ったその画面には確かにその痕跡が残っていた。


「……それじゃ、俺からお願いがあります」

「ん、オーケーだよ」


 プレゼントを欲しがっているはずのアマンダを悲しませることなんて出来ないし、ここまで頑張ってくれたエミリアさんを裏切ることも出来ない。俺は、アマンダの誕生日に向かって真っすぐ進むことを心に決めた。





 5月5日、土曜日の朝九時。霞の浦デパートの入り口前で俺はある人を待っていた。

 実はその相手はアマンダではない。そして渡辺でもない。その人は……


「大和さん、お待たせしました」


 デパートの開店時間から少しして現れたその人は、クラスにおける高嶺の花、六花さんだった。黒を基調としつつ白の花の文様が入っているワンピースのスカートは膝よりちょっと上の部分で終わっていて、そこからは少しの間だけ彼女の白い素肌が露わになっている。そして更に下がると、今度は紺と黒の縞々の靴下が彼女の脚を大切に包んでいて、最後には丁寧に磨かれた黒のローファーが足元で光っていた。

 普段通りの黒髪ストレートだけど、今日かぶっている灰色のつばが長い帽子――聞いたところによると「スカラハット」と言うらしい。それが、彼女が別世界から来たようなミステリアス感を作り出していた。


「大和さん……どうしましたか? ジロジロ見てしまって」

「あ、ああっ、すいません。つい」

「つい……?」


 六花さんは一歩迫って距離を詰めてくる。先程はあまりに微かで気にも留めなかった彼女の香りが強くなり、つい意識がそちらへ持っていかれてしまう。シャンプーやボディーソープのような物ではない、女の子の身体の匂い。それが頭の中を優しくくすぐっていく。


「え、えっと、買い物行きましょう」

「ん……はい。そう言えば、今日はアマンダさんの誕生日プレゼント、でしたね?」

「そうです」


 六花さんを呼んだのにはもちろんそれなりの理由があった。

 アマンダに対してプレゼントを贈ることになったけど、肝心の「アマンダが何を喜ぶか」については全く俺は情報を持っていない。そして、エミリアさんには実はアマンダと二人でどこか遠い所に連れて行ってもらう役目をしてもらっていた。その為、アマンダの事をよく分かっているのは必然的に六花さんだけになってしまう。

 事前にエミリアさんからもどういう物がアマンダを喜ばせてきたかを教えてもらってはいた。六花さんもいるから、同じ女子の視点から、俺の思いもしなかったことを教えてくれるかもしれない。


「……アマンダさんは、今日はどちらに?」

「お姉さんと少し遠い所にお出かけしてます」

「それじゃ、今日は大和さんと二人、なんですね」


 六花さんはにっこりとこちらに微笑みかけてくる。そうだ。今日、俺は六花さんと二人きり。事実上の買い物デートをすることになるのだ。アマンダに黙ってこういうことをするのは胸が痛まない訳がないけれど、それでも最終的には彼女の喜ぶ顔が見たいからこうしているから仕方がない……のかな?


「私、嬉しいです。大和さんにはアマンダさんがいますけど……それでも、こうやって二人で一緒にお出かけすることが出来るんですから」


 心の中でそう何度も自分に言い聞かせているけれど、それでもやはり六花さんは素敵な人だ。本人には失礼だけど、アマンダさえいなければ、と思わずにはいられない。手の届きそうで届かない所にいることがかえって六花さんを魅力的な人に見せていた。


「それじゃあ、行きましょうか。大和さん」

「は、はい」


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