第25話 ラブ・ストーリー
ゲームセンターの入り口辺りにまで戻る。もう七時だ。夕食の為にも帰らないといけない時間が来てしまった。アマンダが「I LOVE YOU♡」と書いてくれたプリクラを眺めて幸せに浸っていると、六花さんとエミリアさん、そして渡辺が戻ってきた。
「そろそろ時間だな、渡辺」
「ああ。それじゃ、俺はこの辺にするよ」
「私もそろそろお暇させていただきますね」
六花さんが礼をした時に黒髪がふわりと香る。それを楽しむ間もなく、彼女は去って行った。ほっそりとしたその後ろ姿は抱き留めたくなる程に華奢で、風で揺れる黒髪の一本すらも追いかけたくなってしまう。
「ダーリン」
「……あ、ご、ごめん」
「そろそろご飯考えなきゃねー、アマンダ?」
俺が六花さんの後ろ姿を見つめていたのにアマンダが抗議する。それに素知らぬ顔でエミリアさんは思い出したかのように尋ねた。このまま二人がご飯の話を始めてしまう前に俺は二人に提案を持ちかける。
「ご飯、うちで食べていきませんか」
「ダーリンの家で、ですか?」
「んー、大和、大丈夫?」
「母さんにも言ってます……折角だから、会ってもらいたくて」
「おおーっ」
アマンダは興奮したような声をあげながら胸元でぐっと両手を握って俺の顔を覗き込む。エミリアさんも腕を組みながら興味ありげにこちらを見つめて来た。一度に二人の視線を受けたせいか頬が熱い。アマンダもエミリアさんも綺麗なんだよ……
「大和の家、行きたいね」
「是非ともお願いします、ダーリン!」
「は、はい。それじゃ、行きましょうか」
歩き出そうとした時、俺の右腕にアマンダがぴょんと飛びついてくる。そして彼女の左手と右手の指が絡み合い、いわゆる恋人つなぎの形となった。
「ああ、これは……」
「えへへー、気に入っちゃいました」
「ふぅん」
俺とアマンダの様子を見たのか、エミリアさんは俺の左側にやってくるとそのまま彼女の右手を俺の左手に絡めてしまった。アマンダは幸せで頭がいっぱいなのかエミリアさんの暴挙に気が付いていない。結局、俺は右手にアマンダ、左手にエミリアさんを従えるような形で歩くことになってしまった。
「大和……やっぱり大和はすけべぇだね」
「っ……!?」
左耳にエミリアさんからそっと囁かれ、思わず声を引きつらせてしまった。
「ダーリン?」
「あ……いや、なんでも。そう言えば、アマンダって嫌いな食べ物はあるか?」
「嫌いな食べ物? 大和の家で出る物なら大丈夫です!」
右手に絡まっている指がきゅっと締まる。左手に爆弾を抱えてしまい、アマンダの顔を正面から見ることが出来ない自分がいた。
※
我が家の前まで辿り着いた。今日は俺だけでなくウォーカー姉妹も一緒にいる。もう外は真っ暗で、玄関のドア越しに見える明かりがやけに暖かく見える時間帯だ。
母さんにはこれから姉妹を連れて帰ると連絡はしておいたから、別に姉妹を家に入れても構わない。そのはずなのに、どこか俺の心の中にためらいが生じてしまっていた。言いようのない緊張感が襲って来てどうしたらいいか分からなくなっていた。
「ダーリン、どうしました?」
「うーん……なんか、ちょっと緊張しちゃって。どうしたんだろ」
「大和の両親に会いたいですねー」
エミリアさんが左隣でそう独り言をつぶやく。勿論、未だに姉妹俺と手を繋いだままである。そして、アマンダはエミリアさんが俺の左手を握っているという事実に気が付いていない。
にしてもこの気持ち悪い胸の鼓動、まるで結婚の報告をするかのようだ。きっと実際にそうする時もこんな感じに緊張してしまうのだろう。俺の母さんにアマンダ、そしてエミリアさんを会わせるだけでもここまで参ってしまっているのだから。
「……行くか。い、一応、手は離して」
「ん、分かったよ、ダーリン」
「ふぅん」
アマンダが手を離すと同時に、エミリアさんも何もなかったかのように手を離してくれた。そして二人を先導するような形で玄関の前に立つ。戸を開き、開口一番、いつものように挨拶をした。
「ただいま」
「あらー、おかえり」
奥の方から母さんの声が返ってきた。続けざまにアマンダとエミリアさんも入って来てそれぞれ挨拶をする。
「お邪魔しますよー」
「お邪魔するですね」
それを聞いたからかどうかは分からないけど、奥の方から母さんが慌てて玄関へ飛び出してきた。夕食を作っていたのかエプロン姿で、片手には穴の開いた木べらを握っているままだ。
「あー、やっぱり素敵な子じゃない! ささ、上がって上がって!」
「いつもダーリンがお世話になってるよー」
「お邪魔するよー」
(なんか早速溶け込んでる……!?)
