第22話 アップタウン・ガール
舞台はとある高校。廃部寸前だった水泳部に美人教師が配属されたことで男子が大量に加入する、という男子特有のアレなストーリーが序盤に展開される。
渡辺はもう既に知っているという事で何とも楽しげな顔で見ていた。女子勢の六花さん、アマンダ、エミリアさんも映画に集中しているようである。ポップコーンを口に放り込み、映画の続きに目を向ける。
(お……なんか面白くなってきた……)
映画のあらすじだけを見ればそれこそコメディに近い物があるが、シンクロのシーンに力を入れていることもあり、水中でのシーンは非常に迫力があった。いつの間にか俺もポップコーンを食べる手を止めて見入ってしまっていた。
(すげぇ、青春してる……)
ダイナミックな男子シンクロと共に展開されるストーリーもまた、味があって良い。少しも飽きさせずに最後のシーンまで進んでおり、そうして、最後に胸の中が暖かくなる感動がやって来た。
「……あれ、終わっちゃいました」
「夢中になっちゃってたねー」
エンドロールが流れていた。
物語の中にぐっと引きこまれ、気が付いた時には相応の時間が経ってしまっていた。
「な、面白かっただろ」
「……なんか、ごめん、何て言ったらいいか分からない……けど、面白かった」
「流石は雪乃先生ですね。後でお礼を言いに行きましょう」
六花さんもきらきらとした笑顔でそう言っている。渡辺もどこか自慢げな顔だった。うう、こんな面白い作品を先に知られていてちょっとだけ悔しいような気もする。
「本当に青春って感じだったな」
「そうだろ? 俺もこんな感じに熱い夏を過ごしてみたいって言うかさ」
「それなら夏に皆さんで青春しましょう! なんなら今からでも!」
アマンダはさっきの映画の影響を受けているのかわくわくした様子でそう叫ぶ。それを聞いた皆も笑顔になっていた。彼女の言う通り。青春だなんて、自分から作りに行かなければやって来ないのだ。
外を見るとまだちょっとだけ明るい。もう少しで暗くなってくる辺りだろうか。
「少し微妙な時間になってしまいましたね……」
「夜ご飯には少し早いねー」
「むー、もう一本借りてきたらよかったかもです」
なんとなく不完全燃焼になっている雰囲気だった。
少し考えて、まだまだ物足りないであろうみんなに思いついたことを提案してみる。
「やることないんだったら、ゲーセンに行ってみるか?」
「お、それなら俺も賛成だな」
「む? なにか面白いゲームあるですか?」
アマンダが興味ありげに食いついてくる。そう言えば、この前初デートをした時はクレーンゲームしかやっていなかったな。他にもUFOキャッチャーや体感型ゲームがいっぱいあるから案内するのも悪くないかもしれん。
「前に行った時は全部回りきれてなかったからね。六花さんは大丈夫ですか?」
「私は構いませんよ。皆さんと一緒です」
「お、それじゃあ六花、プリクラいこーよ」
「プリクラ……!?」
何だかエミリアさんと六花さんが二人でお話を始めたらしい。その横で、俺はアマンダをどこに連れて行ったらよいかを思案していた。渡辺と何かやってるのを見せるのもいいけど……
「渡辺、アマンダでも出来そうなのって何かないか?」
「ほう、その話か。まぁ任せとけ」
向こうの事は渡辺に任せるとして……ふむ、行ってみないと分からないか。
※
午後六時、霞の浦デパートの中にあるゲームセンター。流石に長居する訳にもいかないが、なんとなく惰性で来てしまった。前にアマンダと二人で来た時は偶然エミリアさんに会ってしまい、結局クレーンゲームしか出来なかった。もっともそのクレーンゲームでアマンダは大当たりをやらかしていた訳だけど。
「Oh, やっぱりここに来るとワクワクします!」
「六花、プリクラこっちだよー」
「え、ええっ、ええええっ……!」
早速エミリアさんが六花さんと共に離脱してしまう。渡辺の方から何があったんだと小声で聞かれたが、いや、そんなこと俺もよく分からない。あの「シツケ」を受けた日からずっと六花さんはあんな感じだけど……弱みでも握られてるのかな?