何も気にすることなく台所に入っていく姉妹の後ろを付いていく形で俺も台所に入る。テーブルにある四つの椅子のうち、アマンダとエミリアさんが斜向かいになるように座った。そして俺がアマンダの右隣に座ると、彼女は俺の左腕に顔を寄せてぴったりとくっついた。
「ここがダーリンの家……なんだか落ち着くね」
「まったく、アマンダは大分くつろいでるな」
「ごめんなさいね、もうすぐご飯出来る所だから、もうちょっとだけ待っててね」
母さんはそう言うと背を向けて火にかけている鍋の方を見る。どことなく甘く落ち着いた香りが鼻をついた。今日のご飯はシチューだろう。
「クリームシチューですね」
「ん、アマンダもそう思ったか」
「シチュー、アメリカにもあったね。私も大好きだよー」
「ご名答、今日の晩御飯はシチューです!」
台所の方から母さんが嬉しそうにそう言った。なんだかいつもよりも母さんのテンションが高く感じられるのは気のせいだろうか。それとも、ここまで俺以外の人と話をするのが久しぶりだからだろうか。
二人を連れてきてよかった――母さんの口ぶりを聞いているとそう思えてくる。
「ところで、二人共アレルギーは無い? その辺大丈夫?」
「ないです! どんと来いです!」
「大丈夫ー」
アマンダは燦々と目を輝かせながら元気いっぱいに反応を返し、エミリアさんもにっこりと笑顔を浮かべて返事をした。二人の様子を見守っていると、アマンダがが俺の顔をじいーっと見つめていることに気付く。
「アマンダ?」
「Ah...なんか、ダーリンといるとあったかくなります」
「ん、そうか」
「お熱いねー、大和」
正面にいるエミリアさんが俺を茶化してくる。度々アマンダの目を盗んでは接近してくる彼女に対しては「余計なお世話」という言葉が似合うだろうか。もっとも俺はエミリアさんの誘惑をはねのけきれていないけれど……
「もう、本当に父さんにそっくりなんだから」
「そうなのか?」
「私がどんなに好きーって言っても、あの人なかなか素直になってくれなかったから」
「ダーリンのダディ……?」
アマンダが俺の顔を覗き込んできた為、俺はこっそりと指で父さんの生前の写真を指さした。それで察してくれたのだろう、さっきまでの元気がちょっとだけなくなった。
「母さんののろけ話聞いてるのも疲れるからアマンダにパスだな」
「失礼ねー、私が腹を痛めて生んだ息子だって言うのに」
「おーっ、聞いてみたいです!」
「『オカアサン』の昔話、私も気になるね」
女子はそういう話が好きなのだろうか。俺はこれまで何回も聞いてきた昔話を、母さんは今の出来事であるかのように二人にも語ってくれた。その母さんの後ろ姿はいつになく楽しそうで……