「まぁ、あれだ、渡辺。どこに行けばいい?」
「奥の方にバスケットボールをシュートする奴があるんだ。2台あるから、対戦でもやってみたらどうだ?」
「バスケットボール! それなら私やったことありますよー!」
早速好反応。アメリカでは結構ポピュラーなスポーツだという印象があるが、おそらくアマンダもやった事があるのだろう。対して俺は学校の授業で少しやっていた程度だが。
さて、渡辺に案内されて向かってみたそのバスケットボールのゲーム。実際に見てみると割と本格的な筐体でビックリしてしまった。やや見上げる程の高さのあるそれは三方をコの字型に金網で囲んであり、数メートル程先にバスケットリングが一個くっ付いている。肝心のボールは手元にいくつか転がっており、これをここからシュートするのだろう。
「結構このゲームキツいから覚悟しとけよ。ま、彼女さんにカッコいい所見せるんだな」
「好き放題言いやがって」
「それじゃあやりますよー! 勝ったらお願い事聞いてもらいます!」
「お、おう……」
後ろから渡辺の銃弾を受けながらもアマンダと一緒に筐体に硬貨を入れる。すると、筐体の方からめっちゃ威勢のいい声がやってきた。
〈Ladis and Jentleman! Welcome to "Shooting Star" !〉
「おお……」
〈1st stage......Are you ready ?〉
俺もアマンダもボールを両手で持って身構える。既にこの地点で彼女の顔つきが真面目な物に変わっていた。きりっと真っすぐにゴールを見据えるその姿は歴戦の名プレイヤーを思わせる。
〈Go !〉
後ろから渡辺の視線も感じながら、俺はとりあえず一本シュートを打ってみる。すると、一回リングのへりに当たった後に中央に戻る形でボールはリングをくぐった。
〈GOOOOOOOOOAL !!〉
「結構うるさいんだな……」
「私も負けられないです……!」
アマンダもシュートを一本打つ。すると、一本目はリングに届かずに手前の方で落ちてしまった。ガシャンと空しく金網に当たったボールは跳ね返ってくる。俺の方も一本打ってみたら、今度はすっぽりといい音を立てて入ってくれた。
〈GOOOOOOOOOAL !!〉
「ダーリン上手ですね……次はどうですか!」
負けじと彼女が二本目のシュートを打つ。今度は強すぎた。ボールはバックボードに当たってゴンと音を立てて跳ね返ってくる。こちらも三本目のシュートを打ったが、今回はリングに嫌われて外してしまった。
「あ、外しちまったか」
「ふむ……大体わかりました!」
「アマンダ?」
「見ててください、ダーリン……」
アマンダが三本目のシュートを放つ。
すると、すぽん、と良い音を立ててボールがリングの中央を抜けていった。
〈GOOOOOOOOOAL !!〉
「ん……?」
「大体わかりましたよ、ここからが勝負です!」
嫌な予感がしたが、きっと気のせいだという事にして俺は四本目のシュートを打つ。いまいち最初の勘が思い出せないのか、またリングに当たって弾かれてしまった。一方のアマンダ、三本目に続いて四本目もすぽんと綺麗に決めてしまう。
〈GOOOOOOOOOAL !!〉
「え?」
「アメリカでは『コートの女神』と呼ばれていましたからね!」
後ろで渡辺が腹を抱えながらこちらの様子を見ている。ぐぬぬ、これは、最初から負け試合ではないか……!? あれ、最初の方に勝ったらお願い事を聞く約束をしたような。
「そりゃー! また入りました! 絶好調ですよ、ダーリン!」
〈GOOOOOOOOOAL !!〉
「えぇ……」
完全にエンジンがかかってしまった彼女の横で負けじとシュートを打つも、とてもではないがアマンダ程の成功率を叩き出すことが出来ない。結局、ゲームが終了した頃には彼女にダブルスコアを決められてしまった。どうやら一定以上の点数を出さないとそのステージで落ちてしまうらしく、俺は虚しくファーストステージで落とされてしまった。
〈2nd stage......Are you ready?〉
「Come on !」
〈Go !〉
そうして始まった後にアマンダはボールを構えたが、ゴールを見て絶句してしまった。
ゴールが動いている。ちょっとずつだけど右往左往している。
「What's the HELL !? ご、ゴールが動いてます!?」
「マジか……あれ動くのか……」
「さっきみたいにはいかないってことよ」
渡辺がどや顔でそう教えてくれた。さてはお前、このゲームやりこんでるな……?
「Uh...とりあえずやってみます! 行きますよ!」
アマンダがひょいとシュートを放つ。さっきのようにリングが動いていなければ入っていただろう。ボールはいい感じに軌道を描いたが、横から動いてきたリングに当たって弾かれてしまった。その後続けて二本目を打つが、同じように弾かれてしまう。
「Ah...」
「これはなぁ……」
先程までの自信はどこへやら、アマンダはすっかり意気消沈してしまった。そうしてろくにシュートが入らないまま時間は過ぎて行ってしまい、結局、アマンダはセカンドステージ落ちになってしまった。
〈See you next time !!〉
「ダーリン……」
あまりにも悔しいのか半ば泣き顔になって俺に抱き着いてくる。どうしたものかと慌てていると渡辺はやれやれとため息をつき笑顔で去っていってしまう。おい、ちょっと待て。
「アマンダ、大丈夫か?」
「悔しいです……あのですね、ダーリン」
ちょっとだけ顔を赤くしたアマンダは震え気味の声で聞いてきた。
「私の勝ち、ですから……プリクラ、お願いしますね?」
「……うん」
胸元にアマンダのセーラー服越しおっぱいがむにむにと当たる。
うっすらとする柑橘系の匂いにも逆らえず、アマンダの言う事に従ってしまった。




